忍び寄る刺客の手
二度にわたる部内選抜会議を経て、ついに全国大会の出場メンバーも決定。即興バトルをブチかまして去っていった翔子さんのインパクトは、未だにみんなの脳裏に焼き付いている。特に、会長さんと対峙したあのラストシーン――ジャージの上で回転しながら宙に舞ったパンツ――あの衝撃は、きっとみんなの中にもまだ強く残っているはず。
けれど、そんな中でも会長さんだけは気持ちを萎えさせることなく、静かに闘志を燃やしていた。いつものニコニコ顔で。それが、ちょっと怖いんだけど……まあ、会長さん、生徒会長だし、無茶なことはしないよね……?
その一方で、私はというと――日々いろんな人のサポートに駆り出されている。主に、由香たちとの衣装制作の手伝いだけど。とにかくこれが大変で、もう部室の大部分が制圧されちゃってる感じ! そこはもはや工房そのもの。部室の端っこには布やミシン、細かい装飾品が山積み……色とりどりの生地が無造作に広げられ、針仕事に没頭する静音ちゃん、リボンやスパンコールを吟味する奏音ちゃん、型紙を広げて相談する由香が、それぞれが真剣な眼差しで作業に打ち込んでいる。ミシンの音がリズミカルに響き、時折、「こっちの方が派手じゃない?」「いや、それはちょっとやりすぎかも」なんて、活発な意見交換が飛び交う。これはもう、ストリップ部というより洋裁部だよ!
かといって、ずっと衣装作りにだけ加わっているわけでもなくて。千夏が出場する『課題』は集団戦だから、どうしても人手がいる。なので、かがりちゃんや佳奈ちゃんたちと一緒に共演者役を買って出たり。
本当は舞先輩のお手伝いもしたいんだけど……そもそも、あの人は誰の助けもいらないタイプだから。部室に顔を出すことさえないけれど、ひとりで静かにストリップに磨きをかけているに違いない。
そして、もうひとり――結果的に、部室から追い出されてしまっている人がいる。
「……あら、部長さん、衣装作りの方はよろしいのです?」
私がやってきた気配に気づいて、会長さんが顔を上げた。中庭は静かで、風が優しく草を揺らしている。日差しが降り注ぐ中、会長さんは芝生の上でストレッチをしていた。木陰が点在し、ところどころに置かれたベンチでは他の部活の生徒たちが談笑している。そんな中、会長さんは変わらず優雅な所作で、ダンスの練習を始めようとしていた。足を伸ばし、上半身を軽くひねるようにしてストレッチを繰り返す。その一挙一動はまさに自然体で、無駄なく流れるような動きだった。
「あ、はい。どっちかっていうと私、ピンチのときのお助け要員ですから」
スケジュールは立てているけれど、計画通りに進むとは限らない。いや、限らないどころか、まず進まない! 衣装の布が足りなくなったり、デザインと振り付けの相性が悪くて軌道修正を余儀なくされたり、そもそも仕掛け自体が想定どおりに動いてくれなかったり……。そんなトラブルが頻発するから、私は『便利屋ポジション』としていつでも動けるよう構えている。
なので、衣装組も課題組も、ピンチになったら『ちょっとこれお願い!』と頼みごとを持ってきてくれる。そして、私はそれを喜んで引き受ける。そんな感じ。
だから普段は部室で待機しているのだけれど……今日はみんな順調みたいだし、それに……何だか追い出す形になってしまっているので、やっぱり申し訳なくて。
「練習なら、教室でもいいんじゃないですか?」
ふと私は尋ねてみる。だって、私たちが同好会時代に活動していたときは、普通に自分の教室でやってたし。
すると、会長さんは少し困ったように微笑みながら、肩をすくめる。
「ひとりで机を動かしスペースを確保するのは、なかなか骨が折れるものでして」
なるほど、それで中庭……。たしかに、三人がかりでも大変だったからなぁ。けど、そういうことなら、私でも力になれると思う。何より、外じゃ、そのー……脱ぐところまで練習できないし。
それは承知のうえで――会長さんは自身の振り付けを確認していく。『即興』はどんな流れになるかわからない。だから、個々の動きを完璧に仕上げていくことになる。
それにしても……会長さんのストリップって、何というか……ブレないんだよなぁ。それは、『即興』という競技においてはある種の武器になる。けれど、一方で――どこか異質だ。いや、これは異質というより……圧倒的な“古典”なのかもしれない。『ストリップ・アイドル』という、アイドル文化の延長線上で生まれたパフォーマンスとはまったく違う。現代的なストリップの前身にあたる、もっと昔の、もっと根源的なもの。それは、歌舞伎町が一度滅び、“新”歌舞伎町として再生した後に生まれたものではなく、それよりもずっと前の時代にあったもの。
そして、それは……
とんでもなく、エロい。
会長さんの動きは現代のストリップ・アイドルのそれとは異なる。
ダンスにも足を上げる振り付けはあるけれど、それとはまるで別物。
座ったまま、ゆっくりと足を上げ、膝を伸ばしたまま固定する。その滑らかな動きは、まるで重力すら会長さんの美しさに従っているようだ。
その状態で、ゆっくりと腰を揺らしながら……まさに“見せる”ことそのものを目的とした、官能的な動き。
こんなの……私が練習相手になれるレベルじゃない!
