第6話 呪われた王子の迷走
【Side アベル・ド・ドラゴニア】
1
趣味を仕事にすることの是非については、これまで何度も議論の的になって来たことだろう。やりたいことを仕事にするべきか、それとも趣味は趣味のまま留めるべきか。いずれにせよ、そんなことを本気で考えることが出来る人間は限られている。
それは、趣味を仕事にすることが『出来る』人間だ。
仕事というものは、自分がやりたいことをするものではない。
他人がやって欲しいことをやって、対価を受け取るものだ。
それが奇跡的に一致した場合のみ、この議論が成り立つのだ。それはとても幸運なことであり、ありがたいことなのだ。
というわけで――。
「俺はその区分で言うと、とても幸せだということになる。なにせ、魔導具の作成は俺の趣味であり、それを仕事にすることが出来ているのだ。それなりに成功し、収入もある」
俺は持論を――あるいは、思い付きの言葉を語った。
その言葉を聞いていたのは、軽薄そうな雰囲気の金髪の男だ。
彼の名はモブ。おそらく偽名だ。ドラゴニア王国から派遣されてきたスパイであり、俺のことを調べるのが仕事だ。今日は、本国に対して提出する報告書の添削を俺に頼みに来ていた。そして、その報告書を読んだ俺は、先程の持論を述べ挙げたというわけだ。
ちなみに、報告書にはこう書いてあった。
『アベル殿下は毎日引きこもって魔導具研究をしている。人との接触が少なく、非常に孤独な思いをしている』
孤独。
確かに、この魔法学院に来た直後は、孤独を感じていた。
だが、何にでも慣れるものだ。俺はこのナイトフロスト魔法学院での引きこもり生活を満喫していた。誰にも邪魔されない環境で研究に明け暮れる日々。知識は書物で補えるし、必要なことはこのモブが報告をしてくれる。
「それじゃあ、何て書けばいいのですか?」
「いつもどおり、作成した魔導具のリストを送ればいいだろう」
俺がそう言うと、モブは呆れたようにため息をつく。
「分かっていませんねぇ。そんな変化のない報告書では、飽きられてしまいますよ。これだから素人は」
「お前はスパイを何だと思っているんだ?」
「アベル殿下こそ、スパイを何だと思っているのですか? 報告書の添削をしている時点で、俺をスパイ扱いなんてしていないでしょう? いいから手伝ってください。読む人が『またこのスパイから送られてくる報告書を読みたいな』と思わせるような面白いネタをくださいな」
モブは軽薄な笑みを浮かべながら告げる。
軽薄な雰囲気に軽薄な表情。軽すぎてどこかに飛んで行ってもらえないだろうか。
「報告書など適当でいいだろう」
「そんなことはありません。スパイであることを見抜かれた俺がスパイとしてまともに取り組むことが出来る仕事は、報告書を送ることだけなのです。ここに力を入れなければ、俺の存在意義がなくなってしまいます」
「なくなればいい。ついでにお前も消えてなくなってしまえ!」
「酷い! パワハラだ!」
「スパイなのだから、そもそも仲間でも同僚でもないだろう!」
「それはそれ。持ちつ持たれつというものです」
俺はため息をついた。
こいつには何を言っても無駄だ。
2
モブは報告書を三十分程度で書き上げた。スパイというのは、本当にこれでいいのだろうか。俺が心配するべきことではないが、少しだけ気になってしまった。
報告書を封筒にいたモブは『面倒な仕事がやっと終わった』とばかりに両腕を上げて身体を伸ばした。そして、ついでのように尋ねる。
「殿下、一つ伺いたいことがあるのですが」
「何だ?」
「壁にかけられている絵画は何ですか? 女性が描かれているものがいくつもあるようですが」
「ああ、これか。俺に婚約者として推薦すべく、令嬢の姿を描いたものが送られてくることがあるだろう?」
「そうですね。定期的に来ますね」
俺も一応は王族だ。貴族たちの娘が俺と結婚すれば、その貴族は王族の身内ということになる。その地位を狙って、絵画を送りつけてくる者が多くいるのだ。あまりにバカバカしいため、俺は全て端に避けていた。
だが、これが役に立つ時が来た。
「これらの絵画は、貴族令嬢を実際以上に美しく描いた絵画だ。つまり、ここに書かれた令嬢を見慣れてしまえば、セレナ・アリアーナを見ても動揺せずに済むということになる」
「成程! それは素晴らしい考えですね! これで面白い報告書を――いえ、何でもありません」
モブが何かおかしなことを言ったような気がした。だが、奴がおかしなことを言うのはいつものことだ。特に気にする必要はないだろう。
「こうしちゃいられません。俺も殿下に協力しますよ!」
「そうか」
「面白くなってきた――じゃなかった。有意義な、ププッ。いえ、あの、うん。とにかく、頑張ってください!」
「ああ」
俺はやる気になっていた。
これが馬鹿げた行動であると気づく五分前の出来事だった。




