表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

終わりからつなぐ新たな始まり

 一回戦で半分以上のチームが脱落しちゃったけど、アリーナ席がガラガラになることはない。せっかくだし、みんなの演技も観ていきたいもんね。

 八チームに絞られたところで、ここから先はキッチリ個人戦。一つひとつの舞台の注目度も爆上がりだー。

「それじゃあ、佐々木さんはいつでも出演()られるように準備しておいてね。ここからは抽選順なのでしょう?」

 先生は笑顔で促すけれど……由香の表情はガチガチだ。

「はい。……千夏から受け取ったバトン、私が落とすわけにはいきませんから」

 けれども、渡したほうは気楽なもの。口元を緩ませ、肩を叩きながらにこやかに言う。

「ま、そんな気負うことないって。楽しんでこーよ!」

 ニコっと笑ってくれるだけで、ちょっと肩の力が抜けちゃう感じ。さすが千夏、こういうの得意だなぁ。

「自分が通ったからって強気ね」

 と、由香は皮肉で返しながらも。

「……ま、ここからはしくじっても最後まではいけるし」

「そーそー、その意気で!」

 場が和んだところで、由香はキャリーを引きながら更衣室へと向かうために腰を上げた。これに、『総合』の舞先輩も続く。ここから先に途中脱落はないからね。各チーム、本腰を入れて準備を始める感じだ。加えて、千夏や高岸姉妹も由香のお手伝いのために同伴。『衣装』の競技は特に準備が大変だから、手伝ってくれる人が必要だ。

 けれど――いざ更衣室へ発とうとしたところで、由香が小さく呟く。

「しくじるつもりなんて微塵もないけどね」

 その言葉は重く、本人だけでなく他のみんなにまでビシっと緊張が走る。由香、いつもどおり……頑張ってね……!

 ちなみに、星見野も天峰堂も、当然のように一回戦を通過してた。くぅ~、まさに強豪ぞろい! 夕鶴ちゃんは『では、わたくしはお手伝いがありますので』なんて言って、とっくに自分のチームに戻ってる。うん、あの部室で見たびょんびょん……やっぱり、着るの大変なんだなぁ……

 と、まあ、『衣装』の人たちが頑張って用意してる間、私には重要な任務が控えている。それは……発表順のくじ引き! 初っ端とかプレッシャーだけど、最後も最後でやりづらいよねぇ……。真ん中……より、少し前あたり……? まー、狙って引けるものでもないけど。

 二回戦目ともなると八チームしかないわけだから、別段行列ができるようなこともない。ホールの一角――本部の中は段取りとか音響機器の準備とかでいろいろ忙しそうだけど、その外側はあっさりしたもの。

「すいませーん……抽選に来た蒼暁院ですー」

 なんて、邪魔にならないように声をかけると、思いがけず現れたのは……あれっ?

「はい、抽選ボックスはこちらです」

 と取り出してくれたのはまさかの佑衣先生!

「あっ、初心者体験会の……!」

 思わず声に出すと、

「もしかして、受講してくださった方ですか? ありがとうございますー」

 さすがに私のことは覚えてはなかったみたいだけど……まさか、ここまでガッツリ大会に噛んでいたとは……。そういえば、開会式で『全国ストリップ協会』って言ってたし、そこの会員だと考えれば違和感ない。……ストリップ協会かー……。私も入会できるのかな? ちょっと調べてみようっと。

 ちなみに、順番は四番目だった。これって、結構いいポジションなんじゃない?

 ということで、私は意気揚々と凱旋。「桜先輩、さすがっすわー!」と盛り上げてくれたのがかがりちゃんだけだったのがちょっと寂しかったけど……でも、そのあたりでちょうど由香と舞先輩も戻ってきてくれたから、私のテンションも爆上がり!

 おおおおおっ! やっぱり、衣装の競技は派手っ派手だー! 鮮やかなヒマワリの花が連なるように配置されたワンピースは、普段の由香からは想像できないほど華やかで、まるで太陽の光をそのまままとったみたいだ。本人も少し照れくさそうにしながらも、口元にはほんのり笑みが浮かんでいる。華やかすぎて落ち着かないけど――それでも、不思議と気持ちが明るくなる。そんな心境がにじんでいた。

 一方、舞先輩は……うん、いつもの黒いやつ。まったくもって平常運転。それだけに、何を歌うのかもわかってしまう。だからこそ――普段、ステージで見ている姿をこうして間近で見られる、というのはやっぱり感動ものだなぁ。

 他のチームの選手たちも……わー……何というか、ジャージの集団の中にぽろっときらびやかなメンバーが屹立してるもんだから、際立つなぁ。どうやら天峰堂はダンスフロアを挟んで反対側。星見野は右側にいたみたい。

 さて、ここからはひとりずつのストリップショー。まさに、ダンスの発表会って感じだ。

『一番、奏楽学園高等学校――』

 アナウンスに呼ばれると奏楽の選手がスススっとフロアの中心に立ち……客席に向けて頭を下げる。おお~……マーチング・バンド的な、シュっとしたデザイン。それに……トランペット持ってるよ! たしかに、電源を使ったギミックは禁止だけど、楽器なら小道具として認められてるもんね。

 そして、吹奏学園だけに、それは小道具に留まらない。脱いでは演奏し、脱いでは演奏し――全裸でトランペットを吹く様子には、女神が人間たちを鼓舞するような力強さを感じる。これは……初っ端からインパクト強い……!

 そして、二番目は……わー、星見野かー。綾ちゃんの衣装は……うん、森をイメージしたドレスから、滝を思わせるスリップ。そして――おお、森の裏面は海になってたんだ。それを足元にたゆたわせることで、見事に星見野の大自然を表現してる。最後は……ふふ、星見野名物・星見野音頭を華麗に組み込みながら――決めポーズは……あれって、もしかして……美咲ちゃんの銅像の……? これは……おおお……すごい……見事に星見野のすべてを詰め込んだ、って感じだ……!

