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全国女子高等学校競技ストリップ選手権大会

 そして、ついに――本番当日――! 寝坊? してない! 緊張しすぎてほとんど寝れなかったもん。何回も目が覚めたし、夢の中でもストリップしてたし!

 集合場所は、秋葉原のほうにある都営体育館。灰色のコンクリ打ちっぱなしの壁がずっしりと重厚な感じで、広々とした敷地には立派な駐車場も完備されている。現地集合ってことで、みんなバラバラに来ることになってたんだけど――

「あ、鈴木さん、こっち~」

 手を振ってくれてるのは顧問の小此木(おこのぎ)先生。メガネを掛けたのんびりした雰囲気で、歳は二十代前半。教師としてはまだ二年目で、やわらかい笑顔が印象的。服の上からでもわかるくらい胸が大きく見えるけれど……実は脱ぐともっとすごい。それを知っているのは、ストリップ関係者だけだけど。普段はあまり部に関与することはないけれど、やっぱり顧問。こういうときはビシっと私たちを導いてくれる。その背後にそびえ立つのは、目印と聞いていた――うん、黄金の女の人の銅像。裸の全身がつややかに輝いてる。手足をピンッて伸ばして、背筋を反らせたポーズも堂々としてて、まるで何かを讃えるような雰囲気。うん、ストリップ部の待ち合わせにはピッタリだね!

 すでに着いてたのは、静音ちゃんと奏音ちゃん、それにかがりちゃん。そして、キャリーを転がしてやってきたのは……由香と千夏だー! 由香はいつも通りのパッツンだけど、千夏は――おおっ、今日はかなり気合い入ってる!  ゆるく巻いた髪を片側に流して編み込んで、耳の後ろでまとめたサイドアップ。その髪には、いつもの夏みかんヘアピンがきらりと輝いてた。しかも、編み込みにはラメのヘアエクステまで仕込んである! これは砂漠の星空を意識してるのかも。キラキラしてて……まさに、今日のステージのため、って感じだ。

「ついにここで、私たちの衣装がお披露目ってわけね」

 と奏音ちゃん。うん、高岸姉妹と由香の力作だもんね、期待しかない!

 けれど、ここで千夏が会場を眺めながらポツリと。

「全国大会のわりには箱、地味じゃね?」

「何を想像してたの」

 由香が即ツッコんでるけど、千夏の気持ちもちょっとわかる。キラキラのドームとかではないんだなぁ。けど――

「十分すぎるほど大きいよ……」

 静音ちゃんは真面目顔。

「色んな運動部でも大会に使われる会場ですやん。むしろ光栄ですわ」

 かがりちゃんもフォローしてくれる。うんうん、そういうの大事!

 けれど、私はもうひとつ大切なものを感じている。大会を、“この会場で開くこと”の意義を。

「ここが、“公営の建物”であることが重要なんだって」

 そう。学生による競技ストリップを、ちゃんと“自治体が認めた”ってこと。それって、とてつもなく大きな意味なんだよ。

「そして……文化の日を開催日としたのもそういう理由。ストリップは文化」

 スッ……と現れたのは舞先輩! おお、いつの間に!? そして、その背後では黒塗りの高級車が音もなく去っていく。ということは、自宅から来たのかな? だったらいいな、と私は心の中で思う。

 ちなみに、ネーミングライツの件は『ストリップは文化杯』に変更となったらしい。むーん……やっぱり、公私混同は良くなかったかなー……

「まあ、近代のストリップ・アイドル、という在り方は文化にしては新しいですけれど」

 と現れたのは会長さん。そしてその隣に、佳奈ちゃんもいる! やった、これで全員揃った!

「これから文化になっていくのだと思いますよ」

 そう、私たちが、文化にしていくんだ。この第一回大会から、未来につなげていくことで――!

「競技規則もこれからもっと詰めていくでしょうしね」

 佳奈ちゃんの言葉にうなずきながら、胸が高鳴っていく。いまはまだ何が起こるかわからない。でも、それって……つまり、どんなことだって起こせるってこと!