遠目から見ても圧倒的な存在感があって、視線を引き寄せて離さない。あれを間近で受ける相手は、たぶん、勝負どころじゃなくなる。思考が吹っ飛んじゃうわ。
でも……それだけじゃない。私が驚いたのは、会長さんが私の反応を見ながら、微妙に踊りを変えていること。傍観者である私の視線や表情にさえ反応して“攻め方”を変えてくるんだから、対峙した相手はたまらないだろうなぁ。
会長さんにとって、この競技はただの“演技”じゃない。ストリップそのものが、駆け引きなんだ。だからこそ、練習相手は必須。
「私、一応ストリートのカッコだけは押さえてますけど……」
なんて言いながら、足首を回しながら全身を上下させる。カッコ、と言っても服装のことではなく、基本の型、という意味で。やっぱり、目下の仮想対戦相手は、先日乱入してきた翔子さんだと思うから。
けれど。
「そのお気持ちには感謝いたします」
会長さんは微笑みながら、優雅に一礼。どことなく、お嬢様っぽい。
「ですが……どなたと当たるかは、当日までわかりませんので」
そう言って、ニコリと微笑む会長さん。でも、なんだろう、この笑顔……すごく怖い。それは、翔子さんや他校の対戦相手だけじゃない。同じ蒼暁院の部員たちさえも喰らい尽くすような、強烈な意思の強さ。『死にたいヤツからかかってこいや!』……という闘志メラメラを上品で色っぽいリズムに乗せて打ち出してくるんだから……こんなダンスと向き合うなんて、かがりちゃんには荷が重かったな……
会長さんの“脱がない”練習仕様ストリップを見ながら、私は恐る恐る尋ねる。
「これが、古典ストリップ……ということですか?」
「はい♡」
会長さんは即答する。けれど、ここで疑問が生まれた。ストリップの歴史を考えれば、確かにこれが“本来の姿”なのかもしれない。でも、今回の競技ストリップの審査員は、みんな女性。古典ストリップのスタイルが、競技として適切に受け入れられるのだろうか……?
私の疑問を察したのか、会長さんは静かに言葉を継ぐ。
「古典的なのは振り付けだけでなく、二十世紀の歌謡曲も意識しております」
その言葉を聞いて、私はハッとする。『即興』は曲を選べない――だから、どんな楽曲にも古典的な振り付けを合わせるつもりで――これは、古典を突き詰めるだけに留まらず、古今東西あらゆるリズムへの応用を模索してるんだ……!
そういう意味だと、古めかしい曲を好みながらもすべてが殺伐とする燎さんとスタイルは似ているかもしれない。けれども、自己主張を全面に打ち出すのが燎さんなら、相手の出方に対して古典ストリップで打ち返すのが会長さん……
前回、翔子さんの奇抜なトリックを前に、つい反撃の手を緩めてしまったことを、会長さんは深く自省しているのだろう。だからこそ、どんな相手が、どんな奇抜な踊りを魅せてきても対応できるように……
これは……会長さん、ものすごく強いかもしれない。やっぱり、会長さんは、『生徒会長』ってことなんだなぁ……
けど。
「なんでそんなに古典にこだわるんですか?」
私は不思議に思って尋ねてみる。それが好きだから、と言われればそれまでなのだけど……それが会長さんの戦い方? ストリップ・アイドルの華やかさとはまるで別世界の、ずっと昔のスタイル……それで近代ストリップと勝負できるの?
私の不安を払拭するように、会長さんは落ち着いた声で語り始める。
「日本にストリップ劇場が建ち始めた当時は、女性が性的に消費されていた時代でした」
いきなりの重い話題に、私は思わず息を飲む。普通、そんな時代を語るときって、少しは暗い表情をするものじゃない? でも、会長さんは違った。むしろ、誇りすら感じさせるような顔で、堂々と言い切る。
「つまり、女性が性的に“生産”していた時代でもあるのです」
「生産!?」
私は思わず聞き返してしまった。会長さんは微笑みながら、ゆっくりと頷く。
「女性が自らの性を武器とし、価値を創り出していた時代。そこから生まれたものは多くありました。が……」
会長さんはあまり表情を崩すことはない。けれど、その笑顔の裏に憂いのようなものを感じる。
「――その生産量を超える需要は搾取を生み、それが社会問題となり、市場は急速に縮小していきました」
そして、その行き着いた先が『管理社会』――不快なものを排除し続けた結果、人々は自らを縛るルールを増やし続け、守られる代わりに自由を奪われた時代。社会科の授業で習う過去に思いを馳せながら、会長さんは空を眺める。そのさらに向こうを見透かすように。
「ストリップ・アイドルも大いに結構。しかし、それは性搾取を“恐れて”自粛するようになった時代のもの。それは、男性だけでなく女性もまた」
「……あー……」
なんとなく言いたいことはわかる。ストリップ・アイドルは『健全』を意識して、従来のストリップとは違うものとして確立されていった。
女性も安心して観れるエンターテイメント。
でも、それはもしかして……“本能的なもの”からは遠ざかっている……?
