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大嫌いな婚約者が大好きに変わった理由

作者: 春呼
掲載日:2026/04/04

 メイジィは婚約者が嫌いでした。

 幼い頃に決められた政略結婚。その最初の顔合わせの時ですら婚約者であるフェアーリィ王国が第三王子ミスチフは横暴さを取り繕うこともせずすぐ手を上げてきたのですから、か弱い少女がすっかり怯えてしまうには十分でした。


 けれど立場の弱いカール伯爵家当主である父はそんな娘を守ってやる事もできず、メイジィはただただ人身御供のように、怖くて大嫌いな婚約者と交流しなければなりませんでした。


 ミスチフは言葉も荒く乱暴で、少しでも気に食わない事があれば癇癪を起こし暴れ回り、成長とともに体もどんどん大柄になっていくものですから大人ですら次第に手が付けられなくなっておりました。

 第一王子や第二王子は落ち着いた性格だったのに、ミスチフだけそうでしたから王様や王妃様も扱いに困り、それでも我が子可愛さにちょうど王家に大きな貸しのあったそれなりの家格であるカール伯爵家に半ば押し付ける形となったのです。


 メイジィは自分の立場を理解していました。両親はしきりに「すまない、すまない」と傷を負う娘に謝罪しながら心から寄り添ってくれたので、どんなに嫌でも逃げられないのだと、幼いながらに理解してしまっていました。


 今日は髪の毛を掴まれて振り回されたメイジィ。お母様が「メイの髪はふわふわで本当に可愛らしいわね」と丁寧に櫛を通してくれた艶やかな髪が、ブチブチと千切れて無惨な有り様になりました。視線を落とせば新しい痣と、まだ薄く残っている傷もあります。


 ──同い年の女の子達には、こんなもの無いのに……。


 メイジィは婚約者以外とのお茶会に参加する度にそんな惨めな思いをするので、すっかり引き篭もり癖がついてしまってあまり外に出ない様になってしまいました。


 そんなメイジィの唯一の癒しは飼い猫のミラだけ。

 メイジィが生まれる少し前からカール伯爵家にやってきたミラは、メイジィの事を妹だと思っているのかメイジィが落ち込んでいるとその自慢の真っ白なふわふわの長い毛並みをするりと肌に滑らせてメイジィを慰めてくれるのです。メイジィもミラの事を頼れるお姉様だと物心つく前から慕っていてずっとずっとふたり、寄り添って育ってきました。


 家族以外には訴える事も叶わず、ミスチフに受けたあれこれは全て無かった事にされてしまいすっかり心に傷を負って閉じ籠るようになってしまった娘のため、カール伯爵夫妻は娘が少しでも賑やかに過ごせればと新しく猫を三匹迎える事にしました。


 一匹目は黒くしなやかな毛並みがビロードの様な優美な雄猫でした。メディと名付けられたその猫は、とても賢い子で、ミラと共に他の二匹の世話をよく焼くお兄様のような存在です。


 二匹目は茶トラで丸っこく鈍臭い雄猫でした。コミィと名付けられたその猫は、甘ったれで争い事が苦手な食いしん坊で、自分より一回りも小さな妹によくしばかれては悲しげに鳴いて反撃もしない気弱な優しい子です。


 三匹目はサバ白のとにかく気が強い雌猫でした。フィズと名付けられたその猫は、一番やんちゃでよくやらかしては知らんぷりをし、怒られそうになると甘えた声でごろにゃんと媚を売って有耶無耶にする様な強かさもありつつ、メイジィが泣いてるとすっ飛んできて慰めてくれる思いやりも持ち合わせた子です。


 最初はいきなり増えた新しい家族に戸惑ったメイジィですが、手が掛かりつつも愛らしい彼らに次第に心を開いていきました。


 ミスチフとの婚約者としての月一の交流は逃れようもなく続いています。メイジィにとって嵐が通り過ぎるのを待つようなその時間が嫌で嫌で仕方ない事には変わりありません。それでもそれさえ耐えれば騒がしくも温かな家族との時間が待っていると思えばなんとかやり過ごす事が出来ました。


 今日も今日とて、家に帰ればカーテンをビリビリにした妹猫のフィズが侍女に怒られて次男坊のコミィに八つ当たりをし、兄のメディに嗜められていました。

 メイジィはそんな様子にくすりと笑って、お気に入りの場所でそれをやれやれ眺めていたミラに近付きました。美しいその毛並みを撫でつつ帰宅の挨拶をしながらメイジィは思います。


 ──猫なら、猫ならどんな乱暴してたって可愛いのにな。


 いつものように癇癪を起こしてティーセットを薙ぎ払い、若い侍女に殴り掛かった己の婚約者を思い出して、メイジィはそんな事を考えました。そして嫌なことも同時に思い出してしまって首をブンブンと振りました。


 メイジィは婚約者が嫌いです。


 乱暴だし、いつも何かに怒っている彼は酷い言葉を沢山浴びせてくるし、好きになれる所なんて一つもありません。


 何よりも──彼が暴力を振るう度にそれが他人に対してだった時、『自分じゃなくて良かった』と、ホッとしてしまう醜い自分がいることに一番嫌になるのです。





 メイジィが何とか心に折り合いを付けて、愛しい猫達のために我慢し続けて数年が経ったある日ミスチフが言いました。


 お前の家の猫を見せろと。


 ミスチフは騒がしい乱暴者です。だから動物にも好かれません。一番おとなしいと評判の馬相手でもルールを守れず癇癪を起こして乱暴し、馬から拒絶されて乗馬の訓練がずっと出来ていないような有り様なのです。


