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第4話 賢者の石(後編1)

     1


 三日後――。

 結局、賢者の石の行方は分かっていません。

 所有者を殺害した犯人も分かっていません。

 事件の調査はあまり順調とは言えない状況です。


 そんな中、オークションは予定通り行われることになりました。

 商会としても、稼ぎどころです。

 事件があったとしても中止にするわけには行かないのでしょう。

 それを聞いた殿下は、嬉しそうにしていました。


「そうか。オークションは続行か。それは何よりだ。では、セレナ。君に頼みがある」

「何でしょう?」

「競り落としてほしいものがあるのだ」

「賢者の石は見つかっていませんよ?」

「別のものだ。この『マーリン154号』を競り落としてほしい。金なら用意した」


 見れば、大量の金貨が机の上に置かれたままになっていました。

 不用心――とは言えませんね。

 ここに来る人間は限られています。

 下手な金庫に入れておくより安全でしょう。


「このお金、元々賢者の石を手に入れるために用意したものですよね? 使ってしまっていいのですか?」

「構わない」

「あと、そのマーリン154号というのは、どういうものなのですか? 古い箱にしか見えませんが」

「聞きたいか?」


 どことなく嬉しそうな声で殿下は言います。


 ――これ、聞いて欲しがっていますね。


 聞けば時間を取られることになるでしょう。

 ですが、何も知らないままよく分からないものを競り落とすというのも不安です。

 いくらかかるかも分かりません。


 いや、ちょっと待ってください。

 聞いたことがあるような気がします。


「これって、以前教えていただいたものですよね? たしか、魔導具を保管するための箱だとか。歴史的価値はあるけれど、道具としての性能はそれほど高くないそうじゃないですか」

「そうだ。覚えていたか」

「それは覚えていますが……」

「ならば、頼む。すべて使ってしまっても構わない」

「分かりました」


 あのマーリン154号は、それなりに価値があるものなのでしょう。

 ですが、賢者の石ほどの価値があるものとは思えません。

 これだけあれば、確実に競り落とせるでしょう。

 それでわたしの仕事は終わりです。

 まぁ、勿体ないですが。


     2


 オークション会場に行くと、記者や野次馬が集まっていました。

 賢者の石の出品は取り消されています。

 しかし、強盗殺人事件によってオークション自体への注目は集まっていました。


 わたしはカタログを提示して、会場へと入りました。


 会場内には、高級なスーツやドレスに身を包んだ富裕層がたくさんいました。

 それとは対照的に、貧乏学者といった様相の人もいました。

 こんなところで散財出来るような身分とは思えません。

 好事家の魔導具研究者にでも依頼されて、何かを競り落としに来たのでしょうか。

 わたしのように。


 しばらく待っていると、オークションが始まりました。

 壇上にハンマーを持った男性が立ちます。


「大変長らくお待たせいたしました。それでは、オークションを開始します」


 男性がそう言うと、最初の商品が運び込まれてきました。


「最初の品はこちら。『マーリン154号』です。これは、『魔導具の祖』とも言われるかの高名な魔法使いマーリン・ドロフィーヌが研究のために作り出した魔導具です。その歴史的価値は計り知れません。皆様のコレクションの一つとして迎え入れてはいかがでしょうか」


 わたしは気が重くなりました。

 壇上の男性は、製作者と歴史的価値の話しかしませんでした。

 それから考えると、実用性はかなり薄いのでしょう。


 勿体ない。

 実に勿体ないですが、殿下の依頼なので仕方がありません。


「それでは、50万ゴルからスタートです」

「60万ゴル!」


 わたしは手を挙げながら言いました。

 とりあえずは様子見――。

 そのはずだったのですが、何故か注目を集めていました。

 何かおかしなことをしたでしょうか。


「お客様。価格につきましては、こちらで提示させていただきます。その価格で購入を希望される場合は、お手元の札をあげてください」


 その為の札だったらしい。


「すみません。最近の仕組みは知らなかったもので」

「以前からこのやり方でさせていただいております」


 いらない恥をかいてしまいました。

 わたしの中でのオークションのイメージは、これだったのです。


「それでは、再開いたします。先ほど威勢よく60万ゴルと仰っていただいたので、70万から再開させていただきます。70万ゴル、いらっしゃいませんか?」


 わたしは札をあげました。

 すると、会場から笑い声が上がりました。


「大変ありがたいお客様です。それでは、80万ゴル。いらっしゃいませんか?」


 司会の男性がそう告げたことで、わたしは気づきました。

 何もしなければ、わたしが60万ゴルで落札できていたのです。

 それなのに、自分で価格を10万ゴルも吊り上げてしまったのです。


 最悪です。

 無駄に恥をかいてしまいました。

 ですが、損をしたというわけではなかったようです。


「はい、80万ゴル」


 80万ゴルで札をあげた参加者がいました。

 それは、先程見た学者然とした男でした。


 いずれにせよ、50万ゴルでの落札は不可能だったということになります。

 彼のおかげで、わたしの愚行が正当化されました。

 ありがたいことです。


 いや、違いますね。

 彼がいなければ、70万ゴルで落札出来ていたはずです。

 あの男は敵です。

 わたしにお金を浪費させようとする敵なのです。

 わたしのお金というわけではありませんが。


 それにしても――。

 あの男は、身だしなみに気を使わないだけで金持ちなのでしょうか。

 いや、それはなさそうです。


 何にせよ、わたしのやることは変わりません。

 殿下の代わりに、あの魔導具を競り落とすだけです。


「90万ゴル! はい、90万ゴル。100万ゴル! はい、100万ゴル」


 次々と金額が吊り上がっていきます。

 他人の金ではあるものの、その額の大きさに胃が痛くなる思いでした。


 110万、120万、130万。

 金額はどんどん上がっていきました。

 それでも、わたしと男性は降りませんでした。

 すると、男性が声をかけてきました。


「お嬢さん。無駄に金額を吊り上げるのは止めたらどうだね?」

「おや、諦めていただけますか?」

「諦めることはない」

「その割には金額が小刻みですね」

「必要以上に値を上げる必要はない」

「でしたら、諦めていただけませんか? こちらは300万ゴルまで出す用意があるのです」

「こちらには、それ以上の資金がある」


 嘘でした。

 こういう時、この能力は便利です。


「170万ゴル!」


 わたしたちの小刻みな戦いは続きました。

 そして――最終的には、230万ゴルでわたしが落札することとなりました。

 最初は50万ゴルからスタートだったのに。


 この男のせいで、180万ゴルも無駄にさせられてしまいました。

 給料10か月分です。

 全く、無駄なお金を使わせてくれましたね。


     2


 わたしはマーリン154号を受け取ると、すぐにオークション会場を出ました。

 このような高額な品を持っていたくはありませんでしたから。

 とりあえず、殿下の部屋にまで持って行けば、後は安全でしょう。

 あそこは、下手な宝物庫よりも厳重なセキュリティに守られています。

 ある意味で。


 わたしは魔法学院にまっすぐ向かいました。

 その途中で、複数の気配がわたしを追ってきていることに気づきました。

 目的は考えるまでもなく、このマーリン154号でしょう。

 だとしても、気になることがあります。


 そもそも、何でこれを欲しがるのでしょうか。


 マーリン154号は、230万ゴルで落札しました。

 だけど、それ以外にも高額商品は沢山あるはずです。

 最低価格が230万ゴルを超えるものも、カタログには多数掲載されていました。


「ま、いっか」


 わたしは考えるのを止めました。

 正当防衛――わたしはその言葉が嫌いではないのです。

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