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interview~4~【バレエの魅力】

こんにちは絃です

全6話構成の、短いお話です

お気軽に覗いていってください


「では、朝倉さんが考えるバレエの魅力とは何でしょうか?」


 ――その問いが発せられた瞬間、私は思わず眉をひそめそうになった。


 また、そう来るのか、と思った。

 けれど、すんでのところで口元を押さえる。いけない、いけない。

 自分の中の“常識”を、無意識に人に押し付けてしまいそうになる。そんな自分を、ここで抑えなければならない。取材者として、観察者として、私は冷静でなければいけない。


 ――しかし、それでも、やっぱりこの質問は、ひどい。


 あまりにざっくりとしていて、相手の芸術観に安易に踏み込む危うさを孕んでいる。いくら番組の構成のためとはいえ、こういうタイプの「魅力とはなんですか」的な質問が、私は苦手だった。


 そんな私の内心を知ってか知らずか、彼女――芙月は、少しだけ肩をすくめて、飄々とした調子で答える。


 バレエはエンタメではなく、芸術なので、この質問の答えはときによって違うと思いますが、そうですね、今、私が考えるバレエの魅力は、言葉がなくても伝えられる表現、またその時に感じる感情、――でしょうかね――


 それを聞いた瞬間、私は思わずわずかに首を傾げた。

 わざとだろうか、と。


 今までの彼女の回答と比べると、その言葉にはどこか曖昧さが漂っていた。

 抽象的で、少し掴みどころがない。いや、それ以上に、どこか意地悪なまでに“核心”をぼかしているような印象を受けた。


「それは、一体、どういった――?」


「そのままの意味ですよ」


 と、彼女はまた微笑む。

 だが、その笑みはどこか挑発的で、わずかに口角を上げたまま、背もたれに体を預けた彼女の背筋が、静かに揺れる。


 私は、その様子を目の端で見ながら、記者の表情にも目をやった。

 唇が、きゅっと噛み締められていた。悔しさに、わずかに眉間が寄っている。自分の投げた質問に対し、思うような答えが返ってこなかった――そういう苛立ちが、ありありと顔に出ていた。


 きっと彼は、自分が相手を引き出すことに失敗したと思ったのだろう。あるいは、答えを理解できなかったことに、記者としての矜持が刺激されたのかもしれない。


 だけど私は知っていた。

 彼女のその曖昧なようでいて確かな答えは、本心だった。言葉にしてしまえば壊れてしまうような、繊細な感情。舞台の上でしか表現できない、あの瞬間の震え。


 彼女が言う「言葉がなくても伝えられる表現」とは、まさにそういうことなのだ。

 ――それを理解するには、たぶん、踊るか、観るかしかない。


 バレエはたった数時間、作品によっては数分の踊りです。その中で、私たちは物語や世界観を理解しようと集中して舞台を観ます。最近だと、ネットやパンフレットにわかりやすく物語のあらすじが書かれていて、作品の大枠はわかると思いますが、バレエダンサーがマイムや、お芝居をしていて、何を表現しているのか理解するのは、相当な集中力が必要となります。慣れてしまえば、観客個人個人で、いろいろな解釈ができて面白いのですが、最初のうちは、そのダンサーが何を表しているのか、自分の中で“セリフ”を作らなければいけません――


 彼女はそう言ってから、椅子から少し身を起こし、動作に移った。


 例えば、私がこう腕を動かしたとします、――


 その言葉とともに、彼女は静かに、しかし一切の無駄を排した動作で左腕を動かした。

 服の布地が擦れる音さえしない。まるで空気を切り取るような、無音の動きだった。


 左腕が一度胸の前へ持ち上げられ、手のひらがふわりと相手――つまりこちら――へと向けられる。

 その時の視線が、とてもやさしく、けれどどこか切なげで。

 私は一瞬、胸がきゅっと詰まるのを感じた。

 首を少し傾げ、柔らかく表情を添えながら、腕はある角度でぴたりと止まる。まるで時間が一瞬だけ、そこで静止したかのようだった。

 そして静かに腕が下ろされ、彼女の瞼がふと伏せられる。その動きに導かれるように、空気がまた流れ出す。

 再び目を上げた彼女がこちらを見ると、その眼差しには、何かを問うような、あるいは受け取ってほしいという願いが込められているように思えた。


「今、私が何を表現したか、オオツキさんは、どのように考えられますか?」


 彼女の問いかけに、オオツキさんは一瞬、目を見開いた。

 そして、しどろもどろになりながらも、なんとか言葉を探し出そうとする。


 「えーっと……」

 額に手をやり、考え込みながら、しばらくしてからようやく口を開いた。

「下に落ちたものを、拾ってください……かな。――いや、でも少し気品があったし、拾ってくださいって感じじゃなくて、拾えって感じにも見えました……」

 その答えに、自信はまるで感じられなかったが、私は心の中で拍手を送る。

 恥じることではない。まずは、想像すること。それがすべての始まりだ。


 では、オオツキさんが考えるストーリーから私と彼の関係性は、どのように見えましたか?―


 と彼女が問えば、オオツキさんはまたしても「えーっと……」と戸惑う。

 それでも、逃げずに答える。


「えーっと、命令している感じでしたから、朝倉さんが位の高い女性で、堺さんが朝倉さんに使える使用人といったところでしょうか?」


 いいと思います。私には、思いついていないストーリーでした。――


 「えっ?」

 思わず口からこぼれたような、オオツキさんの小さな声。

 その動揺が顔に出ていた。耳の先まで真っ赤に染まっている。


 その前で、彼女――朝倉は、ゆっくりと私の方に視線を向ける。

 まるで、次の台詞を私に託すかのように。




※5/5~5/10まで夜22:00に毎日、投稿します

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