 しかしミスチフは王妃や兄王子達が飼っているという犬や猫を羨ましく思っていました。兄達は自分勝手で粗暴なミスチフを決して彼等に近付けさせなかったので触れ合う機会などありませんでしたが、ひょんな事からメイジィが猫を飼っている事を知ってしまったのです。


 兄達には敵わなくてもメイジィならば己の要望はなんでも通ります。だって、今までがそうでしたから。

 だからミスチフは来月の茶会は王宮ではなくお前の家にしろと命じました。


 この時の、メイジィの心境は如何程だったでありましょうか。荒れ狂う心はぐちゃぐちゃで、それでも拒否権などありませんでしたから、どんなにどんなにどんなに嫌でも、言うしかなかったのです。


 わかりました、と。


 それから、メイジィは沢山祈りました。

 ミスチフがやはりメイジィの家まで赴くのは面倒だと、いつもの気紛れで予定が変わるのを。


 メイジィはずっとずっと祈り続けました。

 季節外れの嵐が来たり、何か大きな事件が起こってそれどころじゃ無くなったり、ミスチフが大病を患って動けなくなったり、そうした事がなんでも良いから起きてくれと祈りました。


 これまでどんなに願ってもメイジィを救ってくださらなかった神様。でもあの何の罪も無いあたたかな生き物のためならば動いてくれるのではないかとひたすらに、ひたすらに、祈り続けました。


 されど神様は、今回もまたメイジィを救ってはくれませんでした。



 ミスチフを乗せた馬車がやって来ます。どんどん近付いて来ます。ついには彼が降り立って、頭を下げるメイジィの挨拶を遮り「早く猫のいる所に案内しろ」と言い放ちます。

 メイジィは拒否したい気持ちを沢山たくさん押し殺してなんとか「はい」と絞り出すと猫達のいる部屋まで案内しました。


 四匹の猫達はその異様な空気を感じ取っていたのでしょう。いつもならばメイジィが部屋に入れば甘えた声で擦り寄って来る子すらも、誰も彼もが警戒して隠れ潜んでおり、見つかった猫も瞬く間に逃げ去ってしまいます。


 メイジィはその事にホッとしました。本気で逃げる猫を捕まえるのは至難の技ですから、これなら猫達に危害が加えられる事は無いだろうと。


 けれど、当然のようにミスチフはそうではありません。

 やっと猫に触れると思ったのに、ここで猫に慣れたら自分も兄上達と同じように成れると思ったのに当てが外れた訳ですから。全然捕まらない、触れないこの状況にミスチフの機嫌はどんどん悪くなり、ついには癇癪を起こしました。


 怒鳴って暴れて物を投げ、メイジィや侍女に「さっさと捕まえろ!」と命令します。

 ついには側にいたメイジィを「この愚図!」と罵ると整えられた綺麗な髪をブチブチとわし掴んで、その大きな体格で小さなメイジィを引っ張り上げようとしました。


「ッシャァアアア!」


 飛び掛かったのはミラでした。

 死角からメイジィを掴むその腕にガブリと噛みつき両手足を使って爪を深々と幾度も立てます。ミスチフはあまりの痛みに手を離しますが、すぐに怒りで顔を真っ赤にして「このッ!」とミラを殴ろうとしました。しかし今度は他の三匹もそれぞれ足、背中、頭と飛び掛かって爪や牙を立てるものですから、「ギャアッ!」と悲鳴を上げて仰け反る始末。


 遊んでる最中に興奮し過ぎて爪を立ててしまう事はあれど人を襲うなんて一切しなかった優しい猫達の姿につい呆然としてしまったメイジィですが、痛みから逃れようと体をめちゃくちゃに振り回したミスチフが逃げ遅れた次男坊を蹴飛ばしたことで血相を変えました。


「ッコミィ!」


 酷くゆっくり、その茶色の柔らかな毛並みが宙を舞っているというのに、メイジィが必死に伸ばした腕ものろのろともどかしく、全然、届かなくて……。


「ギャンッ!」


 壁にぶつかったコミィはそのまま床に落ちてしまいました。メイジィは慌てて近寄って呼び掛けますがぐったりと倒れ伏したコミィは動きません。


「ああ、ああ、あああッ…………!」


 次男坊が害された事で残りの三匹もさらに激昂してミスチフに襲いかかります。ミスチフは「やめろ、やめろ!」と叫びながら大きく腕を振り回すものですから周りの者達もなかなか近付けません。


 そんな中、そばに居た侍女にコミィを預けたメイジィはゆらりと立ち上がるとブツブツと何事かを呟きながらゆらゆら動き始めます。コミィを抱く侍女が「お嬢様……?」と問い掛けても返事はありません。メイジィは不気味な動きでゆっくりと、けれど着実にミスチフに近付きながら、その呟きは次第に大きくなります。


「……………いで、お……のせいで、お前の所為でぇぇええええッ!!!」


 側にあった燭台をガッと掴んだメイジィはどこにそんな力があったのか、思い切り振りかぶるとそれは猫の攻撃から身を守るように前屈みになっていたミスチフの頭にガツンッと当たってメイジィよりも悠に大きな体を吹き飛ばしてしまいました。メイジィが振りかぶるより早く離脱していた残りの三匹は、棚に激しくぶつかって動かなくなったミスチフを黙って静かにじっと睨み据えます。