会長さんは、静かに言葉を続けた。
「女性が女性であることを最大限に活かしていた時代……その進化の歴史は、そこで一旦途絶えたと、私は考えています。もちろん、それこそが近代化であり、多くの女性にとって生きやすくなった面も多いでしょう。ですが、だからこそ――」
その瞳が、まっすぐ私を見据えた。
「女性の根源的な……本能的な美しさ……今回の『競技ストリップ』において、私はストリップ黄金時代の戦い方で勝負させていただきます」
その言葉を聞いて、私は思わずゾクっとした。抱いているのは単なる懐古主義じゃない。会長さんは、この競技に『歴史の続き』を刻もうとしているのだ。
その迫力に私はゴクリと息を呑み、交し合う視線の間に沈黙が流れる。聞こえるのは遠くから流れてくる生徒たちの声、街の喧噪。そこに一陣の風が吹き込むように――
ふわり……
……とすん。
「え?」
何かが降ってきた? いや――“誰か”が。
“舞”先輩が、“舞い”降りた――そんなダジャレが脳裏を過る。決して口にはしないけれど。
ただ、現実として。
音もなく、静かに。
まるで夜の蝶が闇に紛れるように、ふわりと舞い降りた。その動きは驚くほど軽やかで、空気が一瞬で研ぎ澄まされていく。スカートが翻り、黒い下着がチラリと見えたような。
「ま、舞先輩!?」
あまりに唐突だったため、少し混乱していたけれど……すぐに思い出した。舞先輩は時々、雨樋を伝って窓から降りることがある。ただ、それは決まって――誰かから追われているとき――
先輩は、私たちの方を見ずに、ゆっくりと呟く。
「如月舞は、中庭にはいない」
「え?」
何それ? どういうこと?
「如月舞は、この学校のどこにもいない」
そう言い残して――
舞先輩は、迷いのない足取りで、音もなく走り去っていった。……相変わらず謎の多い人だなぁ……
そんな背中を見送っていると――ふと、別の生徒が校舎から中庭に出てくる。校舎から生徒が出てくること自体は、別に珍しくもない。でも――キョロキョロと辺りを見回し、私たちと目が合った瞬間、サッと踵を返した。……いやいやいやいや! いまのはあからさまに挙動不審すぎるでしょ!?
次の瞬間、音もなく――まるで滑るように会長さんが駆け出す。うわっ、速っ!? なんかもう、自動防衛システムがセンサーに反応したみたい。
慌てて私も校舎の中へと会長さんを追ったのだけど、そこで見たものは――廊下に組み伏せられている不審者の姿だった……
「……わたくし、生徒会長の砂橋美結と申します♡」
にっこり微笑みながら、圧倒的な力で完全に拘束している。よりにもよって生徒会長に捕まったんだから――これはもう、シャレにならない予感……!
私だって、不審者の肩を持つわけではないのだけれど……
「こ、ここはひとつ穏便に……」
先日、天峰堂のスパイとして捕まったばかりなので、つい同情してしまうというか……。もう抵抗する様子もなさそうだし、これ以上危害を加えるのもどうかと……スパイにもスパイの事情ってのがあるんだろうし。
けど――改めてその人物を見てみると、なんか違う。……この人、本当に生徒? 制服姿ではあるけど、女子高生というより――若く見積もっても大学卒業はしてそうな雰囲気。
……いや、絶対学生じゃないでしょ!
「た、大変申し訳ありません……」
会長さんの下で、不審者は苦しそうにうめいている。
「私は“如月家からの使いの者”です。“お嬢様”にお話がありましてお伺いにまいりました……」
「……え?」
如月家……? それって――つまり、舞先輩の家!? しかも、お嬢様って……! 本気のお金持ちの雰囲気だよ!
「まあ」
会長さんが、わざとらしく驚いてみせる。でも、その目は全然驚いていない。むしろ、疑念に満ちている。
一方、私は――何だろう、この感覚は――背筋が凍るような――たぶん、これは――恐怖――
「舞先輩っての……まさか、まだストリップをやめさせようとしてるんですか!?」
そうじゃなきゃ、こんなに追い回す理由がない! 舞先輩は家からストリップを反対されて、逃げるように生活しているんだもの。現に、たったいまこの不審者から逃げてきたところだった。
もし、そういう理由なら……うーん、うーん……事は荒立てたくないんだけど……!
しかし。
「奥様の意向は、私どもは存じません」
不審者はその目的を明かさない。じゃあ、何をしに……制服まで調達して、こんなところまで入ってきてるの!? まるっきりスパイじゃん! 私も人のこといえないけど!!
そんな私の疑念を察したかのように、会長さんは優雅に微笑んでみせる。
「では、直接お話させていただいても?」
穏やかな声。でも、目はまったく笑ってない。これには不審者のほうが不審な目で見上げている。対して、会長さんは何故か楽しそうにため息。何というか……『ご自身のお立場をご理解いただけていないのですか?』……なんて言いたげな感じ。
「私は、生徒会の会長として、在校生の親御さんとお話したいだけなのですが」
そして、そっと目配せ。それに、私も頷く。この人を逃してしまったら、舞先輩がストリップをできなくなる――そんな不安と警戒心で。
もし、この人がプロのエージェントだったら……ちょっと気を許した瞬間に、何かスプレー的なものをシューっとしたり、煙幕的なものを爆発させたりするんじゃ……? ……って、まあ、プロなら女子高生に捕まったりしないか。会長さんが、ゆっくりと拘束を解く間も、私は逃さないように廊下を塞ぐ。この騒ぎが先生に知られたら……下手すると、舞先輩にも迷惑がかかるから、大人しく従ってほしいなぁ。不審者は全身を痛めたようで、ぎこちなく起き上がる。
けれども、会長さんには髪の毛一本分の油断もない。
「……スマートフォンは、どちらに?」
不審者がジャケットのポケットに手を入れようとしたのを、会長さんはひと睨みで鋭く制す。年上相手でも容赦がないし、睨まれた方もビクっと身をすくませてた。
「ジャケットの、左のポケットです……」
