私、殿下といると
恐怖のあまり妄言を吐いた私は、口を押さえる。
白皙の異端審問官様は私にむかって、怒りの微笑みを浮かべた。
「異端審問官に暴言を吐かれるとはやはり魔女だったか……」
次、どんな言葉が飛び出すのか。私は震えあがり、懸命に否定する。
「私、魔女ではございません! 未婚の女なだけで……」
「ふん。そのようなか弱い姿を見せていても、拷問させればこちらが勝つというものです」
大司教様は「勝つ!? 聖堂で拷問はおやめください!」と叫ぶが、異端審問官様は聞き入れなかった。
「あるでしょう。ここの聖堂の地下倉庫に。いろいろと拷問器具が」
聖堂に細長のテーブルのようなものが運び込まれた。両端に足首を固定する枷と、手首に縛る縄がある。右端にある枷に足首を固定し、左端にある縄で手首を縛り、縄を引っ張っていくことで人体を伸ばす。
拷問台。
私は「は……い?」と血の気が一瞬にして引いた。
異端審問官様は得意げに話す。
「ええ。これに寝ていただいて、私が引っ張りますので。魔女だと認めていただければ止めます。で、認めていただいたら火あぶり」
どちらにしても死ぬ。だが、王国行政長官である父の娘として、私は火あぶりが百年ほど前に廃止されていることを知っていた。
そんなことを指摘するとさらに異端審問官様が逆上しそうだから黙ってうつむく。
「私は魔女じゃありません」
「魔女ではなくても、私の心を傷つけた!!」
異端審問官様の大きなこぶしが、拷問台に打ち付けられる。
ばきばきばき。
拷問台を支える四本の足が崩れた。
大司教様が、「あっ」と頭を抱える。
「もう以前使用したのが七十年前とかで、木が腐っちゃってるんでしょうなあ……。釘も使ってしまっているから、そこら辺から」
異端審問官様は「あぁぁぁーーーっ!!」と地面にくずおれ、膝をついた。
「俺は負けぬ……負けん! 魔女!! 次はアイアンメイデンだ!」
またもや聖堂の地下倉庫から拷問器具が運び込まれた。人の形をした鉄の彫像。その彫像を開くと中には鉄でできた大きな棘が無数にある。中に入れられ閉じてしまえば棘が人間を苛む。いや、苛むどころかその瞬間あの世へ逝っている。
ごくり、と私は息を飲んだ。
「さあ。おはいりなさい」と、異端審問官様は嗜虐的な笑みを浮かべる。
「魔女だということを告白なさい。ご令嬢」
「そんなこといわれましても……私は魔女ではなく……」
異端審問官様はむりやりアイアンメイデンのなかに私を突っ込んだ。
さすがに目を閉じる。
次の瞬間。
ばこん。
アイアンメイデンの蝶番が壊れた。一部が床にころがった。
大司教様があきれ顔で言う。
「アイアンメイデン、これも、大昔から蝶番がぶっ壊れておりまして、もの好きの貴族の方が高額で買い取って下さるそうで」
私は目眩がしそうになった。異端審問官様はさらに怒り、自分のもってきたカバンの中から拷問器具を探そうとしている。
大司教様が「やめてください」と異端審問官様に言う。
「異端審問官殿、あなた、暇だからちょっと役立つ拷問知識入門編を披露してお嬢さんを驚かせたいだけでしょう」
イレイェンは心底思った。
——誰か助けてほしい。
いろんな意味で。
こんこんこん、と大聖堂の扉を叩く音が聞こえる。
大司教様はこの珍妙な光景から抜け出すため、急いで扉を開けた。
「ようこそいらっしゃいました。……ああ、ミュルバリ大公殿下!!」
アルヴィッドだった。嫉妬をすると見境ないが、ふだんの姿は内気で穏和な彼は、おっとりと大司教に尋ねる。
「すみません、あのう、母の墓に参じたいのですが、ご案内いただけますか? 婚約したので、一人で、報告に。その、あとで婚約者と一緒に行きたくて、その時もお願いします」
