第4話 50ゴル硬貨20枚の謎(後編2)
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今回も例のごとく、事件を解決してもらってしまいました。
思いがけず、借りを作ってしまいました。
この借りは、可及的速やかに返す必要があります。
というわけで、わたしは殿下に尋ねます。
「殿下、ありがとうございました。ところで、お礼は何がいいですか?」
「何でもいいのか?」
「歌う以外でしたら」
「あれはしばらく遠慮させてもらおう」
しばらく?
ということは、いずれまた頼もうとしているというのでしょうか。
やはり、殿下は特殊な性癖を持っているのかもしれません。
そう思っていたのですが――。
殿下は予想外のことを言いだしました。
「君を抱きしめさせてくれないか?」
「……どういうことです?」
「確認したいことがあるのだ。おそらく、気味を抱きしめれば、その確認をすることが出来る」
確認――その内容が気になるところです。
ですが、殿下が言わないのであれば、無理矢理聞き出すのは止めておきましょう。
それにしても、抱きしめる――ですか。
抵抗はないこともありません。
一応、嫁入り前の娘ですから。
ですが、一応アベル殿下は婚約者です。
それに、彼のことを悪くは思っていません。
ここは一つ、殿下の希望を受け入れることにしましょう。
「どうぞ」
わたしはずいと前に出ました。
すると、殿下が優しくわたしを包み込みました。
4
わたしたちは、しばらくの間無言で抱き合っていました。
部屋は静まり返っており、衣擦れの音が妙に大きく聞こえます。
呼吸と共に微かに揺れ動く殿下の身体からは、ぬくもりが伝わってきました。
そうしていると、殿下が「何か話してくれないか?」と言いました。
何か――。
何を話せばいいのでしょうか。
こういう時に使える気の利いた話題をわたしは持ち合わせていません。
ですが、話してみたいことがあったのを思い出しました。
話してみたかったこと。
いつか話さなければならないと思っていたこと。
この状況下で話すのは少しだけ卑怯な気もしますが、丁度いい機会です。
「殿下にお願いがあります」
「何だ?」
「わたしを弟子にしていただけないでしょうか?」
「弟子? なんのために?」
「作ってみたい魔導具があるのです」
「どんなものだ?」
「白色魔力を生み出す魔導具です」
殿下の身体が微かに強張りました。
それが、どのような意味を持つものなのか、殿下にはすぐに分かったのでしょう。
「……それを誰かに話したことはあるか?」
「いいえ、ありません。殿下にだからお話ししました」
他の誰にも話せるはずがありません。
白色魔力と言うのは、神聖なものです。
選ばれた特別な人間の身が使える神秘の技。
それを独占しているからこそ、教会は権威を持つことが出来ているのです。
「他の色の魔力を生み出す魔導具については、非常に効率が悪いものの既に存在します。ですが、白色魔力のものだけは存在しません。その理由は、白色魔力を持つ者がその研究に協力しない――いえ、協力できないからです」
そんな研究をしていたら、教会に妨害されてしまいます。
成果が出ようものなら、異端者として裁かれかねません。
そうなったら、終身刑は確実です。
「だから、わたしがやるのです」
「仮にそれを作ることが出来たとして、どうするつもりだ?」
「大量生産をして、世界中の瘴気を浄化します」
「教会に妨害されるぞ」
「分かっています。ですが、これは私がするべきことだと考えています」
「何故だ?」
「私が浄化事業を推進していたのはご存じですか?」
「ああ。それによって、ドラゴニア王国の国力は増大していた。君を追放するとは、兄上も馬鹿なことをしたものだ」
「まぁ、追放自体はどうでもいいのです」
「どうでもいいのか?」
「はい」
当時は辛かったはずです。
ですが、いざ魔法学院に来てみれば、それほど悪いものではありませんでした。
「私は何とかして、国中の瘴気を浄化したいと思っていました。それがドラゴニア王国に住む人々のためになると信じていたからです。私は必死に浄化を行いました。ですが、限界がありました」
「聖女は同時に一人しか存在できないということだな?」
「はい」
聖女は一人だけ。
そして、それ以外の人間が浄化をすることは許されていない。
それが教会の規定です。
どれだけ頑張っても、複数の場所の瘴気を同時に浄化することは出来ません。
瘴気の発生自体を止める手段が見つかっていない以上、浄化をし続けることが出来る範囲は限られてしまっています。
ですから、世界はどんどん瘴気によって汚染されているのです。
人が住める地域が少なくなり、作物を育てることが出来る土地も減っています。
『世界は瘴気によって滅ぼされる』
誰もがそう思っていました。
私もそう思っていました。
それを変えたのが、一つの魔導具だったのです。
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その魔導具の名前は『魔力池』といいました。
それは、白色魔力の『保存』と『放出』をすることが出来るものでした。
大量に魔力を注入しておけば、長期間にわたって少しずつそれを放出し続けることになります。
これを各地に設置することで、これまでとは比べ物にならないほどに浄化の効率が上がったのです。
これで、世界は救われる。
そう断言はできませんが、その可能性が出てきました。
