第5話 賢者の石(後編2)
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学院に戻ると、わたしはアベル殿下のところへ行きました。
さすがに、230万ゴルのお宝を持ったまま飛び移ったりは出来ません。
素直に階段を登りました。
それなりに重さがあるため、階段を登るのが辛くて仕方がありません。
最上階にたどり着いたときには、息が切れていました。
わたしは何とか研究室の中に入りました。
そして、マーリン154号を机の上に置きました。
「ご苦労だった。それが例の品か?」
「そうですけど――それよりも、やっぱり階段をなんとか――」
「断る」
「まだ言い終わってすらいないのに……」
殿下はわたしの言葉を無視して、マーリン154号を包んでいた袋を取りました。
そして、目を輝かせながらそれを見ていました。
どう見ても古びた箱です。
賢者の石の代わりにはならないでしょう。
――子供っぽいところもあるのですね、
もっとも、これを手に入れるための財力に子供らしさなど一切ありませんでしたが。
「殿下、これ、いくらしたと思います?」
「250万ゴルくらいか?」
「……230万ゴルです」
わたしとしては『そんなにしたのか!』と言って驚いて欲しかったのですが。
殿下の金銭感覚からすれば驚くほどの金額ではなかったようです。
こういうところは、王族なのですね。
「それで、変わったことはなかったか?」
「そう言えば、オークション会場からここに来るまでの間に、襲われました」
「襲われたか。そうか」
殿下は一瞬嬉しそうに笑みを浮かべました。
ですが、すぐに取り繕って表情を消しました。
「今、喜びましたよね?」
「黙秘する」
「喜びましたよね?」
「それよりも、犯人は捕まえたのか?」
「その前に、私の心配をするべきでは?」
「いらぬだろう。どこからどう見ても無傷だ」
「まぁ、そうですけど」
事実ではありますが、釈然としません。
「犯人ですが、撃退はしたものの逃げられてしまいました。殿下の大切な『古びた箱』が傷ついてはいけませんので、追ったりはしていません」
「いい判断だ」
わたしの嫌みに対し、殿下は笑顔で返しました。
「それじゃあ、私はこれで失礼しますね」
「待て」
「……何ですか?」
「せっかくここまで来たのだ。事件の真相を話そう」
「分かっているのですか?」
「予想はついていた。それが今は確信に変わっている」
殿下は紅茶を一口飲みました。
そして、事件について語りだしました。
「まず、誰が盗んだのか――盗むことが出来たのかを考えてみよう」
誰が盗むことが出来たのか。
「結論から言えば、賢者の石は盗まれていないのだよ。ケースに入っていた賢者の石は、最初から偽物だったのだ。彼らはどうやって賢者の石を本物だと主張した?」
「魔法使いたちに、魔力を感じ取らせて」
「そうだ。賢者の石となれば、見てみようという魔法使いがたくさんいただろう。近くから見ることは許さないが、彼らには賢者の石が放つ魔力を感じ取らせた。君もその一人だ」
わたしはそれに同意しました。
これまで感じたことがない魔力。
その威圧感は、伝説の賢者の石と呼ぶにふさわしいものでした。
「あれが偽物だとは思えません」
「いいや、あれは偽物だ」
殿下は見てきたかのように言います。
「では、あの魔力は何だったのですか?」
「簡単なことだ。偽物の賢者の石の下に、本物の賢者の石を設置しておくスペースを作っておいた。ただそれだけだ」
「よく分かりません」
わたしがそう言うと、殿下は紙に『凸』と書きました。
「これが、賢者の石が保管されていた台座を横から見た図だ。賢者の石はどこに置かれていた?」
「この出っ張っている部分です」
「正確に」
「出っ張っている部分の上です」
「そうだ。だが、それは偽物だ。賢者の石は、本物の賢者の石は、この出っ張っている部分の内部――本物の下にあったのだ。だから、ケースの中から魔力が漏れているように感じたのだ」
「いや、でも、本物の賢者の石はどうやってそこに入れたのですか? 台座は床に固定されているんですよ?」
「それなら、床の下から入れたのだろう」
「床の下から?」
「台座の内部が空になっていて、その底面に穴が開いているのだろう。勿論、床にも同じ形の穴が開いている。だから、どこかから床下に入り、床下から本物の賢者の石を出っ張っている部分の内部に設置したのだ」
「それじゃあ、あそこには偽物の賢者の石と本物の賢者の石が両方あったのですか?」
「そうだ。後は、展示が終わったら本物の賢者の石を引き抜くだけ。そこにあるのは、偽物のみ」
わたしは納得しました。
事前に魔法使いに公開したのは、その魔力を感じさせるため。
そして、ケースの中に展示されているのが本物だと思い込ませるため。
本物を下から取り出せば、台座に残るのは何の魔力も持たない偽物というわけです。
「つまり、あのケースを作った時点で、このやり方は考えられていたということですか?」
「というよりも、この計画のために作られたケースだと考えていいだろう。君の話では、このケースは賢者の石の所有者が持ち込んだものらしいじゃないか。設置もその者が行ったとか」
「その時に、床にも穴をあけておいたのですね」
「そうだ」
種は分かりました。
確かに、出来ないこともありません。
「でも、どうしてそんなことを」
「勿論、賢者の石の落札価格を上げるためだよ。オークションで売却することになっているだろう。話題になれば、それを購入した者の名もより広く報道されることになるだろう。成金貴族にしてみれば、その付加価値に金を払うことも出来るはずだ」
確かに、こんな騒動があれば落札価格は高くなるはずです。
そのために一度盗まれたことにするとは、迷惑極まりない話です。
もっとも、その報いは既に受けています。
所有者は殺されてしまっていますから。
「では、誰が賢者の石の所有者を殺したのですか?」
「彼に恨みを持つ何者かだ。少なくとも、この計画を知っている必要がある。後は、憲官が調べればいい話だ。ところで君。まだ疑問が残っているのではないか?」
「え、何ですか?」
「賢者の石がどこに行ったのか、ということだ」
言われてみれば、そうでした。
「そもそも、俺たちの目的は賢者の石だったはずだ」
「それはそうですが……」
「賢者の石を盗んだとして、どこに保管しておけばいいと思う? 強い魔力を放っているため、魔法使いがいれば隠されていても簡単にどこにあるかは分かってしまうだろう。つまり、建物内の魔力検知が届きにくい場所にあると考えられる」
魔力検知が届きにくい場所。
魔力が漏れ出ない空間。
「……魔導具を保管する箱」
「そうだ」
そういう物があの会場にありました。
魔導具同士の干渉を避ける道具――そのプロトタイプ。
今回わたしが競り落としたマーリン154号です。
殿下は、机の上にあるマーリン154号をその蓋を開けました。
すると、そこには真っ赤な宝石――賢者の石がありました。
「こういうわけだ」
「つまり、殿下は犯人の策を利用して、賢者の石を安く手に入れたというわけですね」
「そうだ」
呆れるしかありません。
まさか、犯人の策を逆手にとって賢者の石を安く手に入れるとは。
それ以前に――。
「もしかして、オークションでこれを競り落とそうとしていた人が犯人ですか?」
「その可能性は高いだろう」
「だとすれば、途中で私を襲った人たちも、その一味ですね。マーリン154号の中に賢者の石があることを知っていて、それを奪おうとした。ちなみに、殿下はそこまで予想していたのですよね?」
「君なら余裕で返り討ちだろう? それに、君はそのことをあまり気にしていない。違うか?」
「……それは否定できません」