 そして、三チーム目も終わり、四チーム目はついに由香の出番……! ちなみに、曲は文化祭に引き続いて、舞先輩のコネで作ってもらったもの。夏の明るさから秋の切なさが静かに表現されている。ひまわりのワンピースはただ脱ぐだけじゃない。それぞれが小さなパーツに分かれてるから、少しずつ崩していくと、ちょっとずつススキが顔を出してくる仕組みだ。

 由香のダンスはまるで流れるようで、キレイ。けど……どこか迷ってる感じがする。千夏たちは嬉々として見入ってるから、私だけが感じているのかもしれない。

 けれど……その原因が何となくわかってきてしまった。やっぱり……お尻を見せるときはスカートとセットがいいんだ。この大会ではあんまり奇抜なことはやらないほうがいい。千夏のアレだって、起死回生の一手であって、アレで通るかどうかは冷や冷やものだったもん。

 もし、それを二回続けて――二番煎じともなれば、さすがに許されない。けれど、由香はやりたがっている。でも、やるわけにはいかない――そんな板挟みの中で揺れてるんだ。

 ヒマワリの夏が終わればススキの秋。そして、それさえも枯れてゆく冷たい季節――そんな中で――由香はふわりとスカートを裏返して――あれ? これって練習じゃ見たことない振り付けのような……? その裏地はちょっとくすんだ色合いをしていて、それを背中に通すように両手で持つと――わぁ、まるでお尻に雲がかかったみたい……! その瞬間、胸の奥がぎゅっとなった。ああ、これが由香の見せたかった世界なんだ……このときになって――千夏もようやく気づく。由香が本当にやりたかったことに。

 演技が終わって、由香が帰ってくる。けれど、その顔に浮いた様子はない。

「……なんか、ずっと調子悪そうだったけど……ごめん」

 千夏が謝る。……やっぱり本調子じゃないってのは気づいてたんだ。しかもその原因が――スカートから覗くお尻のチラリズム――そのスタンスを、千夏が――悪くいうのなら、取ってしまったことだって。

 由香はちょっとだけ驚いた表情を見せたけど……すぐにふっと柔らかく微笑む。

「……最初からやるつもりはなかったわよ。これは、競技としてのストリップなんだから」

 けど……どうかな……? もし、先に千夏がやってなかったら、きっと――

 けどここに、舞先輩がひょいと覗き込む。

「プロの舞台なら、好きなように脱げる」

 軽く言っているけれど――やっぱり舞先輩は、どこまでもプロ・ストリップ・アイドルなんだなぁ。

「……考えておきます」

 プロと競技――どちらにも、どちらの面白さがある。今回は、競技として競い合うからこその制約……なのかもね。


 その後も次々と発表は進んでゆき……ほう、最後が天峰堂かー。現れたのは衣装担当のひかりさん。黒を基調とした衣装で、レザーのような質感の生地に、金属の装飾が散りばめられている。鋭角的なラインと無機質な光沢が、どこか禍々しさを漂わせていて……ひかりさんの柔らかいイメージとはかけ離れてる気がする。だからこそ、ちょっと違和感。なお、孔雀みたいなびょんびょんは背負っていない。

 ただ、曲調も暗くて、振り付けも苦しそう。……あっ、さっきから変だと思ったら、両腕が衣装に縛り付けられてるんだ! その状態で、身体をうねらせたり、髪をなびかせたりして……す、すご……っ。こんなダンス、初めて……! これはまさに、天峰堂だからできることかもしれない。私たちはずっと、衣装として踊りやすいような工夫ばかりを考えていた。なのに、逆に、“踊りにくい衣装”を打ち出してくるなんて。それでも、しっかりと美しさを保ってる……! こうした“負の要素”すら武器にできるのが、体育大学の附属校の底力ってことなのかも……!

 そして――おおおおお……っ!? 黒い生地がズルリと落ちると……会場中に、拍手に似た溜め息があふれる。中から現れたのは真っ白な下着と……真っ白な羽根!? あっという間に客席に感動の波が広がってゆき――わー……っとホール全体が明るくなった。こっちのほうがひかりさんっぽいよね。だからこそ、しっくりくるし……両腕も解き放たれて、まさに本領発揮!

 けれど、その羽根がバラバラと崩れていき……下着をすっ、すっ、と流していく。けれども、そこにさっきまでのフワフワ感や儚さはない。その足取りは、むしろしっかりと力強くて――つまりは――自立――

 それで気がついた。天峰堂のテーマは……二十一世紀――管理社会による束縛から、自己責任社会の自由――けれども、最後は責任が伴う――そんな想いが表現されてたんだ……!

 なんというか……これ、天峰堂の圧勝じゃない? ギミックの奇抜さ、美しさだけに留まらず、それに見合ったスキルの高さ――テーマ性――あわわわ……強すぎる……!

 それは誰もが認めるところで、会場中にどんよりした空気が広がってしまった。それは、私たちまで。

「み……みんな……元気出していこうよ! ほっ、ほら! 最後には『総合』も待ってるし!」

 それこそ、舞先輩の本領発揮の大舞台! というか、あのきらびやかなストリップ・ライブが八人連続って、それだけでもすごくない!?

 なんて、みんなを盛り上げようとしてたんだけど……スッと立ち上がったのは……あ。

「その前に、私の『即興』がありますけどね」

 ニコッと微笑まれて……ゾッとした。

「すすすっ、すいません……っ! 『即興』もめちゃくちゃ楽しみですよ!?」

 もちろん忘れてたわけじゃないですから……怖い笑顔を向けるのやめてくださいーっ!

「……いえ、私も楽しみなのですよ。一体どのチームが……我が校が追い上げるための礎となっていただけるのか」

 この笑顔……翔子さんが乱入してきたときみたいな感じの……!? 会長さん、逆境に強すぎない? てか、華やかな『総合』の前に地獄を見せる気マンマンじゃん!

 その犠牲者となるのは……どうやら『即興』の組み合わせはここまでの順位をもとに組まれているらしい。一位と八位、二位と七位……って感じで。つまりは……天峰堂当たるところが現在最下位……の可能性が高い……ってこと……? 会長さんには翔子さんへの雪辱を果たしてほしいところだけど、最下位だったら嫌だなぁ、という複雑な思いもあり。

 なお、対戦順については『衣装』の出演順を加味して大会側で決定するとのこと。一試合目は、『雪島高校』と『九州南女子高』……おおっ、南北対決ってするー!