「追放される前、私は『救世の聖女』と呼ばれていました。ですが、あの浄化事業においてもっとも重要な要素となっていたのは、『魔力池』と呼ばれる魔導具でした。あれがなければ、浄化事業の成果はほんの一部に限られてしまっていたでしょう」
「そうか」
「あれを作られたのは、殿下なのですよね?」
「ああ、そうだ」
その言葉が聞きたかったのです。
ここ数年、魔導具が凄まじい速度で進化を遂げてました。
その中心には、この魔法学院がありました。
そして、この魔法学院で最も魔導具について詳しいのは、アベル殿下でした。
だから――。
――魔力池もアベル殿下が作ったに違いない。
わたしはそう考えていました。
そして、そのとおりでした。
あの時、わたしに希望を与えてくれたのは殿下だったのです。
「ですが、わたしが追放されたことで、その浄化事業が止められてしまいました。私も浄化を行うことが許されていません。このままでは、世界が滅びます。だから、私は聖女がいなくても浄化をすることが出来る仕組みを作りたいのです。教会の気分によって左右されないようにしたいのです」
「そうか。だが、それを作ったとして、どうやって流通させるつもりなのだ? 教会によって潰されることは目に見えている」
「そうですね。ですから、わたしは浄化用魔導具を作成することに成功したら、その魔導具の製法を公開し、誰でも自由に作れるようにするつもりです」
「とんでもないことを考えるな」
殿下は呆れたように言いました。
魔導具はその製法を登録することで、百年間、同型のものを作ることを禁じることが出来ます。
権利のない者は、権利者に金を払ってそれを製造することになります。
それがどれほどの金額になるかは、発明者次第です。
白色魔力を発する魔導具が完成すれば、それが生み出す利益は計り知れません。
確実に足の引っ張り合いが起きることでしょう。
ですから、それをさせないために、無料で製法を公開するのです。
「公開してしまえば、後は各国が勝手に作るだけです。そうすれば、その装置を作った国は国内の瘴気を浄化し、国力をつけていくことが出来ます。そうなったら、他の国も教会の権威を無視してでも、浄化装置を作って浄化を勧めていくことになります」
これがわたしの計画です。
魔法学院に来てから考えた――世界を救うための計画。
「可能だと思うか?」
「分かりません。ですが、少なくとも殿下の協力は必要不可欠です」
そのうち頼もうと思っていました。
アベル殿下は、魔力池を作った専門家です。
私が作ろうとしているものは、それを更に発展させたもの。
だったら、彼に助力を乞うしかありません。
「婚約者の頼みを聞いては貰えませんか?」
「婚約者か」
「はい」
「そのことについて、君はどう考えているのだ? 俺が婚約者ということになっていることについて」
「別に、嫌ではないですよ。カイン殿下が無理矢理婚約者に仕立て上げた時には反発しましたが、実害はありませんし。本当に結婚まで行くことはないでしょうし」
そう言った瞬間、殿下の身体が強張りました。
「どうされました?」
「いや。随分とあっさりしていると思ったのだ。そもそも、君はカインとの婚約についてどう思っていたのだ?」
「元々、カイン殿下に対する好意はありませんでした。婚約は、出来ることならこちらから破棄したいと考えておりました」
「そうか」
それきり、殿下は何も言いませんでした。
わたしたちはしばらくの間、無言で抱き合っていました。
ただただ、殿下の温もりを感じていました。
それから三十分が経過した頃でしょうか。
アベル殿下の腕がわたしから離れました。
殿下はわたしから少しだけ離れます。
どうしたのか分からないまま、わたしは殿下を見上げました。
殿下は、真剣な目つきでわたしを見つめています。
お互いに数秒見つめ合っていました。
すると――
「君との関係について、真剣に考えていた」
殿下はこう言いました。
「俺としては、是非君に妻になってもらいたいと思っている。だが、君は先ほど、結婚まで行くことはないと言っていたな」
「……はい」
「その考えに、変わりはないか?」
アベル殿下の妻になる――ということは、いずれ殿下と結婚するということです。
名実ともに婚約者になるということ。
何だか、現実感がありません。
わたしとしては、カイン殿下に裏切られたばかりなので、一生独身でいる覚悟でいました。
それに、アベル殿下は憎むべきドラゴニア王家の一員。
おいそれと彼の提案を受け入れることは出来ません。
いえ――。
違いますね。
これまで、わたしはそう言ったことを考えるのを避けてきました。
何故なら、裏切られるのが怖いから。
カイン殿下に裏切られた時、わたしはあきれ果てていました。
ただそれだけだったはずなのですが――。
心の奥底では、傷ついていたのだと思います。
それは、恋愛的な意味ではなく、信頼的な意味で。
あの時、わたしは多くの人に同時に裏切られました。
それが怖いのです。
名目上の婚約者であれば、大丈夫。
裏切られてもダメージはありません。
ですが、恋人となれば話は違います。
アベル殿下にだけは裏切られたくありません。
もしも彼に裏切られるようなことがあれば、わたしは二度と立ち直れないでしょう。
だから――。
「あの……」
いえ、それでも、わたしは――。
そう考えていると、アベル殿下の声が聞こえました。
「済まない」
「……え?」
「俺は思いあがっていた。君に辛い思いをさせてしまった。今の話は忘れてくれ」
「え、あ……はい」
わたしはつい、返事をしてしまいました。
その生返事が、これから先、わたしを酷く苦しめることになるのです。




