4 騎士と商人
よりみちのあと、王子さまたちは緑あふれる森や丘をこえました。
木々のあいだからこぼれる、キラキラとした光をたのしんだり、川のせせらぎに耳をすませたり。
草木がガサリと動いたかとおもえば、鼻と耳をピクピクさせる、かわいいウサギに出会ったこともあります。
それから、キツネやシカにも、出会いました。
ちょっぴりこわかったのは、オオカミです。
けれど、騎士たちがすばやくおいはらってくれましたし、幸運なことに、クマには出会わずにすみました。
そうこうしているうちに、うつりかわる景色から、草木のしゅるいがかわっていきました。
空までまっすぐにのびた背のたかい木は、いまではもう、すっかり見あたりません。
背のひくい葉っぱが、フサフサわさわさ。かわいた風にゆれています。
それから、なんといっても、暑いのです。
この暑さときたら!
王都フランクベルトとは、くらべものになりません。
王子さまはびっくりしました。
「毛織物のうわぎは、ぬいでしまおう」
王子さまは、うすでのチュニックいちまいになりました。
王都でしたら、このかっこうでは「みっともない」と、しかられてしまうでしょう。
けれど、屈強な騎士たちでさえ、ピカピカ鎧のぜんぶなんて、身につけてはいません。
「こう暑くては、剣や槍で刺されるまえに、鎧で蒸し焼きにされてしまいますよ」
騎士たちはわらって、王子さまがうわぎをぬぐことに、さんせいしてくれました。
王子さまはうれしくなりました。
もしかしたら、騎士たちから「暑さをがまんできないなんて、男らしくない王子さまだ」とガッカリされてしまうかもしれない。そんなふうにおもっていたのです。
そういえばこの旅で、王子さまに『男らしくない』というひとはいません。
騎士たちは、フランクベルト王国で、もっとも男らしいひとたちです。
そんな騎士たちが、王子さまのやることやいうことに、まゆをひそめたり、いやな顔をみせることはなかったのです。
「余にガッカリしない大人は、近衛騎士団長だけではなかったのか」
王子さまは、剣のけいこをつけてくれた騎士をおもいだしました。
剣のけいこをつけてくれた騎士は、王子さまが出会ったなかでも、ひときわ男らしいひとでした。
お父さんの王さまよりも、ひょっとすると男らしく見えました。もちろん、それはないしょです。
「『男らしい』とは、なんだろう」
王子さまのこころのなかで、だんだんと、ぎもんがそだっていくのでした。
馬車にゆられながら、もんもんと考える王子さまでしたが、とうとう馬車をおりなくてはならないときがきました。
「ここからは、ラクダにのりましょう」
商人はこれまで王子さまの見たことのない、きみょうなどうぶつを連れてきました。
「これがラクダか」
王子さまは目をまんまるにして、口をぽかん、とあけました。
長いまつげと、ねむそうなまぶた。
ひらべったい鼻と、やさしくほほえんでいるような口もと。
グニャリとまがった首。
空にむかってまっすぐに首をのばす馬とは、まったくちがいます。
それから、ラクダのせなかにはポコリ。コブがひとつあります。
剣のけいこをしてくれた騎士が、王子さまにおしえてくれたとおりです。
「どうやってのるのだろう」
王子さまはしげしげと、ラクダをながめました。
せなかにコブがあっては、じょうずにまたがれそうにありません。
それでなくとも王子さまは、馬にのることでさえ、得意ではありませんでした。
「ははははは。コブに直接すわったりはしませんよ」
商人はおおごえでわらいました。
ふとったからだをユサユサとゆらす商人をまえに、王子さまははずかしくなりました。
王子さまがうつむいて、もじもじしていると、商人はにっこりわらって、王子さまに語りかけました。
「ごらんください。ラクダも馬とおなじように鞍をつけるのですよ」
商人はささっと茶色い布をひろげ、ラクダのせなかにしきました。