 建物のまわりには、制服やジャージを着た女のコの集団がポツリポツリと点在してて――あ、あそこにも、あそこにも! きっと、みんなこの大会の参加者だよね! そんな気配を感じながら、私たちは正面の入口に向かったんだけど……案内の看板とか、のぼりとか、そういうの全然ないんだなぁ。ただ、地味~なテーブルがぽつんと置いてあって、その上に『受付』って書かれた立て札がひとつ。ちっちゃい手書きで、いかにも仮設って感じ。そして、そこに座ってるお姉さんがふたり。全国大会の受付とは思えないオーラのなさに、『えっ、ここでいいの?』って不安になるけれど……うん、間違いないっぽい。

「蒼暁院です」と名乗って、スマホで手続き。ちゃちゃっと受付を済ませて建物の中へ入った瞬間――

「おおお……あたしゃきっと、これが見たかったんだなぁ」

 って千夏が感動してる。え? 何なに? 視線の先を追って、私も見上げてみると――でかでかと掲げられた横断幕には……『全国女子高等学校競技ストリップ選手権大会』の文字!! ホールの入口正面の高い位置に吊り下げられていて、玄関の内側すぐの場所でドーンと目に飛び込んでくる。うっわあぁ、ホントにやるんだね! ようやく実感湧いてきたよー!

 ……と盛り上がってきたのに。

「こんなところで広げても意味なくない?」

 か、奏音ちゃん……それはないよー……。しかも、これに静音ちゃんが。

「だからって、外に広げられても恥ずかしい……」

 うーん、一気に現実に引き戻された感が。

 ここで、舞先輩が裏事情を補足。

「ネーミングライツはそのためでもあったらしいのだけれど」

 つまり、表にはそっちの名前を大々的に出すつもりだったのかー。けど、サブタイのほうも『ストリップは文化』ってド直球だし! 舞先輩、その裏事情わかってたうえでこのタイトルにしたの……? みんなの都合を気にしないところ……相変わらず、ブレないなぁ。だったら、今年だけでも『舞ちゃん、みんなと仲良く杯』とかでよかったんじゃない? ……なんて、内心ちょっとそんなことを思ってみたり。

 さてさて、ついに扉の向こう側へと足を進めると……おお、意外にも! ホールはめっちゃ広い! 千夏が『地味』と言ってたけど、それは外観だけで、中はちゃんと天井も高くて、会場感ばっちり! 中央には競技スペースとして広めのエリアが確保されていて、その周囲には選手用のアリーナ席がぐるりと設けられている。……むむむ? アリーナ席ってことは、演技中は同じ競技者たちから、じーっと見られるってこと……? ぷ、プレッシャー……。さらにその外側には、段差のあるスタンド席が広がっていて、そこには一般のお客さんもすでにぽつぽつと座り始めていた。

 その中に――

「あ、大塚先生……!?」

 思わぬ観客に、ビックリして思わず凝視しちゃったよ! だって、あの最前列に座っているのは、紛れもなく学校で見慣れたメガネのスーツ姿――ストリップ部の設立を一番反対してた、あの大塚先生が……応援席にいる!? しかも真ん前ってことは、けっこう早い時間から来てたんじゃ……?

 みんなも大塚先生の姿に気づいたようで……日頃の怖さからちょっと複雑な表情のコも。それで、小此木先生がポソっと裏事情を暴露。

「本当は、杉田先生も来たがってたらしいけど……」

 それはダメでしょ。だって男の先生だし。競技の性質上、そこは……ね。

 でもでもでも! 最大の反対派だった大塚先生が、こうして会場まで足を運んでくれてる。それって、つまり……私たちの活動を認めてくれたってことだよね!? うぅぅ、うれしすぎるよぉ……!

 胸にじ~んとしたものを感じていると……千夏がテンション高めに寄ってきた。

「さっきさ、ちょっと小耳に挟んだんだけど……この大会の出場チーム数、三十一校だって!」

「えええっ!? そんなに!?」

 いやもう、びっくり。まさか、そんなに集まってたなんて……!

「やっぱり、第一回大会の優勝旗は、どこもほしいんじゃない?」

 というのが由香の予想。うん、それ、わかる。第一回って響き、特別だもんね。

 私はふと、あたりを見渡す。三十一校分の人が集まってるってことは、ここにいるみんながライバルってことなんだ。きっと、この中に星見野のみんなもいるはず。とはいえ……この人の波の中から見つけ出すのはやっぱり難しいよね。でも、試合が始まれば絶対に会える。そう思うと、ちょっとだけ心が躍った。


 そしてついに――開会式が始まる。ここに集まった三十一チーム――それぞれの想いを胸に、この全国大会に挑むのだ。各チームはアリーナ席に適当に陣取ってる。せっかくなら、星見野と隣合わせで観戦したかったなぁ。

 ホール中央に立つのは、この大会の責任者であり――全国ストリップ協会の会長、高林霞さん。……ん? 全国ストリップ協会!? そんなのあるんだ!

