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第5話 指輪の行方(後編2)

      3


「まず、君が感じた違和感についてだ。君は、加害者の女性が手を前で組んでいた時、右手を上にしていたのが気になったそうだな?」

「はい」

「一般的に、手を前で組むときは左手を上にしておくことがマナーとされている。平民ならともかく、貴族階級の人間であればそれを知らないということはないだろう。体に染みついているはずだ。だから、その動作には意味がある」

「どんな意味なのですか?」

「君はどう考えた?」

「被害者を殴った時、拳を痛めたのだと考えました。それで、痛めた部分に手を当てているのだと」

「それはないな」


 即否定されました。

 見てきたわけでもないこの青年に、一体何が分かるというのでしょうか。


 いえ、分かることもあるのでしょう。

 世の中には安楽椅子探偵という概念もあるのです。


 とりあえず、傾聴します。


「君の説を否定する理由は二つある。一つは、君の説が正しいとすれば、加害者は左手を痛めたことになる。だが、世間では左利きの数は少ない。貴族階級であれば、右利きになるよう矯正されるのが普通だ。だが、それだけでは完全に否定することは出来ない。もう一つの理由は、加害者が平手で殴っていたということだ。つまり、痛めるとしたら手の甲ではなく、手のひらのほうだ」

「あ……」


 言われてみれば、当たり前のことでした。

 これはただの見落としです。わたしのミスです。


「では、何故手を逆に組んでいたのですか?」

「そのままだよ。左手を隠す。それが目的だ」


 迂遠な言い方ですね。

 美男子は言葉を続けます。


「貴族の女性。三十代であれば、既婚者だろう。左手には結婚指輪があるはずだ。おそらく、彼女はそれを隠していたのだ」

「結婚指輪を隠す必要があるのですか? むしろ、着けていないほうが問題だと――」


 つけていないほうが問題。

 ならば、それは隠す動機になります。


「加害者は、結婚指輪を外していた?」

「おそらく、そうだろう。それは貴族社会では許されない行為だ。知り合いのいない旅先だからこそ、ちょっとしたスリルを求めて外していたのだろう。そして、君と話をした時点でも、未だ外したままになっていた」

「紛失したというわけですか」

「紛失させられたのだ。忘却女性によって」


 忘却女性。

 単に被害者というよりも、状況が分かりやすい。

 無駄に配慮された呼称です。


「それがトラブルの原因ですか」

「そうだ。加害者は、自ら指輪を外し、その指輪を忘却女性が隠してしまった。その事情を外部に知られるわけには行かなかった。だから、最初はひそひそ声で忘却女性と話していた。おそらく、返せと要求したのだろう。だが、忘却女性は返さなかった。加害者はテーブルの上も床も探しただろう。身体検査もしたかもしれない。それでも見つからない。このまま見つからなければ、夫に指輪の紛失がバレてしまう。それだけは避けなければならない。相当焦っていたはずだ」


 その気持ちは理解できました。

 この世界において、既婚者には強い貞淑さが求められています。

 指輪というのは、その象徴のようなもの。

 それを外すこと自体、あまり褒められたものではありません。

 それを失くしたとなれば、世間からの誹りは免れないでしょう。


「そんな追い詰められた状況下で、忘却女性は『指輪を飲み込んだ』と伝えたのだ。その一言が引き金となった。言われたら、信じてしまっても仕方がないだろう」

「ちょっと待ってください。『飲み込んだ』ってどういうことですか? 何を根拠にそんなことを――」

「加害者は『腹を掻っ捌いてやる』と言っていたそうじゃないか。つまり、忘却女性は見つからない指輪を『飲み込んだ』と告げたのだ」

「ああ、そうか」

「それに逆上した女性が被害者を殴り、被害者は記憶を失った。それについては、記憶を失ったふりをしただけである可能性もあるが」

「忘却女性は忘却女性ではなかったというわけですか」

「その可能性は高いだろう。平手で殴られて、気絶したところまではいい。当たり所が悪かったということで一応説明できる。だが、人はそう簡単に記憶を失ったりするだろうか?」

「でも、仮にそれが嘘だったとして、何のために――」

「忘却女性の悪戯心は真っ黒な悪意に変化したということだろう」

「悪意に……」

「指輪はふざけて隠しただけ。だが、加害者はそれに反発して女性を殴った。忘却女性はそれを恨んで、指輪を永久に失わせてやろうとした」


 あり得る話です。

 実際、加害者も記憶喪失を信じていませんでした。


「さて、残る疑問は指輪がどこに消えたのかということだ。勿論、忘却女性は指輪を飲み込んでなどいない。そして、机から動いていない。だとしたら、手の届く範囲内だ」

「それはどこなのですか?」

「店員や加害者の証言だと、テーブルの周辺をくまなく探したそうだな? 身体検査も行い、皿の下まで全て調べたとか」

「はい」

「では、指輪は皿の上に隠されていたのだ」

「皿の上に? でも、それなら気づくでしょう?」

「皿の上ではあるが、死角になっている箇所ならあるだろう?」


 皿の上。

 皿の上?


 もしかして、これは文字通り捕らえてしまっていいのでしょうか。

 そうだとすれば、一か所だけ心当たりがあります。


「ケーキのスポンジの中?」


 机の上には、ケーキがおかれていました。

 ホールが一戸丸々、手つかずのまま置いてあったのです。


「そうだ。底の部分を少しだけ浮き上がらせ、そこに指輪を滑り込ませたのち、元の状態に置く。それだけで簡単に指輪を隠すことが出来る」

「そのケーキ、貰ってきちゃいました」

「ああ、そうだな。指輪は君の手によって失われた。つまり、犯人は君だ」


 今の推理が事実であれば――確かに、犯人はわたしでした。

 最悪です! やってしまいました!


 いえ、それよりも、早く戻ってケーキを調べないといけません。

 局長が切り分けて食べてしまうかもしれません。

 あの人のことだから、一人で全部食べてしまう可能性も――それはないですね。

 ないですよね?


「あ、ありがとうございます」


 ちょうど階段がやって来ました。

 わたしは一礼したのち、部屋を出て行こうとしました。


「ちょっと待て」

「何です?」

「これから君はその問題を起こした女性たちのところへ向かうのだろう? だったら、忘却女性が指輪を隠した動機を知っておいた方がいい」

「それも分かったのですか?」

「あくまでも想像だが――」


 美男子はその動機を説明しました。

 それは納得のいくものでした。

 説明をされてみれば、そうとしか思えません。


「この事件について、どういう対応を取るか。それは、君に委ねる」

「分かりました」


 わたしには彼のように鮮やかな推理は出来ません。

 ですが、工作活動は得意なのです。


 ここからは聖女の――いや、元聖女の専門分野です。

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