19話 その凄惨な結果に目を向けるしかなく
俺が<水ひっかけ>の力で空に浮ばした湖が、リンパパに向かって遠く飛んでいく。
リンパパの姿が見えるわけじゃないが、<水ひっかけ>の命中率は100%だ、絶対に目標に向かっているにだろう。
その光景を例えるならばそう、特定の対象に向かって落ちゆく滝だ。
ただし威力は普通の滝じゃない。
たった一人を集中狙いして凝縮された水の質量と、スキルの力によって与えられた加速の相乗効果はすさまじい。
愚かに滝行でもしたら大惨事を招く。
そんな事したら、まず水圧に膝を折り地べたにへばりつく事になり、最後は水に全身の骨を砕かれる、そういう滝である。
そんな滝の源は湖全て、だからまったく滝が終わりそうにない。
そんな異常な光景に対して、不安を感じていた。
リンパパをこれで本当に倒せるのか、あんな常軌を逸したヤツ。
そりゃ死ぬ事はあるだろうけど、アレで威力は足りるのか?
神様は俺に与えられた力を使えと言った。
この<水ひっかけ>こそがそうだと確信はしている、だが、リンパパとは3対1でやって俺は負けてる。
だから不安が拭えない。
突如滝の軌道が変わり、その瞬間俺の目の前にリンパパが現れた。
「ッぁは?!」
叫びが出た、だがしかし状況は解った。
リンパパは<転移>を使って俺の目の前に現れたのだ。
リンパパは空に湖丸ごと飛んでいく光景を見て、それが俺のスキルが引き起こしたものだと察し、俺の無力化を狙ったのだろう。
<スキルを奪う>を使いたかったのかもしれない。
だがしかしリンパパは俺へ攻撃すること叶わず、殺意を持った滝に再び叩きつけられた。
これは<水ひっかけ>の効果で、滝の軌道がリンパパを狙うよう修正されたみたいだ。
ドドドド、と俺の視界が大地を打ち付ける水の激しさで溢れる。
水を境にして何も見えない、当然リンパパも見えない。
たぶん這いつくばっているのだと思う。
やっぱりリンパパは簡単に倒せない。
でも都合が悪くても、予想通りの事が起きたからどこか安心する。
目の前で滝が地面を殴りつけるように、轟く。
泥や小石が”べがぎゃぼ”なんて聞いた事ない音出しながら、跳ねまくってる。
思わず耳を塞いだ、うるさい。
突然手の甲に鋭い痛みが走った。
跳ねた石当たりの何かに切り裂かれたのだろう、だくだくと血が流れて来る。
………いくら強くてもこんな滝に捕まればどうしようもないだろう。
スキルの発動もおぼつかないだろうし、決死で<転移>を使っても逃げた先でまた滝はおいかけてくる。
ただ、このままだと相打ちまで持ち込まれる。
なので滝から離れるように走る。
リンパパが俺と密着するくらい近いところに<転移>したら、滝の巻き添えを食いかねない。
実際さっきは危なかった、仮に俺に抱き着くレベルで近いところに<転移>されてたら俺まで滝を食らって死んでた。
だから俺は一旦隠れる事にした。
リンパパに近ければ近い程、逆転の可能性を与えてしまう。
そうならないために走る。
………しかしあいつ、俺の復活への対処が異常に速かったな。
俺は神様に復活させてもらうなんてやり方で戻って来てるのに、混乱無しにすぐさま俺を殺しに来た。
つまり、もうあの滝で殺せなかったら無理だ。
もはや通じる小手先が無い。
水が一切なくなった”元”湖から離れ、木々が生い茂るところまでやってこれた。
かなり滝から離れたのに、まだ音は大きい。
「リン。サキ、いるか?」
とりあえず、二人を呼ぶ。
下手したらもう死んでるだろうが………