 学校名で呼ばれて、お互いダンスホールの中央で向き合って……一礼。何だか、とても武道っぽい。

 そして、流れてきたのは……ふむ、ピアノ曲だけど、聴いたことがない。まあ、この大会のためのオリジナル曲なので、当然なんだけど。

「これ、自分がノれる曲が来たら勝ちじゃね?」

 後ろの席で、千夏がぼやく。まあ、そういうのが有利に働く一面はありそうだけど。

「ここまで徹底するなら、メトロノームでも流してればいいのに」

 由香がぼそっと呟く。何だか、納得いってないみたい。これに、私の隣の席から舞先輩が事情を説明してくれる。

「この大会は、ストリップを広める意味もあるから」

 そんな基礎練習みたいなリズムのダンスを見たいの? ……と舞先輩は言いたいのだろう。まあ、確かに技術は測れるかもだけど……ショーとしては無機質すぎるよねぇ……。服装がジャージ推奨なだけになおさらだ。

「せやったら、ジャズみたいに演奏も即興にしたらいかがです?」

「お互い、自分の選手が得意なジャンルに引き込む勝負になりそう」

 面白半分に提案してみたかがりちゃんだけど、奏音ちゃんが即座にツッコミ。

「それってつまり……対バン、ってこと……?」

 いや、対バンってそういうことじゃないから、静音ちゃん……

「むしろ、そっちのほうが対バンっぽくね!?」

「なんかもう、何を競う競技なのかわからなくなってきたわ……」

 千夏が変なところで食い気味になってるけど、なんかもうカオスすぎて、由香はついていけなくなってる。うーん……音楽とダンサーが一丸となって戦う団体戦……やりようによっては面白くなるかもなー。

 ちなみに、楽曲の指針みたいのは公式ページで発表されてる。BPMは一〇〇~一二〇で、十六小節ごとにターン交代。それを交互に三ターンずつ繰り返すので、ちょっとしたイントロを含めても全体で三~四分くらい。ちなみに、ターン交代してから次のターンまでの三十秒くらいは同じ姿勢で待たないといけないみたいなので、凝ったポーズを決めると、ある意味詰む。

 さてさて、先行は……雪島! ピアノ曲に合わせて無難に踊る。初手も初手だし、脱衣もないしで完全に様子見。そして、対する九州南も……むぅ、こういうのは、相手を無視してもいけないし、はっちゃけすぎてもいけないし……初手が地味だと、受ける方も地味に対応せざるを得ないというか。

 けど、ここからは地味じゃいられない! 雪島のコはジャージの前を下ろしていって……うーん、シックな感じで攻めるなぁ。これに対して、九州南は……お、意外とキビキビした感じかも。

 お互い、ダンスとしての振り付けや、ストリップとしての魅せ方でちょっとずつ違いを魅せていく。ふたり共同で作っていくステージって感じするなぁ。

 パフォーマンスが終わると、ふたりは再び一礼。そして、客席に対しても。まるでペアダンスみたいな一体感があったのに、向かい合って競ってるという緊張感もあって――ひとつのステージを創りながら、火花を散らす。そんな不思議な競技だったよ。

 そして次は――

『二試合目は……先攻、蒼暁院女子高等学校――』

 おおっと、早くも私たちの出番だよ。そして、その相手は――

『――後攻……天峰堂体育大学付属女子高等学校』

「ええええっ!? 天峰堂とーーーっ!?」

 これに、会場中に残念な空気が流れる。千夏と由香も申し訳なさそう。ま、まぁ……ここから盛り返していけばいいし! というか、天峰堂が一位とも限らないし!

 けれど、このカードに会長さんは……これまでにないような闘志を漲らせてるーーー!?

「追い上げつつ、相手を叩き落としてやれば……ふっ、手間が省けましたね」

 ひぇっ!? 完全にヤる気だ……! そう、この競技は採点によって対戦相手との勝ち負けを決めるのではなく、対戦相手はあくまでパートナー。そのうえで、全体を見て一位から八位までを決めていく方式だ。会長さん……自分が一位を目指すのは元より、天峰堂を八位に落とすつもりなんだ……怖い……

 これは、翔子さん大変そう……と思ったら――

「あれ? あれぇ……?」

 翔子さんじゃなくて、見知らぬ女のコがホールで向かい合ってるよ。二度目ともなると、さすがに驚かなかったけど。

鉾名(ほこな)真琴(まこと)先輩……一対一の戦いにおいて、天峰堂にあの方の右に出る者はおりません」

 夕鶴ちゃんが静かにやってきて……由香が席を譲ってくれた。会長の席が空いたからそっちに移動する形で。

「はぁ……ここでも実力主義かー……」

 夕鶴ちゃんは座りながら、ニコリと微笑みで返す。

「ただし――」

 って言いかけたそのとき――試合が始まった!

 真琴さんは、翔子さんと違ってすごくしっとりした感じ。髪も長くて……って、いや、長すぎでしょ!? お尻の下までありそうだもん! 前髪も長いし……ジャージって衣装も相まって、何というか……引きこもり? みたいな……

 楽曲は……明るくてポップ。なのに、真琴さん……なんでこんな物悲しいの!? まるで……教室の片隅で声も出せず、ただ存在を消そうとするように膝を抱えて――そんな切なさが漂ってる。これには……つい声をかけたくなるような……。それを、後攻としての立ち姿勢だけで醸し出してくるんだから、やっぱり天峰堂の選手は半端ない。

 けれど、会長さんは……さすが、ブレないなぁ。淡々と自分の振り付けをこなしている。……ん? 淡々と……?

「構うにせよ、無視するにせよ、意識せずにはいられない……それが、真琴先輩の武器、ですわね」

……ぬはっ!? 夕鶴ちゃんに言われてわかったよ! なーんか変だと思ったら……古典ストリップならではの色気が損なわれてる!? そ、そりゃー……傍であんな佇まいされてる隣でウッフンしてたらアホっぽくなっちゃうから……! あわわ……これじゃあ、会長さんの武器が使えない……!? 見方によっては、一回戦目と同じような淡々としたスタートともいえる。けど、会長さんならジャージを着てても色っぽくイケたはずのに……!