「おお! お噂はかねがね。お相手はどちらで?」
大司教様は乗り掛かった舟といわんばかりにアルヴィッドの話し相手になった。
アルヴィッドははにかんだ顔をして、うつむきながら話す。
「フェーリーン公爵令嬢です……」
大司教は私を見た。異端審問官も私を見た。私はアルヴィッドを見た。アルヴィッドは振り向き、私のほうを見た。
「……イレイェン!? どうしてここに?」
「いろいろありまして……」
白皙の異端審問官様とアルヴィッドの目がかち合った。
突如、アルヴィッドの表情の雲行きが怪しくなる。彼はひどく眉根を寄せた。嵐が来るぞ、と私は思った。
「……異端審問官とお見受けします……」
「はい」
私の隣にいる異端審問官様に、アルヴィッドは叫んだ。
「あなたが求婚しようとしている女性は、僕の妻です!」
「妻じゃなくて婚約者です」
私が突っ込んだが、異端審問官様はノッてしまった。
「求婚!?」
「どうして聖堂にいるのですか!? 聖堂でロマンチックに求婚しようとしているのでしょう!」
「大体私は聖職者、独身を守るべき存在です、求婚など」
「じゃあ、何をなさっておいでなのですか!?」
どすの利いた声で、彼を責める。
「あっ、あ、その」
大司教様が代わりに答えた。
「異端審問です」
その瞬間、アルヴィッドが腰の剣を抜いた。私は「ちょっと!」と止めるが、彼は異端審問官様を睨み据えたまま聞かない。
「なるほど。異端審問。なので変な聖職者がいるのですね。旧弊な制度、そろそろ陛下も廃したいと考えていたところ――」
胸に剣の切っ先を突き付けられた異端審問官様は震えあがる。
「あの、殿下……」
「イレイェンと異端審問の関係を述べてください。早く。でないと僕の手があなたの血で染まります」
異端審問官様はまるで自分が拷問されているかのように話した。
「カルネウス侯爵家から訴えがあり、イレイェン様が魔女ではないかという話がございましたので確認していました! ちょっと役立つ拷問知識入門編なども提供しておりました! 申しわけございません! では私はこれにて――!」
愉快な異端審問官様は、足早に去っていった。
直後、フェーリーン公爵家から迎えがきた。
ちなみに、倒れた聖女の像は木造で、単にシロアリが食って腐っていただけだったらしい。
◆
カルネウス侯爵家は以後、当主は使用人への虐待を繰り返すなど素行が悪いとされ、国政にはかかわらぬということにされた。
マデリエネ様は外国へ赴くらしい。しっかり者の叔母がいるのだという。
そして、今日、私とミュルバリ大公の婚約が、正式に決定する。
華やかな青のドレスを身に纏った私は、頑張って綺麗に装えたはずだ。
白い軍服を身につけたアルヴィッドが、控室にやってきた。
「きれいです……」
はにかみながら彼がそういう。
私は微笑んだ。
「ありがとうございます。綺麗に仕立ててもらいました」
アルヴィッドが頬を真っ赤にする。
「愛してます」
私は、くすりと笑って、アルヴィッドを抱きしめる。
「私、殿下といると人生が――」
だが。
控室のカーテンの隙間から、何かがのぞいているような気がした。
「やだやだやだやだやだ! おばけ! おばけだあああ! おばけえええ!」
私は暴れながら半泣きになる。アルヴィッドは「よしよし」といいながら、抱き返して私の背中を撫でた。
表情を硬くした女官が声をかけてくる。
「ミュルバリ大公殿下、フェーリーン公爵令嬢、お時間でございます」
……婚約式の。
私たちは、婚約式の会場へと連れ立って向かった。
(了)




