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911  作者: てりやき
5/7

2001年9月10日(5)

 それから、アキヒロはおもむろに席を立って、彼に別れを告げた。

「仕事が終わり次第、このコーヒーショップで待ってます」

 彼は、そう言い残して去っていくアキヒロを、ただ目で追うことしか出来なかった。

 支払いを済ませ、店の入口のドアノブを掴んだところで、アキヒロは漸く彼の方を振り返った。

「信じてますよ」

 これが、彼らの交わした最後の言葉となった。




 彼は、アキヒロが去った後も、暫くの間その場に居座った。アキヒロの言葉一つ一つを、丁寧に、思い出す為に。

 しかし、彼が記憶を辿れど、思い出せるのは、最後の「報復」についての話だけだった。

「私も貴方も、いや、家族も、ユダヤ人に報復されて死ぬでしょう」

 アキヒロのこの話を聞いて、彼は正直、情報を渡したくなくなっていた。彼にとって、家族という、唯一残された幸せを奪われることは、文字通り、死んでも嫌なことだったのだ。

 そうして時刻は九時を回り、彼は結局アキヒロの話を上手く呑み込めないまま、とりあえずで動き出した。

 店員に紙とペンを持ってきてもらうと、彼は丁寧に数字を走らせていった。

 9、1、2。

 そして彼は、その紙を四つ折りにして、カウンターまで歩いていくと、店員に向かってこう言った。

「日本人の知り合いが来たら、この紙を渡してくれ」

 若い女性の店員は、にこやかに了承し、その上で、冗談交じりに書いてある内容が何なのかを彼に聞いた。

「ちなみに、何書いてあるの? 晩御飯の材料とか?」

「ははっ、まあそんなところだ」

「え、本当!?」

「ああ」

「なんていうか……家族思いなんですね」

 彼はそう言われて、とても嬉しくなった。

「ありがとう」

 その勢いで、彼は彼女に二十ドルのチップを渡して、その場を離れた。

 彼は去り際に「じゃあ、よろしく頼んだよ」言って、ドアを押した。

 カランカラン――

 鈴が軽快な音を鳴らした。




 その日、彼は職場にて、自分が嘘をついていること、アキヒロを騙そうとしていることを、なんとか自分自身の中で正当化した。

「まだ、テロが起こるって決まってるわけじゃない」

「メールはスパムかもしれない」

「アキヒロの杞憂に過ぎない」

 確かに、どれもこれも、間違ってはいなかった。彼が受け取ったメールも、ツインタワーが九月十一日に崩壊する、と書いてあっただけで、テロが起こる等は一言も書かれていなかった。

 けれども、論理的に正しいかと言われたら、そうでは無いということも、彼は薄々勘づいていた。ただ、彼は勘づいたこと全てを見て見ぬふりして、その上で自分の行動が正義であると言い聞かせることで、自分自身を洗脳することに成功したのだった。

 仕事が終わって、彼は、こっそりとコーヒーショップを覗き見することにした。

 店の直ぐ側まで来ると、彼はバレないように、向かいのビルの柱の影に隠れた。少し離れていたが、店は異様なほど光り輝いていたので、彼が中の様子を確認するのは造作も無いことだった。

 アキヒロは、いつものテーブル席に座って、そして、両の肘を机に乗せて何かを読んでいた。

「あっ」

 俺のメモだ。

 彼は直感的に、そう思った。

 自分の書いたメモが無事に届いたことを知って、彼は安堵した。

 と同時に、彼の中で少し引っかかることがあった。たかが十時間前の出来事だったはずなのに、彼は何故か、鮮明に思い出すことが出来なかったのだ。

 あのメモは……912は……

 あのメモは、九月十()日にテロが起こると嘘をついて、テロの失敗を防ぐ為のもの。912という数字は、彼がアキヒロの話をあまり理解出来ずに、とりあえずで家族の身の安全の為に残した、偽の暗号…………

「ん?」

 あれ。

 このままでは、アキヒロが死んでしまうのではないか?

 彼はそのことに気づくなり、勢い良く柱の影から飛び出して、コーヒーショップの入口へと駆け出した。

 が。

 数歩走った所で、彼の足は、動くのを止めてしまった。

「……はぁ…………はぁ…………」

 彼は、その時、漸く気づいたのだ。

 彼が、自分の家族と、これから起こるテロの被害者達、どちらかしか救えないということに。

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