16話 ガスと石
今回はサキ視点です。
スパイクとリンが、陽動のために村人たちと連戦していた頃……
〇サキ〇
スパイクの父親を救出するため、私はじっと村長宅の庭にいた。
時々人が通るが、ここに私がいるとバレる心配は一切ない。
なぜなら私は今、完全なる石ころになっているからだ。
私のスキルは、石ころに魂を移すものであり……常人には道端の石ころが敵だなんて想像もつかない。
じっと、私が動くべきタイミングを待てる。
しかし、暇だ。
万が一バレたら殺される可能性もあるので、一応警戒はやめられないから眠れない。
あぁ、友達でもないヤツの父親を助けるためにわざわざこんなことしたくない。
スパイクというガキが<水ひっかけ>の研究するとか言い出したせいで、こんなことする羽目になったのだ。
……研究どうこうをスパイクが口にしてたのはは単なる駆け引きだと思うが、本当に研究されたら困る。
<水ひっかけ>が不幸を呼ぶスキルとして一部に知れ渡っているのは、理由があるのだ。
万が一にもスパイクが本当の力に気づけば、世界中が不幸になりかねない。
スパイクが例え力をどう使おうと、もしくは使うまいとしても。
さてはて、あちこちで騒ぎが起きている。
どうやらスパイク達は上手く囮を務めているらしく、この周囲から人の気配がどんどん無くなってきてる。
もはやこの辺りに誰もいなさそうだ。
さて、私も役目を果たさねば。
私の役目は、ここに囚われているスパイクの父親を牢屋から脱走させ、村の外へ連れ出す事だ。
で、それが終わったらスパイク達の元へ行き、作戦完了を告げる。
それから状況に応じたサポートに入り、彼らも村から脱出させる。
給料も出ないのに大忙しである。
あんまりもたもたしてられない、早く村長の家に入るとするか。
私は<形状変更>で人型になり、歩く。
石ころに己の魂を入れるだけでなく、自分の形を変える事も出来る。
形状は細かい部分まで凝る事が可能だ。
今の人型形態は特に凝っていて、薄い胸も細長い手足も華麗なる体のラインも神秘的であり、自分でいうのも憚る必要が無い程美の到達点なのだ。
そしてドアまで歩いて、ノブに手をかける。
田舎の防犯意識故か、鍵がかかっておらずガチャリと開いた。
……五体満足な人間にとって当たり前の動作は、石ころ状態では出来ない。
だが人型形態では出来る、この姿はメリットが大きい。
人型ならば五感も処理しやすくて、落ち着く。
視界がちゃんと”瞳”の部分から見たものになるし、音が”耳”から入って来るからだ。
それは普通の人にとって当然の事だろうが、体を作り替えるスキルを持った人間にとって普通ではない。
完全に石ころになっている時はの私は視界が360度あるし、音は全身から内部に向かって叩きつけるように響く。
……さて、村長の家は見掛け倒しでは無く非常に大きいみたいだ。
入ってまず、広間があった。
天井にはシャンデリアが釣り下がっている。
左右には長々と続く廊下があって、都会の文化を取り入れようとしているのかと疑わせる。
正直言って滑稽だ。
壁や床はどうにも安っぽい、そういう全体のレベルを高めるつもりが無いのに一部の装飾ばっかり拘ったところで何になる。
もっとこのちっぽけな村らしく、全部安物で固めた方がお似合いだろう。
……素直に話すと性格が悪いと言われる事があるし、たぶんこの感想はあまり好ましいものでは無いのだろう。
別に人当たりを良くするつもりはないからいいけど。
廊下を右に少し歩くと、地下に続く階段があった。
事前調査通りだ、さっそく降りる。
「……」
長い階段を下りていくのはめんどくさかった、1段目ですでにだるい。
石ころ形態になって転がっていこうか悩む。
しかしそうすると結構音が響くし、今の体が割れたら困るので我慢した。
そして最後の段を降りると、牢屋が3つ横並びにあった。
ガラス張りであり、大都市で見た”動物園"を思い起こさせる牢屋だ。
トイレとベッドは一応あるが、外から丸見え、使いたくはない。
真ん中の牢屋にだけは人がいて、堂々と男がベッドで寝てる。
あいつの顔は始めてみるが、誰なのかは知っている。
「スパイクのお父様ですね」
「……」
声をかけてみるが、スパイクの父は反応が無い。
ガラス越しでは声が届かないようだ、直接話すべきだろう。
牢屋は鍵で開けるタイプのドアがついている。
よし、これなら楽勝。
<形状変更>で、右手の人差し指の形を鍵穴に合わせて変えていく。
その時……