それを会長さんが……罠を疑いながらも慎重に取り出して……いや、慎重すぎる気もするけれど、相手は制服着込んで入ってくるくらいだから。何か仕掛けがあってもおかしくない、と疑ってるのかも。……ああ、天峰堂の皆さんが緩い感じで、本当に助かった。もしかすると、それだけスポーツスパイが横行しすぎて日常化してるってことなのかもだけど。
ともあれ、会長さんは取り出したスマホを不審者に返して……操作中も、ずっと監視。もし何か怪しい挙動があったら、ものすごい速度で蹴りとか入れそう。
けど……ここまで脅してしまうと、本当に後ろ暗い人なのか、会長さんに怯えているだけなのかわからなくなってくる。本当にビクビクしながら……たぶん、いまは連絡先を探してるのだと思う。そして――
「スピーカーはオンにして、私たちにも聞こえるように」
会長さんの方がよっぽどエージェントっぽいんですけど!? 言葉遣いは丁寧なのに、相手に“逆らえない”と思わせる雰囲気があって、スマホを持つ人を完全に支配している。
もし、これに応答がなかったらガチガチに縄で縛って生徒会室に拘禁するつもりじゃ……と心配していたけれど、幸いなことにすぐ出てくれた。
「もしもし、奥様でございますか」
『あら、佐藤さん、どういたしましたの?』
スマホのスピーカーから流れる声は、穏やかで上品。でも、どこか冷たい感じがする。これが、ご令嬢の家の雰囲気なのかもしれない。
「お嬢様との接触を試みたのですが、その前に生徒会長と名乗る女子生徒に呼び止められてしまいまして」
『あらあら』
お母様は、ちょっと驚いている感じ。でも、慌てた様子はまったくない。
その隣で――
「もしもし、如月舞さんのお母様でお間違いないでしょうか。わたくし、蒼暁院女子高等学校にて生徒会長を務めております砂橋美結と申します」
落ち着き払った会長さんの声。けれども、通話の向こうにも動揺は感じられない。会長さんに負けないくらいの貫禄がある。
『私は如月舞の母であります、如月踊と申します。この度は、誠にご迷惑をおかけいたしました』
「こちらの方は、お母様のご指示で?」
『はい、間違いございません』
「如月さんのご家庭の事情は存じておりますが――」
え? 会長さん、知ってたの!? さすが、生徒会長、ってことかな。
「何故、このような暴挙を?」
会長さんの問いに、お母さんは驚いたように少し迷っていたようだけど……
『だって、あの子……まったく話を聞いてくれないから』
「……えぇー……」
これには私も思わず声が漏れた。さすがに理由が無茶すぎる! だってそれ、親子喧嘩レベルの話じゃん!? 『娘が話を聞いてくれないから、追いかけまわして連れ戻そうとする』って……いやいや、強引すぎるでしょ!?
でも、何だろう。その声色から、少しだけ――ほんの少しだけだけど……本当に娘を思っているような……そんな気がした。だとしても、やっぱり呆れていることには違いないけど。
『先月から、主人……舞の父ですわね。あの人が新規に事業進出しましたタイの方に移住することになりまして』
スピーカー越しに流れてきたその言葉に、思わず「へ?」なんて間抜けな声が出た。海外に事業進出……? いや、ずっとお嬢様っぽい雰囲気はあったけれど……これはいよいよ、ガチモン……?
『わたくし自身は、舞の、その……ストリップ? にそこまで反対はしておらず……いまなら帰ってきても大丈夫、と伝えたいのですが……』
おおっ! と思わず胸が高鳴る。舞先輩、家族と和解できるんじゃ!? と、一瞬だけ期待したけど……
「それで、学校内に部外者を送り込んでまで? いささか社会通念を逸脱した行為と思われますが」
会長さんの声はいつものように穏やかで優雅。だけど、その目は相変わらず笑っていない。私の予想だと……イライラレベル(中)から(大)に移行中って感じがする……。余計なことで手間かけさせやがって、みたいな。けど……ほら……舞先輩も相当警戒してたみたいだし……っ! 夏頃は電車でライブハウスまで通ってたのに、最近は正門前まで車がお迎えだもん。この細心の注意――やっぱり舞先輩も、大会には出たいんだなぁ。
電話口で、少し息を呑むような気配が感じられる。けれど、やはり淡々として。
『本当に申し訳ありませんでした。あの子、学校にお友だちもいないようですので……』
「え?」
私は思わず口を挟む。挟まずにはいられない。
「お母さん、本当に舞先輩のこと、ちゃんと見えてますか?」
電話の向こうで、一瞬の沈黙が流れる。まあ、いきなり知らない人が割り込んできたんだから驚くよね。
『あら、あなたは……?』
「私は……」
いま、ちゃんと伝えなきゃダメだ。私は息を吸って、思い切り胸を張る。
「私は舞先輩の後輩で、ストリップ部部長の鈴木桜です!」
この瞬間、スマホの向こうに大きな動揺が走った気がする……! そして――
『ストリップ部……?』
やっぱり信じられないよね。私だって、部活作るとき大変だったもん。だけど、いまはこうして――
「はい! 私、舞先輩のストリップ・ライブに憧れて、それで、この学校にストリップ部を作ったんです!」
あの頃の私には何もなかった。――何もない、と思っていた。そこに――何かあるかも、と希望を見せてくれたのが舞先輩だった。
「最初は数人から始まりましたけど、全国大会にだって、出場できない補欠の部員が出るほど……そんなたくさんの人たちから、舞先輩は認められているんです!」
私は必死だった。舞先輩は、自分で多くを語らない。だから、いつも誤解されているけれど……本当は、すごい人なんだって……! 舞先輩は独りじゃない。どうしてもそれを伝えたかった。
私がそう言い切った瞬間――
「……ふっ」
会長さんが、小さく笑ったような気がする。――あっ。そういえば、いまの舞先輩は部活でも孤立気味だったっけ……。うぅ……そういうところ、会長さん、容赦ない……。けど、誤解が晴れたら、きっとまたみんなで仲良くできるから!