 一方、真琴さんのほうは……うわ……すっごく綺麗で……それでいて、真に迫る感じ……。まるで、暗い地の底から光の差す空に向けて手を伸ばすような……

 そして二ターン目、真琴さんからのたすきを受け取った会長さんは――

「ぇ」

 夕鶴ちゃんから、信じられない、といった吐息が漏れた。会長さんは、ズッ、と勢いよくジャージの前を開くと、バンッ、と胸を突き出して――それはまるで、どうにか地上へ這い上がってきて、崖っぷちまで届いた真琴さんの手を踏みつけるような所業……!

 見ている私たちでさえ呆気にとられてるんだから、一緒に踊ってるほうはもっとだろうなぁ。とてもつらそうな表情でどうにか引きずり込もうとするけれど――会長さんの動じなさは凄まじい。相手を弾き飛ばすようなスウィングとターン、そして、一切の情けも手心もなく、決闘を申し込む手袋のように地面に叩きつけられるブラ――うわーお、そうだった。こんなことで手心を加える会長さんじゃない。『お前が立っているのは地の底などではない。ここは、戦いのリングだ』――そう告げた上で――そこに上がってきた以上、完膚なきまでに“擦り潰す”……!

 真琴さんには反撃の手立てがない。だって……ああいう悲壮感あふれる抵抗こそが、会長さんの“大好物”なのだから……!

 ダンスホールはみんなザワザワ。けれども、みんな会長さんに見入ってる。中でも夕鶴ちゃんは……まるで、真琴さんの心境を代弁しているみたい。

「あ、あの方……大丈夫ですの!? あんな無慈悲な……まさに恐怖政治そのもの……!」

 初めて見る人には驚愕かもなぁ……。実際、お互いの学校でスパイを捕まえたときの対応の差がはっきり出てる。スポーツマンシップとか、そういう話じゃない。これは紛れもなくお互いの存亡を懸けた……戦場……!

 会長さんは、古典ストリップで勝負する、と言っていたけれど……たぶん、真琴さんの出方を見て、気が変わったんだろうなぁ。だって、こっちのほうが“会長さんの得意分野”だし。

 このふたりのステージは……変な意味で噛み合ってしまった。終始圧倒する会長さんと、それを引き立てる真琴さん……のような関係で。

「美結ちゃん、フルマーク」

 ボソっと呟く舞先輩に、私が思わずビクッとしちゃったよ! けど……やっぱりそう思う?

「……相性が最悪でしたわね……」

 それは、夕鶴ちゃんも認めるところみたい。けど、これで……私たちも天峰堂に一矢は報いれた感じかな?

 ちなみに、第三試合は星見野の凛ちゃんで、まるで『せんとーく』のような和気藹々とした雰囲気でまとまっていた。蹂躙するような大虐殺のあとの和みステージ。まるで別世界に来たみたいだ。両極端すぎて甲乙はつけがたいけど……私はこういうほのぼのとしたステージのほうがいいかなぁ……


 そんなこんなで、ついにやってきた最終種目……『総合』……! 歌って、踊って、魅せて、脱ぐ! いよいよ、今日一番の見せ場、花形競技の時間だよっ! これはさすがに『チームのみんなと応援したいので』と言って、夕鶴ちゃんは天峰堂のほうに戻っていった。

 出演順は『即興』の間にくじ引きが行われていて……舞先輩は堂々の八番……つまり、大トリ! もちろん、そこにプレッシャーなんて感じている様子はなくて、『自分なら当然』『むしろ引きがいい』――くらいの顔をしているのが、やっぱり舞先輩らしい。

 試合が始まってみると……なんというか、みんな活き活きしている。思い返してみると……競技としてのストリップって今大会が初めてで、みんな手探りで準備してきたところがあった。一方で、『総合』ってのは、すでにあるストリップ・ライブが下敷きになってるから……星見野の澄香ちゃんみたいなアイドルに詳しい人なら、その存在は知っていたし。すでにあるのなら、方向性は見えてるもんね。一番手も、二番手も、堂々と歌って踊って脱ぎきった。あー……ふたりとも可愛かったなぁ。これまでは分析するような目で見ていた由香も、ここぞとばかりに鼻息フンフンいわせながら完全に観客モードに入ってるよ。

 そして、三人目は……おお、ついに出てきた……天峰堂の澪主将! ふむふむ、ふわっふわの白いフレアスカートに、淡いパステルブルーのブラウス……そして髪は――あれ、あの髪型、ウルフカットだったはずじゃ……? でも、今日はゆるく巻かれていて、毛先にかけてふんわりと広がってる! 光沢のある淡いピンクのリボンでハーフアップにまとめられてて、まるで柔らかな風をまとった妖精みたい……!

 元々の凛々しさからここまで可憐に見せられるなんて、やっぱり実力派は違うなぁ……って、思わず見とれちゃうよ……! もはや主将というより、“澪ちゃん”って感じの完璧なアイドルに仕上げてきている。けれど、背筋はすっと伸びていて、目線もまっすぐ。柔らかさのなかに凛々しさが溶け込んでいて、自分の持ち味をちゃんと活かしているのが伝わってきた。

 そして、そのステージはいかに……?

「その胸に~抱きながら~……♪」

 ほぉ~……歌は専門外かと思ってたけど、やると決めたらしっかり仕上げるなぁ。そして……その脱ぎっぷりは極めて健全。衣装に比べると下着の飾りは控えめ。うん、それを踏まえたうえで――

「その身、全力でぶつけて――♪」

 ガッチガチの恋愛ソングではなく、苦しいときの応援歌で勝負してきてる。ドレスを着てたときは可愛く『頑張って!』な感じだったけど、それを脱いだら『一緒に頑張ろう!』って雰囲気に変わる。そして、最後は裸一貫で『私が支えてあげるから』みたいな力強さ。ひとつの曲なのに、その姿、その振り付けだけで表現を変えてくるのは……むむむ、ダンスとしての経験値なのかな。

 一方、五番目だった優菜ちゃんは王道のストリップ・ライブ! Nya-oX(にゃおっくす)のかなこんさんのソロ曲『ふしぎ?こんなぎ☆マジカルこんこん♡』でしっかり決めてきた。

「こんこん! キラリン☆ 開運チャージ♪」

 キツネのつけ耳とつけ尻尾がとっても可愛い!

