第6話 何故彼女は苦しんだのか(報酬編)
1
殿下の推理により、大枠の事情は理解できました。
この人には、出合った時からお世話になってしまっています。
この恩は早いうちに返しておく必要があります。
「殿下、ありがとうございました」
「いや、大したことではない」
「つきましては、お礼をさせていただきたいのですが。
何か頼み事などはないでしょうか?」
「ある」
即答でした。
その反応に、わたしは固まってしまいました。
即答ということは、以前から考えていたことがあるということです。
あまりいいものだとは思えません。
私は身構えました。
「歌を歌ってくれないか?」
「歌ですか?」
わたしは更に身を固くしました。
普通の人にしてみれば、それは大した要求ではないのでしょう。
ですが、わたしに関して言えば、それには大きな問題があるのです。
致命的な問題が。
「俺は君のことを偽物だとは思っていない。そして、聖女の歌には癒しの力があるという噂を聞いたことがある。その歌を聞いてみたいのだ」
殿下は真剣なまなざしをこちらに向けていました。
そんな彼に対し、わたしは愛想笑いを浮かべながら言葉を返します。
「癒しの力など、ありませんよ」
「ないのか?」
「残念ですが。そういうのは『歌姫』の領域でしょう。もっとも、歌姫の声も魔法的な意味での『癒し』の効果はないでしょうけれど」
「そうだろうな」
「ですから、私の歌など聞くだけ時間の無駄です。お耳汚しになるだけですよ」
「だが、聞いてみたい」
殿下の視線がこちらから離れません。
まるで餌をねだる小動物のようです。
ですが、ここは譲れません。
わたしのためにも、殿下のためにも。
「本当に、冗談にならないくらい下手ですよ? 命にかかわりますよ?」
「ならば、余計に聞きたくなる」
その言葉は嘘ではありませんでした。
わたしにはそれが分かってしまうのです。
「アベル殿下は、ご変態でいらっしゃるのですか?」
「どうしてそうなる!? いや、理由は分からないでもないが、誤解だ。俺は知的好奇心から聞きたいと思っているだけだ」
「嘘じゃないですか!」
「それは……」
殿下は、はようやく視線を逸らしました。
それを見たわたしは、確信します。
徹頭徹尾、揶揄いたかったようです。
ですが、そのおかげで悪戯心も芽生えてきました。
わたしは自覚のある音痴です。
その声はマンドラゴラを昏倒させるとまで言われていました。
この方には恩も負い目もありますが、たまには恩を仇で返すというのも悪くありません。
わたしの歌声を嫌というほど喰らわせてやろうではありませんか。
「仕方がありませんね。借りは返さなければなりません。不肖、セレナ・アリアーナ。歌わせていただきます」
「ああ、頼む」
「ですが、一つだけお約束いただきたいことがあります」
「何だ?」
「恨まないでくださいね」
3
わたしが歌ったのは、賛美歌でした。
神を称える歌なのだが、わたしの歌声を聞いた方々は『神への冒涜』と口をそろえて言いました。
正直、自分ではよく分かりません。
ですが、周囲の人たちが言うのですから、そうなのでしょう。
以来、わたしは歌を封印してきました。
そして今日、長きにわたる封印を解きました。
全力で賛美歌を歌いました。
聖女の地位を剥奪された時点で信仰心などなくなっていましたが、そんなことはどうでもいいことです。
歌える歌がこれしかないのですから。
結果、殿下は目の前で卒倒しました。
まさかここまでとは。
わたしの歌は、世界を滅ぼすことが出来るのではないでしょうか。
これまで、聖女候補の子たちが冗談交じりでそう言っていたことはあったのですが――。
その冗談が現実味を帯びてきてしまいました。
いえ、もしかしたら、彼女たちは本気で言っていたのかもしれません。
「……ん」
おっと、殿下が目を覚ましたようです。
わたしは体を起こすのを手伝いました。
さて、一体どんな感想を述べるのやら。
――化物扱いでもするでしょうか。
少しだけ面白く思えてしまいました。
ですが、殿下の反応はわたしの予想を超えるものだった。
「君は、凄いな」
殿下はぐったりしながら言いました。
その口元には、微かに笑みが浮かんでいます。
「想像を遥かに超える下手さだ。聞いているだけで心が不安定になる。まさか、このような歌声がこの世に存在するとは思わなかった」
「酷い侮辱です! 折角恥を忍んで歌ったというのに!」
「いや、だからこそいいのだ」
「は?」
「俺は君の歌を世界中に届けてやりたいと思っている!」
「なんて迷惑!」
しかも、今の言葉は嘘ではありませんでした。
どうやら、わたしはこのお方にろくでもない野望を抱かせてしまったようです。
「セレナ。また後で、俺のために歌ってくれ」
その言葉には、ドン引きするしかありません。
この人には恩があります。
負い目もあります。
それを差し引いても、この態度は酷すぎます。
ですから、わたしはついついこう言ってしまいました。
「アベル殿下は、やはりご変態でいらっしゃるのですね」




