第1話 賢者の石(前編)
1
アベル殿下からプロポーズのようなことを言われ――。
その後も、わたしは仕事を続けていました。続けることが出来ていました。
おそらく、アベル殿下からの恩情なのでしょう。
ただ――これまでどおりというわけには行かないようです。
もしかしたらわたしの気のせいかもしれませんが――。
少しずつ距離が離れていっているような気がするのです。
会話の中身も事務的なものばかりになっていきます。
そういえば、弟子入りの件については、話がうやむやのままになっていました。
この状況下で認められるとは思いませんけれど。
それでも、事件は起きます。
この日、わたしは例のごとくアベル殿下のお世話の仕事をしていました。
とは言っても、最近は物資を持っていくくらいしか仕事がありません。
ここでの仕事は、基本的に暇なのです。
アベル殿下との関係は、言葉にしづらいものがあります。
何を話せばいいのか分かりません。
わたしは暇をつぶしながら、部屋の中を見回していました。
すると、机の上に一冊の本があるのを見つけました。
何かのカタログのようです。
「殿下、これは何ですか?」
「今度行われるオークションの案内だ。出品されるのは主に古い時代に作られた魔導具だな」
「そうですか」
「そうなのだ。君も魔導具について学びたいのであれば、一度行ってみるといい」
「はぁ」
あまり興味がわきませんでした。
過去に作られた魔導具に価値があるのは分かります。
ですが、わたしが知りたいのは現代のものなのです。
ただ、また無言のままに戻るのも気が引けます。
だから、もう少しだけ詳しく聞いてみることにしました。
「おすすめのものはありますか?」
「歴史的価値を考えると、この『マーリン154号』は見ておいた方がいい。これは、マーリンという魔法使いが作成した実験器具。知る人ぞ知る逸品だ。主な用途としては、魔導具の保管だな。他の魔導具からの干渉を避けるための仕組みが組み込まれているのだ。歴史的資料としての価値も高く、魔導具職人たちの間では――」
「そこまでで結構です」
このままだと、延々と話しかねません。
この方は、魔導具のことになると本当にイキイキとしますね。
話し続けているところに申し訳ありませんが、区切らせていただきました。
「君に一つ頼みたい仕事があるのだが」
「なんでしょう?」
「君は『賢者の石』というものを知っているか?」
「確か、古代魔導具の一種でしたよね? 見た目は赤い宝石ですが、膨大な魔力を貯蔵している人工物だとか」
「そうだ。それを所有していた貴族が最近死んだらしい。そして、その遺品がオークションにかけられることになった」
「そうですか」
「それを競り落としてきて欲しい」
正直言って、気が乗りません。
賢者の石は非常に希少であり、コレクターズアイテムとして人気が高いものです。
そのため、競り落とすにしてもかなりの金額が必要となるでしょう。
お金の使い方は自由です。
とはいえ、そのような散財の仕方は他人の金であろうと強いストレスになります。
「何でそんなものが欲しいのですか?」
「今作っている魔導具に組み込みたいのだ」
「それほど出力が大きな魔導具を作っているのですか? 一体、どんなものを?」
「それは君には教えられない。だが、完成した暁には、その運用に君の協力を得たいと考えている。その時が来たら、必ず話す」
そう言われたら、これ以上追及することは出来ません。
それに、わたしは彼の弟子になろうとしているのです。
雑用をこなすのも弟子の仕事。
そう考えれば、断るわけには行きません。
「分かりました。このセレナ・アリアーナ。万難を排して拝命いたしましょう。殿下の弟子として」
「それについては、了承した覚えはない」
「駄目なのですか?」
「君は、白色魔力を作成する魔導具を作りたいと言っていたな。だが、やはり危険だ。俺は君を危険にさらしたくない」
「大丈夫です。これでもわたしは強いのですよ」
「それでも、個の限界というものはある。君がやろうとしていることは教会を一人で敵に回す行為だ。あの後、君の言葉の意味を考えていた。そして、あることに気づいた」
殿下は苦々しげに言います。
「君は、あの計画さえ成功すれば、自分が死んでしまっても構わないと思っているのではないか?」
「それは……」
否定できませんでした。
計画が成功すれば、命を落としても構わない。
確かに、わたしはそう考えていました。
わたしに限らず――。
聖女候補たちは自分の命を軽く見積もるよう教育されてきました。
その価値観が今でも続いているのです。
それがアベル殿下を苦しめてしまったようです。
「だから、俺は君を弟子にしたくないのだ」
「……分かりました」
「オークションについては、嫌なら断ってくれて構わない」
「いえ、一度引き受けたからには、やり遂げます」
3
オークション会場となったのは、城下町にある大規模商業施設でした。
ここは商業ギルドが建てたものです。
その中に組合員が利用できる施設がいくつか存在します。
オークションはここの一階にある大ホールで行われることになっていました。
実際にオークションが行われるのは、七日後のこと。
ですが、今日からオークションにかけられる品々が展示されることになっています。
施設の中に入ると、沢山の人でごった返していました。
普段は商人ばかり集まっているらしいですが、今日は違いました。
観光客や地元民が多く押しかけています。
中には、いかにも魔法使いといったような服を着た人も多くいます。
学院関係者も見かけました。
彼らの目的はオークション――特に『賢者の石』でしょう。
「賢者の石の見学をご希望の方は、こちらへお願いします」
どこか聞き覚えのある声。
わたしは声のした方向を見ました。
そこには見覚えのある少年の姿がありました。
声を張り上げて、見物客たちの整理をしています。
わたしはこっそりとその少年に近づき、背後から声をかけました。
「どうも」
少年はこちらを見上げ――顔を青くしました。
「セ、セレナ様!? まさか、僕を殺しに――」
「いや、どうしてそうなるのですか」
そこにいたのは、両替少年でした。
今日は商会の制服のような、ややフォーマルな服装をしています。
商会関係者の家族だったのでしょうか。
だとすれば、大量の50ゴルは商会で確保したのかもしれません。
それにしても、この少年は怯え過ぎではないでしょうか。
彼にとって、わたしは両替をしてあげた親切なお姉さんであるはずなのに。
――私、そんなに怖いでしょうか?