 ストリップ・ライブって、既存曲をカバーするだけでも、本家とは違った魅せ方になるから、そういうところ、私は好きだなー、って思ってる。だって、全裸にキツネ耳とキツネ尻尾って……なんか、本気で降臨してきたお稲荷さん、って感じするもん。ちなみに、尻尾は尾てい骨のあたりにしっかりと貼り付けられてるよ。根本、ちゃんと見えてるから。大丈夫。

 そして、ついに――全国大会最後のステージ――舞先輩の――曲はもちろん、『My Gambit(マイ・ギャンビット)』――!

 けど、曲が始まろうとするその瞬間――


「桜!」


 えっ!? 呼ぶと同時に私の手首をガッシリと掴んでいるのは……てっ、天峰堂の……誰!? 夕鶴ちゃんとは明らかに違うけど……

「ちょっ、えっ? なになに!?」

 そのまま席から連れ出されちゃった! なんで? どういうこと!?

 混乱していたんで少し反応が遅れてしまったけれど――

「さ……紗季……!?」

 なっ、なんで紗季がここに!? というか、何が起きてるの!? 私の腕を引いて……ホールを出てもズンズン引っ張られて……そのまま階段を駆け上がっていく。ひたすら上へ、上へ――そして、最後の扉を開けたその先――視界が一気に開けて、冷たい風が肌を撫でた。ここってもしかして……屋上……? 白く光る雲、遠くに見える市街のビル群、そして、どこか非現実的なくらい澄んだ青空。なのに、なのに――紗季の雰囲気は、その空の下で異様なほどに張り詰めていた。耳元で束ねたふた房の髪がふわりと風になびかせて。

「えーと……私、舞先輩の応援したいんだけど……」

 いまから戻って間に合うかなぁ……? なんて困り果てている私に――

「そんなの関係ない!」

 ……え?

「舞先輩とか、学校とか、大会とか……そんなもの、みんなどうでもいい!」

 その声は、絞り出されたようにかすれていて、それでもはっきりと怒りを帯びていた。

「紗季……?」

 私は、思わず呼びかける。でも、その瞳は、何ひとつ揺らぐことなく、私をまっすぐに射抜いていた。

「ねぇ、桜、手紙のこと、誰が出したかわかってるって言ってたわよね」

 あ、あのときの……?

「う、うん……けど……あれは、もう……」

 正直、あの出来事は心の奥にしまっておきたい。だって、舞先輩はもうステージに上がっている。だから、もう解決したんだって、納得していたのに……

 そのとき――紗季は静かに、ふたつに結ばれていた自分の髪に手をかける。そして、ひとつ、ほどき、もうひとつもほどいた。

 ふわりと広がった髪が風を受けて空に揺れる。

「わかっていたなら……何で逃げたの……ッ」

「え? え?」

 突然の展開に私の思考は完全に追いつかない。

「紗季……さっきから、何を言っているの……?」

 いつも私の考えの及ばないところを紗季は走っているけれど、今回はそのなかでもダントツだ。

「それに、何で……天峰堂のジャージを……?」

 自分で尋ねながら、声が震えているのがわかる。もしかすると……最悪の答えを聞かなくてはならなくなるかもしれないから。

 けれど、紗季はそんな私の怯えさえもキッパリと切り捨てる。

「そんなの、どうでもいいじゃない」

 何故ならば――

「これから、これから脱ぐのだから。貴方も、私も」

 そして――眼鏡を外しながら、紗季は言った。

「私とここで勝負しなさい!」

「ええええええええ!?」

 あまりにも突飛な宣言に、私は思わずその場で跳ね上がりそうになったよ! 何で? 何でここで?

「貴女は何故ストリップを踊るの?」

「え……?」

 紗季の言葉が私の胸を強く貫いた。

「貴女が舞先輩に固執していることはわかる。けど、だったら観る立場でもいいじゃない」

「それは……」

 言葉が出ない。確かに、私のストリップの原点は舞先輩への憧れ。でも、だからって、それだけが理由じゃない。

「だから桜、私が勝ったら、貴女はストリップを辞めるのよ」

「な、何で!? というかココ、外から丸見えだし……!」

 何しろ、紛れもなく屋上だ。周囲には遮るものがほとんどなく、遠くには無機質な町並みが続いているというのに……こんな場所で!?

 でも、紗季はためらいも見せずに唄い出した。

「型にはまれない私たちだけど~♪」

 ――それは『今だけのドレス・フリー』――文化祭でストリップ部が披露した楽曲――でも、紗季は部員じゃない。歌の練習も一緒にしていないはずだ。それなのに――紗季は、私の前で歌い、踊っている。完璧に、覚えて。

 何故? どうして――?

 でも――すぐに気づいた。これは紗季なりの叫びなんだって。

 抑えきれなかった想い。ずっと言えずに飲み込んでいた何か。

 そのすべてを――いま、私にぶつけてきている。

 私はその姿を目の前にして、嬉しくて――つい胸が熱くなってしまった。

 これまで、徹底してストリップに対して距離を置いてきた紗季が……初めて歩み寄ってくれたのだと思うと……!

「……紗季……」

 私も自然と、足が動き出す。

 ――ストリップ――それは、私がずっとやってきたこと。紗季がやらないと決めていたこと。

 でも、いま紗季は目の前で踊り、脱ごうとしている。だったら、私が応えないわけにはいかない……!

