手紙を書く
嵐のようなマデリエネ様が帰った後、衣裳部屋を開きながら、私は考え込んだ。
今から仕立て屋に連絡しても、どう考えても明後日までにドレスは出来上がらないだろう。
しかし、衣裳部屋のなかには私の若かったころの衣装しかない。だから整理して使用人に下げ渡していたのに。
あとはアルヴィッド殿下とのお見合いでロヴィーサお母様が整えてくれた三着。一着はお見合いに使ってしまったし、あとの二着は夜会向きというより、昼の催し向きだ。
——本当にどうしよう……。
うずくまる。
「ぁ、ああ、ぁぁああぁぁあぁ」
どす黒い感情が湧いてきて、体が震える。
「ど、どうしよう」
実母ならどういうか、と思ってしまった。
——あなたはどうしてうすのろなのかしら! 夜会の情報なんて招待状が来る前に仕入れるのよ!
「で、でも、お母さま、マデリエネ様なんて知らなくて……」
——は? どこかの新聞には夜会の開催情報くらい載ってるでしょ? 調べておくの! あぁあ。こんなんじゃ王妃になってもくず同然ね。
「……」
胸を押さえた。記憶のなかの母も、脳裏に描く母も、いつも私に怒っている。
自分はくずで、うすのろで、この世に生きている価値なんかなくて……。
涙が止まらない。
直後。ばあん、と扉が開いた。ロヴィーサお母様が、何故か私が処分したはずの耳飾りをつけている。あっ、貰ってくれたんですね。
「この国の慣習ではねえ、夜会の招待状は遅くともひと月前、余裕を持って三カ月前には贈るものよ。あのご令嬢は社会をなめてらっしゃるのかしら? よし。仕方がない……。イレイェン。殿下に手紙をお書きなさい」
「え?」
「時候の挨拶を。それで、マデリエネ嬢から明後日の夜会に招待されたけれど、いけないのでお口添えをと、とりなしていただくのよ」
策士の顔をしたお母様は、極悪なしたり顔で笑む。
「殿下のおとりなしのもと、夜会をすっぽかすの。無礼なことをしたんだから無礼なことをさせていただきます。落ち目のカルネウス侯爵家と手を組んでもフェーリーン公爵家の側に意義なんてないの。横暴を働かれても毅然と前を向いていればいいわ」
いわれたとおり、自室に戻り、しょぼしょぼ泣き崩れながらアルヴィッド殿下に手紙を書く。
実母に教育されたため、恋文の書き方は得意だ。
得意……なはずなんだけどなあ。そう、得意なんだけれども。うん。
上質な紙の上に、ペンを走らせようとして、戸惑った。
——私のお慕いするミュルバリ大公殿下。
いや……、そんな、まだお慕いはしていない気が。
——いと高く尊いところにいらっしゃる敬慕すべきミュルバリ大公殿下。
固すぎる。婚約が決まっている人間が交わすものじゃない。
——私の愛する、この世で一人のお方、アルヴィッド。全身であなたを抱擁しています。
「やめろおおおおおお!」
真っ赤になって便箋を引き裂いた。
ああ、と机の上に突っぷす。
「殿下にどういうふうに書くべきかわからない……、殿下への恋文の書き方が……。他の縁談相手にはすらすらかけたのに」
それはアルヴィッド殿下が、まっすぐすぎて眩しいからかもしれなかった。素直に感情をぶつけてくる彼が。そう、彼はまっすぐに感情をぶつけてくる。
まっすぐにぶつけてくるから、驚いて、怖くて、不安になる。
頭を抱えながら手紙を書いているうちに二日過ぎた。
「あ、ァァーッ!」
ええ。夜会の当日ですよ。自分の愚かしさを呪う。
執事にアルヴィッド殿下への手紙を託したのが、夜会の当日の朝であった。