 その場で一部始終を目撃していた誰もが息を飲み咄嗟に動けないでいる中、助けを呼びに行っていた侍女と騎士など大人達が駆け付けて部屋の中は騒然となりました。



 コミィと、そしてミスチフは命に別状はありませんでした。


 コミィは衝撃で気絶こそしましたが、ふくよかに蓄えていたお肉のお陰か奇跡的に怪我もなくピンピンとしていました。


 反対にミスチフの方が酷い状態でした。全身傷だらけの痣だらけ。猫にやられたものは勿論、振り払おうと無茶苦茶に暴れた際に周囲の家具等にぶつけて、そしてメイジィに燭台で殴られた傷もありました。

 頭に受けたからでしょうか、あれからミスチフはなかなか目が覚めないそうなのです。


 当たり前ですが王家は当初抗議しました。けれど「それを我々に言える義理ですか」とずっとそれまで数々のミスチフの行いを黙認していたカール伯爵が暗い顔で言った事で、その勢いを失速させました。


 メイジィの、カール伯爵の一人娘の体には沢山の傷があるのです。


 第三王子たるミスチフの名誉の為に大事にするなと圧を掛けられてこれまで黙らされて来たのです。服に隠れる所も、隠れない所も、ましてや女の子の顔に、その愛らしい顔にすら! 傷が、残っているのです。それをずっと黙認させておいて、たった一度反撃した事を責められる口があるのかと。そもそも王家でも手を焼き扱いあぐねて外に出す予定の王子を、そこまで大切にする必要があるのかと。カール伯爵は煮えたぎる怒りでいっぱいでした。


 結局この事は両者不問とされ、お咎めはありませんでした。


 しかし、メイジィはもう嫌になってしまいました。無理になってしまいました。全部ぜんぶ、堪えられなくなってしまいました。

 メイジィは一人自室に閉じ籠もって出て来なくなりました。猫達すらも締め出して、泣き暮れていました。


 ──だって自分の所為だ。


 ──自分があの男を屋敷に連れて来てしまったのだ。今回だけじゃない。いずれ自分はあの男と結婚してあの男を屋敷住まわせなくてはならない。大事で、愛おしくて、守りたい、猫達のいるこの屋敷に、あの男を呼び込んでしまうのが私の未来なのだ──!


 溢れる涙は一向に止まらず、メイジィはただただ暗い部屋の中、冷たい床に膝をつきベッドに突っ伏し闇底に沈んでおりました。


「にゃぅぅー」

「…………え?」


 どれほどそうしていたでしょうか。締め切っていた筈の部屋の中、気付けばミラがいつの間にかメイジィの側に寄り添っていました。


「ミラ、どうして……」


 窓も扉も開いていないのに、ミラがどうやって部屋の中に入ってきたのかわかりません。けれどミラがいつものように、その長い尻尾でメイジィを慰めるように肌を撫でるものですから、メイジィは感情が決壊してしまいました。


「ッミラ、ミラ、ミラ……!」


 いつだって自分を支えてくれるその温もりをメイジィはギュッと抱き締めます。ちっとも嫌がることなどないミラはメイジィの腕の中でポロポロと涙を溢すその頬をぺろぺろと舐めました。それが本当に、あまりにも優しい優しいものでしたからメイジィはさらにわっと泣いてしまいます。


「私嫌よ、もう嫌なの。皆を大事にしたいのに私はあの男と結婚しなければならないの。あの男をこの家に、皆のいる家に連れて来る定めなの。あんな乱暴者を……そんなの嫌よ! どうしてあんな暴力を振るえるのかしら。どうしてあんな酷いことが出来るかしら。いつもいつも怒っていて、怒りたいのはこちらの方よ! ミラ、ミラ、私消えちゃいたいわ……。私がいなくなれば結婚話も無くなって皆が無事で済むもの。それか、あの男が猫や動物になってしまえば結婚どころじゃなくなるのに……ああ、ミラ」


 メイジィの自暴自棄な発言に、ミラは咎める様に甘噛みをします。消えるなんてそんなのは許さないと、訴える様なその瞳はメイジィへの慈愛にただただ満ちていましたからメイジィは思わずふっと笑いました。


「ミラが……ミラが、私の婚約者だったら良かったのにな……」


 淡い夢を見るような諦めた呟き。十代の少女が浮かべるにはあまりにも悲しい笑みを湛えるメイジィは、ベッドに顔を預けながらふと見上げた景色をぼんやりと眺めました。


 ベッドに座るミラの金色の瞳が、夜闇の中であってもキラキラと輝くようで、「ああそうか今日は満月なのか」とその真っ白な毛並みの向こうに広がる窓に、大きな月が静かに光を放っているのを認識して思わず見惚れます。


「ミラ……?」


 どこか怪しくも神々しい存在感を放つミラに声を掛ければ、ミラはふっと眼を細めるとメイジィの顔にすり寄りました。それに何だか安心したメイジィは、泣き疲れてもいたのでしょう次第にうとうとと眠気が襲ってきて、抗えずにそのまま眠りに落ちていきました。