 紗季のリズムに合わせ始めたそのとき――ふと、私は昔のことを思い出す――


       ***


 ――あれは、小学校の卒業遠足の直前だった。

 放課後の教室、夕焼けに染まる窓際で、私はある男子に告白された。

「中学になったら、遠くへ引っ越すんだ……。だから、最後に思い出を作りたくて。卒業遠足、遊園地で一緒に回ってくれないか?」

 彼のことを、特別好きというわけでもなかった。でも、嫌いでもなかった。

 それに――これが最後になるなら、断るのも申し訳ない気がした。

 だから、「うん」と頷いた。

 でも、その約束が、大切な誰かを深く傷つけることになるなんて、当時の私は思いもしなかった――


 遠足当日、先に約束していた女の子のお友だちにはごめん、って連絡を入れて――私はその男子と一緒に回った。とても親切にしてくれたし、楽しかったけど……並んでる間もどこかぎこちなくて。やっぱり、いつものみんなとのほうが楽しかったかも、なんて、申し訳ないことを考えていた。

 けれど、お昼ごろ――ふたりでベンチに座ってお弁当を食べていたとき――一緒に行動する予定だったグループが通りがかって――少し離れていたから、気がついたのは紗季だけだったと思う。けれど、その表情は――あの頃はまだ眼鏡をかけていなかったから、その目がはっきりと見えた。まるで、信じられないようなものと直面してしまったかのような――


 仲直りするまで、何ヶ月もかかった。

 それでも、あのときの紗季の顔は、いまも脳裏に焼きついている。

 耐え難いほどの寂しさに震えるような、あの瞳を――


       ***


 ――そしていま、目の前で踊る紗季から、あのときと同じ気迫が伝わってくる。

 それを蒸し返そう、ということではない。

 ただ、この戦いからは逃げられない――逃げちゃいけない――それだけ大切な――そういう勝負なんだ。

 あのとき、私ができなかったこと――

 紗季の気持ちを――今度こそ受け止めたい――!

 そう思った瞬間――


「ここにいた! (サク)!!」


 そのとき、屋上の扉がバァン! と大きな音を立てて開かれた。そこから勢いよく飛び込んできたのは千夏! そして――

「そっ……蒼暁院と天峰堂が同点一位になったみたいで……」

 由香が、息を切らせながら状況を告げる。

「これから、追加試合で……『即興』の直接対決で優勝校を決めるって!」


 ……え?


 えええええええええ!?


 私がいない間に、とんでもない状況になってたみたい! でも、それを聞いても、紗季は眉ひとつ動かさなかった。ただ、強い意志を宿した瞳でまっすぐに私を見つめ――そっと目を伏せると、静かに背を向ける。

「……これ以上は言わないわ」

 そう言い残し、階段のほうへ去っていく。その空気に、千夏や由香、かがりも圧倒され、ただ道を開けるしかなかった。

「……そう、紗季だったなんてね」

 由香がぽつりと呟く。席でのことは本当に一瞬だったから……見間違いだと思いたかったのだろう。

 けれど。

 誰がどの学校とつながっていたとか、そんなことは関係ない。

 いまの私には、あふれてくる感情がある。

 それが何なのか、言葉にするのは難しい。

 でも――でも、ひとつだけわかっていることは――

「ごめん、みんな……」

 はっきりとした声で、私は告げる。

「本当に、いまさらなんだけど……ひとつだけ、ワガママ言っていいかな?」

 そうして、私はみんなの顔を見回す。

 すると――

 千夏はニヤリと笑い、由香は小さく頷き、かがりちゃんはやれやれと肩をすくめる。

「むしろ、ずっとよく我慢してきたわ」

 奏音ちゃんの静かな声が、力強い思いとなって私の心に染み渡る。

「いままで、私たちを支えてくれて、本当にありがとう」

 静音ちゃんが、ふわりと微笑んだ。

「鈴木先輩が行かずに、他の誰が行くんですか」

 佳奈ちゃんの真剣な瞳が、私の背中を押してくれる。

「わかっていましたよ。実力のあるあなたが、私に道を譲ってくれていたこと」

 会長さんのその言葉に、胸が熱くなる。そんなふうに見透かされていたのか――でも、この戦いだけは譲れない。

「けど、それでこそ桜先輩ですからねー」

 かがりちゃんの軽やかな声が、冗談めかしながらも温かい。

「いまの紗季と向き合えるのはあなたしかいないわ」

 由香の力強い言葉が、私の心を支えてくれる。

「勝ち負けは気にしないでさ、やりたいようにやってきなよっ!」

 千夏の声が、一番明るく響いた。

「うん、ありがとう……みんな!」

 言葉にできない想いが、胸の奥で膨らんでいく。私は、もう迷わない。みんなの期待を背負い、私は決戦のフロアへ向かって走り出す――


 階段を駆け下り、踊り場を回ったところで、下の階に夕鶴ちゃんが立っていた。

「我が校は完全実力主義。真琴先輩は、確かに天峰堂では最強の即興選手でしたわ。ただし――」

 夕鶴ちゃんは静かに微笑んだ。少し憂いをにじませながら俯くと、階段の端へと身を寄せる。

「“天峰堂の生徒の中では”、ですけれど」

 その言葉に、私の心は静かに燃え上がる。紗季は、思いつきや衝動で事を起こすことはしない。ずっと――ずっと前から、それこそ、きっと、私がストリップを始めたときから、ずっと――

 だから――

「……うん」

 その紗季と、想いをぶつけ合える――軽やかな気持ちで戻ってきた。目の前には、高い天井――そして、決戦のフロア。

 そこで待っていたのは――

「ストリップは究極の自己愛。そんな世界で、他人のために道を譲る――」

 舞先輩だった。

 ダンスホールの光を浴びながら、静かに立っていた。

 全裸で。

 きっと、舞台を終えてそのままだったのだろう。

「貴女は何のために脱いでいくの?」

 その問いかけに、私は少しだけ言葉を失う。

 ずっと考えてきた。何のために脱ぐのか。

 舞先輩のように、自分の魅力を誇るため?

 千夏のように、自由を楽しむため?

 由香のように、儚さを表現するため?

 会長さんのように、歴史と美を蘇らせるため?