『高校に……ストリップ部……しかも、全国大会……!?』
舞先輩のお母さんが、言葉を失っているのがわかる。そうだよね、普通はびっくりするよね。高校にストリップ部ってことだけでもすごいのに、全国大会を開けるほどあちこちで活動してるなんて。
「お母さん!」
私はもう一度、強くスマホに向かって言う。けれど。
「舞先輩は……舞先輩は……!」
私には、もう……何をどう伝えたらいいのかわからなくなってきた。でも、私は知っている。舞先輩がどれだけ強い人か。どれだけまっすぐに、自分の信じる道を進んでいるのか。
だけど――
『……っ』
言葉に詰まる私の耳に、小さな嗚咽が聞こえた。
『……舞は、自分の道を貫いて……そして……新たな居場所を見つけたんですね……』
私は静かに頷く。けど……もっと正しく伝えたい。
「いえ」
私は、はっきりと言った。
『作ったんです。舞先輩は自分の力で、自分の居場所を』
舞先輩はプロだ。それも、並のプロじゃない。私たちが部活動の中で右往左往している間も、舞先輩はずっと先に向かって全力で走り続けていた。努力なんて言葉じゃ収まりきらないほどの鍛錬を積み、最高の舞台を作り上げるために、ひとり黙々と努力を重ねてきたのを私は知っている。そんな舞先輩が、いまも家族と距離を置いたままでいることが、どうしても納得できなかった。
「お母さん、まずは知ってください。私たちのこと、ストリップのことを……!」
私は携帯のスピーカー越しに真剣に訴えかける。すると――
『はい、ぜひとも。舞を取り巻く環境は、私の想像を遥かに超えておりましたので……』
舞先輩のお母さんは、思ったよりも冷静だった。声色も穏やかで、責めるでもなく否定するでもなく、ただ舞先輩のことを理解しようとする静かな意志が感じられる。
「そして、知ってもらえたら……きっと、わかると思います。言葉では……何を言っても、舞先輩には届かないと」
舞先輩は、多くを語らない。ただ、行動で示すのみ。ゆえに、舞先輩に対して言葉で訴えてもダメなんだ。
これまで前を向いてくれていたお母さんも、戸惑い消沈しているのを感じる。
『では、どうすれば……』
「それは――」
私の中で、ずっと考えてきたことがある。舞先輩とは、ただ脱ぐことでしか通じ合えない。かといって、お母さんにまでストリップをやらせるのは……なんか違う気がする。だから、ここは別方向で。すべての人が同じことをすればいいってものじゃないし、同じことをしない人を信用しない、というほど、舞先輩とて意固地ではない。
長い間、いろんな可能性が頭の中でグルグルしていたけれど――今回のことで、すべてがカチリと噛み合った――そんな気がした。
だからこそ、私は思ったとおりのことを伝える。それが、私なりの答えだったから。
そして、お母さんも――
『では……私も、自分なりに調べてみます。自分なりに、舞のことをもっと知るために』
そう約束してくれた。
少しでも、何かが変わるといいな――そう思っていたら、横で聞いていた会長さんが――まるで、可哀相な子どもを憐れむような目で、私を見ていた。
……何で!?
そして。
やっぱり、学校に侵入していたのは、プロのエージェントでも何でもなく、如月家のお手伝いさんだったみたい。てか、お手伝いさんって……浮世離れしすぎでしょ。しかも、ずいぶん長く勤めてきたことで、舞先輩のお母さんが思い悩んでいたのを見ていられなくて……それで、相談して……けど、お母さんも、まさか無断で敷地内に潜入するとは思っていなかったみたい。というかあのお手伝いさん、制服こそ着てたけど、長く勤めてたってことは……歳、いくつだったんだろう……?
そんな年上の相手であっても、会長さんによる警告は容赦がない。
『初犯ということで今回だけは大目に見ますが、次見かけたら即座に警察に通報します♡ 敷地内だけでなく学校周辺で見かけても通報します♡ 家族間のことであっても、常識的な手段によってお願いしますね♡』
全国大会を控えた舞先輩の関係者だから、最大限に譲歩してくれたんだろう。でも、そうじゃなかったら初犯だろうが何だろうが即・警察案件にしていたのは間違いない。お手伝いさんも完全に怯えていたし……私も、天峰堂で会長さんのような人に捕まっていたらどうなっていたことか……。相撲部の人や、澪主将や高木先生みたいな人で、本当に助かったよー!
ともあれ、不審者騒ぎは完全に収束し、生徒たちはようやく安心して学校生活を送れるようになった。何より――舞先輩が、もう誰かに追われることはない。
『不審者に注意! 見かけた際には職員室・生徒会にご連絡を』――生徒会室前で私はそんなポスターをじっと見つめながら、少しだけホッと息をついた。
全国大会が近づくにつれて、部室の空気はどんどん引き締まっていく。練習も、衣装作りも、みんな本気モード突入! もちろん私も、あちこちのグループに顔を出してはお手伝いしてる。
そんな中、ちょっとしたイベントが舞い込んできた。高岸家へのお呼ばれ、である。予定前倒しで衣装を完成させたいので、作業を手伝って欲しい、とのことだった。それも、日付指定で。ずっと前から静音ちゃんの家には遊びに行きたいと思っていたので、ふたつ返事でOKしちゃった♪
高岸家って学校から徒歩圏内なんだよねー。登校っていったら、自転車か電車が定番な中……まさかの徒歩。羨ましすぎる!