 ちょっと気になりつつも、高林会長の雰囲気に目を奪われる。どこか硬派な印象を持つ彼女は、まるで髪を下ろした大塚先生のよう。けれど、ストリップへの想いは本物で、開会の挨拶にも淡々とした口調の中に、たしかな熱がこもっていた。

「今回は想定していたより参加チームがはるかに多かったため、第一種目『課題』で上位八チームを残して脱落という形になってしまいました。遠方よりはるばるお越しいただいた皆様には、大変申し訳なく思っております」

 その現実に、会場がどよめく。最初の競技で、半分以上が脱落――わかっていたことだけど、やっぱりツライ……

「次回の開催に向けて、何らかの形で予選も検討いたしますが、脱落してしまったチームもここで様々なストリップに触れ、その面白さ、美しさ、そして可能性を感じ、今後に向けてストリップを続けていただければと思っております」

 確かに、全国大会の第一回目だから、ルールはまだまだ改善の余地があるんだろうな。だとしても、最初の試合で負けたら即終了って……想像以上に熾烈な戦いになりそう……!

 高林会長が一礼すると場内に拍手が響き、開会式は締めくくられた。

 そして。

『ここからは、デモンストレーションを行います』

 ……ああ、そういえば、そういう流れだったっけ。うん、第一回の大会だからこそ、『競技ストリップとは何か?』を示す意味もあるんだろうね。

 でも、登場してきた選手を見た瞬間――会場全体に奇妙な動揺が走る。

「ちょ、ちょ……イケメン……?」

「なワケないでしょ! この会場、男子禁制よ?」

 なんて言いながら、千夏だけでなく由香も浮ついている。けど、そうなっちゃうのも無理はない。現れたダンサーは、上半身裸に黒いジャケットを羽織り、下はパンツルック。黒縁のフェルト帽を深くかぶったダンディズム全開な雰囲気。そして、音楽が始まれば――タップダンス、ムーンウォークから、翻るようなターン。わおー、華麗。鋭い視線を客席に向けると――きゃー! なんて黄色い声援が上がっちゃう。なんかコレ、普通にカッコイイ……!?

 けれど――バッ! ――ジャケットを脱ぎ捨てると、さらに空気が複雑になる。あ、あれ……? 胸が……ない? でも、女子しかいないはずのこの大会でそんなことがあるわけ――

 みんなが半信半疑になってきたところで音楽が一転。ダンサーがレザーのパンツを脱いでいく。すると――その下に現れたのは、確かに女子の身体だった。さらに、静かに帽子を取ると、ふわっとあふれる長い髪。艶やかで滑らかなその髪は、肩から背中へと流れ落ち、まるで舞台の光をまとったようにきらめいていた。

「え……?」

 これには、誰もが驚きを隠せない。男のように見えた彼女が、女としてそこに立っている。最後にショーツを脱ぎ――その変貌は、まさにイリュージョン。ダンスそのものもキレていたけど、この変わり身は……隠しようがないだけに生半可じゃない。

『プロ・コスプレイヤーであり、プロ・ストリップ・アイドルのルカさんでした!』

 シンと静まった会場にアナウンスが流れ、ルカさんが優雅に一礼すると――一気に拍手喝采が巻き起こった。大歓声のなか、ルカさんは軽く手を振りながら退場していく。いやー……信じられないものを見せてもらった、って感じだ。

「これこそ、ストリップの可能性……!」

 佳奈ちゃんがポツリと呟く。けれど、その瞳は静かに輝いていた。驚きと尊敬、そしてどこか羨望にも似た感情がそこにある。

「胸ないのに、すごく綺麗でカッコよかった……私より胸ないのに……!」

 佳奈ちゃんの瞳には、強い憧れの色が浮かんでいる。まさか、こんな形で競技ストリップの可能性を見せつけられるとは……!

