6話 クソガキレベリング
あの石ころ女が現れてから数日間、特に変わりはない。
あいつがまた現れる事も無かった。
今日も泉でスキル研究をして、帰路についたところだ。
ちなみにじょうろは持ってない、今日は素手で水ひっかけスキルがどのくらい使えるか調べた。
普通に使えたが威力も飛距離もやっぱり駄々落ちだった、水量が足りない。
そして歩いていると。
「ようゴミスキルマン!将来性皆無な惨め男は今すぐ死んだ方がいいぜ?!」
俺の前にクソガキが現れた。
こういう事は最近よくある、村の中で俺は悪い意味の有名人らしい。
だから何もしてないのによく絡まれる。
水ひっかけスキルがゴミスキルである→どこかからか村中にその情報が伝わる→各家庭の親御さんが世間話の中で俺に対して侮蔑的な言葉を発する→それを聞いていた子どもが俺を見下す。
こういうからくりで、有名になったみたいだ。
「俺のスキル【パワー十倍】で……」
「殴る前に撃つぜ」
俺はすばやくクソガキを殴り倒した。死んでは無い、気絶させただけだ。
前世では一応ボクシングと柔道はやってたし、こういう事も出来る。
今の体格も年齢考えたらそんなに悪く無いしな。
この人生では俺に襲い掛かるクソガキどもを殴り倒しながら、強くなっている。
相手が子どもである以上殺される恐れは少ないし、自分のパワーやテクがこの世界でも通用するのか試すいい練習相手だクソガキどもは。
俺はクソガキと戦いながらこの世界での戦闘を体に染み込ませている。これをクソガキレベリングと呼んでいる。
まぁレベルシステムはこの世界にないっぽいけどな。いくらクソガキを倒しても、いきなり体力があがったりはしない。
さて、次クソガキが俺に襲い掛かったとしたら投げ技をためそう。
「ようスパイク!」
おっと、さっそくクソガキが現れ……
「うわあああああああああああああ!!!」
俺は道を逆戻りし全速力で森の中へ駆け込んだ。
まずい、今のリンだ。
村に住んでいる同年代の女の子だ、そして俺に喧嘩を売って来るクソガキでもある。
あいつと戦うのは無理、ボコボコにされる。
絡まれた一度目は女の子相手に殴れないなーと思って躊躇したら、普通にボコボコにされた。
そして二度目は、本気で殴りかかったのにボコボコにされた。
それからたまにあいつと殴り合う時があるが、全戦全敗である。
だから俺は逃げる事にした。
……この世界の人間が持っているスキルは平均3つらしい、だがそれは大人も含めた平均の話だ。
子どもの頃じゃせいぜい持っているスキルは一つと少ない、練度だって低い。
つまり子供の喧嘩とは前世と似たような殴り合いになりやすい、だからサポート寄りスキルしか持たない俺にもタイマンで勝ち目ありだ。
だがリンはスキルを3つ持っている。練度も高い。
オマケにスキル無くともフツーに格闘センスが高い、トッププロ目指せる。
つまり今のところ勝ち目はない。
……いや、言い訳じゃないが勝つ手段がないわけじゃないぞ?
寝てるところをボコボコにするとか、あいつの知り合いを人質にするとか、毒みたいな搦め手を使うのも勝ち筋だろう。
でも俺は前世込みなら成人済みだ、大人が子どもにちょっかいかけられたからって本気で殺意を抱くなんて情けないだろう。
「気に食わないのよ、あんたの行い全てがっ!死ね!」
「全てってなんだよっ?俺がなにした?」
俺はリンの叫びに怯えながら茂みの中に身を隠した。
しばらくしてドゴン、ドゴンと大きな音だけが聞こえて来る。
仕方なく葉の隙間から観察してみると、リンが木を殴り壊しながら俺を探している。
リンに殴られた木は粉々に砕け散り、倒れていく。
あれに殴られても、この世界の人間は体が強いのか意外と死なない。
俺はこの前絡んできたクソガキを背負い投げしたり巴投げしたり10種類の投げ技試してみた。
前世にいた普通の子どもなら動く元気も無くなるだろうに、そいつは元気そうに泣き喚いてた。
……いくら俺が手加減したとはいえ、フィジカルは前世の人間より生まれつき強いのだろう。
だがしかし限度はある、リンの打撃をまともに受ければ血を吐いたり骨折して入院する羽目になる。
リンの持つスキルは<攻撃力アップ><防御力アップ><機動力アップ>らしい。
基礎ステータス強化系しかない、だからこそバケモンみたいに強い。
攻撃力アップは単純に出せるパワーがあがる、そして防御力アップは体の硬度があがる、機動力アップで凄い速度で動けるようになる。
つまりスキルで上がったパワーでダイヤモンドみてーになった拳や脚を超高速で使えるのがリン。
ゆえに、素手での正面戦闘は勝ち目が無い。
だけどどうしよう?
どうにかしなきゃ、俺このままじゃボコボコにされて泣くぞ。
リンが木を殴る音はだんだん近づいてきている。
ホラーゲームの主人公になった気分だ、このままじゃゲームオーバーだろう。
でも、リンに俺が勝っている部分は<水ひっかけ>スキルのみ。
そこを活かしたいが、今手元に水が無い。
いくら強力な手札も、発動条件を満たせねば死んでる。
「よっ、スパイク」
「う」
急に俺は後ろからつかまれた、そして気づくと家にいた。
これは転移系スキルだ。
「元気か?」
「ッ……父さん!?なぜここに?!」
父さんが俺の目の前にいた。
どうやら父さんが俺を掴んで、テレポートで助けてくれたらしい。
「仕事帰りにお前の悲鳴が聞こえたからな。助けにきてやったぜ、女の子から逃げ回っているとは思わなかったが」
「しょうがないだろ!あっちの方が強いし逃げない理由も無いんだから」
「まー、大の男でもあのパンチを受けたら大ダメージだし戦いたくない相手なのはわかる。それにしても情けない」
「あ?逃げるべき時に逃げるのは当たり前だろが!」
相手が女だからという理由で逃げたり負けた事を怒られるんなら俺はブちぎれまくる。
どう考えたってさっきの状況なら逃げるべきだ。
相手が女だろうと男だろうと、勝てない相手に対してはそれ相応の対応をしなければならない。
「あぁそうだ!!!お前は最高だぜスパイク!!」
父さんは俺を抱きかかえて褒めたたえた。
なんだ?!なぜ褒める?!
「……あらスパイクがどうしたの?!」
騒ぎを聞きつけて母さんもやって来た。
「スパイクが女の子から逃げた!勝てないからってみっともなく隠れて震えてた!!」
「まぁ!情けなくて偉いわ!!」
そして母さんも俺を褒めた。
「そうだっ!みっともなくても惨めでも!!まずは生きる事からだぞスパイク!お前はよくわかってる!!」
狂喜乱舞としか言いようがない喜びっぷり、俺が逃げた事がそんなに嬉しいらしい。
俺はそんな両親の様子にちょっと引いてた。
いや敗走をそんな喜ぶか?
何なんだよこの家庭は?!
……少しホッとしていた。
自分の身を優先したのを責められるんじゃないかと思ってたから。