「やめて欲しいのぉ。その男は利用するつもりじゃから持ってかれちゃあ困る」
「あちゃ、バレましたか」
突如声をかけられ振り向く。
高齢の男が階段を下りてきていた、遠巻きに私を尾行してたらしい。
そんな彼が誰なのか知っている、村長だ。
……彼はスパイク一家を殺す決断をした責任者である。
スパイクの仲間をやってる私にとっては、つまり敵だ、
スパイク達が囮を務めてるとはいえ、敵がここに残っている事は驚く事じゃない。
どこかで陽動を仕掛けたって、戦力が全て集中するわけないのだ。
スパイク達の役目は、スパイクの父を助けやすくするために私が出会う敵を減らす事。
私が対応しなきゃいけない敵もいるのは、想定内。
「村長さんですね」
村長に自分から話を仕掛けていく。
「いかにもそうじゃが、お前は?」
「仲良く出来る相手なら自己紹介してもいいんですけど、違いますよね?」
スパイク一家を殺す決断をした彼と、助けようとしている私は相反する。
友好関係を築く事はほぼ不可能だろうが、一応会話だ。
「スパイクのてなづけたモンスターは生意気じゃの。人語まで解するとは……大人しく鳴き声をあげておればよかろうのに」
「……モンスターですか」
どうやら、私のことを村長はモンスターだと誤解してるようだ。
誤解される事はよくある、石の体を持つモンスターっぽく私は見えるのだ。
人間にはそうそう到達できない美しさも、人ならざると思わせる要素だ。
……誤解を訂正することは無い、それきっかけで相手がミスをするかもしれない。
「なぜ私がスパイクの差し金と考えてるんですか?」
「逆に聞くがの、"スパイクならともかく"として、スパイクの父をあやつ以外が狙いにくるわけなかろう。ここに来るヤツなんて限られとる」
「ふーん。ところで、なんで一人なんですか?最低限の警備をするにしたって少なすぎる」
「いいや?お前如きを殺すには一人で十分じゃ」
村長は随分自信に溢れている。
なんだこいつ?
それ程強そうな見た目では無いし、強力な武器を隠し持っているわけでもなさそうだけど。
……私の動揺を誘っているわけでもなさそうだ、この自信は何かに裏付けされている。
事前調査だと村長のスキルは結局判明していない、もしかしてかなり強力なスキルを持ってるのか?
ふと気づく、周囲の空気が若干色合いおかしい。
”白い”のだ、そして少しづつ白さが濃ゆくなってる。
何かしら色のついた空気が広がっている、私のような目聡さが無ければ気にならない程度だが。
……たぶんこの原因は村長のスキルだろう、徐々に空気を変化させることで私にバレないよう何か仕掛けている。
時間をかければかけるほど、村長の狙いが熟していく。
だが、私はそれを"あえて"放置して会話を続けることにする。
「やめましょう、私って高齢者と戦いたくないんですよ」
「おや、老体は相手に不服か?」
「はい、弱い者いじめって嫌いです。なんか気分悪いじゃないですか」
「安心せい、死ぬのは貴様じゃ」
一応は平穏な道を会話から探ってみてもいるが、やっぱ無理そうだ。
私個人としては、この村に恨みとか無いから戦わないで済むのが一番いいのだが。
「余生はもっと平和に過ごすべきでは?」
「ワシはこれまでに九人殺しとるわけじゃしのぉ。お迎え来る前にお前でキリよく殺しておきたい」
村長はこれまで九人殺したと、ニヤニヤしながら語る。
それが実際の人数かはわからない、脅しに数を盛っているかもしれない。
だけど、村長が人を殺しているというのだけは本当だろう。
実際に殺したヤツの言う”殺した”は、そうじゃないヤツとは違う、感覚でわかる。
「つまり、あなたバトルタイプの老人なんですね」
別に私にとって目の前の存在が人殺しだという事は、特別な事じゃない。
このご時世じゃ強盗から身を守るために人を殺す一般人もよくいる、だから村長が人殺しだからってビビったりしない。
……私だって殺人経験があるのだ、自衛とはまた違う理由だが。
しかし、敵が何人も殺してるとなってくればかったるい。
殺した数が多いやつ程、難敵だという傾向がある。
別に人を殺したからって強くなれるわけでは無くて、無能だと他者の命を奪う事が出来ずに死ぬからだ。
「さて石の化物よ。もう戦いは始まっておるのに気づいておったか?」
村長は偉そうに語る蛾、うん、気づいてた。
こいつはずっと空気をミルク色の霧で少しづつ包んでた。
結果、今は目の前の世界すら見えなくなってる。
「……何も見えませんね」