 私は、まだストリップのほんの一部しか知らない。だけど、この大会には、きっと私の知らない未知の表現が詰まっている。もっと見たい。もっと知りたい。そう強く思った。この大会、絶対に面白くなる――そう確信した瞬間だった。


 ルカさんのショーが終わったあとの会場は、それまでのお祭りムードから一変し、ピリッとした緊張感が張り詰める。いままでワイワイと談笑していた選手たちも、一気に競技者の顔に。みんなが『戦いの場』にいることを自覚し始めたのが空気でわかる。

「なんか、インターハイみたいな雰囲気になりましたね……!」

 かがりちゃんはバスケ部の試合でこういうのを何度も経験済みみたい。

「インターハイ……憧れちゃうなぁ」

 ぽろっと口に出すと、舞先輩がすぐに答えてくれる。

「連盟への加入は、協会としても目指しているところであるようよ」

「えっ、それってつまり、ストリップ部も他の運動部みたいにインターハイに出場できるようになるかもってこと!?」

 そんな未来が来たらすごいことだ。全国でストリップ部が活動し、競技として認められ、そして当たり前にスポーツやダンスと同じ舞台で競い合う――!

「そのためには、まず表に堂々と大会名を掲げられるようになるくらいでないと難しいのでは?」

 冷静な由香の指摘に、たしかに、と頷く。いまだって、館内でこっそり掲げてるくらいだし……まだまだ道のりは遠いのかも。

「そんな世の中になってほしいものね」

 奏音ちゃんの呟きに、静音ちゃんがそっと目を伏せる。ストリップがもっと開かれたものであれば、静音ちゃんの“悪癖”も、いまほど“悪”とはいわれなくなるかもしれない。みんながストリップを競技として愛してくれたら、そんな未来だってきっと――! そんな思いを馳せる静音ちゃんを見守るような眼差しを向ける奏音ちゃん――きっと、同じ未来を願ってるんだろうなぁ。

 そんなことを考えているうちに、ついに第一試合が始まろうとしている。

「よーし、そろそろ出番だね……!」

 千夏の声に振り向くと……おおっ、着替え終わってる……! 待ってましたの本番モードだよ! 千夏の衣装は、やわらかなベージュとサンドブラウンを基調にしていてどことなくアラビアンテイスト。裾がふわりと揺れるガウチョパンツに、キラリと光るアクセントのついたベスト風のトップスを合わせている。肩には軽やかな透け感のあるストールをかけ、元気さと異国情緒を兼ね備えた仕上がりだ。派手すぎず、動きやすさと脱ぎやすさも兼ね備えた、千夏らしい工夫が詰まっている。

 みんなからの声援をよそに、千夏はちょっと緊張しているみたい。きっと、探しているんだ。体験会で苦渋を飲まされた、あの――

「……こちらにいらしたのですね」

 みんなホールのほうに注目していたのに、横から話しかけられてビックリだよ! けれど、そこにいたのは紛れもなく……夕鶴ちゃん! それも……あれ? ジャージ姿で? えっ、えっ!? もうすぐ試合始まっちゃうんだけど……!? なんでこんなところに!? 試合出ないの? 着替えなくていいの!? わけがわからなすぎて、思考がいきなり大混乱!

 そんな焦りを夕鶴ちゃんは余裕の笑顔で受け止める。

「きっと、大会にもご参加なさっていると存じておりましたわ」

 予想外の事態に、千夏も少し呆然としていたようだけど……

「え? アンタは……?」

 どうにか声を絞り出すも、夕鶴ちゃんは千夏をまったく気にしていない。

「偶然お席にお見かけしまして。こちらでご一緒させていただいてもよろしいでしょうか」

「そ、それはいいけど……」

 私は戸惑いながら頷いたけれど、それどころじゃないのは千夏のほうだ。

「緋槍夕鶴っ!」

 鋭い声が響く。それでようやく、千夏の存在に気づいた――そんな感じだ。

「あら、あなたさまは……桜さまと同じチームから出場される……」

「アタシはアンタに勝つために、アタシは……!」

 千夏が吠えるも、夕鶴ちゃんは――まるで何でもないかのように、微笑みながら首を傾げる。

「あら、わたくし、出場するなんて申しましたでしょうか?」

「え……?」

 平然としたその一言に、驚きと戸惑いが綯い交ぜになった千夏はすっかり固まってしまった。心の準備も、覚悟も、全部……どこへ持っていけばいいのかわかんなくなっちゃってるよ!

