第2話 何故彼女は苦しんだのか(事件編2)
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事件が起きたのは、今日の昼過ぎのことでした。
場所は学院一階にある食堂。
この学院の食堂は、どれだけ食べても無料です。
健康的な学びのためには、十分な量と質の食事が必要不可欠。
その理念に則り、学院が設置しているのだとか。
わたしのような全てを失った者にしてみれば、大変ありがたい存在です。
わたしは受付で焼肉丼を受け取ると、食堂の端の空いている席へと行きました。
そして、食事を始めようとしました。
すると、わたしが座っているテーブルに三人組の女学生がやってきました。
他に空いているテーブルはたくさんあるというのに。
――これは面倒なことになりそうですね。
そう思いながら、三人組を見上げました。
すると、三人組の一人――金髪盾ロールの女性が尋ねました。
「ご一緒してもよろしいかしら?」
正直言えば、嫌でした。
おいしい昼食を気分悪く食べたくはありません。
ですが、ここで断るのも何となく負けたような気分になります。
それはそれで気分が悪いのです。
「ええ、まぁ。どうぞ」
わたしは了承の言葉を返しました。不承不承ですが。
声を低くすることで『あっち行け』という意図も込めておきました。
その機微に気づかなかったのか、あるいは気づいたけれど無視をしたのか――。
彼女たちはわたしのいるテーブルに腰を掛けました。
臨戦態勢です。
こうなってしまったからには、仕方がありません。
わたしは彼女たちの意図を探るべく、その表情を観察しました。
そして、あることに気がつきました。
「よくよく見たら、私にしょっちゅう突っかかってくる三人組じゃないですか」
「よくよく見ないと気づきませんの!?」
律儀にツッコミを入れる縦ロールさん。
彼女たちは、ドラゴニア王国出身の学生でした。
ドラゴニア王国ではアリス聖教が国教になっており、貴族階級にはそれを熱心に信じている人が多い。
彼女たちもその一派のようで『偽物』とされたわたしを目の敵にしているのです。
嫌いなら嫌いで関わらないでくれればいいのに。
本当に厄介な方々です。
「あの、本当に私と一緒に食事をとりたいと?」
「ええ、勿論ですわ。今日はゆっくりとお話しさせていただきたいと思っていましたの」
三人組は、机の上にトレイを置きました。
移動する気はないようです。
彼女たちのトレイの上には、サラダを中心としたメニューが置かれています。
女学生の間では、こういうヘルシーメニューが流行っているようなのです。
わたしの焼肉丼とは方向性が真逆ですね。
「リリィ、カミラ。私たちの分の飲み物も持ってきてもらえるかしら?」
「はい」
縦ロールさんの指示を受け二人が席を離れました。
その指示を出した縦ロール女性は、わたしの正面の席に腰を掛けました。
「それで、自己紹介は必要かしら?」
「出来ればお願いします」
「本当に私の名前を知らないんですの!?」
「まぁ、私の中では『厄介さん』という名前がついていますので、その名で呼んでよろしいのであれば――」
「私の名前はタルサ・カキン! カキン子爵家の長女ですわ!」
ムキになったように言う縦ロールさん。
「それはどうも。私の名前はセレナ・アリアーナです。今は平民です。ところで、厄介さんは、どのような話をご希望ですか?」
「タルサ・カキンですわ!」
「タルサ・ヤッカイ・カキンさん?」
「勝手なミドルネームをつけないでくださいまし!」
律儀にツッコミを入れるタルサさんでした。
「それで、本日のご用向きは?」
「第一王子にどのように追放されたのか――と聞いたら、失礼に当たるかしら?」
「それを自分で判断できないのでしたら、貴族として三流以下と言わざるを得ませんね」
タルサは言葉に詰まっていました。
わたしは聖女でした。
そして、その職務上、数多の御偉い方々と様々なパーティーで出会っていました。
そこで繰り広げられる嫌みの応酬をわたしは学習していたのです。
そんなわたしにとって、小娘一人を捻るくらいは簡単なこと。
ですが、このタルサも一筋縄ではいきませんでした。
彼女はただの性悪ではありませんでした。
無駄に根性のある性悪だったのです。
「勘違いしないでいただきたいですわ。実は、私は貴女に同情していますのよ」
「同情?」
「貴女は聖女として活動していましたが、それで何かを得られたわけではありません。それどころか『傷物』にされたうえで捨てられてしまったわけです。その屈辱、お察しいたしますわ」
タルサさんは周囲に聞こえるように言いました。
わたしとしては、こういう輩の相手はまともにしないことにしています。
それは、相手をしてもキリがないからです。
撃退したところで、懲りずに何度でもやってきます。
対処方法としては、飽きるのを待つか、あるいは徹底的に叩き潰すか。
今回の場合は、前者の方向で考えていました。
放置しておけば、そのうち熱も冷めることでしょう。
そう思っていたのです。
ですが、彼女は一線を超えました。
虚偽の内容をさも事実であるかのように喧伝したのです。
それを放置するのは『大人の対応』とは言いません。ただの愚行です。
よって、わたしは後者を選ぶことにしました。
徹底抗戦――あるいは殲滅戦です。
「タツタ・チキンさん」
「お腹が空いていますの!?」
「ええ、まぁ」
わたしの目の前には、熱々の焼肉丼があります。
香ばしい匂いが漂っています。
この厄介さんを無視して食べ始めてしまいましょうか。
「わたしの名前は、タルサ・カキンですわ」
「何でもいいです。それよりも、確認させてください。『傷物』というのはどういうことでしょうか?」
わたしも周囲に聞こえるボリュームで声を上げました。
その勢いに厄介さんは少し怯んだ様子を見せたが、負けじと声を張り上げました。
「傷物は傷物ですわ。意味を説明する必要はないと思いますが。それとも、その意味も分からないほどに世間知らずなのかしら?」
「そうですか。念のために確認したかったのですが、確かに説明の必要はなかったかもしれませんね」
「え、ええ」
「実は、貴女の言う『傷物』というのが、第一王子との間の肉体関係を意味する可能性があると考えていました。しかし、他人の性的関係を探るような発言は『下種の勘繰り』というものです。子爵令嬢ともあろうお方が、そのようなことをするはずがありません。そうですよね?」
「……そうですわね」
タルサさんは肯定しました。
苦し紛れに肯定したのです。
これで、彼女の逃げ場は無くなりました。
「では、傷物というのはどういった趣旨のお言葉なのでしょう?」
「それは――」
「ちなみに、私と第一王子との間には、何もありませんでした。婚約も形だけのものでしたし。ただ、誤解により聖女としての資格を剥奪されてしまったことは残念に思っています」
「それは……残念でしたわね」
タルサさんの声はトーンダウンしていました。
大勢の前で、いらぬ恥をかいた形になります。
これに懲りて、別の席に移ってもらえればいいのですが――。
残念ながら、そうはならなりませんでした。
タルサさんは動くことなく、正面の席を守り続けました。
それは、意地によるものなのか、それとも何か企んでいるのか。
――やっぱり、面倒なことになりそうですね。
わたしは心の中でため息をつきました。