「じわじわと、貴様の体はむしばまれておったのだよ」
村長には返事しない。
形状変更で石ころ形態になり、鋭敏になった体で世界を感じ取る。
空気の成分は、水が妙に少ない……睡眠成分がある……コレはつまり……白いのは霧じゃ無くて睡眠ガスだ。
なるほど、村長の使うスキルは<睡眠ガス>か。
このスキルは結構有名だが、生まれつき以外で習得するのが難しい。そのせいで知名度と比べて使用者が全然いない。
村長がここで一人で待ち構えている理由は私がなんとなく想像してた通りだった。
一人で十分なのだ。
<睡眠ガス>スキルは仲間を巻き込んでしまうデメリットを持つが、屋内ならほぼ無敵である。
つまり彼1人で戦力として完結させておくのは、戦法として理にかなってるのだ。
普通の存在は村長に勝てやしない、この強力なガスの中で一呼吸したら即座に熟睡してしまうからだ。
そりゃ、村長もやけに自信満々になって当然だ。
彼が負ける可能性は、ガス系スキルと認識したヤツが息を止めて戦い始める程度。
そのリスクを、ガスの放出を気づかれない程度に微速でやってケアしていたのだろう。
まぁ私は呼吸してないから、全く問題ないけど。
なにせ私の体は石だ、肺や血管が無い者に睡眠ガスは効果ない。
声を発してはいるけど、肺や声帯を使ったものでもない。
彼は私をモンスターと誤認していたせいで、睡眠ガスが効くと考えてしまったのだろう。
石っぽいモンスターは、毒攻撃が通る。
連中の大半は外皮が石に近い成分なだけ、血管や肺等の生物的器官は存在しているのだ。
私の体は石そのものなのだが。
あぁ、相手の戦術を無効化したのを誇り、敵を煽りたい。
でも我慢だ、我欲に負けて無意味に隙を晒すってのは、負けに繋がる。
まだ勝ってはいない。
さて、あえて村長がガスを蔓延させるのを放置した事で二つアドバンテージを得られた。
まず一つは村長は私が眠りについたと誤解しているであろうこと。
この視界を覆う白は村長の視界も妨害している、私が眠ってない事に村長は気づいていないはずだ。
で、もう一つの有利なところ。
視界が悪い状況で、石ころ形態だと攻撃を受けにくい。
元から的が小さくて攻撃を受けにくい事と、視界の悪さの相乗効果だ。
あと、地面にかなり近く接してるから感覚が鋭敏になるのもあって、”足音”がよく聞こえる。
村長が近づいてきている足音がした。
私に攻撃しようとしてるのだろうか。
村長が睡眠ガス吸い込んで自滅してるって可能性も期待してたんだけどやっぱダメか。
こういう毒ガス系スキルは、だいたい使用者が耐性になるスキルを持ってる。
怠い、これから間違いなく戦闘になる。
本来私のスキルはタイマンなんてもってのほかだ。
私個人が優秀だから出来るけど、向いてはないのだ。
まぁ気合いを入れよう、嘆こうが怠かろうが村長は近づいてきてる。
さて、やっぱり村長は私が眠ってないのを認識して無さそうだ。
足音からしてゆったりしてて、悠悠自適さを醸し出している。
そしてじっくり時間をかけ私のすぐ傍まで来て立ち止まり……何かを振り上げたようで、空気の流れが変わる。
<形状変更>で、体の一部分だけを素早く伸ばし地面を叩きつける、その反動で私は飛ぶ。
間違いなく私が眠っていないとバレただろうが、こうするしかなかった。
先程まで私がいた場所で数度空を切る音がし、最後に床を叩きつけるような音が続く。
音からして、村長は武器を振ったようだ。
ガスで見えないから予想するしかないが、叩きつけた武器はたぶん打撃系。
つまりハンマーやこん棒といった私の苦手武器を村長は使ってる。
粉々に破壊されてかつ、近くに他の石ころが無いなら私は終わり。
そしてここ、地下で屋内で、石ころなんて近くに無い。
この体一つでどうにかせねば。
またしても足音が近づいてきた。
さっきと同じ方法で避ける、今度はギリギリだったらしく少し掠った。
あぁもう、狙いが正確になってしまっている。
次は直撃させられる。
そして、また足音が近づいてくる。
迷いが全く感じられないけど、焦りは少しありそう、荒い足音がこっちに真っすぐ来てる。
……村長の動きが速すぎる、向こうは視界が悪い中でも何らかの手段で私の位置を割り出せるようだ。
向こうだけ視界がクリアなのかもしれないと一瞬考えたが、そんなことはない。
彼は最初見当違いな方向へ攻撃を切り出していた、それは私の位置が正確にわからなかった証拠だ。
となってくれば、聴覚が良くなるスキルあたりを持っているのだろうか?
