【紳士倶楽部】五分だけの、支配
サロンではなく、控えの間。
茶会ではなく、情報交換。
令息たちの静かな会話の中で、“あの夜”の意味が噛みしめられていく。
誰もが感じていた──あれはただの舞踏会ではなく、“始まり”だったのだと。
モブ令息たちの目に映った“王女の支配”とは。
「──で、見たんだろ? “あの五分”を」
「……ああ。あれは、ちょっと、な」
朝の集まり。
年の近い令息たちが、集まっている。
場所は西館の控えの間。サロンではない。ただの情報交換の場。
「正直に言う。あれを見たら──震えた。冗談抜きで」
「だろう? 場の空気が、変わった。いや、圧された」
「入場から五分。“姿を見せただけ”で、だ」
「しかも、音もなく。ドアが開いたと思ったら、そこに“いた”んだよ」
「“登場”じゃない。“出現”だったな」
誰も笑わない。
誰も茶化さない。
「水色だったろ、ドレス。刺繍が……光って見えた」
「歩くたびに、光の粒子が舞うようで。いや、誇張じゃない」
「髪も、巻きが完璧でな。……普通なら、誰かに引き立てられてるって思うだろ?」
「違った。“誰よりも目を引いた”」
「立ち位置も含めて、“計算”だよ。あれは」
「グラナード公爵家の嫡男が隣にいた。自然すぎて、誰も疑問を挟めなかった」
「打ち合わせなしで、成立していた。……あの配置、あの空気」
「そして、“隣の隣”だよ」
一瞬、沈黙。
「……お姿は、見ていない」
「だが、感じたろ。あの“気配”」
「空気が、一段冷えた。背筋が、凍ったんだ」
「“歩く粛清”。誰が言い出したのか知らんが──まさに、だった」
「姿がなくても、そこに“いる”って分かった。あれは、もう……」
「異質だよな」
誰も否定しない。
否定できない。
「だが、何より異質だったのは──」
「“姫君”ご本人、だ」
「完璧な笑み。まったく乱れなく。誰の視線にも、微笑で応える」
「けれど、あれは……“本物”だったのか?」
「わからない。だからこそ、怖い」
「ゼノ様が、一度だけ視線を外した。あの瞬間、姫様の笑みに“ひび”が入ったように見えた」
「……見間違いじゃないと思う」
「同じ瞬間、空気が止まった。誰も動けなかった」
「誰が場を制していたか、わかるか?」
「当然、あの方だ」
「王太子殿下でもなく、グラナートの嫡男でもない。“あの方”が、中心だった」
言葉にして、ようやく理解が追いつく。
「なあ……あの五分、“見たこと”になっているけれどさ」
「……ああ、見せられていた気がするな。“見ろ”と、命じられたような」
「観客として、選ばれた。“試されていた”ような気がしてならない」
「誰が誰を、だ?」
「さあな。でも、思ったろ。“ここから何かが変わる”って」
「……思ったよ。もう、元には戻らない」
誰かが、静かにカップを置いた。
「その次の夜会、どうなるか分かってるか?」
「“誰が隣にいるか”が、正式になる」
「それを、“見届ける場”になる、ってことか」
「怖いけど……俺は行くよ。逃げられる気がしない」
「俺も、だ」
誰一人、笑わなかった。
誰も“冗談だ”とは言わなかった。
──あの五分で、全てが変わった。
変わったのは、空気ではない。
我々の「意識」そのものだった。