第3話 指輪の行方(中編)
1
城の事務局に戻ると、カレン局長は、机で事務仕事をしていました。そして、私が事務室に入ると同時に「早かったね」と言いました。こちらに視線を向けてすらいません。
「はい、ただいま戻りました」
「それで、どうだった?」
「どうにもなりませんでした。この度は私の力不足で円滑な業務遂行を行うことが出来ず、誠に申し訳ありません」
わたしは素直に謝りました。過剰なほどに謝りました。こうしておくことで、相手が怒るに怒れない状況を作っておくのです。少なくとも、怒りを軽減させる効果はあります。出来る女の手腕パート2。
それに対し、局長の反応はというと――。
「そう。お疲れ様」
あっさりしたものでした。
あっさりし過ぎていて、拍子抜けしてしまいました。
事件は全く解決していない上に、何もできなかったのに。
「あの、いいのですか?」
「何が?」
「私は何もできませんでした。何一つ解決していません」
「……ああ、そうね。許されないことだわ」
許されることらしい。
なんだ、気にすることはなかったのですね。最初に厳しいことを言われたからどうなることかと思っていましたけれど、あの発言はただの脅しだったようです。全く、局長も人が悪い。てっきり絞られるものとばかり思っていました。年の功というのは侮れないものです。
「今、失礼なことを考えなかった?」
「そんなことよりも、これを頂きましたよ」
わたしは箱を見せて、鋭すぎる指摘を誤魔化しました。
「それ、何なの?」
「問題を起こした方々が、ケーキを食べずに部屋に戻ってしまったので、貰ってきました」
「あら、そうなの」
「はい」
沈黙。
遺憾ではありますが、この沈黙の意味は分かっています。
「二人で分けて食べませんか?」
「あら、悪いわね。催促をした気はないのだけれど」
「いえ、お気になさらず。それでは、今から切り分けますね。報告書はまた明日――」
「ところで、この後の業務だけど」
幻聴でしょうか。
たった今『この後の業務』という言葉が聞こえたような気がします。。
城下町に繰り出し、喧嘩の後始末という面倒な業務を不十分ながらこなしてきたのです。
この後の業務などあるはずがありません。
「それでは、失礼します」
わたしは聞こえなかったふりをして寮に戻ろうとしました。
しかし、呼び止められてしまいました。
「君は、今回の仕事を失敗したことを申し訳なく思っているのだったね?」
「……はい」
「このままでは、罪悪感に押しつぶされそうになるだろう。だから、そんな君のために新しい仕事を用意したよ。この仕事についてくれれば、君は失敗を帳消しにすることが出来る」
「どういう仕事ですか?」
「最上階に住んでいる方の世話係よ」
「え?」
この城には、尖塔があります。最上階というのは、その一番上を指しているのでしょう。
まさか、あそこに人が住んでいるとは思いませんでした。利便性は最悪ですし。
「あの、最上階に人が住んでいるのですか?」
「ああ、そうだよ。ああ、そうだ。最上階と言っても、本棟の方じゃない。その隣に増築された塔の部分だ」
言われてみれば、ありましたね。主塔に寄り添うように、尖塔がありました。
あれは増築されたものだったのですね。
塔を丸ごと一本増築とか、意味が分かりません。
「どんな偏屈な人が住んでいるのですか?」
「知らないわ」
あからさまな嘘でした。
これは『聞くな』というメッセージです。
残念ながら、今のわたしには拒否権がありません。
これを断ろうものなら、完全なる無職となってしまいます。
先立つもののないわたしにしてみれば、それは致命的です。
「でも、悪いことばかりじゃないのよ」
「悪いことが存在するのが前提なのですね」
「気にしないで」
「無理です」
「それよりも、メリットについてのお話をしましょう。最上階のお世話係になったら、それ以外の仕事はしなくていいわ。実働3時間くらいかしら」
それは魅力的な提案でした。
普段の半分程度の労働時間で済むのです。
だからこそ、その特殊性が気になります。
ただ美味しいだけの仕事がわたしのごとき新人職員に回ってくるはずがないのです。
「あの、前任者の方はどなたなのでしょう? お話を伺いたいのですが」
「一か月ほどの長期休養に入ったわ」
「他の方に代わっていただくことは――」
「出来ないわね」
「でしたら――」
「これは決定事項よ」
局長は朗らかに言いました。
その仕草や表情からは、一切の悪意を感じません。
きっと、悪魔とはこういう顔をしているのでしょう。
「具体的には、どのような仕事を?」
「簡単よ。必要な物資を持って最上階まで行って、不要になったものを受け取って戻ってくるだけ。たまに掃除を頼まれるから、その時は室内の掃除をしてあげて」
聞けば簡単そうです。ですが、それで実働3時間というのが解せません。
いくら最上階とはいえ、この内容であれば一時間もあれば終わるでしょう。
掃除はどの程度散らかっているかによりますが。
「あの、どんな問題があるのかを教えていただくことは出来ませんか?」
「駄目よ。それを話したら、この仕事を引き受けてくれなくなるだろうから」
「そういう仕事だということだけは理解しました」
2
最上階まで持って行く物資は、既に箱に入っていました。
精々5kg程度の重さであり、リュックに入れて背負ってしまえば大した負担にはなりません。
最上階まで行くのは骨が折れるでしょうけれど、私には身体強化魔法があります。
いえ、そもそも最上階までイチイチ人が行くのは効率が悪いですね。
魔法学院の人間がそのような効率の悪いことをするとは思えない――とは言い切れません。
むしろ、嬉々としてやりそうです。
しかし、魔法技術の最先端である魔法学院であるのですから、魔力で昇降する魔導具がついているかもしれません。ついているべきです。ついているに違いありません。
わたしはそんな淡い期待をしながら、増築された尖塔につらなるフロアへと足を運びました。
昇降機はありませんでした。
それどころか、最悪の想定を軽く超えてきました。
増築された尖塔は、いかにも魔法使いが作りそうな奇怪なものだったのです。
最上階まで階段が続いているのですが、その階段が無数にあるのです。
まさに立体的な迷路。
作成者が変わり者だということだけは分かります。
私は迷路階段の最下層から上を見上げていました。
見上げるだけで嫌になります。
どういうルートで行けば最上階までたどり着けるのか分かりません。
そして、更に気が重くなるような事実に気が付いてしまいました。
この階段、ゆっくりと動いているのです。
だから、一度迷路を攻略したからと言って、次も同じルートを通れるとは限りません。
というか、ゴールにたどり着けるのかどうかも分かりません。
「全く、どんな馬鹿が住んでいるのやら」
一言文句を言ってやりたい。
そんな決意を胸に、わたしは階段を登り始めました。
そこでわたしはとある人物に再会することになるのですが――。
まぁ、予想は付きますよね。