 その際にミラの瞳がキラリと光ったように感じましたが、きっと夢の入り口にいるからだと思いながら。




 ──ニャーン




「あれ、私…………痛っ、いたたた……」


 翌朝、目が覚めたメイジィは床に膝をついたまま眠ってしまった事で足の痛みに顔を顰めつつ覚醒しました。なんだか締まらないわねと思いつつ顔を上げると、ベッドの上でミラが眠っていました。


「おはよう、ミラ。…………ミラ?」


 いつもの様に挨拶をすれどもミラは起きません。普段ならばメイジィが起きる気配でミラも目を覚ましてあくびをしているのに……それを不思議に思っているとドタドタと走る音が聴こえてきます。


「お嬢様! お嬢様! 起きていらっしゃいますか?」


 それはメイジィ付きの侍女の声でこんなに慌てて何かあったのかしらとメイジィは不安になりつつも返事をします。


「起きているわ。どうしたの?」

「……ミスチフ殿下が目覚めて、更にはこちらに向かっていると先触れが」

「え……」


 あまりにも唐突な事にメイジィの頭は混乱します。それでも出迎えの準備をしなくてはならない事に変わりなく、メイジィの心を置いてけぼりにして身支度が整えられていきました。


 先日も見た豪奢な馬車が伯爵家に到着しました。準備をし終えてこうして待つまでの間にメイジィの頭の中はグルグルと不安でいっぱいでした。

 だってあんな事があったのです。

 目覚めてすぐミスチフがこちらに赴く理由など報復以外にあり得ましょうか。それが自分だけならば耐えられますが、もし猫達までもその対象になったのなら……。


 メイジィは震える足でなんとか立つだけで精一杯でした。しかし万が一そんな事が起ころうものならば絶対に、刺し違えてでも阻止してみせると、固く暗い決意をして睨むようにミスチフが来るのを待ち構えました。


 馬車の扉が開きます。前回は一人でさっさと降り立ったミスチフも怪我が痛むのでしょうか、侍従に支えられてそっと地面に降り立ちました。それはいつも粗暴な印象を抱かせる普段の振る舞いからすると優雅にさえ思えて、いつも怪我してた方が王子らしいんじゃないかしらとメイジィは頭の片隅で思いました。


 そしてしっかりと地に足着けたミスチフが面を上げてメイジィを見た瞬間。


「え……?」


 まるで花が綻ぶように笑みを向けてくるものですから、メイジィは衝撃のあまり淑女らしからぬ声を上げてしまいました。だって、そんな顔を向けられたのは初めてだったものですから。なのでつい固まってしまって出迎えの口上を忘れてしまったメイジィに眉を寄せる事もなくスタスタと、けれどどこか優美な歩みで近付いてきたミスチフはこれまた衝撃の行動に出ます。


 メイジィの前で、まるで騎士のように跪いたのです。


「え、え、殿下……!?」

「メイジィ嬢」

「ひゃい!」

「此度の件、誠に申し訳なかった。それから今までの事も」

「え……?」


 それはとんでもない事でした。だってあのミスチフが謝っているのです。これにはその場にいた全ての人間が驚いて目をまんまるにしていたので、メイジィの貴族令嬢らしからぬ態度も大目に見られることでしょう。


 ミスチフはいつだって横暴で自分勝手。不満や欲求を口にしても、感謝することも、ましてや謝るところなんて見た事ありません。それはもうここにいる全員の共通認識でしたから、中には顎が外れそうなほど驚いている方もいる始末。


 かと言って相手は曲がりなりにも王族です。このまま敷地内とはいえ外で跪かせたままでいるのは外聞が悪いと気を取り直したメイジィは「殿下、どうか立ち上がってください」とミスチフを立たせようとします。メイジィの必死な声音を聞き届けてかこれまた不気味なほど従順に立ち上がったミスチフはまたメイジィの顔を見て柔らかな眼差しを向けてきます。


(一体どうしちゃったのかしら。まるで人が変わった様だわ……もしかして私が頭をぶった影響で……?)


 怒りのままに勢いよく振りかぶった事もその時の感触もしっかり覚えているので、すぐに暴力を振るわれる事は無さそうで一旦安心しますがなんとも居た堪れない気持ちのメイジィは、何はともあれ早く家の中に案内しなくてはとミスチフを先導し歩を進めました。


 突然の来訪だった為、休日だからと町へ出掛けていた両親も慌てて戻ってきた応接室でミスチフは再度深く頭を下げました。


 目が覚めてから頭が不思議とクリアになって漸く自分を省みる事ができたと、きっとこれはメイジィに頭を打ってもらえたからそうなったのだと、だからこれまでの行いを謝罪し償うことはあってもメイジィ達を責めるつもりは一切無い事をミスチフは滔々と語りました。またこれからはこれまでの様な事は一切せずに良き婚約者として振る舞うとも。


 今までが今まででしたから俄かに信じられずに戸惑いを浮かべるカール家に対し「ここに一筆認めたものもあります」と同様のことが書かれた二枚の宣誓書すら出してきました。そこにはミスチフだけでなく国王と王妃の署名までなされていて、またしても驚きで飛び上がる心地のカール一家。


 ここまでされては信じない訳にはいかないので両方とも記載に相違ない事を確認し「拝領致します」と震える手でカール伯爵は宣誓書を片方受け取りました。もう片方は控えとして王家で保管することになります。


