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第2話 診察(中編)

     1


 殿下は沈痛な面持ちでわたしの言葉を待っていました。

 どうやら、覚悟は出来ているようです。

 わたしは診察の結果をありのままに話すことにしました。


「非常に複雑な構造をしています。これほどまでに強力かつ複雑な呪いは、初めて見ました。とても興味深いです。これほどの呪いを一体どんな人間が掛けたのか。そもそも、人間がこれほど酷い呪いを扱うことが出来るのか」

「そうか。それで、何とか出来そうか?」

「今回行った検査で、呪いの全体像が分かるかと思ったのですが、複雑すぎて理解が及ばない部分が相当数残っています。というか、ほとんど何も分かっていません」

「そうか。この学院の教師にも似たようなことを言われた。解除は絶対に不可能というわけではないが、それをするための情報が足らないらしい」

「わたしもそう思います。弱い呪いであれば、放っておけば消えます。しかし、殿下にかかっている呪いは、非常に強いものです。しかも、呪いの『核』の数が異常です。通常であれば呪いの『核』は身体のどこかに一つだけあるものですが、この呪いの場合、体中に無数の『核』が存在します。その数は、ゆうに百は越えるかと」

「それほど沢山あるのか」


 殿下の表情に影が差しました。

 今のわたしの発言は、殿下の呪いが通常のものに比べて百倍以上強力で複雑なものだということを意味しています。

 解除が難しいと理解したのでしょう。

 ただ、可能性はゼロではありません。


「殿下。これまでに呪いの浄化を試みたことはありますか?」

「あるが、全て失敗に終わった。君なら浄化できるのか?」

「成功するかどうかは分かりません。基本的に、複雑な呪いというのは解除するための『手順』が存在します。その手順通りに核を浄化することで、浄化の際に身体にかける負担を最小限に抑えることが出来るのです。ですが、殿下の場合はどのような手順を踏めばいいのかさっぱり分かりません」

「だが、方法はあるのだな?」


 理解が速いですね、この人。

 わたしが言っていないことまで、話の流れから推察して来ます。


「すべての呪いに共通した方法はあります。それは、大量の白色魔力をつぎ込んで、力づくで呪いを浄化してしまうというものです。身体への負担は大きくなりますし、それで完全に浄化できるかどうかは分かりません。ですが、挑戦してみる価値はあるかと思います」

