6 ラクダのまばたき
商人がじょうずに交渉をしてくれたので、旅のとちゅうまで、盗賊がキャラバンの護衛をしてくれることになりました。
キャラバンには、もちろん、護衛の騎士がいます。
けれども、盗賊は騎士より、砂漠でのふるまいかたを、よく知っています。
騎士と盗賊。
砂漠で戦闘になったとき、強いのはどちらでしょう。
それは盗賊です。
騎士たちも、ちゃんとわかっていますので、文句をいいません。
それどころか、騎士はときおり、盗賊にたずねます。
砂漠での戦いかたをおそわっているようです。
盗賊も騎士にたずねることがありました。
騎士のもつ、長くてまっすぐな剣が気になるようなのです。
騎士と盗賊は、おたがいに言葉がわかりませんでしたが、身ぶり手ぶりで会話をしています。
じょうだんをひろうしては、わらいあうこともできるようです。
「ひとには、得意なことと、そうではないことがあるのだな」
王子さまは騎士と盗賊のようすをながめながら、考えるのでした。
「得意なこととそうではないことを、おぎないあえば、うまくいくようだ」
キャラバンをひきいる商人は、戦うことができません。
けれど、商人の知恵と経験が、砂漠という道なき道でも、まようことなく、キャラバンをみちびきます。
おそろしい盗賊ですら、キャラバンの仲間になりました。
「ひとりがぜんぶをできなくても、いいのかもしれない」
王子さまがポツリとつぶやきます。
「みんながおなじように強くなくても、いいのかもしれない」
するとラクダは、まるでうなずくように、まばたきをしました。
王子さまは、まつげの長い、やさしい顔つきのラクダをじっと見つめます。
ラクダは、『それでいいのですよ』というように、もういちど、まばたきをしました。
それから王子さまは、冒険の旅へとおくりだしてくれた、お父さんの王さまのことを考えます。
「王族としての意識と責任をもて」
王さまは、王子さまによくいい聞かせてきました。
王子さまはそのたびに、「国民みんなが、しあわせであってほしい」とねがうのでした。
もしかしたら、そのようにねがうだけでは、なにもかわらないのかもしれません。
けれど、さいわいなことに、王子さまは王子さまでした。
なにかをなしとげるためには、王子さまであることが役に立つこともあるでしょう。
フランクベルト王国でくらすひとびとのために、なにかできることが、王子さまにもきっとあるはずです。
剣はじょうずにふるえない。
馬にのるのもうまくない。
すぐにつかれては、すぐにおなかがすいてしまう。
おそわったことや、経験したことをおぼえることは得意。
おそわったことや、経験したことを考えることはすき。
ひとりでもくもくと勉強はできるけれど、ひとまえで意見をいうことはにがて。
すぐにうつむいて、もじもじオドオドしてしまう。
期待にこたえられない、グズグズとしたじぶんが、みっともなくてはずかしい。
王子さまはずっと、そんなふうにおもっていました。
けれども、こんなじぶんにも、なにかできることが、あるのではないだろうか。
こんなじぶんにも、かわらず期待してくれるひとびとが、いるのではないだろうか。
この旅で出会ったひとびと、経験したこと。
さまざまなことをおもいかえして、王子さまは、じっくりと考えます。
騎士も商人も、王子さまがいずれ大きくなり、りっぱな王さまになると信じているようです。
それだけではありません。
フランクベルトの騎士は、王宮を出発してからというもの、旅のあいだじゅうずっと、王子さまにやさしくしてくれました。
弱音をはかずに、りっぱだとほめてくれました。
盗賊の言葉がわかることを、すごいと感心してくれました。
エヴルーの商人は、キャンベルの地ではじめて出会ってからというもの、旅のあいだじゅうずっと、王子さまにいろいろなことをおしえてくれました。
王子さまとおなじように、つかれやすく、つかれたらすぐに、おなかがすくのだと、ちっともわるびれることなく、うちあけてくれました。
王子さまは顔をあげます。
まっしろな頭巾からすけてみえる太陽を、うす目でながめてみます。
まぶしい太陽を、じかに見るのは、まだこわい。
さいしょは、うす目をあけるくらい。それくらいから、はじめてみてもいいのかもしれない。
砂漠は、まるで王都とはちがいます。
おなじフランクベルト王国なのだろうか。ちょっぴり、うたぐってしまうくらいです。
砂漠と王都しゅうへんとのちがいには、ほんとうにおどろかされます。
それから、『王宮の家来たち』と、『ともに砂漠を進む騎士や商人』とのちがいにも、王子さまは気がつきました。
王子さまはユラユラゆれるラクダのうえで、いっしょうけんめい考えます。
そうして、ようやく、王子さまなりのこたえを見つけました。
王都しゅうへんと、そのほかのところが、おなじでなくてもいい。
みんながみんな、おなじではなくてもいい。
強く、たくましいことも。
知恵があって、勇気があることも。
それから、こころやさしいことも。
それぞれのよいところが、きっと、あるでしょう。
王子さまは、お父さんのすがたをおもいうかべます。
お父さんは王さまらしく、りっぱなマントをはおり、いげんのあるひとです。
国民から『親愛王』とよばれ、とてもしたわれています。
さて。
そんなりっぱな王さまは、旅からもどった王子さまを見て、『男らしい』とほめてくれるでしょうか。
ほめるかもしれません。
ほめないかもしれません。
「ほめていただけたら、うれしい」
王子さまは考えます。
「だが、父上と余が、おなじである必要はないのだ」
王子さまは、にっこりとほほえみます。
汗をすう布をあたまにまきつけ、砂と強い日ざしをさえぎる、すその長い頭巾を風にたなびかせる王子さま。
王宮にいたころのかっこうとは、ずいぶんとちがいます。
ひょっとすると、フランクベルト王国ではない、異国にくらすひとのようにも見えます。
王都しゅうへんと、そのほかのところが、おなじでなくてもいい。
みんながみんな、おなじではなくてもいい。
王子さまは、もういちど、そんなふうにおもいました。
王子さまをせなかにのせ、ラクダはなだらかな砂丘を進みます。
そうしてラクダは、長いまつげをはためかせ、うなずくようにまばたきをするのでした。
(「王子さまとキャラバン」 了)
最後までご覧くださり、ありがとうございました。
今作は連載作「魔女の恋 〜150年前に引き裂かれた恋人達〜(https://ncode.syosetu.com/n1523gz/)」の派生作品です。
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