 けれど、試合は待ってくれない。

「千夏! ナニ突っ立ってるの!? ポジション、ポジション!」

 由香の鋭い声が響く。ハッとした千夏は、急いで周囲を見回した。慌ててコートに駆け込むも、どっちへ行ったらいいのかすでに迷ってる。コートの八方向にいる審査員に最もアピールできるポイントを探さなくちゃいけないのに、夕鶴ちゃんの言葉に引っかかって、完全に思考停止していた……!

 そんな千夏の様子を気にもせず、夕鶴ちゃんは悪びれずに千夏が空けた席にちょこんと座る。

「一年目の身分とはいえ、わたくしとて天峰堂に籍を置く身。これでもレギュラーは狙っておりましたのですけれど」

 少し寂しそうな口ぶりだけれど、その目に迷いはない。天峰堂はすべてがスポーツ中心の学校だから。

「我が校は、完全実力主義ですので」

「……残念だったねぇ」

 思わず慰めようと声をかけたけれど、そこで私はハッとする。この夕鶴ちゃんをも敗退させるほどの天峰堂の選手……? それって、どれほどの実力者なの……?

 その疑問を察したように、夕鶴ちゃんは静かに呟いた。

「天峰堂二年、斧田(おのだ)笑美(えみ)……一対多数の戦場において、あの方ほど“厄介”な方はおりません」

 ――千夏、気を付けて……! 私は祈るような気持ちで、コート内にいる戦友を見つめた。

 そして、いよいよ――

「それでは、第一種目『課題』の演目を始めます」

 アナウンスと共に、会場に曲が流れ始めた。静かで荘厳なメロディ。砂漠の夜を思わせるような、月に照らされた幻想的な世界が広がる。

 ……はずだった。なのに、次の瞬間――


 ――ドンッ!!


 まるで爆炎のような衝撃が走る。

「あ……燎さん……」

「まあ、あの女戦士(アマゾネス)様ともお知り合いですの?」

 ぁ、アマゾネスって……けど、その喩えはある意味正しい。燎さんの衣装は、砂漠に舞う踊り娘のような華やかさと、曲刀を携えた戦士のような凛々しさを併せ持っている。トップには金と藍が織り交ぜられたビスチェがきらめき、胸元の金刺繍が月光を受けたように輝く。腰には柔らかな薄布のスカートが幾重にも巻かれ、歩くたびに風を孕んで舞い上がる。その布の間から覗く金属製の飾りが、鈴のように控えめな音を立てつつ光を反射し、まるで動きに合わせて剣閃が奔るようだった。実際には剣どころか何も持ってないんだけどね。こういうところ、やっぱり燎さんはすごいと思う。腰の装飾はまるで砂嵐の中で光を放つ刃のよう。どこか異国の空気を感じさせるその装いは、見る者すべての目を奪う。

 そして――私は空気で感じ取った。審査員たちの目の色が明らかに変わったのだと。

 やっぱり……燎さんの存在感はすごい……! ステップの一つひとつが、周囲のチームを怯ませる。闘士のように腕を回し、背を大きく反らせるその姿は、もはやダンサーではなく剣闘士。

 かといって、勇ましいばかりでなく。

「あら、意外と柔らかい。なかなか綺麗な“カンブレ”ではないですこと」

 夕鶴ちゃんが感心したように呟く。、燎さんはただのパワープレイヤーではない。その動きには、しなやかさと力強さが同居している。燎さんの踊りからは、観客を惹きつける圧倒的なエネルギーが溢れていた。

 一方の千夏は――ううぅ……まだ本調子を取り戻せてないみたい。すべてを夕鶴ちゃんにぶつけるつもりで練習してきたのに、その本人がベンチだなんて。周囲に合わせながらアピールポイントを窺っているけれど、どうしても意識が席のほうに向いている。……ハッ、まさか、夕鶴ちゃんはそれを狙って挨拶に……?

