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第5話 何故彼女は苦しんだのか(推理編)

     2


「最初のポイントから考えていこう。まず、コップに毒を入れた犯人は誰なのか。これについては、あまり深く考える必要はないだろう。食堂の職員に毒を入れる動機はない。よって、君に絡んで来た三人のうち誰かということでいいだろう」

「でも、決定的な証拠がないように思えるのですが」

「証拠ならある。タルサ・カキンが不自然な言動をしていただろう」

「していましたか?」

「彼女は、リリィが倒れた時に、君が毒を入れたことを疑う発言をしていただろう? あれは不自然だ」

「そうでしょうか?」


 毒を疑い、実際に毒は入っていました。

 不自然さはないように思えます。

 ですが、殿下はそれをあっさり否定しました。


「彼女は腹部を抑えていたそうだな。仮に君が食事中に腹が痛くなったとしたら、どのような可能性を考える?」

「食あたりかアレルギー……ですかね」

「そうだ。人が腹痛で苦しんでいたとして、いきなり毒を入れられたとは考えないだろう。タルサが真っ先に毒を疑ったのは、彼女自身が毒を入れていたからだ。もっとも、実行犯は飲み物を取りに行った二人であって、タルサは指示をしただけだろうが」


 言われてみれば、その通りでした。

 体調を崩した人を見て、真っ先に毒の可能性を疑うのはおかしい。

 何度も毒殺されそうになるような人物ならありえなくもありませんが、リリィさんは違うでしょう。

 わたしは何度も毒殺されそうになる側の人間だったから気づきませんでした。


「さて、二つ目だ。何故、四つ全てのコップに毒を入れたか。これは、簡単だ。答えは、君に毒を飲ませるためだ。彼女たちは、四種類の飲み物を君の前に置き、その中から一つを君に選ばせた。でも、君がどれを選ぶかなんて分からない。だから、四つ全てのコップに毒を入れておいたのだ」

「でも、それならリリィさん以外が無事だったのは何故なのでしょう? 残りの二人も、飲み物は飲んでいました」

「毒はコップの中にあった。でも、飲み物の中にはまだ混ざっていなかった。そういうことだよ」

「どういうことですか?」

「四つの飲み物に共通していることがあるが、何か分かるか?」


 アイスティー、アイスコーヒー、オレンジジュース、グリーンティー。

 この四つに共通するもの。


「冷たい飲み物ですね」

「そうだ。冷たい飲み物のコップの中には、飲み物以外にも入っているものがあっただろう」


 挑発的な笑みを浮かべる殿下。

 この人には恩も負い目もあるけれど、少しだけ反抗的な気分になってしまいました。

 何が何でも自分で考えることにしました。


 コップの中にあるもの。飲み物以外のもの。

 考えるまでもありませんね。


「氷ですか?」

「そうだ。犯人は、氷の中に毒薬を入れておいたのだ。事前に毒入りの氷を作り、それを持ち歩く。氷魔法を使えば、簡単に出来るはずだ。後は、食堂で飲み物を受け取ったら、元々入っていた氷と見分けがつかなくなるように混入させればいい」


 氷を作る魔法は基礎的なものです。

 ここに通う学生なら、全員が出来るでしょう。


「後は、氷が溶ける前に飲み物に口をつけておけばいい。氷が溶けて毒が溶けだしたら、後は残して捨てるだけだ」


 言われてみれば、納得できました。

 混沌とした状況が次々とわたしの脳内で整理されていきます。


「では、三つ目。リリィはコップに毒が入っていることを知っていたのか? これは当然知っていたことになる。何せ、彼女は飲み物を取りに行った一人だ。毒を入れる瞬間も見ていたことだろう」

「それはそうですね」


 次が最後です。

 これで、全ての謎が解けます。


「最後に――何故彼女は苦しんだのか」


 そうです。

 リリィさんはコップに毒が入っていることを知っていました。

 それにもかかわらず、あえて毒の入った飲み物を飲む理由は何なのでしょうか。


「その謎を解き明かすためには、彼女たちの目的を考える必要がある。彼女たちの目的は、君に毒を飲ませ、体調不良に持ち込むことだ。だが、果たしてその計画は上手くいくだろうか」

「基本的には無理ですね。私に毒は効きませんから」

「それについては、気にするな。君は偽物ということになっている。だから、タルサたちは君に毒が効くと思っている。その前提で考えてみてくれ。彼女たちの計画通りであれば、君は体調不良になって、午後の授業に支障をきたすことになっただろう。では、失敗したらどうなる?」