正確なところはわからないが、村長の感覚が鋭いのは事実。
なんにもしなければ、私は次の一撃を間違いなく食らうだろう。
そして私は死ぬ。
ちょっぴりプレッシャー、だが恐怖は薄い。
死と隣り合わせな状況というのは、慣れてる。
大丈夫、勝ち目はある。
村長は焦ってる、たぶん睡眠ガスが効かない存在が想定外だからだ。
それ故か、攻撃が雑で隙まみれだ、音でわかる。
ジリジリと詰まされる前に、私は攻める事にした。
村長の攻撃が来る寸前、形状変更で一部分だけを床に向かって素早く突き出す。
その反動で、村長から少し逸れて、跳ぶ。
そしてするりと私が村長の横を抜けるとともに、年相応に皺まみれな腕から鮮血が飛び出した。
村長がダメージを負う光景を視認したわけじゃない、だが研ぎ澄まされた触感と音だけでもそうなったとわかる。
蝙蝠が聴覚だけで世界を認識できるように、私は視覚以外の全てを使って世界を認識する。
……ちなみに先程村長に対して私がやった事は単純だ、己の体を攻撃仕様に作り替えて仕掛けただけ。
体の二か所だけを薄く長く広く飛び出させて、刃の羽を作ったのである。
その形態で飛び掛かり、刃で切りつける技こそ……ブレイドダイバー。
そんなに大した技ではない。
火力が低くて、動物の毛皮を貫けないし。
狙いがつけにくく、羽虫を打ち落とす事が出来ないし。
薄い羽を攻撃に使うから、鎧を着た敵に使ってもこっちの身がもたない。
これは人間相手を嬲る技。
この場面では最適だ。
液体が床に落ちて跳ねる音がする、状況からして、村長の血液音。
彼がどこにいるかの目印だ。
「セカンドダイブ」
再びブレイドダイバーを繰り出すと、村長の悲鳴が響く。
また当たった、おそらくは左肩をきりつけた。
私の体に異物がまとわりつく感触、血だ。
「サードダイブ」
そして三度目のブレイドダイバー。
この感触は……右足首を切ったらしい、しかも結構深く。
バランスを崩した村長が膝をついたようで、ドサリという音がする。
ブレイドダイバーはもう終わりだ、伸ばした羽部分を元に戻す。
これ以上連発すると羽が折れるリスクが一気に増大する。
トドメは別の技を使うべきだろう、私は<形状変更>で人型になった。
ただし下半身は作らず、上半身だけ。
そして腕でずりずり村長のいるあたりに這いずる。
あえて少しだけ、人に聞き取れないレベルの音を鳴らしながら。
「ひっ」
村長が恐怖に耐えきれず悲鳴が漏れた……やっぱり〈聴覚強化〉の持ち主か。
その音を頼りに一気に村長に飛び掛かり、両腕で首をロックする。
抵抗してくるが、無駄だ。
下半身を作ってない分パワーに私の力を回せている、力を入れるための部位を切られて全力が出せない老人なんて、簡単に拘束できる程に。
「や、やめろ……やめてくれ、殺さないでくれ」
村長は首を絞められ苦しそうながらも、命乞いをしてきた。
なんだ、人を殺すつもりはあったのに殺される覚悟は出来ていなかったのか?