「?」

 ……という素振りはまったく見えない。あー……最初から相手にしてない感じだったからなぁ……。千夏……頑張って! 脱ぎ始めれば……脱ぎ始めれば、千夏なら……! 私は祈るような気持ちでエールを送る。

 しかし――何かがおかしい。曲が二周目に入り、そろそろ最初の脱衣パートが来たあたりで、会場の空気が変わり始めている。まあ、ここからがストリップならではの本当の勝負、って感じだもんね。私たちも文化祭のときに五人同時に上がって苦労したんだけど……脱いだ服が邪魔にならないよう、脱ぐときは端っこへ移動。もちろん、他の人とぶつからないように。変なところで脱ぎ散らかしてたら、それだけで減点対象になりそう。みんな反時計回りにステップを踏みながら、タイミングを見計らってするりするりと脱いでいく。 けど……私の違和感はそこじゃない。どこからか、まるで別のリズムが生まれ、広がっていくような――

「……むむむ? これって個人戦のはずじゃあ……?」

 私の疑問に、夕鶴ちゃんが冷静に答える。

「気づかれたようですわね」

 口元にうっすらと笑みを浮かべながら目を細める横顔は、まるで何かを企んでいる策士みたい。

「えっ、どういうこと?」

 驚いた声を上げた由香が私に不安そうな目を向けた。だから……何というか……私は、思ったとおりの印象を正直に伝える。

「……何だか……みんなの呼吸が揃ってきているような……」

 そして、フロアの中心に立っているのは――

「共感性調律……と高木先生は申しておられましたわね」

「共感性……何?」

 小難しそうなワードに私の思考は止まり気味。

「スウィングやスタンプ、その他様々な手足の動きによって他人のダンスを自分の波長へと引き込んでゆき……アレをやられると、リズム感が彼女の支配下に置かれてしまうのです」

 それは、千夏が選抜のときに佳奈ちゃんに仕掛けていたことに近いかもしれない。それを、会場全体に……? だとしても!

「千夏はそういうのには動じないはず……というか、燎さんなんて、もっと……!」

 あの人が他人の支配下に置かれるなんて考えられない!

 けど――

「とはいえ……他の皆さんをまとめて相手にできますかしら?」

 こ……これって……! 気づけばみんな、笑美さんのリードに従っている雰囲気……! しかも……これ、月夜でも砂漠でもないよ! この腰の振り――両手の動き――眩しいほどの色彩と、激しい地響きが迫ってくるような――こんなの……まるで南米のカーニバルに放り込まれたみたい! サンバだ! 熱気だ! パッション・ビートだ!

 そして、みんなの中心で、楽しそうに腰をくねらせているのは――ウワサの笑美さん! 腰まで届くウェーブのかかった明るいブラウンの髪を揺らしながら、笑美さんはとびきり笑顔を爆ぜさせている。最初は他の選手に紛れるくらいにシックな雰囲気だったはずなのに、下着にあんな派手な色を仕込んできてて……柄も派手派手で、もはやあれ、水着じゃない!? 変な空気になってる所為か、背中には孔雀の羽根が見えるような錯覚すらある。

 一方、燎さんは決してこの空気に飲まれることはない。けれど……うん、正しいよ。この場合、燎さんのほうが正しい! こんなゆったりした曲を倍速で刻んでる方がおかしいんだよ! しっかりとしたステップ、大きく魅せるスウィング……曲には合ってるはずなのに……通じない。みんなおかしくなっちゃってる。これには審査員の皆さんも困惑顔。本来は笑美さんのほうがやりすぎなのに、明らかにみんなを引っ張っていってるのもまた、笑美さんだから……

「あっ、そうだ……千夏!」

 なんて、探さなきゃいけないほど千夏が埋もれてる時点でおかしいんだよ! なんとか千夏の姿は見つけたけれど……え、え……ウソでしょ!? あの千夏が、どこを見ればいいか分からなくなってるなんて。周囲をキョロキョロ、審査員席をチラチラ。指先足先も全然キマってないし……ああ、誰にも見られてないって、気づいちゃったんだ。日頃あれほど堂々としてた勇姿が、完全に舞台から“置いてけぼり”になってる……!

 どうしよう……どうすれば……! 夕鶴ちゃんは完全にしてやったり、って顔してるし……あっ、そうだ、由香!

