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結婚に執着してたかも

「当日になって欠席連絡するのは失礼よね……?」


 私は居間でしゃがみこんだ。社交界というものに疎いお父様や、社交界大好きなロヴィーサお母様、社交界のしゃの字も知らない弟のテオドルにむかって訴えた。


 政治脳という言葉が似合っているお父様は、モノクルを磨きながら言う。


「カルネウス侯爵家だろう。あまり今のところは表立って対立したくないな。ま、顔を出すくらいはしなさい。ただ、友人は作るんじゃないぞ」


 社交界大好きなロヴィーサお母様はニコニコしている。


「大公殿下にあてたお手紙が無駄になりそうね♡ ドレス貸そうか?」


 社交界のしゃの字も知らない弟は飛び跳ねた。


「海賊ごっこしよお!」


 ここにおいて私は何の逃げ場もなくなった。


 素直に化粧をし、豊かな亜麻色の髪を結いあげる。また、ロヴィーサお母様から薄い浅葱色のドレスを借りる羽目になってしまった。

 髪には仕方なく、あのラピスラズリの髪飾りを。耳にはその髪飾りとあわせた、青い耳飾りを。

 首には真珠の小さな首飾りを。


 よよよ、恥をかきそう、と内心泣き崩れながら馬車に乗った。介添えの侍女とともに。


 カルネウス侯爵家邸は貴族街の真ん中にある。フェーリーン公爵より家格が低いとはいえ、国王の外戚。フェーリーン公爵家より人の往来はあるはずであった。


 だというのに。

 玄関の前に立っても、夜会が開かれている雰囲気はない。もう陽は傾いている。だから、客がたいそう集まってもいいくらいなのだが、閑古鳥が鳴いている。


 ——本当にカルネウス侯爵家って傾きかけているの?


 ただ、居間と思われる場所の明かりは煌々《こうこう》とついていて、騒ぎ声も聞こえるから、何かの催しが開かれているのは確かだろう。


 不審に思いながら玄関から中に入ると、玄関は暗く、本当に誰もいなかった。


「……何?」


 ひとりごちると、いきなり玄関の明かりが一気についた。

 私は驚く。


「お、おばけ……?」


 だが、直後に、おほほほほという女の高笑いが響く。

 玄関の間へとつながる階段を、マデリエネ様が降りてきた。


「あらあ、どうしたの、フェーリーン公爵令嬢」

「……?」

「あなた、わたくしより年上のくせに、我が家のささやかな家族での催しに乱入なさる無礼さをお持ちなのかしら?」

「……あの、夜会があると……」


 ぷっ、とマデリエネ様が吹き出す。


「夜会!? なにそれ、普通は舞踏会とか、晩餐会とか、音楽会とか申し上げますわよ」

「……」

「何って無知で無礼な方なんでしょう。ふふふ、お兄様! お兄様!! 珍妙なお客様が見えてよ!」


 美少女が居間にいるらしい兄を呼んだ。

 なんだそいつは、と兄と思しき人が返事をする。

 妹によく似た黄金の巻き髪の、そこそこ端正な容姿の若い男が顔を見せた。


「なんだマデリエネ、騒がしいぞ。その令嬢は誰だ」


 声からもわかる短気さに、驚かされる。マデリエネ様の兄というからにはカルネウス侯爵だろうか。

 私は訳の分からないながらも、一礼した。


 マデリエネ様が口を尖らす。


「フェーリーン公爵令嬢よ、お兄様。令嬢というには年嵩としかさですけど?」


 男は私の傍により、腰のあたりを撫でて囁いた。


「はあん? 父親が嫌になって俺に助けを求めちゃうとか?」


 男から顔をそらす。このそこそこ端正な容姿の若いカルネウス侯爵が、農民や商人に無体を働いてひどく嫌われているのだろうか。

 なんとなくわかる気がしたけど。


 ああ、令嬢の嫌がらせだったのか。

 なんだ。いろいろと大騒ぎして損したなあ。

 自分が心底から馬鹿みたいに思えて、私は七つ年下のマデリエネ様を見た。


「家を間違えてしまったようです。どうぞお構いなく」

「そんなにそそっかしい人がミュルバリ大公殿下の妻になれる? あなた二十五でしょ? まずくない? ほんとうにどうかしてるんじゃない?」


 マデリエネ様は甲高い声でまくし立ててきた。実母の説教を思い出して足元がぐらつく。

 少女は調子に乗って説教をしてくる。


「二十五にもなって結婚できないんだから、この先だって結婚できないって。ミュルバリ大公殿下にも魔術を掛けたが媚薬を盛って変なことを口走らせたに決まってるのよ。あの方が七つも年上の女性を選ぶ? 政治的都合か何かでしょ? 愛されるわけないんだから! だから、いい加減、結婚とかに執着するの止めたらぁ。もういい年なんだしさあ、痛々しいわ」


 ——ああ、嫌だな。


 子供のたわごととは思っていても、ぷすぷすと針で刺されるようにチクチク痛むのが嫌だ。

 やっぱりそうだよな、なんて思ったりして。結婚に執着してたかも、なんて。

 家に早く帰りたい。帰って、料理人に頼みこんで温かいスープを作ってもらって、あとはぐっすり寝よう。寝て起きたら、静養先に帰ろう。

 アルヴィッド殿下との縁談はお断りしよう。

 じんわりとまなじりに涙が浮かんだ。十八歳に泣かされる二十五歳、と自嘲する。


 瞬間、もう一度扉が開いた。


「イレイェン……、どうしてカルネウス侯爵と一緒にいるのですか」


 情念深い、縁談相手の声が聞こえてくる。

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