れんげ
走るたびに、ランドセルががちゃがちゃする
誰よりも早く教室をでた
校門にむかって走る耳元で
いつもの声がする
その声のことは誰にも言いたくない
そして
これから行くところは、誰にも知られたくない
校門の前に立つ
私を待つ人影をわざと通り過ぎ
追いかけて来る音に
振り返らずに叫ぶ
「早くしてよ!」
私はとてもいじわるだった
走る先は自宅とは反対方向
「どうして家に帰らないの?」
聞かれるのがいやだから
とにかく走る
坂の上で自転車を押さえながら待つ伯母の
姿が見えたところで
走るのをやめた
まもなく追いついてきた弟に
「遅い」
と言いながら歩き出す
「早かったわねぇ」
自転車を押しながら歩く伯母の後ろを
ゆっくり付いていく
「何が食べたい?」
「別に」
「お父さん、早く退院するといいわね」
父が会社で倒れたのは1週間前だった
会社近くの病院に入った父のところへ
母は毎日行っている
私と弟は、隣町に住む
伯母のところから
学校に通っていた
「お父さん、何の病気?」
弟が伯母に聞いている
「胃潰瘍」
「ふうん」
たいしたことではない
お父さんが病気だって
恥ずかしい事じゃないし
もうすぐ、退院してくるんだから
でも
どうして
こんなに不安になるのだろう
世の中から
普通じゃないと
平均以下だと
思われているような
そんな気がする
その日はいとこの誕生日だった
伯母の家の近くでれんげの花を摘んだ
花束はふたつ
ひとつはいとこに
もうひとつは父に
夜遅く
父の見舞いから帰って
伯母の家に様子を見にきた母が言う
「今日、由香ちゃんの誕生日に、花束あげたんだって?」
「うん」
「お父さんにはないの?あなたには、そういう気持ちがないのよ」
父への花束は、川に流してしまった
持って行って、と、どうしても言えなくて
迷って迷って
川に流した
(お父さんが早くよくなりますように)
何度も祈った
でも
言わない
言ったら
泣きそうだから