「スパイク!!無事だったの?!」
リンの叫びがする
「スパイクさん!生きてるんですか」
サキの声も続いた。
良かった、両方無事なようだ。
何というか素直に言うと、とても嬉しかった。
さて、未だに滝の勢いは止んでいない。
この湖全ての水がリンパパを襲い続けている。
二人と話す時間はあるだろう。
「一旦合流するぞ」
夜だからわかりにくかったが、案外俺達は近くにいたようですぐ合流出来た。
リンもサキも、俺の死にかけ中に戦っていた様子が見て取れる。
リンは怪我や体の汚れがかなり増えてる気がする。
サキは人型形態だがいつもより造形が荒い。肩あたりがやけに角ばっているし、右腕は形成すら出来ていない。
でも二人とも大怪我はしてない。
俺が湖に落ちる前の状況からして、二人とも死んでいる可能性が高いと考えていたが、良かった。
「どうやって生き残ったんだお前ら」
「いやこっちのセリフじゃないの?それ」
俺は質問したというのに、リンが逆にたずねて来た。
どうするかな、正直に神様がどうこういったとしてこいつらを困惑させる可能性がある。
神様の存在を一切信じて無いタイプの連中なら、俺が幻覚見る程度には不味い状況だと思わせかねない。
非常時に余計な不安の材料を与えたくない。
「ちょっと長くなりそうだし、今の敵を倒したら話そうぜ」
「………真っ二つになってたのにどうやって………」
リンは余程気になるらしい、俺がよみがえった方法。
どうしよう、正直に言った方が速そうな気もしてきた。
「目覚めちゃったんですね、本当の力」
サキがぼやいた。
彼女は俺がこの場にいる事に対し、そこまで大きな疑問は抱いていないようだ。
「………?」
リンの表情から少し、疑問が消えたように見受けられる。
サキが驚いてないのを見て、俺の復活はあんまりおどろかなくていい事だと判断したのだろう。
さて、話すべきはサキだろう。
コイツは俺の事情を何か知っていて隠してて、それを利用して俺はサキを味方につけたのだ。
そのちょっとビジネスライクな関係が、変わる事情が幾つも出来た。
「サキ。お前があんだけアレ隠そうとしてたのよくわかった。たしかに<水ひっかけ>は危険だ、隠したくなる理由がいくらでも想像つく」
「まぁ隠し通せませんでしたけどね。私、任務失敗です」
サキはため息をつく。
サキが俺に協力してくれる理由が、ようやくわかった。
「任務って事は、どっかからの指示で俺に協力してたんだな」
なんとなく予想はつく事だったが、これまでのサキの動きがどっかの組織の動きだったとハッキリ言われると、少しだけ切なさというか虚しさというか悲しさがある。
なぜだろうか。
「いいえ、あなたに協力する指示は受けてません」
「ん?ならなぜ?」
「自己判断、ですよ。そっちの方がいいと思いました」
「……」
「状況が変わったからチーム契約に影響が出るか不安なんですよね?大丈夫です。そういう事があっても、ちょうどいいとこまでは手助けしてあげますから」
「ありがとう」
ちょっと寒さが減った。
さて、そろそろ滝が終わる。
一応あいつが俺達をもう追って来れない状態かどうか確認しておかないと、この場を離れるわけにはいかないだろう。
グロイ死体になっていたら嫌だけど、ちゃんと見るしかないか。
………滝が打ちなり終わった、湖全てがリンパパへの攻撃に使われたのだ。
そして、滝がドバドバ打ちなってたあたりを見る。
「ッ!!!」
リンパパがいない。
何処へ行った?
まさか原形をとどめないほど破壊してしまったのか?
