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interview~final~【私の存在】

こんにちは絃です

全6話構成の、短いお話です

今回がfinalとなります

お気軽に覗いていってください

******



 あのさ、――。


 取材が終わり、スタジオの空気が一気に緩んだ瞬間だった。

 照明が落とされ、スタッフがテキパキと機材を片付けていく中、

 私は立ち上がったばかりのタイミングで、後ろから声をかけられた。

 その声は、どこか遠慮がちで、けれど、どうしても聞きたかった――そんな響きだった。


 堺だった。


 彼もまた立ち上がっていて、手には台本の束と、使わなかったメモが何枚か挟まっていた。

 その視線は、私の肩越しを見ているようでいて、やっぱり私の顔をちゃんと見ていた。

 私たちが座っていた椅子も、気づけばスタッフによってスッと片づけられていて、

 立っている私たちだけが、取り残されたようにぽつんと空間に浮いていた。


 「なに?」と私は答えた。


 ただの挨拶か、ねぎらいの言葉か――。一瞬そう思ったが、彼の目が揺れている。

 口元には、言い淀んでいる気配があった。

 言うべきか、迷っていたのかもしれない。

 それでも、彼はほんの少しだけ息を吸って、ぽつりと問うた。


 芙月にとって、バレエってなに、――?


                   ******


 昔、聞いたことがある。

 バレエってなに?

 あなたにとって、バレエって一体、何なの?と。

 何でそこまでして、バレエを続けるのと。

 あれはたしか、深夜の寮の部屋だった。当時の私は、怪我も重なってすっかり自信を失っていた。

 悔しさと情けなさのあまり、誰かに縋りたかった。

 だから、私は彗に問うた。八つ当たりのようでいて、でも本心だった。

 彗は、その私の惨めな心情を、ちゃんと見抜いていたのだと思う。

 そして、怒るでも、戸惑うでもなく、静かに答えてくれた。


「バレエは、私にとってアントレだから」


 アントレ? それって、作品の踊り始めに踊る、あのアントレ?


「うん。つまるところ、バレエは私にとって全ての始まりなの。だからアントレ」


 ――初めて、舞台の魅力に気がついた

 ――初めて、感情が揺れ動く様が面白いと思った

 ――初めて、何かを美しいって思った

 ――初めて、人間の美しさに気がついた

 ――初めて、もっと続けたいと思った

 ――初めて、やりたいものを見つけた

 ――初めて、自分以外の者になれたし、初めて心から悔しいとか、思った


 それから、何よりも、

 初めて、――私の存在を見つけられた

 

 そう答える様が、何だか少しだけ怖かったのを今でも覚えている。

 深夜、ほとんど誰もいない静かな空間の中で聞いたその一言が、まるで告白のように胸に突き刺さった。

 バレエがただの「好き」や「得意」の枠を超えて、生きるための核心になっている。

 彼女の中で、バレエはもう、逃げ場でも、飾りでも、手段でもなく、「始まり」であり、「存在理由」だった。


 と同時に、彗には勝てないなと悟った瞬間でもあった。

 ここまでバレエを根っこから愛する人を、後にも先にも私は知らない。

 だからこそ、私は私の土俵で頑張ろうとも思えた。私が、できる全てをやってみようと思えた。


 彗は、静かに立ち上がり、部屋の窓辺の木枠に立つ。丁度、出窓になっていた。

 縦に長い木枠の窓から、朝日が差し込んでいた。

 その逆光の中で、彼女は自然に五番ポジションをとる。脚のラインはまっすぐで、無駄がなく、力強く、それでいて優美だった。

 努力して得た身体のかたち。無数のレッスンと痛みによって作られた、まさに芸術の骨格。

 彗の腕が、ゆるやかに動く。プレパレーション――レッスンの最初に必ず行う準備の動き。

 アンナバンからふわりと腕を開き、円を描くように再び戻す。

 その一連の動作に、何のためらいも、迷いもなかった。

 ただ一つの呼吸のように、身体が自然に動いていた。


 そして、彼女は目を細めて、笑った。

 まるでその瞬間だけ、時間が止まってしまったかのように。



                   ******


 堺からの思わぬ質問に、その一言に、私は小さく目を見開いた。

 言葉そのものは単純だ。たぶん、誰もが一度は問うような類のものだ。

 けれどその声には、明らかに“本気”があった。

 知りたいというより、知っておきたい――そんな、願いに近い何か。


 しかも、彼は少しだけ頬を赤くしていた。

 照明が落ちた後の、柔らかな室内灯のせいだけではない。

 顔を逸らすでもなく、真正面から私に問いかけたその表情に、

 私は一瞬、どう答えるべきかを迷った。


 これはもう、取材じゃない。カメラも回っていない。ただの会話。

 だけど、その一言に込められた彼の温度が、やけにまっすぐで、私の心を打った。


 私は、ほんの少しだけ、意地悪そうに笑みを浮かべた。



 私にとって、バレエはね、――――




【entrée~これが私の生きる道~    fin.】

いかがでしたでしょうか?

よろしければ、感想、お待ちしております

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