何がなんでも生き延びてやるという泥臭さでも無く、コレはただ心が折れただけの命乞いなのだろう。
まぁそういう人は結構いるから別にいいし、私だって場合によっては恐怖に飲まれる事もあるだろうからべつに責めやしないが。
コイツ年の割に未熟だなー、とは思う。
「よし、教えてあげましょう」
「なにを教えるって?」
「……」
私の口から、勝手に言葉が出て来た。
わざわざ意味も無いのに講義してやりたいという、自己顕示欲があふれてる。
だが私の抱く教えてやりたいという感情は、上から目線なものだ。
優位に立って悦に浸りたいだけの行い。
自分より未熟なものを見て、ならばご高説してやろうという承認欲求の表れ。
頼まれたわけでもない、立場上もやる必要が無い。
別に、私の経験に基づいた認識や価値観が正しいってわけでもない。
なのに偉そうに物事について語りたくなっている、コレはあまりよろしくない。
しかしながら、やりたくなっているのは事実。
私も色々とストレスが溜まっているらしい。
無理に抑え込んで変なタイミングで漏れ出たら困るし、多少発散しておくか。
「あなたはたくさんの人を殺してきたと自慢げにおっしゃいました。たしかに戦いの場において、人を殺せるかどうかの差はあります。人を殺せない人間だと、攻撃に制限がかかってしまう分不利になりますから」
「……」
「でもね。何万人殺そうが、無敵になったと誤解してれば未熟なんです。人殺しなんてのは、やったところで偉くも凄くもない行為なんです。だって敵を上回る必要無いから」
「……ッ!」
「……私は10人以上を"殺した"事がありますし、そして300人以上を"倒して"きたんです。ではおやすみ」
「がぁッ!」
きゅ、と村長の首に圧力をかけるとアッサリ気絶した。
これでガチの殺し合いで倒した数は301人か、それとも303人かどっちかになった気がする。
カウントに興味が無くて数えて無いからわからない。
村長を殺さなかったのは、こいつに対する恨みなんて無いからだ。
スパイクを傷つけられはしたが、べつにあのガキがボコボコにされたからって私が激昂するほどの関係性も無い。
こいつは<水ひっかけ>スキルを持つという理由で人の家を焼いたが、べつに私は正義や公平を愛しても無いので知ったこっちゃない。
……さあ、スパイクの父親をとっとと助けるとするか。
全身人型形態になり、右手を鍵の形にする。
牢屋を解錠し、そして入る。
スパイクの父親はまだベッドで眠っていた。
さっき村長が出したガスは、この部屋にも入り込んでいたようだ。
とりあえず、スパイク父の頬をぐねりとつねる。
起きたってガスの効果ですぐ眠るんだろうが、それでも状況を説明しておかないと後々ややこしくなりそうだから。
そして男は起きた。
「スパイクの仲間です、助けに来ました」
「そりゃどうも、スパイクもこの村に来てるのか?」
「はい」
とんでもなくこいつは優秀みたいで助かる、一瞬でこの村の状況を情報察した。
<水ひっかけ>なんてスキルを持った子供、この位のじゃなきゃ育てようとしないのだろうか。
「俺はいいからスパイクを助けに行ってくれ」
「なぜですか?」
「俺のスキルは奪われてるんだ」
「……は?」
いきなり予想してない事を言われた。
奪われた?聞いてないが。
「なんかメチャクチャ強いやつに<転移>が奪われた」
転移。
私のスキルより多少レア度が下がるが、それでもかなり珍しいし有益なスキルだ。
<転移>を持っているだけで、勝ち組人生と言われる程。
そんなのが、奪われた?しかも強いやつに?全く知らない情報だ。
……こいつ"自分のスキルは、無効化された"ってスパイクに言ったらしいけど?
言葉遣いがおかしいこいつ、無効化されるのと奪われるのって全く違うんだけど。
「前スパイクと会った時に言っといてくださいよ!」
「あの時時間が無かったし、必要無かったんだ」
「必要が無かった?」
「だって敵は……奪った力を……使いこなせて……なか……」
スパイクの父親は眠った、ガスのせいだろうが私が怒りをぶつける寸前の丁度いいタイミングで寝やがった。
……あぁ、もう。面倒な事になった。
私は踵を返す、こいつはここに一旦放置だ、村の外に連れ出してる余裕は無い。
元々この作戦は成功率が低いものだったが、想定以上に余裕がないらしい。
今すぐスパイクのところに行かなければ、スパイクも、リンも、私も、こいつも、全員死ぬ。
目的はなにも果たせず、ただ全滅するだけになってしまう。
「クソが」
私は走りながら呟いた。
後書き・補足。
<転移>について~
目的地までワープ出来るスキルのこと総称して<転移>と呼ばれている。
このスキルは持ち主によって若干性質が変わるのだ。
発動条件や移動できる距離、等々が様々
研究者にとっては厄介なスキルで”記録にあるA氏とB氏のスキルは違いすぎるし、両方とも<転移>って呼ぶのおかしくないか?”みたいな議論を呼ぶ時がある。
スキルについての研究はまだまだ発展途上




