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第5話 呪われた王子、アフターフォローをする

【Side アベル・ド・ドラゴニア】


     1


 俺には呪いがかけられている。

 そのため、出来る限り人には会わないようにしている。

 だが、それでは生活が出来ない。

 だから、必要最低限の身の回りの世話をしてくれる従者が必要となる。


 今でこそセレナが色々とやってくれている。

 だが、それより前は『モブ』という男がその役割を担っていた。


 奴はドラゴニア王国から派遣されてきた従者だ。

 用事があるときに、窓から旗を出しておくとここまでやってくる。


 だが、正直言えば、あまり関わりたくない。

 その理由は二つ。


 一つは、奴が変態だからだ。

 奴には俺の呪いに対する抵抗力はない。

 だが、恐怖を快感に自動変換してしまうスキル――ではなく性癖を持っている。

 俺に積極的に近寄ってくるのが気持ち悪い。


 もう一つは、奴がスパイだということだ。

 奴以外に俺の世話をすることは出来ない。

 たから、俺は奴を追い出すことが出来ない。

 例え、スパイであることを自ら公言していたとしても。


 それでも奴に頼らざるを得ないこともある。

 それは、奴がスパイであり、蛇の道に通じているから頼めることだ。

 最近は、そういう物は少なくなっていた。


 だが――。

 今回ばかりは、協力を要請しなければならない。


     2


「お呼びですか?」


 モブは顔色一つ変えずに、部屋の中に入ってきた。


「ああ、お前に頼みたいことがあるのだ」

「何なりとどうぞ」


 俺は今回セレナの身に起きたことをモブに説明した。

 両替少年が現れたこと。

 その目的が、セレナに毒を盛ることだったこと。

 そして、セレナがその少年を保護しようとしていること。


 その上で、指示を出す。


「可及的速やかに『両替少年』を見つけてくれ」

「畏まりました。具体的な期限は?」

「遅くとも、六日以内に頼む。セレナに接触させたくない」


 俺がそう言うと、モブの眉が少し動いた。


「解せませんね。セレナ様に保護していただければよろしいのではないですか? 毒を盛られたところで、浄化できるのでしょう?」

「そうだな。確かに、セレナが毒に倒れることはないだろう。だが、彼女が両替少年を保護しようとしたら、彼女が傷つくことになる」

「どういうことです?」


 先程の謎解き。

 俺はセレナに対し、誤魔化した発言をしていた。


 それは『50ゴル硬貨に毒が塗ってあることも知らない可能性がある』というものだ。

 可能性は0ではないため、嘘ではない。


 だが――。

 その可能性は限りなく0に近いだろう。


「両替少年が硬貨に毒が塗ってあることを知らないとは考えにくいのだ。彼は50ゴル硬貨20枚をバラバラの状態で出している。店員のことを考えれば、沢山ある硬貨を少しは揃えたりするだろう。だが、彼はしなかった。何故だと思う?」

「その両替少年が50ゴル硬貨の側面に触れる機会を最小限にするためですね」

「そうだ。セレナの心労を増やさないようにするために、そのことを誤魔化してある。だが、彼女が両替少年を保護しようとしたら、その少年も分かってやっていたことが発覚してしまう。それは避けなければならない」

「過保護ですね」

「そうだろうか」

「俺が見た限り、セレナ嬢はそれほど弱い方ではありません。強いというか、強かな方だと思いますが」

「そうかもしれないな」


 確かに、セレナはあまり気にしないかもしれない。

 だが――。


「だが、俺がそうしておきたいのだ。手配を頼む」

「了解しました。ですが、その前に――少しだけよろしいでしょうか」

「何だ?」

「本国に報告をしたいので、セレナ様との関係に変化があったかどうかをお聞かせください」

「ちょっと待て。そのあたりを本国に報告しているのか?」

「当然です。アベル殿下は、カイン殿下がセレナ様をこの学院に送り込んだのには何らかの理由があると仰っていました。だとすれば、セレナ様に関連することも報告するべきです」

