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何かの間違いじゃありません!?

「あなたには失望したわ」


 甲高い声が響く。直後、びゅっ、という音がして、手を鞭打たれた。

 あまりの痛みに、私は身を縮こまらせる。


「もう少しこのドレスが似合うと思っていたのに」

「ごめんなさい、申し訳ございません」


 なんどもなんども目の前の女性——母に謝りながら、すがる。だが、母は氷がまったかのような目を微動だにしていない。

 私は国でも有数の貴族、フェーリーン公爵令嬢の長女だ。フェーリーン公爵は王妃を輩出することもある家柄。

 母は私を王妃とすべく、厳しく指導した。


 だが、母の教育は度を越していく。


 化粧の仕方が下手だと言って文字通り一日中化粧の練習をさせられた。

 勉強の時間、いつも同じ部屋にいて、教師が間違いを指摘するたびに鞭を打ってくる。

 舞踏の所作を少し間違えただけで食を抜かれた。 


 今日はといえば、母が選んだドレスが似合っていなかったからという原因で鞭打たれている。


「社交界ではねえ、あなたみたいなうすのろはバカにされるの! 笑い者にされるの!! 王妃になるんでしょう!? ちゃんと食事の管理はしているの!? 化粧は? 似合うようにしてるの!? わたくしねえ、最初に言ったわよね。今日は薄緑のドレスが届くから、それにふさわしい化粧にしなさいって!」

「申し訳ございません! いますぐ化粧を……」

「何をいうの? 新しく仕立てたドレスを汚すの!?」


 どうしたらいいかわからない。謝るしかない。


 ***



「……申し訳ございません、お母様」


 自分の寝言で私は目を覚めた。昔の夢を見ていた。十七歳頃の。

 あたりを見回せばまだ暗く、寝台にまた潜ろうとする。


 母は、ちょうど同年代の若き王太子、ひいては国王となるヴェイセル様に私を嫁がせようとした。しかし、うまくいかなかった。

 一応目には留められた。舞踏会で相手役を務めたり。殿下主催の晩餐会に招かれたり。それから……。

 ううん、やめよう。

 結論から言えば、殿下の寵愛は私の上にとどまらなかった。すぐに彼には妃が決まった。

 母も死んだ。私に厳しすぎる教育をしていたことが父にとうとう露見し、離婚することになって。その直後に、心臓発作で。


 その瞬間、すべてがどうでもよくなってしまった。

 その直後から極端に病弱になり、毎日ひどい疲れが身体を苛んで、とうとう寝台から起き上がれない日が続いた。

 父はそんな私を案じて、田舎の静かな領地へと娘を送った。

 体調は長い静養の末に少しずつ回復しているが、過去のことを思い出すと眠れなくなってくる。


 思い出すんじゃなかった。

 私は起き上がり、カーテンを開ける。小高い丘の上にあるこの小さな館は、朝焼けが美しい。

 うっとりしようと思ったその矢先。

 窓に、女がへばりついている。

 ああ、あああ。


「いやあああああああああああああああっ!!!! 出たぁぁぁぁ!!!」


 本気で腰を抜かし、床にへたりこむ。

 窓が外からかちゃりと開いた。


「やめてええええ! なんでも差し出します! お願いだから命は取らないでぇぇぇ」


 すると女はニッコリ微笑んで、被っていた帽子を取る。

 透き通るような白い肌。豊かに波打つ黒い髪。アーモンドを思わす形の目と、潤むはしばみ色の瞳。


「……ロヴィーサお母様」


 父の後妻だった。彼女は頬を膨らましてぶうぶう文句を言う。


「あたくし、そんなにおばけみたいな感じだったかしら」

「いいえ、早朝にお越しになられてびっくりしただけで……」


 義理の母はすたすたと私の寝室の中へ入り込み、ふんわりとソファに座った。

 そして、手をひらひらさせてくる。


「お茶♡」

「わかりました」


 手を叩く。すると使用人が茶を差し出してきた。「ありがとー♡」とロヴィーサお母様はお茶を受け取る。


「なんでまたこんな早朝から」、と私はロヴィーサお母様に尋ねた。

「うふん、旦那様があなたを連れもどせと言うから」

「……?」

「まあ、朝から驚かせちゃってごめんね。髪()かすよ」

「ありがとうございま、す?」


 髪の毛を垂らしたままの私を、ロヴィーサお母様は椅子に座らせる。

 お母様はお茶をそこらへんのテーブルに置くと、櫛を持ってきて私の亜麻色の髪を梳かした。


「んふふ、きれいねえ。ちゃんと手入れしてていい子だわあ」


 それは、母が——実母が、厳しかったから。癖として、髪と肌はどれだけ疲れていても、手入れしなければという強迫観念があるからで。


「おめでとう、イレイェン」

「は、はあ」

「あなた、ミュルバリ大公妃になるみたいよ」

「……え?」

  

 ミュルバリ大公とは国王の弟。非常に若いが、国王を側近として支えている聡明な人物と聞いている。

 そのミュルバリ大公の妃になるみたい、とはどういうことだろう。


「なんでも、大公殿下と旦那様が国王陛下をお支えするために、政治的に協力するというのもあるけど、大公殿下がお望みだったらしいのよ」

「は、はあ」

「『あの方しか、僕の結婚相手として考えられる方はおりませんッ!!』ですって。っぶふううう、うふふふ、ねえ、どういうことなの!?」


 どういうことなの、はこちらのセリフだ。王弟であるミュルバリ大公とは、一回も会ったことがない。

 しかも、そのミュルバリ大公は十八歳。婿探しの時期をほとんど寝台で過ごした私は二十五歳。こちらのほうが七歳年上。


「何かの間違いじゃありません!?」

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