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1話 疑心 — 静かなる影の誕生


挿絵(By みてみん)








その日は特に空が青く澄んでいたという記憶がある。

男の名は星野零ほしの れい、その日まで自衛隊に所属していた。



防衛省からの緊急の呼び出しに嫌な気分ではあったが、いつも冷静、冷血と周りから思われている星野はその時も表情には出していなかった。



自衛隊の中で二等陸佐という階級を与えられ、晴れて上級幹部の一員となった星野でも防衛省に呼ばれるのはとても珍しい事だ。

懲戒処分を受けるようなこともしていないし、呼ばれた理由に検討もつかない。

しかも、現在星野が所属する部隊は任務中である。

そんな時にわざわざ呼び出しがあるというのは一体どんな事案だろうか。



しかも、上官から渡された紙には星野がおいそれと会えない人物の名前が呼び出し人として記載されていた。



山渕一誠やまぶち いっせい陸将補。

陸上自衛隊で上から数えて三番目に偉い階級の人物だ。



とてもじゃないが気分が上がるような内容ではなさそうである。

昇進なら上官から言われるだろうし、わざわざ防衛省にいる陸将補から手紙は来ないだろう。

部下の五十嵐は「良い意味にとらえましょう!」と言っていたが星野はそこまで楽観的な性格ではない。










防衛省に辿り着き山渕陸将補を訪ねる。

指定された時間丁度だ。

規則の厳しい自衛隊において時間厳守は特に大事だとされている。

星野がそれを抜かることはない。



扉をノックして中に入室する。

もちろんだが姿勢は正している。



「星野二等陸佐、呼び出しに従い参りました」


「さすが時間通りだな。そこに座ってくれ」



執務机で書類を見ていたガタイの良い白髪の壮年の男が応接用のソファを指差した。

が、すぐに座ることはしない。



「よろしいのでしょうか?」


「あぁ、問題ない。座っててくれ」



不承不承、そう言われてしまえば座るしかない。

雲の上のような階級の相手だからとても気を使うし、ゆったりと座っていられるほど楽観者でもない。

早く用事を済ませたい。

いや、内容を聞きたい。

が、それをこちらから催促するわけにもいかない。



山渕陸将補はそれからしばらく書類を見ていたが、少しして立ち上がり向かいに座した。



「急に呼び出して済まなかったな星野二佐」


「いえ」


「キミの噂は聞いているよ。高等工科学校を全学年時オールAで卒業し、防衛大学校を首席で卒業、レンジャー徽章も取っているね。以降数々の任務で活躍し、現在は特殊作戦群に所属している。自衛隊で最も期待される若手のエースだ。」


「私は当たり前のことを確実にこなしてきただけです」


「そういう性格だとも聞いているよ。だからこそ、今回キミを呼んだんだ」



どういう意味なのか分からず星野は困惑した。

が、山渕はそれを察してすぐに話を始めた。



「星野二佐、キミは何の為に自衛隊で厳しい訓練に耐え、そして命を懸けて危険な任務に就いている?」


「国防の為、そして民間人の安全の為です」


「その言葉に嘘偽りはないか?」


「ありません」


「そうか、安心したよ。実はキミには新設される特殊部隊を任せたいと思っている」


「新設される特殊部隊ですか?そんな話は聞いたことがありませんが」


「あぁ、特級の秘匿事項だ。情報が他所に流れることはない」



星野は一瞬で多くの事を思案した。

・新設の特殊部隊

・自衛隊幹部にも情報が一切流れない特級の秘匿事項。

・山渕一誠からの呼び出し

・その部隊を任せたい?

・なぜ自分なんだ?