学校から見て駅と同じ方向ということもあり、部活が終わった後は静音ちゃんと一緒に帰ってたんで道順もバッチリ。そして……これまでは家の前までだったけど、今日は念願叶ってお宅訪問! 和風モダンな外観が印象的な、落ち着いた雰囲気のお家。あ、ちょっと緊張するかも。
ピンポーン、とインターホンを押すと――
「いらっしゃ~い♪」
ぱあっと扉が開いた瞬間、目に飛び込んできたのは――
「ぎゃああああああああっ!? 服! 服は!? 静音ちゃん、服ぅーーーっ!?」
何で全裸!?
「大丈夫だよ~。ここなら外からは見えないし」
「いやそういう問題じゃないから!!」
心臓が跳ね上がる勢いのままに、私は静音ちゃんの肩を押しながら家の中へ。とにかく早く閉めないと近所の視線が! ね!?
玄関は白木の板張りで、靴がきちんと並べられてて、壁には家族の集合写真。上品で、あったかくて……って、それどころじゃないんだけど!? この清潔感あふれる空間に全裸って、ギャップが強すぎる!
「奏音ちゃんは!?」
こんなの、奏音ちゃんがいれば内側から止めてくれそうなもんなんだけど……
「かのちゃんなら、お風呂入ってるよ~」
あ、あぁ、なるほどね……。そういえば、静音ちゃんはストレスが溜まると脱ぎたくなっちゃうみたいなんだよね。で、奏音ちゃんはお風呂が気分転換……。うん、間違いなくこれは……
「静音ちゃん……何かあったの?」
ふと口にしたその問いに、静音ちゃんの表情がシュンと曇る。そして、ぽつりぽつりと語り出した。
「ごめんね、桜ちゃんを巻き込んじゃって」
「ううん。部活のことなら、私のことでもあるから」
私だって、由香には早く完成版の衣装で練習してもらいたいし。けど、静音ちゃんはしょんぼりしたまま。
「じゃなくて……お祖母ちゃんのことで」
「お祖母ちゃん?」
私たちは『自己責任社会』の中で、わりと自由に育ってきた世代。その親世代はちょうど切り替わりの時期で、けれど、そのさらに親――つまり祖父母たちは『管理社会』――『大人は子どもをきちんと“管理”しなきゃいけない』って考えが根っこにある世代。
その中でも高岸家のお祖母ちゃんはかなり厳しいタイプらしく、静音ちゃんに『ちゃんとした大学へ行け』って、めちゃくちゃプレッシャーかけてくるんだって。けれど、静音ちゃんのご両親はそこまで教育熱心ってほどでもないので、お祖母ちゃんはそのぶんも肩代わりする勢いであれこれ口を出してくるみたい。食卓の話題も、ふた言目には大学のこと。そんなの、何を食べても味がしないよ! それどころか、早く寝ろだの、起きろだの。これじゃ息苦しくて、もはや学習塾の強化合宿じゃん!
昨日今日は本来、お祖母ちゃんの家に泊まる予定だったらしいけど、“急用が入った”ってことでキャンセルしようとしたんだって。……あー……私はそういう理由で呼ばれたのかー……。まあいいけど。どんな形であれ、力になれるようなら。
でも、静音ちゃんたちの思惑通りにはいかなくて――『じゃあ、こっちから出向く!』ってお祖母ちゃんのほうから高岸邸に雪崩込んでくる勢いだったのだとか。そんなことされたらいよいよ逃げ場がなくなる……!
ということで……昨日は仕方なく祖父母のお家に泊まって――ああ、そこでストレス溜めたんだろうなぁ――で、今日は予定があるから、と奏音ちゃんとふたりで早めに帰ってきたんだって。なお、ご両親はいまも実家で問題の人たちを抑え込んでいるとのこと。
「……た、大変だね……」
私が同情すると、静音ちゃんは疲れた顔でため息をつく。とはいえ、どんな形であれ応援してもらえるのはちょっと心強いかも。
「せっかくだし、そういう大学も目指してみたら?」
って、軽く笑いながら促してみると、
「それはいいんだけど」
なんてさらりと返す。どうやら、静音ちゃんが怒っているのはそこではないらしい。
「だったら、かのちゃんも一緒に言ってくれたらいいのに……お祖母ちゃんたち、露骨にかのちゃんのこと……」
――ああ。以前、奏音ちゃんからちょっとだけ聞いたことがある。自分なりにすごく努力してるけど、やっぱり静音ちゃんには敵わないって。祖父母もそれを知っていて、あからさまに静音ちゃんに“だけ”期待を寄せている、ってことかー。奏音ちゃん自身も、きっとそれを受け入れてしまっているのだろうけれど。
でも、静音ちゃんは奏音ちゃんが大好きで、とっても頼りにしていて……なのに、姉妹でそんな扱いの差があったら……そりゃ静音ちゃんだって腹立つよね。
静音ちゃんに頑張ってほしかったら、まずはその態度から改めなきゃだなー……とか、そんな話をしていると、廊下の向こうのほうからドアが開く音が聞こえてくる。ちょうど奏音ちゃんがお風呂から出てきたところみたい。バスタオルをきちんと巻いて、髪先から湯気が立ち上っている。同じ顔のはずなのに、なんでこんなに“キリッ”として見えるんだろう。いわゆる『目力』ってやつ……だけでなく、姿勢もまっすぐな感じするんだよなー。
