2001年9月11日
朝、八時半。
「あなた! 会社遅刻するわよ!」
サーシャが勢い良くドアを開け、彼を急いで叩き起こしていた。
「……え?」
彼は寝ぼけたまま、時計を確認し、そして――
「嘘だろっ!」
すぐさま飛び起きた。
彼は、着替える最中、昨夜のことを思い出そうとしていた。
コーヒーショップに戻るかどうか、アキヒロだけ救う方法が無いのか、頭を悩ませて、恐怖で怖気づいて…………
彼は、何故かそこからの記憶を喪失していた。
混乱しながらも、彼はベッドのそばに置いてある時計で、日付を確認した。
「…………」
9/11。
「何してるの? さっさとスーツに――」
「サーシャ」
彼は、何もかも思い出した。
昨日何があったかも、そして、これから何が起こるのかも。
「……忘れてたんだけど、今日は、家でゆっくりすることにしたんだった」
サーシャは困惑した。
それは決して、日頃仕事熱心な夫が、急に理由もなく休みを取ったからではなかった。
「……なんで? あなた、大丈夫? どうしたの?」
そう言ってサーシャは、彼の頬を伝う涙を優しく拭った。
「あれ、俺、泣いてたのか?」
「ええ」
サーシャは、彼のことを強く抱き締めた。
「サーシャ――」
「いいから」
そうして、彼も、それに応える様に、彼女の頭をゆっくりと撫でた。
そうして彼らが抱き合ったまま、数分が経った。
その時――
ドーーーーーン…………
強い衝撃音が、遠くの方から聞こえた。
「何の音?」
怯えるサーシャを自分の部屋に置き去りにしたまま、彼は急いでリビングに向かって、窓の外を見た。
はるか遠くにそびえるビルから、黒い煙が上がっていた。そして、地獄のような景色のニューヨークと対照的に、上空にはどこまでも続く様な、透き通った青が広がっていた。
「ひっ」
小さく悲鳴のような声を上げて、力無く膝から崩れ落ちたサーシャに見向きもせず、彼は独りでに呟いた。
「ごめんなさい……」
それから十七分後の、午前九時三分。今度は南棟に二機目がタワーに直撃した。激突の直後、衝撃音と共に、赤黒い火の手が上がった。
最初の飛行機の突入から一〇二分後、ツインタワーの北棟が倒壊を始め、それに伴う衝撃と火災によって、ワールドトレードセンターは一気に全壊した。
死者数、3000人以上。
負傷者数、25000人以上。
アメリカ史上、最悪の自爆テロ攻撃となったこの出来事は、後に「911事件」と呼ばれ、世界中の人々の脳裏に深く刻まれることとなった。