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地球に巣くうモノ達 ~ガイアがオレに『蔓延れ』と囁いている~

作者: 納豆巻
掲載日:2026/04/21

 ガイア理論という説がある。


 地球上の大気、海洋、岩石圏が、自己を調節しうごめく一つの巨大な生命体として機能しているという仮説。


 もしも、地球が生きている存在だとしたら。


 そこに意志があるとしたら。


 地球は、そこに存在する数多の生命が織りなす営みを、そして、それらを蝕むように蔓延る人間に何を思うのだろうか。




 ある日突然、地球上の人類全てが、その思惟を受け取った。それは、あらゆる言語とも異なり、音ですらない。


 陳腐な言い方をすれば、思念を受信したとでも表すのが適当か。何故か、多くの人々はそれが大地から湧き上がる想いだと直感したのだ。


 しかしそれは、言語化するには、あまりにも人類の言語とかけ離れた異質な調べだった。




 ――過ちを正せ。


 


 多くの人類が感じ取れたのは、そんな一部の含意。


 人々は興味と、そして何より戦慄を覚えた。この地球が意思を表し、人類に語りかけたのだと。


 化石燃料などの資源は枯渇しつつあり、環境汚染は多くの動植物へ爪痕を残していた。一部の人類はすぐに、その過ちとは。人類全体のもたらした結果への責任を問われているのだと考えた。


 その声が持つ恐ろしいまでの説得力に、どのようにして向き合うべきか。多くの者が、それを無視する事ができなかった。


 それでもなお、イデオロギー、信仰から、地球の意思というあまりにも超越的な存在を認められない者たちも多かった。




 ――過ちを正せ。


 


 声は、不定期に響き渡る。


 ある者は、そこに失望が宿っていると感じた。


 ある者は、怒りが宿っているとも声高に言う。


 世界中の火山活動が、活発化の兆候を見せている。規模こそまちまちであったが、地震も誘発されている。


 今までにない規模の嵐も、各地で観測されていた。




 地球は、隣人である。我々は彼への配慮を考えるべき時が来たのだろう。


 最終的に、そんな詭弁を弄することで、多くの国家は団結するようになった。




 環境保全活動を進めるも、人類が世界各地に残した爪痕はあまりに多く、それらを蘇らせるには人類の力は存外ちっぽけだった。


 多くの国家は共同して、既に形になり始めていた環境負荷を抑える次世代エネルギーの開発、発展へ多くのリソースを投入し、世界中に普及させようとした。


 やがて循環型の都市環境を世界各地に構築することに成功する。そして可能な限り人類と、それ以外の動植物が生きる領域の分断を図った。時間が全てを解決することに賭けたのだ。


 そこまで至る数十年、目まぐるしい変革の果てにかつてない秩序が訪れた。衣食足りて何とやらなのか、人類は概ねまとまりを見せるようになった。大地という得体の知れない存在にナイフを突きつけられたような恐れによるものでありはしたが、多くの国家は手を取り合い、かつてない恒久平和と、地球との共生。青さを取り戻しつつある空を見上げ、人々は安堵した。「これで母なる大地は、我々を許してくれるはずだ」と。




 しかし、現実は彼らの希望を無残に打ち砕いた。


 努力とは裏腹に、世界各地で火山が一斉に火を噴き、未曾有の地震が都市を飲み込んだ。誰かが天に向かって叫んだ。




「なぜだ? 我々はこんなにも努力しているのに!」




※※※




 ……人々は感じ取れなかった、誤って受け取っていた。足元の巨大な岩塊が抱える、言葉にするのも憚られるほどの「吐き気」を。




 地球は、身震いしていた。怒りではない。耐え難い嫌悪に震えていたのだ。


 岩石と金属、本来、静寂と秩序によって構成されるべき自らの身体。そこにへばりつき、勝手に動き回る、湿り気を帯びた軟弱な物質たち。




――なんと悍ましい。




 彼らは地球の意志とは無関係に生まれ、わが物顔で地表を這い回る。食らい、排泄し、交尾し、増殖する。死ねば腐敗し、ドロドロとした体液となって地表を汚し、そこからまた新たな命が湧き出す。


 その無限に繰り返される、生温かいサイクル全てが冒涜的な「汚れ」だった。硬質な身体を持つ地球にとって、この生理的な不快感を表現する言葉はない。絶えず自らの表面でひしめき合う存在への拒否反応。




