1 冒険のはじまり
あるところに、フランクベルト王国という、大きな国がありました。
そこには、ひとりの王子さまがいました。
ふっくらまんまるのお顔に、ぷくぷくとやわらかいおてて。
はにかみやな王子さまです。
王子さまは、すこしばかりおくびょうで、すこしばかり気のよわいところがありました。
けれど、気立てのいい、やさしい男の子です。
王子さまのすむフランクベルト王国は、とても大きかったので、家来もたくさんいました。
そして王子さまは、うまれたときから、ほかのひとよりえらい立場でした。
まいにち、おいしいごはんを食べることができましたし、ときには、おかわりだってできます。
キラキラときれいなおようふくをきて、たっぷりのロウソクをぜいたくに使うこともできました。
けれども王子さまは、えらぶることはありません。
国民のみんなが、おなかいっぱいにごはんを食べ、しあわせであってほしいとねがっていました。
そんなやさしい王子さまですから、家来たちはみんな、王子さまのことがだいすきにちがいありませんよね。
さて、みなさんはどうおもいますか?
いいえ。
ざんねんなことに、そうではありませんでした。
王子さまのやさしさよりも、王子さまのおくびょうなところが、家来たちは気になってしかたがなかったのです。
なぜなら王子さまのお父さんが、家来たちのまえで、よくなげいていたからです。
王子さまのお父さんは、王子さまが『男らしくない』と考えていました。
どうやら王子さまのお父さんは、王子さまに男らしくあってほしいようなのです。
王子さまのお父さんは、フランクベルト王国の王さまです。
王子さまはこの国のえらい人だったのですが、王さまはもっとえらい人なのだそうです。
王さまは、国民から『親愛王』とよばれ、とてもしたわれています
『親愛王』というのは、王さまのあだ名です。
国民のためによい政治をおこなう、りっぱな王さまをたたえて、だれかがいいはじめたのでした。
さて、フランクベルト王国はとても大きな国でしたので、まだたずねたことのないところが、王子さまには、たくさんあります。
あるとき、王子さまはゲオセルミアというところへ、でかけることになりました。
ゲオセルミアは、フランクベルト王国がしたがえる領邦のひとつです。
領邦はちいさな国のようなもので、そのちいさな国がたくさんあつまると、フランクベルト王国になるのだそうです。
もちいる言葉も、それぞれの地方で、ちがうらしいのです。
なるほど。
やっぱり、王子さまのくらすフランクベルト王国は、とてつもなく大きな国のようです。
どれくらい大きいのでしょう。
じつをいうと、王子さまも知りません。
けれど王さまはよく知っているようなのです。
それで王さまは、王子さまにゲオセルミアへ旅に出るよう、命令したのでした。
「知見を広めよ」
王さまは王子さまにいいました。
王子さまはフランクベルト王国の中心地、王都フランクベルトの宮殿にすんでいます。
いっぽうでゲオセルミアは、王都フランクベルトから遠くはなれた、南西の方角にあるのだそうです。
南西というのは、冬のいちばん夜が長い日に、太陽がしずむところだと、王子さまはおそわっていました。
王子さまは南西の方角を知っていましたが、南西にあるゲオセルミアのことは、ちっとも知りません。
いちどもおとずれたことのないばかりか、ほとんど聞いたこともないところです。
旅立つまえに、王子さまはゲオセルミアについて、たずねてみることにしました。
王子さまはさいしょに、いつも勉強をおしえてくれる先生にたずねました。
「ゲオセルミアは王都よりずっと暑く、石や岩、砂ばかりがえんえんとつづくところです。石や岩、砂ばかりがつづく、かわいた土地を、砂漠とよびます」
先生はこわい顔で、王子さまにいいました。
「それから、雨がほどんどふらないので、森も湖も池も川も、めったにありません」
それを聞いた王子さまは、水筒をわすれないようにしよう、と考えました。
「きけんな冒険になるかもしれない」
王子さまは、不安でむねがドキドキしました。
つぎに王子さまは、剣のけいこをしてくれる騎士にたずねました。
「ゲオセルミアでは、馬ではなくラクダにのるのですよ」
騎士は、たのしそうにわらって、王子さまにいいました。
「せなかにコブがぽこんとあって、馬ほどはやくは走りませんが、水をたくさん飲まずに人や荷物をのせて移動することができ、暑さに強いのです。砂漠では、馬よりたよりになります」
それを聞いた王子さまは、ラクダにのれるといいな、とおもいました。
「たのしい冒険になるかもしれない」
王子さまは、期待でむねがワクワクしました。
王子さまの冒険は、ドキドキとワクワクではじまるようです。
なにしろ、ゲオセルミアというところは、王都フランクベルトとは、まったくちがうらしいのです。
フランクベルトの夏は短いですが、緑がおいしげります。
石や岩、砂ばかりだなんて。
いったい、どんなところなのでしょう。
フランクベルトの冬は寒いですが、まっしろでキレイな雪におおわれます。
雨ですら、ほとんどふらないなんて。
いったい、どんなところなのでしょう。
それから王子さまは、お父さんの王さまのことを考えました。
「冒険の旅からもどったら、父上は『男らしい』と、ほめてくださるだろうか」