急に後ろからものすごい勢いで俺は引っ張られて、こけた。
同時に、どこかからドサなんて物の落ちる音がする。
「………スパイク」
続けてリンの声がした。
俺を引っ張ったのはリンだったようで、俺の服を掴んでいる。
落ちて来たものはリンパパだった、さっきまで俺がいた場所にいる。
なにが起きたのかよくわからない。
とりあえず立ち上がる。
「たぶん<転移>を使って、最後に一矢報いようとしたんでしょう。高いところからボディプレスすれば指一本動かせずとも問題無いですから」
ありがたい事にサキの考察が入った。
「たしかに」
リンパパは落下による攻撃以外やれることが無かったというのは、見ればわかる。
目をそむけたくなるような酷い怪我だった。
普通の戦闘どころか、日常生活も不可能だろうというレベルの。
「………よう」
リンパパが、リンの父親が、寝っ転がったまま何かを言っていた。
俺達は一瞬で臨戦態勢を取った。
ビビり過ぎな気もするがこの世界にはスキルがある、当然の警戒だろう。
………あれだけの攻撃を受けてもなお、リンの父親は生きてる。
出血、骨折、思いつく限りの怪我を並べた時、その全てを負ってるようなヤツがまだ喋れるのだ。
やっぱりこんなやつ、殺さないで無力化とか無理だ。
俺の判断は間違っていなかった、と思う。
「恨みはないぜ。殺し”合い”だからな」
リンパパは普通に喋る、敵意はもう無さそうだ。
しかしリンもサキも、油断は一切していない。
何も言わないが、いつでもコンビネーションで攻撃に移れる。
「何千人殺した俺だが、気づいた事がある」
俺も何も言わずにリンパパの言葉を聞く。
彼の状況は、普通呼吸すらままならないだろうに、健康な人と変わらぬようにハキハキ喋っている。
「あんだけ人が死ぬの見ててもさ。死ぬのって怖い」
リンパパは、リンの父親はそれだけ言って動かなくなった。
何かしらの作戦で死んだふりをしてる可能性もあるので、しばらく待ってみた。
だがやっぱり、動かない。
サキが死体に近付いた。
「ちょっと待て大丈夫か。罠とか」
俺の静止をサキは聞かなかった。
そのまま死体の首や腕を触って「流石に死んでます」と言った。
リンの父親は、完全に死んでいた。
彼がなんでそこまでして俺を殺そうとしていたのか、わからない。
ただ、俺にとっては殺さなければどうしようもなかった状況だった。
だから殺し合いなのだ。
でも。
俺は人を殺した。
人を殺したのはきっと、前世を含めても初めてやる事だった。
恨みはなさそうな表情で彼は死んでいる。
そこにあった感情は何もわからない。
俺は彼の事を全くと言っていい程知らないし、彼の人生に思いを馳せられる程の共通項も無い。
だから、彼のこの顔が何を表しているのかわからない。
…………リンならばわかるのかもしれない。
「パパ、死んじゃった」
隣でリンがつぶやく。
あっけないその一言は、あまりにも無感情だった。
だが言葉に乗せてないだけで、悲しい気持ちはあるだろう。
だってこいつは、村の人間達の主張が間違っていると考えたから俺と戦ってくれたのだ。
それは倫理観や正義感があったからだ、そんな奴が自分の親と戦って嬉しいわけない。
結果、こうしてリンは目の前で父親を亡くした。
リンは何も言わずに、無表情で死体を見つめている。
「ッ」
唐突に頭痛がする。
平気だったはずだ、リンを自分の父親と殺し合わせる事になっても。
「罪悪感にかられてますか?」
「………」
サキから話しかけられる。
お前は平気なのかと聞きたい、そういう視線で返した。
「私は今回みたいな事に慣れてるんです」
「サキ」
サキの答えはどこか予想していたものだ。
組織の一員として<水ひっかけ>スキルに関わる人生、血なまぐさいのは当たり前だ。
「あのね、罪悪感なんて自己満足ですよ」
「ん?」
サキはなにかよくわからない話を始めた。
「いくら悩んだって、殺された人にとっては別にどうでもいいんです。別に何かが変わるわけでもないしね。それなのに罪悪感をなぜ抱くと思いますか?」
「それは」
「罪悪感を抱くのはそうしたいからないんです」
サキは俺の返答を待たずに話をつづけた。