「つまり、それをするかどうか、俺に選べと言うことだな?」

「はい」


 大きなリスクのある方法です。

 本人の意思を無視して無理矢理浄化魔法をかけるわけには行きません。

 しっかり考えた上で、意思決定をしてもらう必要があります。

 ですが、殿下は即決しました。


「頼む、やってくれ」

「よろしいのですか?」

「ああ。可能性があるのであれば、試したい」

「分かりました。全力で取り組ませていただきます」


 わたしは深呼吸を数回繰り返し、集中しました。

 出来る限り大量の白色魔力を作り出し、体内に留め続けます。


「殿下、覚悟はよろしいですか?」

「ああ」

「それでは参ります。『浄化』!」


 まずは、左の掌を殿下の胸に触れさせ、そこから白色魔力を全力で注ぎ込みます。

 すると、殿下の体内で『呪い』が消滅していく確かな手ごたえがありました。


「んん……っ!! うぁ……!」


 殿下の身体が奮え、その直後に硬くなりました。

 浄化に伴う痛みに耐えているのでしょう。


 辛いでしょうが、これは浄化が進んでいるという証左でもあります。

 浄化の際には、痛みを伴うことになるのです。

 こうすることで、核以外の呪いを身体から取り去ることが出来ます。


 殿下は痛みに耐え続けました。。

 そして、数分するとそれが落ち着きました。


 これで核以外の呪いを浄化することが出来たはず――浄化の初期段階は成功です。

 後は『核』を潰す作業をしていくことになります。


 ただ、これは大変な作業です。

 殿下の体内にある呪いの核は、かなりの強度を持っています。

 左手から注がれた魔力だけでは破壊することが出来ません。

 これを破壊するためには、ピンポイントで圧縮された白色魔力をぶつける必要がある。


 わたしは右手の人差し指に、白色魔力を集中させました。

 そして、呪いの『核』がある場所にその指をあてました。

 高濃度に圧縮された白色魔力が呪いの核を破壊する手ごたえがありました。


 ――これなら、行ける。


 基本的に、呪いの核は全て同質のものです。

 一つ破壊することが出来れば、他の核を潰すことも可能であるはず。


 どれだけの時間がかかるかは分かりません。

 ですが、全ての『核』を破壊することは可能だと思います。

 というか、ここまで来たらやり遂げなければならなりません。

 呪いの『核』は一つでも残っていれば、また呪いを復活させることになるのです。

 辛そうなら中断して続きはまた今度、とは出来ないのです。


「んんっ! ぐぅ……っ!」


 苦し気な声を上げる殿下。

 ですが、ここで中断してしまえば、ここまでの過程が無駄になってしまいます。


「殿下、苦しいでしょうが、耐えてください」

「う、うむ……っ!」


 殿下は口を堅く閉じ、全身に力を入れました。

 両手は強く握りしめられており、時折腰のあたりが跳ねます。

 顔は赤くなっており、額には汗で黄金色の髪が張り付いていました。

 全身にも珠のような汗が浮かび上がっています。


 それほどまでの痛みに耐えているのです。

 だからこそ、徹底的にやる必要があります。これが最初で最後となるように。


 わたしは次々と呪いの核を破壊していきました。

 全ての核を潰したと確信できるまで、それを続ける必要があります。

 殿下には辛いでしょうが、それまで耐えていただくしかありません。。


     2


 わたしがすべての核を破壊したと確信できたのは、施術開始から三時間が経過した頃でした。

 数えるのも嫌になるくらいに沢山ありましたが、上手くできたと思います。

 白色魔力で跡形もなく浄化しました。

 全身に疲労感が溜まっています。


 これほどまで長時間の浄化を行ったのも初めてでした。

 身体への負担は、患者のほうにもああります。

 殿下は汗だらけになった全身をベッドの上に放り出しています。

 目をつぶり、荒くなった呼吸によって腹から胸のあたりが上下しています。


 そう言えば、引きこもりのわりに引き締まった身体をしていますね。

 この部屋の中で運動でもしているのでしょうか。


 少しだけ余裕が出来て、そんなことを考えました。

 治療の場にふさわしくない考えですが。


「殿下、終わりました」

「終わったのか?」

「はい」

「呪いは解除出来たのか?」

「おそらくは」

「そうか! そうなのか!」


 殿下はとても喜んでいました。

 そして、上半身を起き上がらせると、わたしに抱き着きました。

 汗だらけで半裸の状態ではありますが、嫌な気はしません。

 むしろ、わたしがしたことをこれほどまでに喜んでくれていることをとても嬉しく感じます。


 それに――。

 殿下の男性らしい匂いは、割と好きになれる気がしました。


「これで、人に怖がられなくて済む! 他の人間と同じように過ごすことが出来る!」

「それはよかったですね」

「ああ! 本当にありがとう」


 殿下は魅力的な笑顔を見せました。

 その笑顔に、わたしは大きな満足感を覚えました。

 聖女の身分を剥奪されてから、わたしは自分の価値がなくなったような気がしていました。

 しかし、わたしの技能が失われたわけではありません。

 まだまだわたしを必要としてくれる人はいるはず。それが何よりも嬉しかったのです。


 ですが――。

 これで終わりにはなりませんでした。


「うっ――!」


 殿下が突然苦しみだしました。

 わたしに抱き着いたまま、バランスを崩します。


「……呪いが再発している?」


 改めて言っておきましょう。

 今回の呪いの解除は、失敗に終わるのです。

 完膚なきまでに。

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