夜
しんちゃんが、グラスを指ではじく
怒ってる
しんちゃんが怒ると
ほっとする
私は、人を怒らせるのが好きだ
心の底まで、怒らせれば
その下はない
「美子は、不幸が好きなんだわ」
昔、りかちゃんが言った
そうそう
不幸は、私を裏切らない
そして
幸福は、私を不安にさせる
黙っているしんちゃんを横に
私は、窓の外を眺める
最上階のラウンジは
街のあかりが痛い
私は
どこまで行けばいいのだろう
「美子は」
しんちゃんが片手をあげて
お店の人に何かささやく
しんちゃんが自分に選ぶお酒は
どうして色が
ないのだろう
「俺が好きじゃない」
「そうなの?」
と私が答える
しんちゃんが笑う
「自分のことだろ?」
「怒ってるからよ」
「誰が」
「しんちゃん」
「怒ってないよ」
「怒ってる」
「つづきは?」
「怒るから話さない」
「もう、怒ってない」
「やっぱり、怒ってるんじゃない」
「話す気ないだろ?」
「ないわ」
しんちゃんのため息
私は、笑う
笑う度に、長い髪の先がゆらゆらする
目の前に置かれた
グラスの中のルビーの色
「しんちゃんは、赤が好きなの?」
「美子が好きだよ」
「私は、白のほうがいいわ」
しんちゃんのグラスをとりあげる
「マティーニ」
しんちゃんが煙草を消して立ち上がる
散歩でも?