「メイジィ、貴女にとって私は散々狼藉を働いてきた恐ろしい男だろう。視界にも入れたくないに違いない。それでもどうか、今一度歩み寄ることを許して欲しい。貴女の平穏はもう二度と壊さないとどれだけ時間を掛けようとも証明してみせるから」

「ミスチフ殿下……」


 真摯な眼差しでメイジィに懇願するミスチフに、いまだに慣れないメイジィは困惑を隠せません。それでも彼が本心から言っているだろう事はわかりました。宣誓書だってあるのです。破った時は程度によれば婚約だって解消できると、夢のような一文すらありました。それに。


(何故だろう、この眼差しを私は知っている気がする……)


 いつだって恐ろしくその視界に自分が映ることすら恐怖だったミスチフの鋭く刺々しかった瞳が、いまや穏やなあたたかさを宿してじっと見詰めてくるのに不思議な既視感をメイジィは覚えていました。


 しかしいつまでも黙っている訳にもいかないとメイジィが口を開こうとしたその時、ドタドタタタタッと聞き慣れた音とともに二つの小さな影が開いたままの扉から飛び込んできました。


「え?」


 それはコミィとフィズの二匹で、遅れてメディすらも足音を立てずに部屋の中に入ってきました。


 以前のミスチフならば決まった年嵩の侍女一人を除いて「全員おれの周りから消えろ!」と護衛もなにもかも追い出して遠ざけてしまっていたのですが、今のミスチフは「前のような事が起こってはいけないから」と扉を開け放ち護衛を入り口付近に配置しておりました。だから猫達は入って来れたのですが、それにしたって状況が異様でした。


 まず猫達は来客のある時は客人のいる場所に近寄ろうとしません。客人が自分達のいる場所に近付く気配を察すれば即座に移動したりもします。なのにわざわざやって来たばかりか、以前皆で襲いかかったミスチフの座るソファに寄って行くではありませんか!


「ああ、フィズにコミィ、それにメディも。こんにちは」


 そう言って彼らに一瞬顔を寄せようとして、体勢的にキツかったのか代わりに人差し指を鼻先に挨拶するように近付けミスチフは微笑みます。

 その親しげな様子もそうですが、教えた覚えのない猫達の名前を違える事なく呼んでいたのも不可思議でした。

 あり得ないことの連続に驚き固まるメイジィの耳にさらに信じられないものが聴こえました。


 それは最初、なにかわかりませんでした。


 壁を隔てた離れた場所から聴こえていたそれがドンドンと近付いてきても、それが猫の唸り声であると気付いても、野良猫が入り込んだのかと思うくらいに馴染みがない声音だったものですから。

 だけど廊下から驚きと共に挙がった名前と、新たに部屋に飛び込んで来たその姿を見てメイジィは目を見開きました。


「ミラ……?」


 普段ならばメイジィが名前を呼べばミラはすぐにメイジィの元へと駆け寄って来るのにそれもなく、真っ白な毛並を逆立ててただ一点──ミスチフを見詰め牙を剥き出し唸るばかり。


 対するミスチフは驚いた様子もなく、いっそ不気味な程に平静に、微笑みすら湛えています。その側に侍る猫達も妙に静かでした。


「やあ、目が覚めたばかりかな?」

「フシャァアアアッ!」

「おっと」


 ミラは激しい唸り声とともにミスチフに飛び掛かりますが、彼は何なくそれを避けるとミラの首を掴んでソファに押し付け、足も使って動きを完全に封じてしまいました。


「ミラ!」

「ほら、メイジィも心配している。あまりやんちゃはいけないよ、ミラ?」

「ぐぅぅううッ……シャーー!」

「やれやれ」


 一向に興奮状態が治る気配のないミラに、ミスチフは軽く首を振るとふとメディの方を見ました。メディはその視線に対して目を細めると、突如として「ニャオーーン!」と声を上げます。メイジィが驚いている間にもそれに追随するようにコミィもフィズも突然けたたましく声を上げ、飛び回り、フィズに至っては弾丸のように部屋中を駆け回るものですから皆てんやわんやになりました。


 メイジィも猫達の初めての奇行に戸惑いましたが、それでも長年側にいてくれたミラが心配でそちらに意識を向けていた時、ミスチフが押さえ付けているミラに顔を寄せて何事かを呟いているのが見えました。それは部屋の喧騒に掻き消されてなにを言ったのかメイジィに聞き取れません。


 けれど、その言葉を受けてかミラが目を見開き固まってしまったのはしっかりわかりました。


(なに? なにを言ったの……?)


 すっかり力も抜けてしまったミラから手を離したミスチフはまだまだ騒がしい部屋の中を見渡して「どうやら話し合いどころでは無いようですね。私が来たせいでこうなってしまったのなら申し訳ありません。また後日機会を得られたら嬉しく思います」と和かに礼をして退室して行きました。


 まるで嵐が来たかのような有り様なのに、それでもミスチフ自身が暴れた訳ではありません。

 彼は終始一貫して穏やかな受け応えであり、寧ろ猫達が暴れた為に話し合いが打ち切りとなってしまったので今回ばかりは被害者とも言えました。


 そう、ミスチフは何もしていないのです。あのミスチフが! いつも暴言暴力を振るってきたミスチフが、一度もメイジィ達を害する事なく去って行ったのです。


 メイジィはもう頭がいっぱいでした。ミスチフの変貌も、猫達の──ミラの暴走も、何もかもが同時に起こって頭がこんがらがりそうでした。


 ただ、それでもやはり一番気に掛かってしまうのは──


「ミラ……」


 メイジィの呟きにミラは、反応してくれませんでした。



 