「鞍は、ヤシという木を組んで、つくってあります。軽くてじょうぶ。ワシとは、せいはんたいですな」
赤茶色の組み木をフリフリと、頭上でふってから、商人はおなかをポン、とたたきます。
「ワシのからだは、重くてかよわい。つかれるとすぐに、『はらがへった』と、音をあげてしまうのです」
「余も、つかれるとすぐに、おなかがすく」
王子さまは、おずおずとほほえみました。
「ほうほう。それはよいことです」
商人はこしをかがめ、王子さまの金色のひとみをのぞきこみます。
「王子さまはこれから、うんと大きくなられるのです。たくさん食べて、大きくそだつ。健康そのもの。じつにすばらしいことです」
「おなかがすいても、よいのか?」
王子さまはびっくりしました。
剣のけいこをするのでも、騎馬のけいこをするのでも。
どちらもうまくないのに、すぐにつかれてしまい、おなかばかりがすいてしまうのです。
そんな王子さまを『なさけない』と王さまは、なげいたものでした。
「ええ、ええ。もちろんですよ」
商人は自信たっぷりに、うけおいます。
王子さまはふしぎなここちになりました。
商人のえがおを見ていると、『すぐにつかれては、おなかがすいてしまう』ことが、『なさけない』ことではないように、おもえてくるのです。
どうやら、王さまのいうことと、商人のいうことは、おなじではないようです。
王子さまはとまどって、うつむきました。
王子さまに見えるのは、商人とラクダの足だけです。
「それでは、ワシは、砂漠をわたるじゅんびをしてまいります」
商人は王子さまにあたまをさげました。
しばらくすると、王子さまの視界から、商人とラクダの足が見えなくなりました。
王子さまは、そうっと顔をあげます。
商人は、にぎやかなキャラバンのなかで、いそがしそうに立ちまわっているところでした。
たくさんのラクダがならんで、じゅんばんまちをしています。
商人は、下ばたらきの小ぞうに、テキパキと指示をだします。
鞍をつけ、ほそい足をおおう足あてをつけたり。
せなかに荷物をくくりつけたり。
ピンクに赤、緑に黄色。色とりどりの、あざやかな毛織物をかぶせたり。
仕上げは、ユラユラとゆれるふさかざり。
むなもと、首、くつわの順です。
「いよいよ、キャラバンらしくなってきましたね」
騎士のひとりが、王子さまに話しかけます。
ぼんやりと商人たちをながめていた王子さまは、とつぜん話しかけられたことにおどろき、ビクリと肩をふるわせました。
「王子さまは、これまでの道中、とてもりっぱでした」
騎士はにっこりとわらいます。
「つかれて、おなかがすくこともあったでしょう。はじめての旅で、不安なこともあったでしょう。それにもかかわらず、すこしも弱音をはきませんでしたね」
オドオドと騎士をみあげる王子さまに、騎士はちからづよくうなずきました。
「とてもりっぱです」
ほめられた王子さまは、どうしたらよいのかわかりません。
ついつい、いつものクセで、うつむいてしまいます。
すぐにうつむいてしまうクセは、なおさなければならないと、はんせいしているのに。
お父さんの王さまにも、いぜんから、あきれられています。
王さまのため息をつくようすが、王子さまの目のまえに見えるようでした。
王子さまは、むねのまえで、ギュッとりょうてをにぎりしめました。
ほめられてうれしい。
なにもいえずに、うつむいてしまって、なさけない。
王子さまは、グルグルまわるきもちを、どうにかしずめようとしました。
それから王子さまは、お父さんの王さまのことを考えます。
「砂漠の旅も、弱音をはかずにいられたら、父上はほめてくださるだろうか」
砂漠の旅では、これまでひき連れていた家来の数が、ぐっとへります。
もちろん騎士たちも、全員がついてくるわけではありません。
ラクダにのれる人数はかぎられますし、食りょうも水も、砂漠では、とてもきちょうなのです。