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24話 スキル捨てさせろ

今回いきなり新キャラ視点で始まるけど、ちゃんと前回までと話繋がってるから安心してください。

 〇〇

「ぁぁあああああ!!!私私私が!!」


 ドク自治区と呼ばれる地域の豪邸で、女が暴れていた。

 彼女の名はウェル・ダン。

 苗字がダンで、名がウェルだ。


 女性と呼ぶべきか少女と呼ぶべきか迷う年齢と容姿をした女だ。


「クソが!なんでだよっ!わ・た・し・がっ!なんでこんなのッ!!」


 彼女は決して悪くない顔を怒りで溢れさせていた。

 豪邸の床に乱雑に置かれたたくさんの芸術品を睨みつけて。


 そして怒りを本気の行動に移したのはすぐだった。


 見るだけで人を魅了するような油絵を、ウェルは蹴り飛ばす。

 普通の人間が一生かかっても買えない値段が付く壺を、ウェルは叩きつけて割る。

 その壺の破片で、王族すら手で触れて汚す事に躊躇する美しいドレスを切り裂いた。


 もしもここに芸術価値のわかるものがいれば発狂し、ウェルは殺されているかもしれない。

 だが、ウェルの行為を咎めるものは誰もいない。

 この豪邸はウェルの買ったものであり、彼女以外は住んでいないからだ。


 いや、そもそも誰かいたとして、ウェルを止める権利があるのだろうか。


 彼女が破壊している数々の芸術品は、全て彼女の手によって作り上げられたものである。

 彼女がそこにある芸術たちを壊す事に躊躇が無いのは、それらが出来上がるのに彼女の手が使われた"だけ”と、彼女は認識していたからだ。


「<油絵>スキルなんていらない!<陶芸>も<縫い物>も<裁縫>もぜんぶぜんぶいらないっ!いらないいらないいらない!」


 ウェルは芸術に関するスキルを複数所持している、その合計はなんと2315個。

 スキルの所持数が3つで多いと言われるこの世界でそんなにあるのは異常としか言いようが無かった。


 そして彼女は、自分の手が作り上げた芸術を”神”が勝手に作り上げたモノだとしか思えない。


「……こんなのズルなのに……ズルなのに!私は!!」


 ウェルが水彩画を描こうとすれば、いくら嫌がろうと<水彩画>スキルが勝手に発動してしまう。

 ウェルのスキルは全てが完全自動発動で、制御出来ないのだ。


 そして、スキルを用いて作り上げた作品は、明らかに自分から逸脱したものが出来ている。

 それがウェルにはわかる。

 神が自分の手を通して好き勝手してやがるのだと、ウェルは認識している。


 昔から、ウェルはスキルというものに不快感しか覚えた事が無い。


 最初に手を出した芸術は、砂に指で描いた絵だった。

 小さい頃に外で遊んでいる時、なんとなしに砂丸と四角を組み合わせた複雑な形の図形を描いた。

 出来たのは不思議と目に留まる絵だった。


 その瞬間ウェルは自分の才能を自覚した、作り出す才だけでなく審美の才能も最初から持っていたからだ。

 自分の描いた絵が、明らかに美しいものだったと彼女にはわかった。


 美しいものを見るのが好きだった彼女は、当然夢中で砂に指で色々と描きまくった。

 そして子供が帰らないといけない夜更け頃、突然自分の絵が誰のものかわからなくなった。


 違う、コレは違う、こんなの自分は描いていない。

 これが描けるわけがない、自分の中にこんなのが生み出せる土壌など無い。

 審美出来たがゆえ、絵を描くときに何者かの介入があったとわかってしまった。


 当時のウェルは知らなかったが絵を描いている真っ最中に<砂に絵を描く>スキルを授けられ、神に介入されたからそう感じたのだ。


 そして、誰の介入も受けずに作品を作りたいと感じた。

 だから砂に絵を描く事を止め、色々な芸術に手を出した。

 そして神からの介入を避けようとした先でもスキルは勝手に授けられた。


 全ての芸術は、ウェルに似たような結末をもたらした。


 彼女が何かしらの芸術で一流といえる自力を身につけ、あちこちで彼女自身の作品が人気になった頃………いつの間にかウェルは神からスキルを授かってしまう。