 私は隣の席の由香に救いを求めたけれど――由香は肩をピクリとも動かさずに集中していた。目の奥にギュッと力強い光を宿して千夏を見つめて――ううん、念じているみたい。強く、熱く、まっすぐに――

『私はこんな無様な姿を見るためにこの競技を譲ったのではない。そもそも、そのリズムはあなたの得意ジャンルでしょう……!?』

 うん、わかる。その想い、わかるよ、由香。隣で見ている私にもビリビリ伝わってきてる。だからきっと、ホールで踊っている千夏にも――

 そのとき、私は千夏と目が合った。……あ、いや、私じゃないか。アイコンタクトを交わしているのは、隣の席の由香のほう。そして――まるで霧が晴れて朝陽が差し込むように、瞳にみるみる光が戻ってきたみたい。キラッキラの光が。

 ホールは笑美さんを中心に巨大な渦潮みたいにうねっている。その流れに乗りながら――端の方には各選手の衣装が脱ぎ捨てられている。その中から――えっ? 千夏が拾い上げたのは――

「な……っ、あんなのアリですの!?」

 夕鶴ちゃんがびっくりして叫ぶ。大丈夫、私もビックリしてるから! だって、千夏が手にしているのは自分の服ですらなく……アレ、たぶん、燎さんのスカートだよ!

 そんな暴挙を、由香だけは冷静に見守っている。

「他人の衣装を使ったり、着直しちゃいけないってルールはないわ」

 な、なるほどぉぅ……? たしかに流れに逆らってまでやる人、ふつういないけど……でも、それをあえてやっちゃうのが、千夏なんだ!

 スッと燎さんのスカートを勝手に穿いて……腰をゆったりと左右に揺らして……えっ、えっ? 何してるの!? ……ん? あれってもしかして……フラダンス? ってことは、あれは即席の腰蓑!? 情熱のサンバに対抗するには柔和なフラダンスってこと!? これは……熱と風のせめぎ合いだ。サンバの炎に、フラの波が揺らぎながら応えるようにぶつかっていく。お互いのビートが一歩も譲らない。

 これに――燎さんまで乗っかってきちゃった! 『加勢するぜ!』みたいなアイコンタクトで三つ目の台風の目になろうとしてる。ペースは元の砂漠に近いから、千夏との相性のほうがいいみたい。

 千夏の即興アレンジに、さすがの笑美さんも驚いたようだ。テンポを釣り上げようと振り付けをどんどん激しくしていく。腰を振る動きにアクセントをつけ、ステップも大胆になり、観客の視線を集めようと必死だ。さすがは天峰堂、突然の流れの変化にも負けない対応力を見せてくる。

 けれど、それに動じない千夏と燎さん。その激しさをふたつの波で――大海原と大砂漠でいなして受け止める。この激流に、周囲はもう、何をどうしていいかわからず大混乱だ。

 そして、ついに曲は三周目に突入。ここからは、最後ブラを外して、パンツ一枚に。その瞬間――笑美さんの口元にニヤリと笑みが浮かんだのが見えた。

 それは、夕鶴ちゃんも同様に。すぐに気づいて、口元に手の甲を当てながら楽しげに言う。

「あら、なんともセクシーなフラダンスですこと」

 これに、由香がハッとして息を呑んだ。

「……あっ、曲……っ!」

 千夏は踊ることに集中しすぎたからか、他の選手がどんどん脱いでいく中で、まだ二枚もパーツを残してるよ! 下着のショーツと……即席で作った腰蓑……!

「ルール違反スレスレの珍プレイでしたが……ひとりだけ下着を残していては、悪目立ちするでしょうね」

 夕鶴ちゃんが意味深に呟く。他のみんなが二ステップでキメているなか、一ステップ残していたら――ヤバイ――! かといって、スカートの中でこっそりパンツも一緒に脱ぐなんて論外だ。由香やみんなもそれに気づいて――どうにもならない焦燥感が広がっていく。

 競技ストリップは脱ぐまでの過程も重要だ。最初に一気に脱いだり、最後にまとめて脱いだり――そういうのは、あまり好まれない。しかもこの曲……一ループが短いんだよぅ……。そんなところでひとりだけセカセカ脱いでたら……絶対減点材料だ。みんなが同じルールの下で魅せるこの競技において、たったひとりだけ異質な状態になれば、それは見栄えが悪くなるし、最悪一回戦敗退もありえる……!

 千夏がトップレスでフラダンスを披露する中、ついに大サビがやってきた。笑美さんは悠々と最後のショーツを脱ぎ終わり――他の選手も揃って全裸に。会場全体がひとつの熱狂に包まれていく中で──千夏だけが、まだ腰蓑をつけたまま……!? それでも、追い上げるようにストンと腰蓑を落としたけれど――

「──!?」

 その瞬間、一番驚いたのは隣にいた笑美さんだった。だって、腰蓑の中から現れたのはオレンジ色のショーツ――ではなく――

「アイツ……私の……!」

 由香が驚愕する。そう、由香といえば――チラリズムで魅せるお尻を追求していて、“スカートの中から先にショーツを抜く”という変則脱衣を得意としていた。それを……まさかこの大舞台で……!?

