絵
冬なのにやわらかな日
散歩の途中なのに
話の途中なのに
しんちゃんが、タクシーを止める
「まだ、歩けるわ」
しんちゃんの袖をつかむ
しんちゃんのもう片方の手が
私の口をおさえる
車が動き出してしばらくしても
私は口をきかない
「ご機嫌ななめだな」
私は
しんちゃんが
私の靴擦れに気づいたのを
知っている
「しゃべるなって言ったわ」
「言ってないよ」
「どこに行くの?」
「美術館」
「行ったばかりだわ」
「いつ」
「昨日」
「だれと?」
「ひとりに決まってるでしょ」
「ひとりで映画。ひとりで美術館」
「なあに、それ」
「いい女の条件」
「聞いた事ないわ」
しんちゃんは絵を描く
どこにいても
好きな絵があると
動かなくなる
だから
ふたりで見たって
ひとりと同じ
映画だって
と
思う
ストーリーに入ってしまうしんちゃんは
となりにいても
そばにはいない
「この画家は」
と
しんちゃん
「絵が描けなくなったとき」
ノートに数字をずっと書いていたんだって
「あら」
私と同じだわ
「同じ?」
「私もね」
何も書けなくなったとき
ノートに
あいうえお
って
ずっと書いてたの
ノートの端に
教科書の端に
日記帳に並んだ
あいうえお
不安は
私が勝手につくりだすもの
みんな
いつも優しかった
かわいい美子ちゃん
勉強のできる美子ちゃん
いつも冷静でなにがあっても驚かない
そんな私にあこがれると
なにもかも
持っていると?
声がする
いつもの
私は
なにも
持ってはいない
画家の
サインのかわりの
数列が
あいうえお
に変わる
「しんちゃん」
しんちゃんの手が
魔法のようにのびて
私の頭を抱き寄せる
甘い
甘い
香りがする




