10話 報告 — 世界の記憶
2050年、防衛省。
「……以上が今回の作戦における全記録です」
星野零は背筋を伸ばし、報告を終えた。
向かいのソファに座るのは、陸将補である山渕一誠。
特殊作戦部隊Tの総指揮官の一人であり、星野の上司でもある男だ。
ホログラムに映し出された作戦記録を一通り眺め、山渕は満足そうに頷いた。
「よくやった。見事な作戦遂行だったな、星野一佐、いや星野隊長と呼ぶべきかい?」
「それは、山渕陸将補次第かと……。ありがとうございます」
「話を戻そう。日向彰吾議員は無事、2048年6月12日のスピーチを完了した。あの事件は――正式に“なかった”ことになった。未来の歴史が上書きされた結果、現代の記録からも完全に消えている」
「……」
星野はわずかに目を細めた。
分かっていたことではあったが、改めて“記録そのものが変わっている”と聞くと、背筋に冷たいものが走る。
「日向議員の暗殺事件は、最初から存在しなかった。国家のデータベースも、公安の報告書も、誰の記憶も――キミ達Tのメンバーと、我々関係者以外にはない」
「記憶まで改変されるんですね……いや、それが普通ですか」
「PTDによる時間干渉の副次効果だよ。過去が変わると、現代の人間の記憶も“自動的に”同期される。これは我々でも制御できない仕様だ」
山渕はカップを手に取り、コーヒーを一口飲んだ。
「便利なようで恐ろしいですね」
「そう思うかい? 星野くん。だが……これは世界を救うための技術だ。“正しい歴史”を作るためには、多少の歪みは許容されるべきだと、私は思うよ」
その言葉に、星野は返答をしなかった。
山渕の口ぶりはいつも理性的。
だが、その奥に潜む“熱”が、時折、危うさを感じる。
「ちなみに、今回の作戦成功によって……一部の上層部達の“未来”にも変化が出ている。君もいずれ、その影響を目にすることになるだろう」
「……どういう意味でしょうか?」
「それは、次の任務が終わってからだ」
山渕はそう言って、ホログラムを切り替えた。
新たに映し出されたのは、次なるターゲット――
《2048年7月3日 新宿駅南口 爆破テロ》
「これが次の作戦だ。前回よりさらに複雑で、敵も動いてくる」
「……了解しました。作戦立案に入ります」
星野が立ち上がると、山渕は一言だけ、静かに言った。
「君には期待しているよ、星野くん。君なら、“どんな歴史”にも抗える」
背を向けたまま、星野はその言葉に何も返さなかった。
*
特殊作戦部隊T拠点 ―― 会議室。
隊員達が集まり、星野が口を開いた。
「……以上が今回の報告だ。2048年6月12日、日向彰吾議員は襲撃されず、生存。演説を終え、任務は成功した」
「マジで変わっちまったんだな……歴史が」
五十嵐が目を細め、低く唸った。
「ところで、その“変わった”ってのは、改めてどういう意味なんでしょう? 私たちは以前の歴史を覚えてる。でも、一般の人達の記憶はどうなっているんでしょうか?」
黒木の問いに、星野が静かに答えた。
「誰も覚えていない。国家の記録、報道、政治家、民間人、俺達と時間干渉任務に関わる一部の関係者以外は、日向議員が死んだことなど“最初からなかった”ことになってる」
「……記憶も、記録も、全て上書きされたということですね」と黒木。
湯中が補足するように言う。
「PTD装着者と、我々のように“記憶耐性処理”を受けた関係者だけが旧歴史の記憶を保持できる*。
時空操作には“整合性反映”って副作用があって、過去が変わると、それに合わせて世界の記憶や情報も自動的に補正される」
「わけわからん理屈だが……確かに、変わっちまったってことか」と海野。
「変わった。だが、今後も同じように変えていかなくてはならない」と星野は続ける。
その言葉に空気が引き締まる。
「俺たちが知っている“過去のテロの記録”そして“今後起こる事件”は数え切れない。そのひとつひとつに介入しなければならない」
ホログラムモニターに、次の任務データが浮かぶ。
《2048年7月3日 新宿駅南口 爆破テロ》
「俺達が止めなければ、この事件は世界の記憶として“正式に確定”してしまう。何も知らず、死ぬはずのなかった人々が死ぬ。………だが、俺達なら救える」
沈黙の中、誰も異を唱えなかった。
それが、彼らの戦場だと理解しているからだ。
「次の任務は、近日中に通達する。各員、準備をしておけ」
隊員達は無言で立ち上がり、それぞれの席を離れていく。
世界は少しだけ違う未来へと歩き始めた。
その変化の裏で――誰かが過去と戦い続けている。
星野は会議室に残って考えた。
正しい歴史とはそもそもなんなのだろうか。
本当にそれは正しいのだろうか。
そしてそれが、どんな代償を伴うかは――まだ誰も知らない。
ここまで見てくれたそこのあなた!!さいこーです!
神城クロノと申しますm(_ _)m
今回は、OSMANTHUS — 未来を変える戦い —の10話を読んでくださってありがとうございます!
週2〜3本ペースを目指して執筆していきます
当分の間はストックが溜まってるのでポンポン行きます!
読んで、面白いなーと感じたらぜひ☆の評価ください!
ブックマークも意欲が上がるし嬉しいです\(^o^)/