「人殺しよりも”罪の意識が無い人間を見下しているから、そうなるんです。”罪悪感は抱けてるから自分はまだマシ”という事が自尊心を守るんです」
「……」
サキが言いたい事はどういう事なのだろう。
気にしても無駄だから気に病むな、とでも言いたいのだろうか。
でも、こればっかりはすぐに気持ちを切り替えていくのは無理なんじゃなかろうか。
「スパイクさんむしろ笑いどころですよ。強敵ぶっ殺してやったぜギャハハハハと笑うべきです」
「死体の娘の前で?」
「その娘は父親と殺しあってましたが」
「……でもなぁ」
ムードは暗い。
敵を倒したからって、祝勝会なんて開けやしない。
「……パパは死ぬの怖いって言ったけど、スパイクに恨みは無いって言ってたよ」
ずっと黙っていたリンが喋り出す。
「リン」「リンさん」
「私もそう。パパと殺し合うのは覚悟してたし、パパに殺される方も覚悟してた。前にそこら辺言わなかったっけ?それは変わらない」
「……リン」
「正義に世界が返すのは、痛みである。っていう絵本の一節を私はずっと覚えてるんだ」
「……」
突然俺達の間に割り込むように、何者かが現れた。
リンの父親が<転移>でやってたみたいなことだが、もうヤツは死んだ。
だからここで現れるのは――
「ようスパイク」
「父さん」
俺の父さんだった。
どうやらリンの父親を殺したことで、自動的にスキルが戻ったらしい。
それでここにやって来たようだ。
「やはり来ましたか」
「これがスパイクのお父さんかー初めまして」
サキはこの場に現れる事を予想してたようで、リンは何か人の親をコレ呼ばわりした。
………父さんがこの場に現れてくれて、たくさん状況が良くなって、酷くほっとした。
こんなに消耗した状態で父さんを回収しに行かないでよくなったし、<転移>が父さんに戻った事でリンの父親を殺した意味が作戦立てた時以上に出て来たし、なにより父さんの命という不安が一つ無くなった。
父さんはちらりと、リンの父親を見た。
それは死体だったからか、父さんの顔は少しだけ綻んだ。
痛めつけられた相手の死を嬉しく思う程度には、
その直後、リンを見てとても複雑そうな顔をした。
リンと、すぐそこで死んでいる男の関係を父さんは知っているのだろう。
村での集まりとかで話したりしてたら、知っていてもおかしくないし。
だが父さんは、すぐに表情を平常時のモノに切り替えた。
「そろそろ逃げないと、村人たちがこの場所に集まって来るぞ」
「あ。それもそうか」
そういえば、<水ひっかけ>は目立つ使い方をした。
敵達が準備を整え、俺を殺しにやって来てもおかしくない。
実に迂闊だ、せっかく難関を突破したってその弛みで死んじゃ意味が無い。
「………速く逃げないといけねーのか。リン、サキ、とりあえず行くぞ」
リンとサキは頷く。
各々思うところはあるが、とりあえずそれはこの場を離脱してから整理をつければいい事だ。
「よし、一緒に<転移>で逃げるんだ。皆俺に捕まれ」
父さんに言われた通りに俺達はそれぞれが勝手な場所を掴む。
だが俺にはまだ気がかりがある。
「………なぁ父さん。母さんは?」
<転移>の前に、後で聞けばいい事を聞いた。
「居場所に心当たりがある、母さんなら確実に大丈夫」
「そっか」
父さんの返事はいいものだった。
そして<転移>で俺達は村を後にする。
目的は達成できた、父さんを助けたし母さんについても無事らしい。
だから俺達にとって万々歳の結果だ。
………ふと考える、リンの父親の死体を見て村人達はなにを感じるだろう。
俺を家族ごと焼き殺そうとした後悔かも、なんて頭をよぎったけどそんなわけない。
たぶん俺への怒りか恐怖かだと思う。
なぜそんな事に思いを馳せたかというと、たぶん簡単な心理だ。
俺は彼らに後悔してほしいし、彼らに反省してほしかったのだ。
そしたら責任転嫁出来る気がするから。
だけど、こうして戦うと決めたのは俺だ。
こんな場所に来ずに、そのまま逃げてしまう選択肢もあった。
だけど俺は戦いに来て、そして一人の人間が死んだ。
明確に俺が殺すというつもりで殺した。
責任はそこにある。
だからこの現実という、その凄惨な結果に目を向けるしかなく。
あとがき
ここまで読んでくれてありがとうございます。
村での戦いは終わりなので次の回から新章です。