「思ったより早かったのね。鈴木部長はいつも遅れがちと聞いていたけど?」
「えっ、誰情報……」
「椎名さんから」
紗季かーっ! いつの間に……!? うーん、あのふたり、何気に仲がいいみたいなんだよねぇ……。私の理解の及ばないところで噛み合っているというか。
そして奏音ちゃんは、今度は静音ちゃんに視線を移す。
「シズ、まさかその格好で出たわけじゃないわよね?」
静音ちゃんの脱ぎ癖は奏音ちゃんも知っているので、家の中なら許容していたみたいだけど。
「う、うん、大丈夫だよ~」
平静を装おうとする静音ちゃん。しかし。
「じゃあ、どんな格好で出たの」
「えっ!?」
「一度服を着てから、鈴木部長を出迎えて、また脱いだの?」
沈黙。……うん。やっぱり、奏音ちゃんには全部バレてるんだよね。静音ちゃんの行動、読まれてる。まるっとお見通しなんだなぁ。
さてさて。
奏音ちゃんの小言もひと通り終わって(てか、全裸で来客迎えちゃダメって、そりゃそうだよね!)、ようやく作業タイムに突入! 静音ちゃんの部屋は――ふんわりとした香りが漂う、落ち着いた空間。壁際にはきれいにフレームに入れられた絵が何枚も飾られていて、水彩から油絵までバリエーション豊か! おそらく美術部とか授業で描いた作品だろうけど、どれもこれも上手すぎて『え、画家の卵!?』って思わず見入っちゃったよ。それ以外は、ごく普通の女子の部屋。机、ベッド、本棚、ちょっとぬいぐるみ。だけどその“普通さ”の中に、静音ちゃんの“芸術家としての顔”がぽつりぽつりと浮かび上がってて、なんか、イイ。
あ、ちなみに……私はジーンズにTシャツという作業モードで、奏音ちゃんはというと――ハーフパンツ。なるほど、動きやすさ優先ってことね。けれど、静音ちゃんは……ええ、はい。全裸キープ中です。慣れって怖い。脱いだ服がベッドにそのままシワっと残されているあたり、ちょっとズボラなのかも。
で、作業は三人で分担。奏音ちゃんと私は型紙に合わせて生地をチョキチョキ。私はハサミを動かすたびに、線から少しずつズレてしまうのが不安で、何度も手を止めて確認しながら進めていた。そして、それを静音ちゃんがミシンで縫い合わせていく。うーん、手先が器用ってこういう人のことを言うんだろうなぁ……私が切ってる隣から「それ、ちょっと違うかも」って静かに修正されるの、地味にダメージ入る……。慎重にやってるつもりなんだけどなぁ……
そんなトホホな気分を盛り上げるため、学校のこととか、ドラマのこととか、色々話しながら手を動かしていたけれど。
「……ねぇ、部屋に飾ってる絵、全部静音ちゃんが描いたの?」
私は何気なく聞いてみた。
「うんっ」
自慢気というよりは、ちょっと照れくさそうな笑顔を浮かべて答えてくれる。けれど、ここで何かを思い出したように。
「実は……ちょっと、桜ちゃんに見せたい絵があって……」
その頬がほんのり赤くなったかと思えば、ふわりと腰を上げて……奥のクローゼットのほうをごそごそ。冬物の長いコートの下のほうはゴチャゴチャといろんなものが積み重なっているけれど、そこから取り出してきたのは――
「えっ、それ……っ!?」
奏音ちゃんの声のトーンが明らかに変わった。え、え、何? 私も絵を覗き込むと、それは――渋谷のスクランブル交差点のど真ん中で……全裸で立ってる静音ちゃん!? こ、これは……初めて“静音ちゃんの癖”を目撃したとき以上の衝撃……! だって……普通に人が歩いてるし、車も待ってるし……そんな中でコレって……ヤバイを通り越して、現実離れしすぎてる……!
「し、静音ちゃん!? これ、どうやって描いたの!?」
まさか……本当にやらかしちゃった……?
「もっ、もちろん! 絵だからーっ! 想像、想像ですっ!」
私が本気になってきてるのに気づいて、静音ちゃんはキッチリと否定する。けど、奏音ちゃんはどこか冷静。
「……はぁ、いくら私と体型が似てるからって」
ん? んん? ため息をつきながら静音ちゃんの方をガン見。何かを知ってる顔……?
「そのスクランブル交差点の絵も、“私”の絵も……見覚えはあるわ」
「えぇっ!? これ、奏音ちゃんだったの!?」
双子だけにそっくりだとは思ってたけど……これ、静音ちゃん自身を描いたんじゃなくて、奏音ちゃんだったんだ!?
「春頃、ヌードを描きたいって言われて、モデルになったことはあったけど……」
「ご、ごめんねぇ……」
ん? ん? ん? 待って待って、私、話に置いてけぼりになってるんですけど……? 私がついていけてない顔をしていたからか、奏音ちゃんが答えを解説してくれた。
「交差点の絵に、私をモチーフに自分を描き加えたってことよ」
「そんなことできるの!?」
しかも、奏音ちゃんを静音ちゃん自身に“微調整”しながら……!
