表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

【令嬢サロン】見なかった者には、語る資格がない

あの夜会を「見なかった」者がいます。

だからこそ、その“語り”に揺さぶられるのです。

語られることで、夜会はただの出来事から「物語」へと変わっていく──

モブ令嬢視点で綴る、悔しさと決意の物語。

「……で、本当に“あの方”がいらしたの?」

 

「ええ。見間違えるわけがないわ。あの空気の変わり方……言葉では言い表せないの」

 

朝の定例サロン。

ティーカップを持つ指が、かすかに震えていた。

 

「五分だけ、だったんでしょう?」

 

「五分で、十分だったのよ。……それ以上いたら、あの場にいた全員、息が止まってたと思うわ」

 

わたしは、ただ黙って聞いていた。

 

──その夜、わたしは、熱を出して寝込んでいた。

どうしても参加できなかった、あの非公式夜会。

若手だけの、肩肘張らない集まり。

……けれど、たった五分の登場が、すべてを変えたという。

 

「ドレスが水色だったの」

 

「そう、それも“ただの水色”じゃないのよ。刺繍の糸が光をまとって、歩くたびに──舞ったの」

 

「舞った?」

 

「うん。まばたき、忘れてたくらいよ。あんなの、夢みたいだった」

 

「髪も……巻きが完璧だったわよね」

 

「後れ毛の処理まで完璧。あれは、準備に数時間かけたわね、間違いなく」

 

「裾のラインと揃ってたの。あれは“計算された美しさ”。天性のものとは違う、王家の研鑽よ」

 

わたしの胸が、ぎゅうっと締めつけられる。

見ていないのに、頭の中でその光景がどんどん出来上がっていく。

 

「立ち位置も完璧だったわ」

 

「ええ。ゼノ様が“自然に”隣にいらして──でも、あれは“偶然”じゃない」

 

「わたし、気づいたの。あの視線の交差……」

 

「ね、怖いくらいだったわよね?」

 

「ええ。何も言葉は交わされていないのに、“絵”になっていたの」

 

「あと、“お隣”もいたわね」

 

「うん。“歩く粛清”が」

 

その言葉に、サロンが一瞬ざわめく。

けれど、誰も否定はしなかった。

 

「まさか、あの方までいらっしゃるなんて思わなかった」

 

「しかも、黙って立ってるだけで空気が凍るって、どういうこと?」

 

「わたし、寒気がしてスープ三口も飲めなかったのよ? あの方の視線、空気を凍らせるわ」

 

「アリシア様は、動じていらっしゃらなかった」

 

「ええ。完璧な笑みを浮かべて──ただ、わたしには、あの笑みが“仮面”に見えたの」

 

(……わたしは、何も知らない)

(なのに、皆の語る“その場”は、確かに存在していて)

 

「もう、伝説よね。あの五分」

 

「ええ。語り継がれるわ、絶対に。

だって、あの場にいた者しか知らない、あの息づかいまで含めて」

 

「わたし、姉に書き送ったの。『歴史的瞬間だった』って」

 

「わたしなんて、詩にしちゃった」

 

「何それ……あとで読ませて」

 

「嫌よ、下手だから。でも……伝えたくなるのよね。あの時間を、“わたしは知ってる”って」

 

わたしは、そっと立ち上がる。

カップを置く音が、微かに響いた。

 

「どこへ?」

 

「仕立て屋よ。次の夜会に備えなきゃ。……このままじゃ、一生“見なかった人”のままだもの」

 

言い捨てるように背を向けたわたしの背後で、

誰かが、ほんの少しだけ、悔しそうに息を飲んだ音がした。

 

──“物語”に、乗り遅れるわけにはいかない。

わたしも、あの光の中に立ってみせる。

たとえ、それが“影”であっても。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