 烟るような雨が城下町を濡らしています。

 月一のお茶会にと登城したメイジィをミスチフが柔らかな笑みで迎え入れました。メイジィは相変わらずそれにどう反応して良いのかわからず、おずおずとエスコートされます。


 見慣れた年嵩の侍女以外に複数の侍女や騎士達がいるのも慣れません。

 いや、これが通常であるとは理解しているのですが、それでもこれまでのミスチフが彼らを散らしていたのが長かったものですから今のミスチフにメイジィはまだ慣れないのです。

 そう、【今のミスチフ】が以前の彼と同一人物だなんてメイジィにはとても思えませんでした。


 だって、優しいのです。


 メイジィに対して彼はずっと優しい。

 全然乱暴な事もしないし、癇癪を起こして当たり散らしたりなんてしません。

 暴言を吐いて、メイジィを見下したりなんて一切しません。

 ただただ穏やかで、和やかで、メイジィのことをまるで宝物を見るような眼差しで見詰めてくれます。


 その姿がどうしたって大事な存在に重なってしまって──


「メイジィ嬢……?」

「え……? あれ、私……」


 気付けばメイジィの瞳から、いくつも涙が溢れて止まらなくなってしまいました。はらはらと流れる涙は引っ切りなしでメイジィは戸惑うばかり。


「あ、ごめんなさい……私、私……ッ」


 あれからミラは余所余所しくなってしまいました。

 まるで別猫になってしまった様に、メイジィの呼び掛けにも応じず、以前ならばしなかった悪戯すらする様になりました。


 優しかったミラ。

 メイジィのお姉様としてずっと側にいてくれた大好きなミラが変わってしまった事実の方が、ずっとずっとメイジィの心に深く深く傷を負わせていたのです。


 もうメイジィはずっと混乱していました。

 何もかもがいきなり変わってしまって心が追い付いていなくて、頑張って飲み込もうと、我慢しようと思っていたものが不意に決壊してしまっていました。


(ダメ、ダメよ……早く泣き止んで私……)


 顔を俯けてこれ以上化粧が流れ落ちないようにハンカチを当ててみるも決壊したそれは止まりません。

 空いた穴を埋めたくて埋まらなくて、ドレスに出来た染みを途方に暮れたように眺めていると不意にあたたかな感触が頬に触れました。


 とても優しい、覚えのある温もり。


「! ミ……、ぇ…………?」


 それは、ミスチフの指でした。

 気付けばテーブル越しから側に移動していたミスチフが、メイジィの涙をその手で受け止めてくれたのです。


「悪いメイジィ嬢、嫌なら突き飛ばしてくれ」


 そう断りを入れてからミスチフがそっとメイジィを抱き締めました。「これなら誰にも見えないから」とただ優しく、メイジィの顔をその肩で隠してくれたのです。


 その柔らかな仕草が、自分を慰める眼差しがどうしたって愛しい存在を想起させて。


「ふっ……、ぅぅ……………!」


 メイジィがそれから泣き止むまで暫く、ミスチフはただただ優しくその背を撫でて抱き締め続けていました。



「……大変見苦しいところをお見せしました」


 沢山泣いてスッキリしたメイジィは、同時に襲い来る羞恥心に耐えていました。

 いつの間にか侍女達を下げていたのか、部屋にはニコニコと微笑むミスチフとメイジィだけになっていました。


「それにあと、その……お召し物も……」

「ああ、これは気にしないで。君の婚約者としての特権と思えば嬉しいくらいさ」

「で、でも……」

「ふふ、照れてる君も可愛らしいね」

「ぁ、ぇ……ぅぅ…………」


 ミスチフの豪華な装いにがっつり跡がわかるほどに染みを作ってしまって恥入るメイジィに、ミスチフは爽やかに答えてさらにメイジィを真っ赤にさせます。


 幼い頃からミスチフと婚約してきて、こんな歯の浮くような事を言われたのは生まれて初めてでしたから、メイジィには全く耐性がありません。


 もう淑女として取り繕うことも全然できずカチコチに固まってしまったメイジィにミスチフは流石に可哀想に思えて「それなら」と一つ提案をしました。


「もし君が嫌じゃなければだけど、『メイ』と呼んでも良いだろうか?」

「え?」


 予想だにしてなかった言葉にメイジィが目をぱちくりとさせればミスチフは「ダメかな?」と困ったように微笑みます。それに思わず「い、いえ、婚約者なのですし、構いませんわ」とメイジィが慌てて了承すれば、一転華やかな顔で「良かった」とミスチフは喜びました。


「メイ」

「はい」

「メイ、メイ」

「はい、あの……ミスチフ殿下?」

「ふふふ、ごめんね? ずっと、……そうずっと呼んでみたかったから」


 目を伏せてそう噛み締めるように言う姿にメイジィは不思議に思います。

 だってミスチフはずっとメイジィの事を「おい」とか「お前」とか呼ぶ事が多くてまともに名前を呼ばれた事がなく、そもそも婚約者の名を覚えているのかすら怪しかったものですから無理もありません。


(ミスチフ殿下って結構まつ毛長いのね)


