第2話 50ゴル硬貨20枚の謎(中編)
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その日の午後、わたしは仕事でアベル殿下の部屋へ行きました。
殿下は研究を進めていたようで、机の上にはよく分からない実験器具がたくさん使われています。
わたしは必要な物資を机の上に置きました。
部屋の中を見回しましたが、掃除の必要はなさそうです。
とても助かりますが、何だか物足りないような気もします。
仕事と言うのは、多すぎても少なすぎても駄目なのです。
それと、気のせいかもしれませんが、殿下の様子がおかしいように思えます。
わたしと目を合わせようとしないのです。
視線をこちらに向けたりはしていましたが、わたしがそれに気づくとすぐに目を反らしてしまいます。
――何かやらかしてしまったでしょうか。
心当たりはありません。
ただ、殿下のことだからわたしに不利になるようなことを突然するなんて暴挙には出ないでしょう。
そう信じたいところです。
「殿下、わたしに何かおっしゃりたいことでもありますか?」
「なんのことだ?」
「いえ、何となくですが。違和感があるのです」
「そうか。気のせいだな。気にするな」
殿下はそっけなく答えました。
ですが、嘘です。気のせいではないようです。
殿下には何らかの心当たりがあるはずです。
ただ、今はその正体を暴くのは止めておくことにしましょう。
言いたくないのであれば、それを無理矢理聞き出したりはしません。
わたしは他人のプライバシーを尊重する女なのです。
「そんなことよりも、最近は何か起きてないのか?」
「何かとは?」
「困ったことがないか聞いているのだ。俺でよければ力になるぞ」
「ありがとうございます」
困っていることは特にありません。
殿下のおかげで、色々なことが解決に向かって行きました。
今では、この魔法学院で割と快適に過ごさせてもらっています。
ですが、強いて言うなら――。
「そういえば、最近おかしなことが私の身の回りで起きているのですが」
「話してくれ」
殿下は嬉しそうに言いました。
わたしの役に立てるのが嬉しいようです。
なんだか、申し訳ない気分になってしまいます。
「私は購買部で働いているのですが――」
「待て」
おっと。
今日の『待て』は随分と早いですね。
「君は、働いているのか?」
「ええ。お金がありませんから」
「そう言えばそうだったな。毎日食堂で無料のものを食べていたはずだ。だから、この前の『毒入り飲料事件』に巻き込まれたのだろう?」
「無料より安いものはありませんから」
「もしも君が望むのであれば、今後食事を俺と一緒に――」
「そんなことよりもですね」
「そんなこと!?」
殿下は声を上げました。
「最近、変なお客さんが来るようになったのです。そのお客さん――10歳くらいの少年なのですが、両替を頼みに来るのです。50ゴル硬貨20枚を1,000ゴル紙幣に両替してほしいとのことで」
「そうか」
「週に一度ほど。これまで、三回来ました」
「頻度が高いな」
「はい。ですから、何らかの理由があるのではないかと思いまして。何故だと思いますか?」
「ふむ……」
殿下は実験の手を止め、腕を組みました。
わたしの話に興味が湧いたようです。
「その50ゴル硬貨は普通のものか?」
「はい。持ってきてあります」
私は50ゴル硬貨20枚を殿下の前に置きました。
ちなみに、これは横領したわけではありません。
ちゃんと財布の中から1000ゴル紙幣を出したうえで、その代わりに持ってきたものです。
殿下はその50ゴル硬貨を手に取り、入念に観察をしました。
「何の変哲もない、普通の50ゴル硬貨だな」
「ええ。ですから、不思議なのです」
「本人に聞いてみたらどうだ?」
「聞いてみようとしたことはあったのですが、適当に誤魔化されてしまいました。こちらも客商売ですから、あまり強くは言えませんし」
「そうか。それで、俺に聞いてみたという訳か」
「いい暇つぶしになるかと思いまして」
「言っておくが、俺は暇というわけではないからな! 魔導具の研究に忙しいのだ!」
「そうですか」
様々な器具が所せましと置かれています。
マンドラゴラも大量に吊るされています。
これ、何に使うのでしょうか。
「ところで殿下。マンドラゴラ、好きなのですか?」
「別に好きではない」
「では、何故大量に? 沢庵でも大量に作るとしか思えませんが」
「新しい魔導具作成のための材料となるのだ。いつか君にも協力してもらうことになる」
「それは構いませんが。それで、殿下。何か分かりましたか?」
「ふむ」
アベル殿下は頷きました。
「謎が二つある。一つ目は、何故君の働く売店で50円玉を両替しようとするのか。二つ目は、どうやって50円玉を彼は集めているのか」
「どうやって集めているのか? 普通に集めているのでは?」
「そんなわけがないだろう」
そんなわけがないのですか。
「まぁ、いい。それについては後回しだ。いくつか確認させてもらいたいことがある。まず、この50ゴル硬貨の側面に粉のようなものが付着しているのだが、これは何だ?」
「……さぁ? 気が付きませんでした」
「微量だが、確かに付着している。この粉について、心当たりはないのだな? ここに持ってくる過程で付着したわけではないということでいいな?」
「はい」
「そうか」
殿下は50ゴル硬貨の側面を指でなぞっています。
よく見ると、確かに白い粉が付着していました。
この粉、何なのでしょうか。
「これで大体分かった」
「分かったのですか!?」
信じられません。
まさか、これだけの情報で推理が出来るだなんて。
ですが、問題はその推理が正しいかどうかです。
推理の内容が全くの的外れという可能性もあります。
「それでは、この謎を解き明かそう」
色気のある声で殿下が言いました。
その声に聞きほれてしまいそうになります。
「おい、聞いているのか?」
「は、はい。勿論です」
「ならばいい。さて、結論から言えば、その50ゴル少年は君を毒殺しようとしている」