「何も起きないのでは?」

「そうだな。では、その逆の場合は?」

「逆?」

「効果が出過ぎた場合はどうなるかを考えるのだ」

「その場で気分が悪くなる?」

「そうだ。もしも君が倒れたりしたら、大騒ぎになるだろう。そうなれば、君たちが飲んでいた飲み物も調べられることになる。四つ全てのコップから毒物が検出されるだろう。そうなれば、彼女たちが犯人であると疑われることになる」


 そうなったら、大変です。

 この学院は社交の場となっています。

 そういった致命的なスキャンダルは、その後の人生に大きな影響を与えることになるでしょう。

 それだけは避けなければなりません。


「自分たちのコップにも毒が入っていたのだから、自分たちも被害者だと主張するのでは?」

「その場合、疑われるのは食堂の職員だ。君も知ってのとおり、この学院は多くの国々から多額の資金提供を受けて運営している。食堂の職員の一人にいたるまで、各国が責任を持って任命しているのだ。そんな職員に疑いの目を向けられたら、それこそ学院全体が徹底的に調べ上げることになるだろう。そうなれば、彼女たちの小手先の詐術も暴かれることになる」

「それもまた、大変ですね」

「リリィはそれに気づいたのだ。だが、リーダー格であるタルサはあくまでも計画を実行に移す気でいる。計画の中止を進言することも出来ない。だから、リリィはごく自然な方法でタルサの計画を潰すことにした」


 それを聞いた途端、わたしの中で色々なものがかみ合いました。

 それがあの行動の理由だったのです。


 彼女の目的は計画を潰すこと。

 つまり、わたしが毒を飲む前に、コップから飲み物をこぼしてしまうこと。

 それをするために、わざわざ自分が毒を飲む必要はありません。


 つまり――。


「リリィ・クロムの体調不良は『仮病』だ。彼女の目的はテーブルの上にあるコップを落として、誰も飲めない状態にすること」


 確かに、そうでした。

 思い返せれば、リリィが言った『苦しい』という言葉は嘘でした。

 訳が分からなくて、その嘘を放置してしまっていました。

 これは私が悪い。


「おそらく、彼女は少しの間苦しんだふりをして、その後はしれっと『体調不良が治った』とでも言うつもりだったのだろう。それなら、騒ぎは大きくならず、その場で終了となったはずだ」

「でも、そうはなりませんでした」

「そうだ。その原因は、リリィにも想定外の事態が起きたことだ。指示を出していたタルサは『リリィのコップに毒は入っているが、まだ溶けだしていない』ことを知っていた。だから、彼女が苦しんだ理由は分からなかった」


 それが、あの時の言葉の理由というわけですか。


『貴女がリリィのコップに毒を仕込んだのではなくて?』


 あの時は困惑しました。

 いくら何でも発想が突飛すぎると思っていました。

 ですが、タルサさんの中では、それなりに整合性は取れていたのです。


「タルサが毒の可能性を訴えたことで、結局コップの中身が調査されることになった。そして、実際に毒が検出されてしまった。リリィが阻止しようとしていた最悪の事態が起きてしまったのだ」

「そういうことですか」

「タルサも余計なことをしてくれたものだ。あの発言さえなければ、事態は平和裏に終わっていたはずだった。というわけで、結論だ。何故彼女は苦しんだのか。答えは『タルサ・カキンのため』だ」


 それが正解で間違いはないのでしょう。


 ――それにしても、タルサ・カキンの『ため』ですか。


 わたしは少しだけ面白く思いました。

 この言葉には、二つのとらえ方があります。

 一つは『タルサ・カキンが不利益を被らないようにするため』というもの。

 タルサの計画を潰すことで、それがもたらす最悪の結末を回避させたものです。


 もう一つは、『タルサ・カキンのせいで』というものです。

 あの三人組、いつも一緒にいますが、おそらくは実家の力関係が原因なのでしょう。

 リリィさんはタルサさんのことを鬱陶しく思っていたのかもしれません。

 だから、保身のために仮病を使った。


 ま、どちらでもかまいません。

 結局は、あの三人組の問題です。

 わたしがこれ以上調べる必要はありません。


 ただ――。

 落とし前だけはつけていただくことにしましょう。

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