「できてるじゃない、現に」
……いや、たしかに。リアルすぎて写真かと思ったもん。合成といっても、絵で合成って……ほんと、静音ちゃんすごい。
「でも、どうしてこれを私に……?」
すごい絵だとは思うけど。
「こういう趣味、ずっと隠してきたから……」
あー……それで、文化祭のときには“大変なこと”になったからねぇ……
「だから……これからは、ちゃんと向き合っていこうかな、って」
その言葉に、奏音ちゃんが盛大にため息。
「……はぁ、こうなるんじゃないかと思って、ストリップ部とは距離を置いてたのに」
「ご、ごめん……」
結局巻き込んじゃって。
思わずシュンとしてしまった私に、奏音ちゃんは慰めるような微笑みを向ける。
「……いえ、悪かったわ。遠ざけたところで、“あの癖”がなくなるわけじゃないのにね」
「なるほどー……静音ちゃんの“あの癖”は、絵から来てたのかー……」
ちょっとアーティスティックな理由かも、と納得仕掛けたところで。
「そんなわけないでしょ」
と奏音ちゃんが一蹴。
「えっ?」
「“あの癖”がなければ、わざわざこんな絵を描こうとも思わないわけで」
ということは、結局“それ”が静音ちゃんの根源……ってことなのかなぁ……。実際、これを描いたのは文化祭の騒ぎよりずっと前のことみたいだし。こうして絵で表現する分には何の問題もないわけだから、わりと平和な自己表現というか、解決法ともいえる。
けど……やっぱり、静音ちゃんは静音ちゃんなんだなぁ……なんて、ふたりしてじとーっと見つめると――「わわわっ」なんて慌てながら居心地悪そうに立ち上がる。
「ちょ、ちょっと下に飲み物取ってくるね!」
そう言って、さり気なーく逃げていった。一応、スススー……って感じの忍び足ではあったんだけど……全裸だからねぇ……。全然忍べてない感がすごい。これに、残された私たちは苦笑い。あのカッコが、静音ちゃんにとって一番落ち着くんだろうなぁ。まあ、他の人には秘密にしなきゃだけど――
――ガチャガチャ
「!?」
玄関のほうで、鍵を開けようとしてる音がする!? 何かいやな予感がしたのか、奏音ちゃんは掻っ攫うようにスマホを手に取り――
「“それ”持って一緒に来て!」
届いていたメッセージを確認した奏音ちゃんは、静音ちゃんが脱いだと思われる服を指差す。そして、ドタドタと玄関の方へと下りてゆき――
「お、お祖母ちゃん……どうして……?」
むむむ? この口調は奏音ちゃんらしくない。どことなくゆったりしていて、少し首をかしげながら視線を逸らすような仕草まで加えていて――そっか、これは“静音ちゃんの真似”なんだ! そして、玄関には、何やら機嫌の悪そうなお婆ちゃんと、申し訳なさそうなおばさんが……
「静音……お祖母ちゃんが、どうしても話がしたいって……」
そんなふたりを尻目に、私は会釈をしながらスーっとダイニングのほうへ。静音ちゃんの服一式を届けるために。
あー……なるほどなー……。あのお祖母ちゃん、パッと見ただけでも、いかにも“教育ママの上位互換”ってオーラ全開だったもん。両手いっぱいに塾のパンフレット持ってたし。あれは、静音ちゃんじゃ絶対勝てないやつだなぁ……
なので、静音ちゃんのフリをした奏音ちゃんが、さり気なくブロック。おばさんのほうは、姉妹が入れ替わってるって気づいてるのかなぁ……?
「え、えーとね……進路のことは、自分で考えたいから……!」
「考えるにも、選択肢を広げることが肝要じゃろがい! どーしてワシの心配が伝わらんかいの!!」
ひぃぃぃっ! 雷みたいな声だよぉぉぉ……! まさに、電撃が走ったー! って感じ……
そんな怒号に怯えつつも、私はなんとか台所へ到着し、静音ちゃんに着るものを渡すことに成功。ふぅ……ギリギリセーフ!
……そのあと、静音ちゃん(に見える奏音ちゃん)の見事な対応によって、お祖母ちゃんにはなんとかお帰りいただいた。さすがだよ、奏音ちゃん。こういう“処理”はほんと手慣れてる。
そして、こういう感じで奏音ちゃんが代理で対応するのはいまに始まったことじゃないみたい。静かになった玄関を、恐る恐る静音ちゃんが覗き込む。もちろん、服を着て。
「ご、ごめんね……かのちゃん」
これは、何に対して謝っているのやら。代わりにお祖母ちゃんの怒号を浴びさせたことか。それとも……家の中とはいえ、とんでもない格好でウロウロしていたことか。……ま、両方か。やれやれ、これは奏音ちゃんの気苦労は尽きないねー……
そんな週末が過ぎ、大会当日は日に日に近づいてくる。高岸姉妹が前倒しで作業を進めてくれたおかげで、準備もかなり整ってきた。
そんな中、私のスマホにメッセージが飛び込んでくる。送り主は――優菜ちゃん!
『さくっちー! 朗報!』
ナニナニ!? 思わずスマホを握りしめ、画面に釘付けになる。
『大会主催が、地方チームのために宿泊施設を一棟開放するって! 土曜日から泊まり込めるよ!』
すごい……! 全国大会には地方からもたくさんの高校が参加するし、移動や宿泊の負担を考えて、運営側が前の週末から宿泊施設を手配してくれるってのは聞いていた。でも、チーム全員で泊れるなんて、めちゃくちゃありがたいよね。
『うちのチームも、みんなで泊まることにしたよ!』
前の体験会のときは優菜ちゃんひとりだけだったから、こうしてチーム揃って来られるのが嬉しいんだろうな。
よーし、だったら蒼暁院のみんなにも紹介しなくちゃね! きっと、楽しいことがいっぱい待ってるはずだ。全国大会まで、あと少し――!