 私は――

「それを表現できたら、貴女の勝ち」

 舞先輩は優しく微笑むと、私の横を通り抜けていった。たぶん、服を着に行くのだと思う。

 そして、私を待っていたのは――その答えだった。


 歓声の中――私は、ダンスフロアへと歩みを進める。私を待ってくれている人のために。

 そして、向かい合う。その中心で――紗季と。


 会場の熱気とは対照的に、紗季の佇まいは静かで――けれど、何かが違っていた。まとっている空気が変わっている。凛とした立ち姿、鋭く射抜くような視線。紗季の覚悟が、私の肌に突き刺さる。いまは、蒼暁院としての椎名紗季じゃない――眼鏡は外され、ほどかれた長い髪がふわりと肩に下ろされている。そして何より――天峰堂のジャージ――すべては私とぶつかるため――まさに別人となって――うん、どこまでも徹底するところ――それでこそ紗季らしい。

「桜……私、絶対勝つから」

 低く、けれどはっきりと響く声。これは、本気の勝負。紗季は、この試合のためにすべてを懸けているんだ。

「……うん」

 頷いたところで、イントロが流れ始める。先行は……私から。その旋律で、私はこの曲のリズムを掴む。呼吸を整えて――心臓はいまもドクドクと跳ねて収まらない。拍子木がカツカツと鳴り、私のダンスを待っている。四つ目の音に合わせて――私は最初の一歩を踏み出した。そして、ゆっくりとした腰の動きで――

 そのとき、千夏の驚く声が耳に届く。

「あれって……アタシが一回戦で踊ったフラダンスもどき……?」

 そう、私は千夏のダンスを借りた。何があっても諦めない心を。

 カツっ――再び拍子木が鳴る。攻守交代の合図。

 今度は紗季がゆったりとしたメロディに乗せて、柔らかく舞う。紗季のイメージにぴったりだ。

 そして再び、カツっ――交代の合図。次は何を踊ろうか――紗季のダンスを見ながら少し考えていたけれど、結局自然と身体が動き出した。柔らかなシンセサイザーの中で、スッ、スッ、と左右へのステップ。広々としたフロアの中で、まるで狭い足場を辿るように。きっと、舞先輩なら気づいているはず――ラブホで見せてくれたアレンジ版『ブラザー・コンプレックス』――舞先輩は、私の道標だから――いつまでもその背中を追っていきたい。

 ちょうど、舞先輩と同じように脱ぎ終わったところで――カツっ――次は紗季の番。一切動揺することなく、ジャージのファスナーを静かに下ろしながら、審査員をひとりずつ、まるで観察するような視線で睥睨していく。

 観客の意識が、みんな紗季に吸い寄せられていく――まるで、星の軌道をぐいっと変えてしまうかのように。

 それでも、私は――

 カツっ――交代。

 私は、すでに下着姿になっている。今度は――

 踊り始めたとき――天峰堂の席で、驚いている翔子さんの顔が私の目に映った。私には翔子さんほどのキビキビした動きはできないけれど――それでも――足首を捻りながらのクラブステップに合わせてブラを緩めて、床に手を突きながら――回ることはできないけれど、天井に向けて、ショーツを高々と蹴り上げる。会長さんをも驚愕させるような強い意思で。

 そして、できる限り素早く起き上がったところで、決めポーズ。星見野での夏を思い出しながら。駅前のロータリーに飾られていた、綺麗な美咲ちゃんの銅像を――町全体を包みこんだ願いを込めて――

 これが私の出した答えだった。

 私は、みんなが大好き。紗季だけじゃない。蒼暁院のみんな、ストリップで出会ったすべての人が、私にとってかけがえのない仲間。

 一緒に歌って、一緒に踊って、一緒に裸になって――

 私は、ただ見ているだけなんて物足りない。

 私は――ストリッパーなんだ――!


 競技が終わり――私は元の席でジャージを着直すと……ペタンと座り込んで大きく息を吐く。全力を出し切り、燃え尽きるまで――と思ってたんだけどね。なんだかまだ胸の奥で火が燻っている感じがする。

 すべての試合が終わったフロアには、静かな緊張感が漂っていた。審査員席では、最後の採点が行われている。近づいてくる結果発表の瞬間――私たち蒼暁院のメンバーも、天峰堂のメンバーも、誰もが固唾をのんで見守っていた。

 そして、ついに――

『審査結果を発表します』

 ――そのときが来た。

『即興による延長戦の末……第一回全国女子高等学校競技ストリップ選手権大会の優勝の座に輝きましたのは――』

 会場全体が静まり返る。誰もが息を呑み、耳を澄ませた。


『天峰堂体育大学付属女子高等学校――!』

「やっぱりかーーーーーっ!」


 私がその場に崩れ落ちるように頭を抱えるのと同時に、天峰堂のほうからは湧き上がる歓声が届いた。

「すべてが粗末な猿真似。当然の結果」

 舞先輩が淡々と呟く。けれど。

「うぅぅぅ……ごめーん、みんなー。偉そうなこと言っておいてー」

 それでも――私が落ち込むことはない。何故なら、舞先輩は――とても誇らしげな笑顔を向けてくれているから。そして、チームのみんなも。私は両手を合わせて全力で謝っているけれど、負けた悔しさより、この舞台に立ちきった達成感の方が大きかった。

「いやー、そんなこったろうと思ったよー」

「補欠がここまで頑張ったと胸を張りなさい」

 千夏はケラケラ笑い、由香は微笑ましくフォローしてくれる。

 けれど、そんな和やかな空気の中でただひとり、納得できずに崩れ落ちそうなのは――

「ごめん……ごめんなさい、私、桜には逃げるなって言っておきながら……」

「紗季……」

 天峰堂の席で結果発表を聞いて、その瞬間、飛び出してきたのだろう。私に勝った相手に言うのも変だけど……

「ううん、仕方ないよ。それが紗季だもの」

 勝つと決めたらチームのため、私情を捨てて最善の手段を選んでしまう――それが紗季だ。ずっと私に言いたいことがあって、そのために天峰堂から出場して、このステージに立って――なのに、視線はずっと観客と、そして審査員のほうを向いていた。ただただ、チームを勝利を導くために。私のことどころか、自分のことさえ顧みず。