 こんなに近くで、こんなに落ち着いた雰囲気で彼を眺める機会のなかったメイジィは今更そんな発見をしました。


(こうして静かにしていれば綺麗な顔をしているの、に……)


 ふとここに至ってようやく、自分がずっとミスチフに抱き締められたままだと気付いたメイジィ。

 途端にまた熱がぶり返して「あの、その、殿下そろそろ離し……」とあわあわと伝えれば、ミスチフはキョトンとした後に一転まるで悪戯を思いついた猫のような笑みを浮かべて「つれない事を言わないでメイ」とさらに密着してきたのでメイジィはもう全身が熱くなってのぼせそうになりました。


(私、どうしちゃったのかしら)


 メイジィは混乱します。


(殿下にはあれ程恐怖を覚えていたのに。近寄られるだけで身が凍りつくようだったのに)


 メイジィは戸惑います。


(だって、そうだって──)


 メイジィはミスチフを見詰めました。

 ミスチフもメイジィを見詰めました。


(だって、あまりにも似ているのよ)


 柔らかく細められる眼差し。

 あたたかさを宿したその瞳。

 そして先ほどの涙を拭ったその仕草すべて全て。


(ああ……)


 ありもしない真っ白な毛並みをメイジィは幻視しました。





 月が何度も満ちては欠けて、二つほど季節が過ぎゆき、遂にはメイジィとミスチフの結婚式も近付いていました。


 ミスチフはずっと優しく、ミラはずっとおかしいままで、慌ただしく準備が進められていきます。


 二人の結婚はもう確実で、メイジィだって否やを言うつもりもなく、それらを受け入れていました。

 そうして式がふた月後に控えた夜会にてミスチフと二人、沢山の貴族と交流して疲れたメイジィは人のいないバルコニーでぼんやりと月を眺めていると、そっと肩にあたたかい物が掛けられました。


「メイ、風邪を引いてしまうよ」

「ミスチフ様」


 真っ白でふわふわのショールはどこかミラの毛並みに似ていてついメイジィはつい手を滑らせてしまいます。

 それを微笑ましく見つめた後ミスチフはメイジィの隣に並ぶと同じように夜空を照らす月を黙って見上げました。


「…………私、ずっと混乱していました」


 メイジィはポツリと呟きます。


「あの日から貴方もミラも変わってしまった。何がなんだかわからなくて、どうしたら良いのかもわからなくて、私ずっと混乱していました」

「うん」

「どうしてかしらって、何が切っ掛けだったかしらって考え続けて……ある日思い出したの」


 煌々と光り輝く月を見上げたままメイジィは続けます。


「貴方が目覚める前も、こんな月の夜だったわ」


 満月から目を離しメイジィが確信に満ちた瞳を向けた先で、ミスチフは黙って微笑みを湛えています。


 メイジィはそれを見てさらに確信を深めました。


 真っ白な毛並みが、慰めてくれた温もりが、優しい眼差しが、満月に照らされていた夜をメイジィは思い出していました。


「どうして……どうして黙っていたの? どうして教えてくれなかったの? だって貴方はッ──!」

「駄目だメイジィ」


 しーっとまるで幼子にするような仕草でミスチフはメイジィの唇に人差し指を押し付けました。「それ以上は言ってはいけない」と。


「……言ったら、戻ってしまうの?」

「ふふ、悪戯はね、バレてはいけないんだよ?」


 ミスチフはまるで悪巧みを企む猫のような笑みを浮かべたあとに、それをふっと力無いものに変えました。


「君を悲しませるつもりは無かったんだ。ただ……助けたかった。だから君の言葉を聞いた時ちょうど良いと思ったんだ」

「ミ、スチフ様」


 呼び方につっかえたメイジィに、「ふふ、昔のようにはいかないの、少し寂しいけれどね」とミスチフは切なげに相貌を崩しました。

 メイジィはそれを見て胸が締め付けられるようで、熱いものが瞳に込み上げてくるのをぐっと我慢しつつ、ミスチフの手をギュッと握ります。

 ミスチフはその手を握り返しながら「ふふ、私は幸せ者だなあ……」と顔を綻ばせしみじみと呟きました。


「ねえ、メイ」

「はい」


 ミスチフは逡巡ののちに慎重に言葉を紡ぎました。


「きっとこんな事を言われたって君は戸惑うだろう。君の傷付いた心も、受けた苦痛も無くなった事にはならない。許す必要だって無い。恨んだままで良い、すぐ忘れても良いから、ただ聞いてくれないか? ──かつてのミスチフの事を」

「……はい」


 ミスチフはメイジィの返事に「ありがとう」と微笑むと話始めました。


「──かつてのミスチフは、ずっと頭に靄が掛かったようなものだった。メイジィも高熱を出して寝込んだ事があるだろう? 頭が上手く回らなくて身体の不調を抜きにしてもとても普段通りの事は行えなかった筈だ。かつてのミスチフは、そんな状態が常だった」

「そんな……」

「世界は扉の隙間から覗くように狭く見え、耳には綿が詰まっているよう。そのくせ、嫌な事や嫌な言葉は入ってきてしまうんだ」


「困ったものだよね」とミスチフは戯けるように肩を竦めて見せますがメイジィは何も言えませんでした。


「王子として兄達のようになりたくて両親に認められたくて自分なりに努力しても求められている事は出来ず、同じ失敗を繰り返してしまう。失望、侮蔑、嫌悪に諦念、かつてのミスチフに向けられるのはそんなものばかりだった」