「それはそうだが……。ちなみに、これまでどのようなことを書いたのだ?」

「アベル殿下は元聖女に首ったけ、と」


 それはその通りだった。


「その溺愛っぷりは傍から見た限りでは、平均以上のものであると」

「過剰に書くな!」

「控えめに書いております」


 否定は出来ない。


「それで、どうなったのですか?」


 モブはメモを手に尋ねた。


「先ほど、セレナが来た。その際、謎解きをした。その報酬として、抱きしめさせてもらった」

「アウトですね」

「何だと!?」


 モブの態度はまじめそのものだった。

 本気で言っているらしい。

 だとすると、俺は本当にしてはいけないことをしてしまったのだろうか。


「ただでさえ、セレナ様は殿下の呪いの解除を失敗したことについて、負い目を感じておられます。その上、謎解きの恩があります。これでは、嫌悪感を抱くような命令であっても従わざるを得なくなります」

「しかし、抱きしめれば分かるかもしれないとお前が言ったのだぞ」

「確かに、殿下がセレナ様を抱きしめれば何かが分かるかもしれない、とは申し上げました。ですが、それをセレナ様が嫌がるかどうかは別の話です」


 スパイに正論を説かれてしまった。

 屈辱的なことではあるが、納得せざるを得なかった。

 今回のことに関しては全面的に俺が悪い。

 モブにすら分かっていることを俺は理解できていなかったのだ。

 俺は、立場を利用して抱き着いたのだ。

 最低のやり口だ。

 額を床にすりつけ、許しを請う外ないだろう。


 だが――。


「俺はどうすればよかったのだろうか」

「そういう時は、相手がどんな命令をされたがっているのかを考えるものです。そして、その通りの命令を下すのです」

「俺への報酬であるはずなのに、相手のために更に尽力するというのか」

「そのとおりです」


 滅茶苦茶だが、納得してしまう。

 やはり、対人関係に関する能力は引きこもっていては身につかないらしい。


「それで、ご感想は?」

「感想?」

「とぼけないでくださいよ。セレナ嬢を抱きしめたのですよね? 何か思うところはありましたか?」

「そうだな」


 あの時は、幸せだった。

 彼女が弟子になりたいと言った時は、とても嬉しかった。

 彼女が魔導具に興味を持っていたことも嬉しかった。

 弟子にすればずっと一緒に居られるのではないかと思った。


 それで確信した。

 これが世に言う『恋愛感情』そのものなのだと。

 だからこそ、セレナのさりげない一言が、俺の胸に突き刺さったのだ。


『本当に結婚まで行くことはない』


 つまり、彼女は俺のことを何とも思っていないのだ。

 最初から婚約者として見ていない。

 そのことに気づいた時、俺は愕然とした。


 だから――つい、口を滑らせてしまった。

 セレナに対し、俺の気持ちを伝えてしまったのだ。


「では、セレナ嬢との関係は順調ということで――」

「いや、それは違う」

「違う?」

「好意を伝えた。だが、あちらは何とも思っていなかったらしい」


 あの時のセレナの反応は、思い出したくない。

 彼女はただただ困惑していた。

 考えてみれば、俺は彼女を裏切った男の弟なのだ。

 そんな男に好意を持つ可能性はとても低いだろう。


 ――もしかしたら、彼女も俺に好意を持ってくれているのではないか。


 その考えは、粉々になって消えた。

 俺は独りよがりの思い上がりだったのだ。


「どうした、モブ。何とか言ったらどうだ?」

「婚約しているのに、好意を無碍にされるって、あるんですね。面白そうなので――失礼、スパイとして報告する必要がありますので――失礼、善き相談相手として、詳細を伺えますか?」

「少しは建前を使え」

「嘘がつけない性分でして」

「この嘘つきめ」

「それで、殿下はどうするのですか?」


 俺はどうするのか。

 遺憾ながら、俺の指針は先ほどモブが教えてくれた。

 相手のために尽くすのだ。

 例え、それが一方的なものにすぎないとしても。


「彼女のために出来ることをするだけだ」

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