しかし、どれだけ考えてもやはりよく分からなかった、



「何を目的とした、どんな部隊なんですか?」


「それは、実際に見ないと理解できないだろう」


「それは……」



星野が疑問の言葉を発しようとした時だった。

扉がノックされ白衣姿の男が入ってきた。

階級章がついていないので、男がどの程度の階級にいるのかは分からない。

そしてもちろん見たこともない人物だった。



「紹介しよう。彼は湯中一佐。研究本部の第一研究課課長だ。」


「初めまして星野二佐。お噂は聞いていますよ」



陰鬱そうな顔に薄い笑みを浮かべた痩せ型の研究員。

星野から見て湯中はそんな人物だった。

そんな人物を急に紹介され困惑したが、星野はそれよりも別の事に困惑していた。



「山渕陸将補……今、研究本部のと言いましたか?」


「あぁ、たしかにそう言った」


「それは朝霞の、という事ですか?」


「そうだ」



そんなはずはなかった。

朝霞駐屯地の研究本部は現在廃止されて無くなっているはずだ。

研究本部自体が無くなり、他のところに併合されている。

それは周知の事実だった。

山渕陸将補の言い方ではまるで、朝霞駐屯地の研究本部が現在でも存在しているようではないか。



「朝霞駐屯地の研究本部は結構前に無くなったはずですが…」


「その知識は正しい、が正確には違う。研究本部は今でも存在するんだ。しかし、キミが知っていた情報通り世間からは消えている」


「それは、事実なのですか?」


「あぁ防衛省で把握しているのは上層部の数人と、そこで働いている者達だけだがな」




涼しい顔でそう言う山渕の目に偽りの雰囲気はなかった。

そして、そんな嘘をつく理由もない。

ただ、なぜそんな最上位の人間と関係者しかしらない秘匿事項を教えられたのだろうか。

今日山渕から聞いた話は何から何まで秘匿事項だ。

不安な気持ちが星野の脳内を巡り巡った。




「とりあえず納得してくれ。でないと話が進まん」


「わかりました」


「じゃあ湯中君、あれを頼む」


「了解です」




山渕に指示された湯中は星野をじっと見つめた。

山渕をチラッと見るが湯中の方を目で指してる。

星野はよくわからず湯中を見た。

するとようやく湯中が口を開いた。




「星野二佐。少し質問をしても?」


「はい。問題ありません」


「ふぅー、では質問を始めよう。キミが昔飼っていた犬の名前を教えてくれ」




なにを言ってるんだ?と星野は怪訝な表情を浮かべた。

たしかに昔実家で犬を飼っていたが、それが何だというのだ。

肩肘を張っていたためとても拍子抜けだ。

だが、真面目な顔で言う湯中とそれをじっと見ている山渕がいる為答えないわけにはいかない。




「「エイミー」」




とても、驚いた。

星野が答えたのと全く同時に湯中が同じ事を答えたからだ。

星野が昔実家で犬を飼っていたというのは小学生までのことである。

もちろん自衛隊の仲間も、上司も、それどころか友人達すら絶対に知らない情報のはずだ。




「「これはどういうことですか?」」




またしても同じタイミングだった。

それどころか星野の抑揚の付け方まで湯中は真似していた。




「質問を続けましょう。今湯中一佐が思い付いた事を言ってください。脈略がなくても構いません」



これは本当になんなんだ。

星野はこのよくわからない質問となぜか答えを知っている湯中に少し腹が立ってきた。

どうせなら絶対に分からないであろう意味の分からない事を言ってやろう。

そうして、考えついた答えを発しようとした。



「ホッキョクグマ。好きなんですか?」



星野はごくりと唾を飲んだ。

自分が答えようとした事を湯中が先に言い当てたからだ。




「「なぜわかるんです?」……それは知っているからです」




もはや同じタイミングで答えてくるのにも少し慣れてきた。

これは本当になんなんだろう。




不思議な世界に迷い込んでしまったような感情だった。

この意味の分からない状況を説明する答えは自分の中にはない。




それからほんの一瞬だが静寂が部屋を包んだ。

その静寂を破ったのは、急に鳴り始めた機械音だった。



「申し訳ありません」



慌てて星野は謝罪した。

なぜならその音は星野のスマホから鳴っていたからだ。

まさか音を切り忘れるとは。




「出ていいですよ星野二佐」




しかし、怒るでもなく山渕は押し黙っているし湯中はニヤリとして電話に出るように促してきた。




「ちなみに電話はお母様からですよ」


「え?」




まだ星野すら確認していないのに湯中がそう言っていた。

すぐにスマホを取り出して確認すると、たしかにそこには母親の名前が出ていた。