「……」

「味方なんて殆どいない。婚約者だってきっと自分の事なんて嫌いな筈だ。それでも毎月会いに来てくれる数少ない人だから、自分の婚約者だから、疑心暗鬼でも大切にしようとは思っていた。だけどそれも上手くいかない。頭に付いた虫をこっそり取ってあげようとしたら力加減を間違えてしまう。茶会の前、自分を侮る若い侍女が雑巾で拭いたのだと同僚に下卑た笑みで話していた茶器を出されて激昂して荒れる様を見せてしまう。そんな奴だったのさ」


 メイジィは言葉もありませんでした。どう受け止めて良いのかもわかりませんでした。

 頭の中はグルグルとしていて、怒りが、悲しみが、同情が、憐憫が、憤慨が、憎悪が渦巻き混ざり合って気持ち悪いくらいでした。


 そんなメイジィを見て「やはり困らせてしまったね」とミスチフは申し訳なさそうにその頬を優しく撫でました。

 その馴染みのある仕草に息を吐きつつ、メイジィは混沌とする頭で考えます。


(この人が"かつて"を語ってくれたという事は、"かつて"を語れるという事はつまり──)


 グルグルした思考のままメイジィが視線を落とせば、真っ白でふわふわのショールが目に映って。


「ねえ、メイ。ミラは元気にしているかい? 君を引っ掻いたりはしているかい?」


(ああ……)


 メイジィの反応を見てミスチフは嬉しそうに「そうか」と呟くと、メイジィをそっと抱き寄せました。


 満月は変わらずに煌々と照っていて。

 二人以外に誰もいないバルコニーで、眩しいほどのその光だけがただただ静かに、二人を照らしていました。





「ッああ! またカーテンがビリビリに……! ミラ様ぁ! フィズ様ーー!」


 侍女の嘆きと叱る声が響き渡り、二匹の猫がダダダッと屋敷を駆けていきます。


 メイジィとミスチフが晴れて結婚式を挙げてから、もう日常となった風景です。


 悪戯っ子になったミラは、元々悪戯っ子だったフィズと波長が合ってしまったのかこうしてよく二匹で悪戯する仲です。

 悪い事を教える先輩のようにフィズが先導して行われるそれらに侍女はさらに頭を抱えています。


 フィズと一緒にやらかしている事が多くなったミラですが、他の二匹とも仲良くしています。


 コミィとは最初よそよそしくしてましたが、フィズがコミィに当たる時などはコミィを庇うようにミラがよく前に出ていたので次第にコミィとも打ち解けていきました。

 今ではコミィのふくよかボディを枕にして二匹仲良く日向ぼっこしている姿も見れます。


 メディとは不思議な関係です。

 よくフィズと二匹で嗜められていたり、ミラ単独でやらかした時などは保護者のように側で監視されていますが、ふとした時に互いに寄り添って毛繕いし合っていたりします。


 またミスチフが婿入りしてくるに際して何人かの従者が伴われましたが、かつてのミスチフが唯一側に置いていた年嵩の侍女だけはミラの世話がしたいと願い出てミスチフからの勧めもあり、猫の世話係となりました。

 ミラを見詰めるその瞳はどこまでも慈愛に満ちていて、ミラもよくその侍女の膝の上で微睡んでいました。


 そんな、そんなミラの姿を見て、メイジィはなんとも言えない気持ちに襲われていました。


 メイジィとミラの関係だけはまだまだ難しいのです。

 最近はメイジィが名前を呼べば反応するようになりましたが、どこか遠慮がちで、それでもメイジィに向かって大きな虫が飛んできた時などは颯爽と現れて退治してくれたりもしました。


 メイジィもまだどうして良いのかわかりません。

 グルグルする気持ちは、重く積み重なった記憶達はまだ苦く、確かにそこにあるままです。


 それでも。


 それでもメイジィは前を向きたいと、今を見詰めたいと思いました。


 自分の隣で優しい眼差しで手を握ってくれる人がいるから。


 過去を許せなくても、今を、明日を素晴らしいものにしたいから。


 だから少しずつ変えていけたらとメイジィは強く瞼を瞑ってから顔を上げました。





 メイジィは婚約者が嫌いでした。

 幼い頃に決められた政略結婚。

 初めての顔合わせでも、その後の交流でも乱暴な婚約者がメイジィは大嫌いでした。


 だけど今は違います。


 ある日から婚約者がかわりましたから、メイジィは今の婚約者がすっかり大好きになりました。


 同じようにずっと一緒だった猫のミラも多少乱暴者にかわってしまいましたが、構いません。


 だって──



「だって、猫なら──可愛いですから」




◻️蛇足な補足

メイジィ大好き新生ミスチフ様はメイジィがこれまで受けた扱いを許している訳ではないので、王家に対してどうやって報復してやろうかなあとニコニコ計画を練りねりしてます。


しかしこれってGLになるんですかね……?

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― 新着の感想 ―
お猫様は至高。お猫様の前では性別問題なぞ塵芥も同然。 新生ミスチフはだいぶ賢いから的確な王家への嫌がらせが出来そう。特に王妃。鬼姑は婚前に心折っておかないと新婚生活楽しめないですし。
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