小柄ですし、威圧感もないはずです。
「それよりも、君はどうしてここに?」
「僕がしたことを父が知ってしまったのです」
「したこと?」
そう言えば、彼はわたしに毒を盛ろうとしていたのでした。
実害がなさすぎて忘れていました。
「父は商業ギルドの会員なので、罰としてここでタダ働きをするように言われました」
「そうでしたか。大変ですね」
「他人事!?」
「聞いてはみましたが、君の事情にあまり興味はありませんので。ところで、賢者の石の見学は君に言えば大丈夫なのですか?」
「はい。僕が案内することに――」
少年はそこで言葉を止めました。
このままいくと、彼がわたしを案内することになるのでしょう。
何故なのかは分かりませんが、彼はわたしのことを恐れているようなのです。
――まぁ、少しだけ仕返しをさせてもらいましょうか。
私は彼の手を掴みました。
「それでは、案内をお願いできますか?」
「僕は列の整理をする係なので」
「ところで、貴方のお仲間もこの中にいらっしゃるのではないですか? 商会の関係者が徒党を組んで人を毒殺しようとした。大変なスキャンダルですね」
「こちらへどうぞ!」
4
少年は死にそうな顔になりながらも、わたしを大ホールへと案内しました。
途中で手を離したがっている気配を感じましたが――。
いや、感じたからこそ、わたしは少年の手をしっかりと握りました。
――やっぱり、魔法使いがある程度いますね。
大ホールの中には、魔法使いの姿がちらほら見られました。
警備兵にも魔法を使うための杖を持っている者が多く見受けられます。
オークションに出される魔導具は、壁際に並べられて展示されていました。
一目見ただけでは何に使うのかも分からない古びたものばかりでした。
その中でも、いっそう人だかりが出来ている場所がありました。
おそらく、あそこに『賢者の石』が展示されているのでしょう。
賢者の石と言えば、多くの魔法使いが憧れる古代魔導具です。
実際に購入しようとする人は少ないでしょうが――。
一目見てみようと軽い気持ちで来る人はたくさんいるでしょう。
わたしは彼らに混ざって賢者の石の近くまで行きました。
賢者の石は、透明なケースの中に入って展示されていました。
それは、真っ赤な石でした。
何故だかは分かりませんが、宝石のように加工されています。
用途から考えれば、加工する必要はないように思えるのですが。
見栄えの問題でしょうか。
いえ、それは大した問題ではありませんね。
見栄えなどどうでもいいことなのです。
――これは……本物です。
賢者の石からは、抑えきれない強い魔力が漏れ出ていました。
ケースで覆われていても、これほどの魔力を感じるのです。
秘められた魔力量がどれほどのものなのか、分かりそうにありません。
ですが、一つだけ言えます。
これを使えば、どんな魔導具でも動かせるでしょう。
今の技術では作れない代物。
その価値は計り知れません。
だからこそ気になることがあります。
このような希少な品を展示するには、警備が薄すぎやしないでしょうか。
ここには不特定多数の人間が入れるようになっています。
それに、警備員もただいるだけといった様子です。
最初から盗まれる可能性があるなどとは思っていないのかもしれません。
「盗難の危険はないのですか?」
「ありません」
わたしが尋ねると、両替少年は即答しました。
「このケースはあらゆる魔法的攻撃にも耐えられるものです。このケース自体も古代魔導具なのです。これが壊れるような攻撃を受けた場合、賢者の石も壊れます」
わたしはケースを見ました。
――成程。
確かに合理的ですね。
これを盗み出そうとすれば、ケースを破壊する必要があります。
ですが、ケースを破壊できるほどの衝撃が与えられれば――。
その中身も粉々になってしまうというわけです。
「ケースはどうやって開けるのですか?」
「錠が四つついています。四つの錠を開けるための鍵は、それぞれ別の人間が持っています。ですから、その中の一人が盗み出そうとしても、取り出すことは不可能です」
「そうですか」
盗難の心配はなさそうです。
資金についても、殿下が十分用意してくれています。
後は安心してオークション当日を待てばいい。
わたしは一安心しました。
一安心してしまいました。
『賢者の石、盗まれる』
これが翌日の新聞の見出しでした。