星野は母親の事をフルネームで登録している。

だからこそ、もし何かの細工をして画面を盗み見たとしても湯中にはそれが母親なのかはぱっと見ではわからないだろう。




「星野二佐が最近連絡をくれなくて寂しがっているようです。内容はお祖父様の三回忌の話です。ぜひ、出て上げてください」




なぜ、母親が電話してきた内容まで把握しているんだろうか。

星野はまだ電話に出てもいない。

それを示すように電話は鳴り続けている。




2人に失礼しますと告げて言われた通りに電話に出ることにした。




内容はまさに湯中が事前に言った内容だった。

もちろんだが母親が無理やり言わされているような様子もなかった。

いつも通りの少し天然な母親。

電話を切った後、星野はごくりと唾を飲んだ。

ますますこの状況が分からなくなったからだ。

思考はついに迷宮入りしてしまった。




「なぜ、わかったのですか?これではまるで…」


「すべて知っていたようだ。ですか?」


「はい」




やっとその言葉を聞けたと言わんばかりに湯中はニコリと笑った。




「なぜだと思いますか星野二佐。この奇怪な出来事をあなたはどう解釈します?」


「読心術?ですか?」


「いえいえ、私にそんな特殊な才能はありません」


「わかりません」


「では、正解をお教えしましょう。実に簡単なことですよ。私にとってはこれが二度目だったというだけです。1度目ではちゃんと星野二佐がなんと答えるかメモを取っていました。それを暗記しているので答えは分かってたというだけです」


「えっと……すいません。意味が分かりません」




この男は何を言ってるのだろうか。

余計に意味が分からなくなってしまった。

そして、なぜこの意味のわからない状況を山渕陸将補は黙って聞いているのだろうか。




「そうですね。もう受け入れる下準備は出来たでしょう。改めて説明しましょう」




湯中はそう言うと大きめの封筒を取り出した。

中から資料をテーブルに載せていく。

封筒には丸秘の記号が付いている。




「我々研究本部第1研究課は予てから研究の課題となっていたある技術の実験に成功し、そして試験段階を正式にクリアし、実用段階に移行しました。それについての資料がそちらになります」


「PTD?………な………そんな、まさか」


「はい、そのまさかです星野二佐」




星野は珍しく感情を露わにし手が震えながらもその資料を読んでいった。

PTD計画と書かれたその資料の内容は衝撃、その一言だった。

要約すれば、それは過去に戻る装置、つまりタイムスリップ装置について記載されていた。

その装置の内容や、今までの実験、試験の過程や結果、そういった事が事細かく書かれている。

星野が驚愕している理由は、なにより湯中が言った「試験段階を正式にクリアし、実用段階に移行しました。」という部分だ。

タイムスリップに成功した?

試験段階をクリアして実用段階?

そんなことがあるわけ………




そこに来て星野の脳裏に先ほどのやりとりが思い浮かんだ。

湯中はこう言っていた。



「では、正解をお教えしましょう。実に簡単なことですよ。私にとってはこれが二度目だったというだけです。1度目ではちゃんと星野二佐がなんと答えるかメモを取っていました。それを暗記しているので答えは分かってたというだけです」




星野は急激な頭痛き頭を抱えながら、そして苦笑を顔に浮かべた。




山渕陸将補が黙っている。

それはこれが事実だという事だ。

まったくもって真実だとは思えないが、確かに先ほどまでの一連の湯中の言動ももしこれが事実だとしたら説明出来る。

だが、そんな事が……。




「疑いたくなる気持ちは分かるよ星野くん」




今まで黙っていた山渕陸将補が穏やかにそう告げた。

役職呼びではなく、くん呼び。

その穏やかな雰囲気がまたこれが事実で受け入れてほしいという山渕の意思だと感じてしまう。




「それが事実だとして、なぜ二等陸佐の私にそんな国家の最大の秘匿事項を?」


「キミに任せたい部隊に関わる話だからだ」


「それは、どういう事でしょうか」










はじめまして!皆さん

神城クロノと申しますm(_ _)m

今回は、OSMANTHUS — 未来を変える戦い —の1話を読んでくださってありがとうございます!

これから、週2〜3本ペースを目指して執筆していきます

当分の間はストックが溜まってるのでポンポン行きます!

読んで、面白いなーと感じたらぜひ☆の評価ください!

ブックマークも意欲が上がるし嬉しいです\(^o^)/

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