刹那
時計を見る
煙草に火をつける
ガラス張りのエレベーターが
ゆっくりと登って行くのを眺めながら
新ちゃんが足を組みかえる
しんちゃんはいつまで待つ気かしら
しんちゃんは、待ち合わせに遅れても
絶対に怒らない
私は、いつも、わざと遅れていく
30分か、1時間
「なにしてるのよ、しんちゃん」
そっと近づいて
後ろから声をかける
「いつまで待つ気?」
「悪い?」
「悪い」
しんちゃんをおいて、さっさと歩き出す
「いつだったか、美子が珍しく
遅れて来なかったことがあるだろ?」
「私が遅れなかった時じゃなくて
しんちゃんが遅れた時でしょ」
エレベーターの扉が開く
ヒールが軽い音をたてる
香りがする
しんちゃんの使う香りは甘い
ガラス越しに夜の街
ピアノがうたう
「あのとき」
としんちゃんが言う
「どうして、遅れてこなかったんだ?」
しんちゃんが
私に選ぶカクテルは
どうして
みんな
赤いのだろう
「しんちゃんは」
と私が言う
「私を、好きじゃないわ」
しんちゃんの香りが近づく
甘い香り
唇がそっと
私に触れる
「これでも?」
「それでも」
しんちゃんが笑う
「遅れたことなんて、ないわ」
いつも
しんちゃんが笑う
しんちゃんは何もわかっていない
遅れたことなんてない
でも
信じなくていい
いつも
いつも
本当は
待っているのは
私の方だと
言ったら
私は立てなくなる
「ほんとに、強いよな」
「強い?」
「酒」
「普通でしょ」
違う
と
しんちゃんが言う
顔色ひとつ変えないで
強い酒を
いくらでも
「注文してるのは、しんちゃんだわ」
「薄めたのはまずいって、いったからさ」
それから
と
しんちゃんが言う
のむと、よく、笑う
と
私は笑う
ピアノが
まるで
寄せる波の
こんぺいとうを砕いた波の
白のように
うたう
「私ね」
死のうとしたことがあるのよ