 そこからもう、彼女は生み出すものを自分の作品だなんて思えなくなる。


 彼女の心理を例えるなら、対戦ゲームで努力してトッププレイヤーにも食らいつけるようになった頃、対戦すれば絶対勝利するチートをぶち込まれたみたいなものだ。

 しかもそのチートはオフに出来ない。

 萎えて別のゲームを始めると、楽しくなってきたころまたチート使用を強制される。

 それがウェルの人生だ。


「あぁもう!どういう芸術なら神様が口出ししてこないんだよぉおおおお???!」


 ウェルの叫びは豪邸の外に響く悲痛なモノだった。

 だが、それを聞くドク自治区の人は気にしない。

 だっていつもの事だ。


「………スキルいらない、スキル捨てさせろ………」


 どこにいるかもわからない神に向け、ウェルは本気で恨み節をぶちかました。


 同刻。


 スパイク、サキ、リンの一行は山で野営していた。

 とりあえず追手は来ていないようだし、一旦休んでおこうという判断だ。

 それに、全員が今後の方針について話したいと感じてた。


 なお、リンの父親が生きているかという話題は誰もあげなかった。

 どうやっても不毛な議論になるからだ。


「で……ドク自治区っていう場所に行くのか?」

 スパイクがサキに聞く。


「はい。あそこは海外との交流が盛んですからね。ゾイガルドに行くならあそこです」

 サキが答えた。


「ん?ドク自治区からでもゾイガルドへの船って出てないよね?なんでゾイガルドに行くためにあそこ?」

 リンが疑問を呈する。


「あそこから”ゾイガルドとの国交が盛んな国”には行けます。そこからゾイガルド行き観光船もあるはずです」

 サキがリンの疑問に答えた。


「簡単に言うと、ゾイガルドへ直接行けないけど回り道は出来るからそうするって事」

「ふーん」


 スパイクが手っ取り早くまとめる、リンは納得した。


「………ったく<水ひっかけ>なんて無ければこんな面倒事にならなかったのに。捨ててーなあのゴミスキル」


 そしてスパイクが文句を言った。

 それは単なる愚痴である。


 しかしスパイクの思いは切実である。

 <水ひっかけ>いらない、実は最強ってだけで普通にゴミスキルだ。

 いくら強かろうと、それだけじゃ解決できないトラブル呼ぶんだからデメリットが多すぎる。


「捨てらんないのかな?スキルって」

 リンが何となく発した言葉に

「さぁ?捨てられるっていう話はまったく聞いたことが無いですよ」

 とサキが。


「そもそも捨てるにしてもどうしろというんだ………」

 スパイクはぼやいた。

 神から授けられた力、なんてどうやって捨てればいいのだ。


 知識・経験と同じ、自らを構成する形無き要素をいじる事は出来ない。

 ――脳みそをグチャグチャ弄ったらスキルも消せたりしないか?知識とかもそれで消える事あるし――


 少し物騒な事を考えてスパイクはすぐ、その可能性を配乗する。

 脳をいじくるなんて無茶はリスキーすぎる。

 捨てられればいいってワケじゃなく、捨てたうえで普通に生きていきたいのだ。


「スパイクはスキルくれた神様と会ったんでしょ?もう一回会って、このスキルいらないって伝えたらいいんじゃないの?」


 リンのそれは何となくの言葉だった。

 彼女は実際に神と会った事が無い子どもだからこそ、いまいちどのくらい会うのが難しいのかつかめていないがゆえの言葉。


「………あ」


 だが、スパイクにとっては光明だった。

 たしかに神から貰ったスキルなら、神に直談判すれば捨てられるのかもしれない。


 易々と会えるわけではないだろうが、スパイクには会うヒントがある。

 ”魂の欠片”を見つける事さえできれば。


「スキル、捨てたいな」


 スパイクの言葉は、愚痴ではなくなった。

 今は無理でも、いつかはこのゴミスキルを捨てるという明確な意志決定だ。


 スパイクとウェル、一切関係のない二人が、スキルを捨てたいという世にも珍しい願いをほぼ同時に吐き出した。

 それをたっぷり感傷的にかつ詩的に表現するなら運命というのだろう。

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