 みんな、千夏は絶対やらかしたと思っていた。ショーツ一枚残してどうするのか……苦し紛れに場を乱した張本人がどのような末路を辿るか見届けようとしていたはず。なのに――千夏もまた、みんなと同じ。腰をくねらせながら裸で砂漠のフラダンスをやり遂げたのだ。これには会場全体がどよめいている。

 予想外の展開に――笑美さんのサンバが引きずられる――遅れる――気づいて修正しようとするも、曲はすでにアウトロを残すのみ。もはや軌道修正は間に合わない。

 最後の一瞬、笑美さんはクルクルと華麗に回転し、フィナーレを決めたが……その顔には、これまで見せたことのない“混乱”が滲んでいた。

 みんなが次々とポーズを決めていく中、曲が終わり──会場は大きな拍手と歓声に包まれる。激しく、熱く、楽しいショーだった。確かに、規格外の戦いになったけれど……これが競技ストリップの面白さでもあるんだ。

 客席に向かって一礼すると、各選手は自分の服を拾い上げながらフィールドから出ていく。その中で、ひときわ陽気な声が響いた。

「いやー、やられたわー。あんな形で私にノッてくる人がいるなんてねー」

 笑美さんがカラカラ笑いながら、千夏の背中をパンパン叩く。

「もう少し追いつくのが早ければ、アタシがセンター取れたかもしれなかったのになー!」

 千夏は悔しそうにしながらも、どこか誇らしげだ。そこに後ろからワシっとふたりの肩を抱き寄せるのは燎さん。

「クククッ、あたしもよう楽しませてもらったわ。こんなバトルロワイヤル、地元じゃあなかなか味わえんきんな!」

 和気藹々とした空気の中、笑美さんがちょっとだけ眉をひそめる。

「にしても、いつの間にパンツ脱いでたんよー」

 それ! 私もそれが気になってた! だって、後半の千夏はかなり注目されてたはず。私も、一挙一動逃さず見てたはずなのに。

 笑美さんの疑問に答えるのは……なんと、燎さん。

「あたしが壁役になってな」

 アイコンタクト!?

「あっ、やっぱり通じてたんだ」

 千夏もちょっと意外そうなので……ひぇ~……とんでもない綱渡り~……。てか燎さん、ステージ上でバッチリ対応しちゃうなんて……アイドル力高すぎない!?

 改めてガッチリと肩を組む三人――全裸のまま。うん、感動的な場面だってのはわかるんだけど、早く服を着た方がいいんじゃないかな、と私は思う。

 そんなことを考えているうちに、集計結果の発表が始まった。審査員八名がそれぞれ『このチームを次のラウンドに残したい』と思う八チームを選び、チェックの多い順に二回戦へ進出する。途中の採点は発表されないため、発表は五十音順だ。

 先ずは――

『朝ヶ岳女子高等学校』

 その瞬間、会場の一画から大きな歓声が上がる。なるほど、あのコたちは通過したんだなー。

 続いて。

『栗林商業高等学校』

 おお……次はカ行かー……。『そ』から始まる私たちの学校がみるみる近づいてくる……!

『そう――』

 その一音に、蒼暁院のメンバーが一斉に反応する。もしかして、次は……!?

『――がくがくえん――』

奏楽学園(そうがくがくえん)かい、紛らわしいわっ」

 かがりちゃんがわざとらしくズッコける。それで、ちょっとだけみんなの緊張も和らいだ。奏楽学園は音楽やダンスに特化した学科がある学校だもん。そりゃ、強いに決まってるよね。

 でも、そんなことを考えている場合じゃない。もし次に呼ばれなかったら……!

『そう――』

 みんなの息がピタリと止まり――

『――暁院女子高等学校』

「……っ!!」

 呼ばれた歓声を上げようかなー、と思っていたけれど……むしろ、ホッとした気持ちのほうが勝ってたみたい。

「助かったー! アタシ、結構無茶苦茶やったからなぁ」

「自分で言わないで」

 胸を撫で下ろしている千夏に、由香はやれやれと呆れている。けど――その顔はどこか誇らしげだった。


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