5 砂漠とラクダ
サラサラとした黄色い砂のうえを、ラクダやひとが進むたび、点々と足あとがのこります。
くっきりと黒い影は、まきあがる砂によってユラユラゆらめき、ラクダの首かざりからチリンチリンとひびく鈴の音が、うっかり遠のきそうになる意識をとどめてくれます。
めざす道のりとは、はんたいがわの、遠い遠いむこう。
なにか、光りかがやく水面のような風景が見えます。
けれども、じっさいに水はないのだそうです。
蜃気楼といって、まぼろしがうつしだされているだけなのだとか。
ですから、水があるように見えたとしても、けっしてそちらへむかってはいけないのです。
ラクダのうえは、王子さまがそうぞうしていたより、ずっとゆれました。
ラクダはうしろ足をふみだしたあと、おなじほうのまえ足をふみだします。
右のうしろ足、右のまえ足。
つぎに左足のうしろ足、左のまえ足。
こんなふうに歩くのです。
馬とはにているようで、ちがいます。
いちばんのちがいは、大きなゆれです。
ラクダのうえの王子さまは、右に左にと、まるで小舟にのっているかのように、ゆすぶられました。
とうとうたまらなくなった王子さまは、なんどかキャラバンの進行をとめてもらいました。
きもちがわるくてしかたがなかったのですが、ずっとやすんでいるわけにはいきません。
ゲオセルミアへたどりつくまえに、食りょうと水がなくなってしまっては、たいへんです。
太陽の照りつける昼に、キャラバンを進める予定はありませんでした。
空と大地がオレンジ色に染まる夕ぐれどきから、空と大地がピンク色に染まる夜明けにかけて。
ほんとうでしたら、そうしたすずしい時間に、キャラバンを進めるはずでした。
けれども、砂あらしにまきこまれたり。
オアシスという草木と、ちょっとした木陰のある水場から、とつぜん、ラクダにのった盗賊があらわれ――『草原の道』ではなく、『砂漠の道』でしたのに!――、どうにかこうにか、ことをおさめたり。
そうこうしていましたら、予定より、すっかりおそくなってしまったのです。
ラクダはたくさんの荷物をのせ、もりあがった砂丘を、いくつもこえていきます。
砂丘をのぼるときには、王子さまは、まえかがみになって、ラクダにしっかりとしがみつきます。
砂丘をおりるときには、王子さまは、せなかをそらして、たづなをしっかりとにぎります。
砂漠を歩くひとびとよりも、ラクダにのっている王子さまは、つかれないはずです。
水筒の水だって、まだたっぷりのこっていて、ラクダにのりながら、のむこともできます。
照りつける日ざしをさえぎるため、まっしろな頭巾だって、ちゃんとかぶっています。
それでも、王子さまはクタクタでした。
王子さまはグッタリしながらも、ラクダから落ちないように、おなかにちからをいれます。
王子さまの目のまえには、一列になって進むラクダたち。
ラクダがふみしめるのは、やけ石のように熱い砂です。
けれども、ラクダは「アチチ」と、とびはねたりはしません。
ラクダの首やむね、せなかの荷物にかぶせた織物には、たくさんのふさかざりがついています。
そうした色とりどりのふさかざりが、まっ青な空の下、ユラユラのんびり、ゆれています。
『砂漠では、ラクダは馬よりたよりになります』
剣のけいこをつけてくれた騎士は、そういっていました。
「ラクダはたしかに、たよりになる」
王子さまは考えます。
「そして、砂漠をよく知る商人も、とてもたよりになる」
石や岩、砂がえんえんとつづく砂漠を、商人のみちびくキャラバンは、まよいのないあしどりで進みます。
どれくらいのはやさで、どちらに進むのか。どこにオアシスがあるのか。
商人はよく知っています。
それだけではありません。
おそってきた盗賊の頭と、交渉までしたのです!
なんて勇気のあることでしょうか。
たくましい騎士にかくれ、王子さまはふるえるばかりでした。
商人が、盗賊の頭とのやりとりをしていたとき。
王子さまはビクビクしながら、耳をすませていました。
どうやら交渉は、うまくいきそうです。
王子さまは、ほっとむねをなでおろしました。
王子さまをしっかりとまもりながらも、騎士は王子さまのようすに、首をかしげます。
「王子さまは、盗賊の言葉が、おわかりになるのですか?」
騎士のひとりがたずねました。
王子さまが騎士をみあげますと、騎士はキラキラとしたひとみで、王子さまを見つめています。
王子さまはむねがドキドキしました。
だって、騎士のようすときたら、まるで王子さまのことを『すごい』とおもっているようなのですもの。
「うん」
王子さまはドギマギしながらこたえます。
「王宮で先生がおしえてくれたのだ」
「すごいですね」
騎士は感心しきっていいました。
いろいろな言葉を勉強しておいて、よかった。
王子さまはうれしくなりました。
王宮で先生がおしえてくれる勉強は、むずかしかったり、たいへんだったりすることも多かったのです。
けれど、いっしょうけんめい勉強したから、いま、盗賊のもちいる言葉がわかるのでしょう。
「ときどき、こわいときもあったけれど、先生のおかげで、いろいろなことがわかる」
王子さまは先生に感謝するのでした。