3 よりみち
王子さまたちは、さいしょに北西の方角へむかいました。
北西は、夏のいちばん昼が長い日に、太陽がしずむところです。
王子さまは先生におそわったいろいろなことを、きちんとおぼえていました。
しかし。おや、おやおや。おかしいですね。
王さまがめいれいしたゲオセルミアは、南西のはずです。
いいえ、だいじょうぶ。しんぱいはいりません。
ゲオセルミアへむかうまえに、王子さまたちはキャンベルというところに立ちよることになっていました。
キャンベルもゲオセルミアとおなじ、フランクベルト王国の領邦のひとつです。
キャンベルでは、質のよいミョウバンセキがたくさんとれました。
ミョウバンセキから、ミョウバンがとりだされます。
そうしてとりだされたミョウバンは、高いねだんをつけられ、とりひきされます。
なぜならミョウバンは、いろいろなことに使われていて、なくてはならないものだったからです。
織物に糸、革をきれいな色でそめたり。皮をなめして革にしたり。くさいにおいを消したり。
それから、血をとめたり、バイキンを退治する薬にもなります。
ミョウバンは万能薬として、もてはやされました。
そんなミョウバンをゲオセルミアへと運ぶのが、キャンベルのちかくに領土をかまえるエヴルー家おかかえの商人でした。
エヴルーも、フランクベルト王国の領邦のひとつです。
エヴルーは、『フランクベルト王国のおさいふ』とよばれていました。
エヴルーのひとびとは、フランクベルト王国でうみだされる、あらゆる品物に高いねだんをつけて、遠くにある領邦や外国へと運び、売ることが得意です。
「さあ、王子さま。ここからはワシらといっしょにいきましょう」
でっぷりとふとった商人が、たくましい馬をひきながら、いいました。
「砂漠の道も、どんとおまかせください」
商人の連れてきた馬は、これから、砂漠のゲオセルミアへとむかうまえに、ミョウバンセキを山のようにつんだ荷台をひいて、エヴルーへとむかいます。
エヴルーの土地で、ミョウバンセキをミョウバンにしてもらったり、いろいろな薬にしてもらうのです。
キャンベルの土地で、すべてをまかなうことができればよかったのですが、戦うことがだいすきなキャンベル家のひとびとは、ミョウバンセキからミョウバンをとりだすことには、あまり興味がないのでした。
それで、ミョウバンセキを買いとろうと、エヴルー家のひとびとがキャンベル家のひとびとに提案したのだそうです。
キャンベル家のひとびとは、ミョウバンセキをエヴルー家のひとびとに売ることで、たくさんのお金が手にはいります。
エヴルー家のひとびとは、ミョウバンセキからミョウバンをとりだして、さまざまな薬にしたり。つくった薬をゲオセルミアへと運ぶことで、お金をかせぐのでした。
そして、キャンベルとゲオセルミアをつなぐとりひきで、もうひとつ。
だいじな仕事を、エヴルー家おかかえの商人はたのまれていました。
「帰りには、タージル産の軍馬を、うんとひっぱってこなくちゃなりません」
商人はりょうてを大きくひろげます。
タージルはフランクベルト王国ではありません。
南西のゲオセルミアをさらに西、ちょっぴり北に進んだところ。そこに、タージルという部落があります。
タージルのひとびとは、ヒツジやラクダ、馬をひき連れ、きせつごとに住むところをかえます。
草や水をもとめて、移動しながら、くらしているのだそうです。
ミョウバンの交易地点をまかされるまえのゲオセルミアも、タージルのひとびととおなじようにくらしていました。
「軍馬がおりますので、帰りは草原の道をとおります。砂漠の道より、すごしやすく、道のりも短くなります」
商人の言葉に、王子さまはホッとしました。
冒険の旅では、行きより帰りのほうが、きっとつかれていることでしょう。
すごしやすく、道のりが短くなるということなら、だいかんげいです。
けれども、商人にはまだ、王子さまに伝えたいことがあるようです。
「ただし」
商人は、おもいきり顔をしかめました。
「草原の道では砂漠の道より、安全に気をつけなくてはなりません。なぜなら、草原の道では、おそろしい馬賊が出るのです。
やつらの使う、そりかえった剣は、騎士さまの剣とは、またちがうおそろしさがあります」
それを聞いて、王子さまはすっかりふるえあがりました。
商人もまた、『おそろしい馬賊』のすがたを想像したのでしょう。
タプタプとあごをゆらし、身をふるわせています。
「帰りも砂漠の道では、いけないのだろうか」
王子さまは、かぼそい声で、どうにかたずねます。
「そうはいかんのですよ」
商人はこころのおくそこから『もうしわけない』というように、ひどくかなしげな顔つきになりました。
「ラクダのやつは、たいして水を飲みませんが、軍馬ときたら、そうはいきません。なんたって、キャンベル辺境伯じきじきに、注文をいただきましたのでね。強くて美しい馬を、健康な状態でお届けしなくては、エヴルーの名折れです」
そこまでいうと、商人はじまんげに、たいこばらをポンとたたきました。
「これでもワシは、エヴルー伯爵の、遠いしんせきなのですよ」
王子さまは、エヴルー伯爵とそのむすこの親子と、顔見知りでした。
ですので、王子さまは「なるほど」と、なっとくしました。
目のまえの商人とエヴルー親子は、どことなく、にているところがあります。
「余も父上に、にているのだろうか」
そうだといいな、と王子さまはねがうのでした。