「私、こんなんじゃ終われない! 桜に何も伝えてない! だから……だから……!」

 紗季は悔しさに声を震わせながら、私の肩をぎゅっと掴む。舞先輩がそんな私たちに向けて、ふっと微笑んだ。

「試合前に言ったでしょう?」

 ふわりと髪をなびかせながら、ドヤ顔で。

「それを表現できれば、貴女の勝ちだと」

 舞先輩の言葉を聞いて、紗季は――ゆっくりと私の手を握る。――まだ終わっていない。そう言わんばかりの強い視線を向けながら。

「……うん」

 私もまた、紗季の手を握り返した。ひとつの勝敗が決まっても、私たちの物語はまだ続いていく――そんな決意を込めて。

 大会は終わった。でも、ストリップへの想いは終わらない。

 試合は負けたけど――負けたかもしれないけど! それでも……やっぱり私にとって、勝敗という結果なんて大したことではないみたい。

 そんな私たち――というか、紗季に向けて、舞先輩からひと言。

「貴方、桜よりもプロ向きかもしれないわね」

 えぇ!? 紗季が!? ってびっくりしたものの。

「――けれど、自分とファン、その両輪が揃ってこそ、本当のプロ」

 その言葉で、私の胸にもストンと落ちた。プロって、ただ上手いだけじゃない。やりたいことをやっていればいいわけでもない。お客さんの心とちゃんと向き合うこと。だから、私も――そうなりたいと願う。

 紗季のストリップに対する思いはまだ底が見えない。けれど紗季は、舞先輩からの訓示を少し胸の中で吟味して――苦笑いを浮かべてひと言だけ。

「奥が……深いですね」

 その笑顔は、さっきまでのぎゅっと結ばれた唇とはまるで違ってて、ふわっと柔らかくて――ああ、きっと紗季も、もうストリップをやめる気なんてないんだ。うん、だって私、ちゃんとわかってたもん。試合中の三分間より、あの屋上で踊ってくれた一節――あっちのほうが、ぜんっぜん心に響いたって!

 言葉じゃなくて、ダンスで想いをぶつけてくれた。そんな紗季のことが、私は……大好きだ。

「だから……こんなところでやめられないよね」

 そう笑いかけると、紗季もニコって返してくれた。わぁぁ、もう、それだけで寿命が百年延びた気がする!!

「紗季がストリップを辞めないのなら、私も続けてかないと!」

 って言ったら、舞先輩も、他のみんなも笑って頷いてくれた。……なんかもう、泣きそう。

 みんなで、ずっと、ストリップを続けていこう。いましかない、この瞬間の自分を、みんなで輝かせていくために――!


       ***


 その夜は、どどーんと新歌舞伎町で打ち上げ! 私たち蒼暁院はもちろんのこと、星見野どころか……

「桜さまとは、一度じっくりとお話してみたいと思っておりましたの」

 夕鶴ちゃんからの申し出で、天峰堂までまさかの大合流!

「うむ、我も貴様とは語らいたいと願っていたところだ!」

 あああ……澪主将、ステージ上ではあんなにカワユかったのに、そこから下りるとやっぱり大魔神みたいだよぅ……

 とはいえ、お座敷を借りきっての大宴会だからネ。私だって一箇所にはいられない。最初はテーブル席の予定だったんだけど、天峰堂のみんなも一緒にいい? ってお店に頼んだら、広い部屋に変更になったみたいで……

「姿勢でわかりますよ。大塚さん、ダンスを嗜んでおられましたねっ」

「え、ええ……エクササイズの一環として……」

 意外と体育会系の大塚先生は、天峰堂の高木先生と話が合うみたい。一方で。

「ほうほう、で、その男とはどこまで……?」

「そっ、そういう話は生徒のいないところで……っ」

 小此木先生が星見野の中村先生に絡まれてるぅぅぅ……。中村先生、村興しはいいんですかー……?

 せっかくの機会だから、みんなと話したい! けど、これだけ多いとあっちに行ったりこっちに行ったり大忙しだよ! そんななか――あれ? 舞先輩……スマホで誰かと話をしてる……? そして、席を立って……ひとりで……むむ? どうしたのかな? トイレとかならいいんだけど、そういう雰囲気でもないし。

 どうしても気になって私も部屋を抜け出そうとすると、舞先輩の動向に気づいていた人がもうひとりいた。

「私も行くわ」

「紗季……」

 私ひとりでも大丈夫なのに……と思ってたけど……あれ? あれ? 舞先輩が夜の街をズンズン行ってしまうので……このときになって、紗季に来てもらって良かったー! なんて思う。何しろ、ここはネオンの瞬く新歌舞伎町。祝日ということもあり、怪しいオジサンや怖そうなお姉さんがあちこちに。ひぇ~、って感じだ。

 とはいえ、舞先輩の行く先の検討はつく。きっと、いつものライブハウス『パラノイア』なんだろうな、って。けど、そことは違う方向にどんどん行ってしまうので……私たちはただ追いかけることしかできなかった。だんだんと不安になってきて、もしかして……ついてきちゃいけないやつだった……? なんて。

 追っていた背中が消えたのは、ちょっと年季の入ったビルの入り口。うわー……こういうところって、なんか秘密の匂いがするよねー。ドキドキ。そっと足を踏み入れると、中はまだ工事中みたいで、コンクリートむき出し。誰もいない。でも……静かで、広くて、不思議と落ち着く。

 舞先輩の姿は見えない。けど、この先に何かある――そんな雰囲気に導かれて、紗季と顔を見合わせるとさらに奥へ。

 廃墟のような階段を上り、私たちはその部屋に辿り着いた。天井は高く、四方は薄暗い。けれど奥には、ドン! と存在感のあるステージ。そして、そこから細長い通路が、まるでランウェイのように私たちのいる場所へと延びている。通路は観客席を意識した配置で、ステージから真っ直ぐ中央へと突き出していて――まるで演者が進み出るために設計された舞台装置みたい。

 その先端のところに――ひとりの女性が立っていた。こちらに背を向けて、何故か、裸で。靴も履かず、下着も着けず。だからこそ、身に着けている唯一のアクセサリー――首筋で後ろ髪を束ねて赤く光る紅葉の形をした髪飾りに、私は目を引かれた。

 廃墟のような様相は、それこそ幽霊とかが出てきてもおかしくない雰囲気。だけれど、たしかにその足で床に根を下ろしている。それに――こんなところでこんな格好――絶対おかしいはずなのに、何故か“ここではおかしくない”――そんな気がした。

 その佇まいは、舞先輩にも似た空気。けれど、どこか違う。もっと激情的で、悲愴的で――似ているのに、決して交わることはない――そんな予感があった。

 時間が遡行していくような静寂に包まれた空間で、彼女は私たちの方へとゆっくり振り向き――そして、告げる。

「待っていたわ。|次の世代《Next Century》の踊り手たち」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