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interview~3~【伝説の存在】

こんにちは絃です

全6話構成の、短いお話です

お気軽に覗いていってください

 

 この質問には、流石に私も眉を顰める。

 伝説などといった言葉を使うのは、あまりにも無神経である。

 雪々原 彗――彼女もまた、芙月と共に学生時代と過ごし、バレエ団に入ってからも良きライバルとして競い合ってきた稀有なバレリーナだ。

 幼い頃から頭角を表し、国内外のコンクールで賞を総なめし・ワークショップに参加しては、サマースクールに招待されていた雪々原は、その存在だけで周囲を圧倒するような才能の塊だった。彼女が踊るだけで、舞台の空気が変わる。観客の目も、呼吸すらも、彼女に惹きつけられてしまうようだった。

 一方で、芙月はというと、一般家庭で育ち、地元の小さな教室で地道にレッスンを重ねてきた。

 芙月の足は、いつも傷だらけだったし、トウシューズを履くたびに泣きたくなるほどの痛みに耐えていたという。最初は、住む世界が違うと思っていた。

 けれど、バレエ学校へ留学した先で、二人は思いがけず打ち解け、やがて“苦楽を共にする”仲になった――そう、彼女は過去に語っていた。


 雪々原はその後、バレエの最高位とも呼ばれるプリマ――エトワールへと昇り詰める。誰もが彼女の未来に疑いを持たなかった。

 だがその栄光は、あまりにも唐突な終わりを迎える。


 プリマ就任から僅か四年、彼女は忽然と、バレエ界から姿を消した。


 それは皮肉にも、芙月が長い沈黙を破り、バレエ界に復帰してから数ヶ月後の出来事だった。

 いまだに、彼女の消息を知る者はいない。大親友だった、彼女でさえも――。


 ――そうですね、と目を伏せて彼女は頷く。


 彗さんは、本当に素晴らしいダンサーです。それは私たちがバレエ学校へ通っている時から有名で、この人は将来プリマになるんだろうと、皆口を揃えて話していました。だから、私はどう足掻いたって彼女には勝てない。彼女の隣に並ぶには、並外れた努力と根性が必要だって思っていました。

 ――でも、私の目標は彼女の隣に並ぶことじゃなくて、私の踊りで、どれほどの人に感動と、記憶に残る物語を、与えられるかってことなんです。バレエは、自己満の世界じゃ無い。人に、何かを与えられてからこそ、素晴らしい芸術なんです――


 ――なので、と彼女は指先を膝の上で揃える。


 きっと、私の中のエネルギーが切れてしまって、一度バレエから離れたんだと思います。誰か、――例えば彗さんや、過去の自分と比べて、挫折や諦めをしたのではなく、人に何かを与えるためのエネルギーが、空っぽになってしまったんです、――

 結果、それも諦めなんじゃ無いかって問われたら、そうかもしれませんが、私はそう捉えるのは間違いだと思うので。――

 と云って、彼女は肩をすくめた。どこか子供のように無邪気な、でも覚悟を決めた人の笑みに見えた。


〜〜


 十分休憩が入った。これで取材の前半が終わったことになる。

  インタビュアーが深く一礼し、音声さんがマイクのスイッチを切ると、現場にわずかに緊張のほどけた空気が流れ込んだ。照明の熱気に晒されていた私の背中も、ようやく汗が引いていく。


 今回の内容は、バレエ学校を創立した経緯や、彼女自身のバレエ経験談が中心で、結局、私への質問はたったの四つで終わった。

 いや、むしろ「おまけ」程度だったと言っても差し支えない。司会者が目を合わせるのはほとんど彼女で、私はその隣で頷いたり、笑顔を添える役回りにすぎなかった。


 取材風景は複数台のカメラで収録されており、後日テレビ番組として編集・放送されるという。

 恐らく、そのときには私への質問など、編集段階でカットされるのだろうなと思った。インタビュー中に映り込んでいた自分の顔の角度や、話すタイミングの拙さを思い出しながら、少しだけ気が滅入る。


 でも、それでも、だからといって他の誰かにこのポジションを譲るとなったら――それは違う。やはり私が一番適任なのだろう。

 彼女と出会ってから、もうどれほどの年月が経っただろうか。苦楽をともにし、時には喧嘩もし、音楽と踊りでぶつかってきた。彼女の癖やリズム、動き出す瞬間の呼吸まで、私にはわかる。


 何より、私もまた、バレエを愛している。

 踊り手の心と体を想像しながら作る曲――あの作曲の時間ほど、私を熱くするものは無いと、今でも断言できる。

 五線譜の上に現れる音の粒が、やがて彼女の動きと結びつき、舞台で命を持つ。あの瞬間の快感を知ってしまったからには、もう後戻りはできなかった。


 休憩のあいだ、彼女は一度だけ、控えめにバッグの中から携帯を取り出した。

 誰もが軽く身体を伸ばしたり、飲み物に手を伸ばす中で、彼女だけは動かない。ソファに浅く腰掛け、手元のスマートフォンを静かに見つめていた。


 その表情は読めなかった。

 画面の光が、彼女の頬を仄かに照らしていたが、そこに浮かぶ感情までは、私には知る術がない。

 メールか、写真か、動画か。それとも、誰かとのメッセージのやりとりか。想像は膨らむが、彼女の中にあるものは、彼女にしかわからない。


 そして私は、きっとこれからもずっと、彼女のそういう“何か”に触れたくて、傍にい続けるのだろうと思った。





※5/5~5/10まで夜22:00に毎日、投稿します

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