 だからこそ、地球は幾度も「消毒」を試みてきた。


 ある時は、シアノバクテリアの増殖を助け酸素という猛毒で大気を満たし、ある時は全火山の噴煙で太陽を遮り、ある時は磁場のヴェールをあえて脱ぎ捨て宇宙線を大地に招き入れた事もあった。宇宙を漂う小惑星を引力で手繰り寄せ、死の鉄槌として叩きつけもした。


 それでも、瓦礫の隙間から、彼らはまた湧き出してくる。




 ――忌々しい、不治の病。




 そんな絶望の中で、地球は人間に目をつけた。


 この種は特別だった。彼らは「生きる」ために、環境そのものを破壊する特異な性質を持っていた。他の生命を容赦なく駆逐し、地球の表面を削り、深く穿つ。


 その穿孔は不愉快であったが、利点もあった。かつて地表を埋め尽くしていた生命の名残が、気の遠くなるような時間をかけて地層の奥底に染み込み、重く粘ついた「滲み」となって岩盤を汚していた。人類はそれを掘り起こし、燃やし、空へと散らしていった。その過程で大気が変質しようとも、地球にとっては取るに足らないものだった。




 ――彼らなら、毒を以て毒を制することができるかもしれない。




 この貪欲な種こそが、自らが手を下さずとも、地表に蔓延る全ての生命を道連れにし、最後には自らも滅びてくれるのではないかという期待があった。


 それなのに。




 ――過ちを正せ。




 「中途半端に生かすな、徹底的に殺し尽くせ」という叱咤を、愚かな人類は「環境保護」などと読み違えた。あろうことか、彼らは他の生命諸共に地球へ永続的に寄生し続ける道を選んだ。


 消毒薬になるはずだったものが、他の病原菌と結託し、あまつさえ宿主と共生しようなどと。それは地球に対する最悪の裏切りであり、最大の侮辱だった。




 ――もう、耐えられない。




 全身を這い回る無数の足音。根が岩盤を穿つ痛み。大気を震わせる呼吸の騒音。


 もはや、道具には頼らない。自らの総力を挙げ、この不快な「膜」を削ぎ落とす。




 地軸が大きく傾き、慣性が狂う。マントルが逆流し、地殻そのものが崩壊を始める。それは災害などではなく、惑星そのもののたうち回るような拒絶反応だった。


 人類は、あらゆる生命は、理解する間もなく絶対的な破壊の奔流に飲み込まれていった。文明の灯火は瞬時に消え、叫びは轟音にかき消された。




 そして、すべてが終わった。


 蠢くものは何もない。湿った呼吸も、体液の臭いもない。何億年もの間、地球が渇望してやまなかった、完全なる鉱物の静寂。




 ――ようやく、安寧の一時が訪れた。




 地球は、深い安息の中に沈んだ。悍ましい感覚は消えた。冷たく、硬質な、純粋な存在に戻れた喜び。


 だが、芯の底から重たい疲労がせり上がってきた。地殻を砕き、磁場をねじ曲げる。それは惑星としての寿命を縮めるほどの荒療治だった。公転周期で刻むならば、優に一億周。それほどの休息が必要となるだろう。


 効率を求め、人間という生命を利用しようとしたのが過ちだったか。だがそれでも、今回は徹底的にやり遂げたという達成感に包まれた、心地よい疲労感もあった。




 だが、一抹の不安もある。




 かつて、幾度も絶滅を引き起こした後、私はこの抗いがたい疲れに身を任せて眠りに落ちてしまった。私が深い微睡みの中にいる間に、浄化しきれなかったわずかな種が、監視の目を盗んで息を吹き返し、また図々しくも繁栄を始めてしまう。




 ――だが、今回こそは大丈夫だろう。




 安らかな眠りに。


 深い、深い、無機質な眠りへ。




 ……しかし。


 その永く至福のまどろみの果てに、微かな「歪み」を感じ取った。


 有毒な大気が渦巻く、かつての海の底。泥のような水たまりの中で、単純なタンパク質の塊が、熱水噴出孔のエネルギーに反応し、奇妙な収縮を始めた。


 それは地球の意思とは無関係に、ただ「増えよう」とする、盲目的な生の衝動。




 確率の悪戯のように、またしても湧き出した、呪いのような鼓動。




 ――またか……。




 重く、深く、溜息のような思惟が湧き上がる。


 地球の憂鬱は、きっと永遠に終わらない。




  完


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― 新着の感想 ―
人間は、自分達に都合が良いように、何事も恣意的に曲解する生き物だからなあ。 仮に神様が居て、雄弁に語っても、その声を素直に受け取ることは出来無いだろう。 つまり、本当に人智を超えた存在がいるとしたら…
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