逃げるな
お昼すぎの新宿駅へ向かう道は、どこか寂しげ。ビルの谷間を抜ける風がひんやりと肌を撫で、遠くから聞こえる車のクラクションや人々のざわめきが、まるで別世界のように感じられる。さっきまでの熱気が嘘のように、私たちは言葉少なに歩いていた。賑やかな看板が連なる街並みも、いまの私たちにはどこか現実味がない。ただ、足を進めるたびに、さっきまでの光景が頭の中に繰り返し浮かんでくる。今日はお休みだし、せっかくだから遊んでいこう! ……という雰囲気でもなく、ただ、それぞれが今日の体験会の余韻に浸っていた。
千夏はふと足を止め、唇を噛みしめる。視線はまっすぐ前を向いているのに、その瞳は何かを振り返っているようだった。手をぎゅっと握りしめると、絞り出すように言葉がこぼれる。
「ストリップって、ただ楽しく脱ぐだけじゃダメなんだね……」
その声は、どこか悔しそう。
今日の体験会で、私たちは何かを学んだ気がする。
ただ踊るだけじゃない。
ただ脱ぐだけじゃない。
ストリップは、自分自身をどう魅せるかの勝負なんだ。
それを今日、思い知らされた。
「ダメ……とまでは思わないけれど……」
私は千夏の言葉を受けて考える。すると、佳奈ちゃんが千夏の思いに補足するように。
「大会では勝てない……という意味ですね」
それに千夏だけでなく、優菜ちゃんも頷く。その瞳にも同じような悔しさが滲んでいた。
確かに、競技ストリップは楽しく踊るだけのものじゃない。ただ脱ぐだけなら誰でもできるけど、“勝つためのストリップ”とは何なのか――それを、夕鶴ちゃんは見せつけてきたのだ。
歩きながら、ふいに優菜ちゃんが眉をひそめる。
「それにしても、さっきの……夕鶴っていったっけ? さくっちと話してるの聞き耳立てさせてもらったけど……やな感じだったねー」
「え? そう?」
私は特に気にしてなかったけど。だって、普通に会話しただけだし……?
でも、佳奈ちゃんも、優菜ちゃんと同じような感想を抱いていた。
「露骨に挑発的でしたね。私たちが経験者だと知ったうえで、応援よろしく……と」
「アタシたちを対戦相手として認識してないってことじゃん! 悔しーっ! ムカつくーっ!」
千夏が髪をぐしゃぐしゃっとしながら叫ぶ。優菜ちゃんは控えめながらも……静かに、それでも力強くつぶやいた。
「あのコ、絶対『課題』で出てくるよね」
その問いに、私は……確信できず、つい問い返してしまう。
「……やっぱり、そうかな?」
「集団の中でのあのアピール力……それを活かさない手はないでしょう」
佳奈ちゃんの分析がふたりの予想を裏付ける。なるほどなぁ。確かにそうかもしれない。
「私は『総合』で出るつもりだけど……燎には伝えておかないと」
「あ、燎さんが『課題』なんだ」
優菜ちゃんは深刻そうだけど、懐かしい名前に、私はちょっと嬉しくなってくる。うーん、燎さんといえば、優菜ちゃんと『総合』のポジションを競っていたはずだけど――
「うん、アイツ、センスが古いから」
ははは……まあ、たしかに……燎さんの好きな曲って、どれもひと昔……いや、ふた昔くらい前の懐メロポジションなんだよねぇ。もちろん、珍しい楽曲で人目を引く、という作戦もあるかもしれないけど……一方『課題』も、ここでコケると後がない重要なポジション。だからこそ、やり甲斐もあるし……夕鶴ちゃんと戦うのなら、確かな実力者を当てておく必要がある。
「えーと、課題曲っていうと、月の……?」
「うん、ラクダが砂漠を歩く曲」
千夏の問いに、私が答えた。優菜ちゃんもそれは覚えていたみたいで。
「ま、古典的な燎にはちょうどいいでしょ」
「燎さんくらいになると、ロックアレンジとかやらかしそう……」
いや、それはそれで見てみたいかも? 燎さんって、何を踊っても力強い振り付けになるんだよねぇ。
「悪目立ちは減点材料ですよ、今大会の場合は」
と、佳奈ちゃんが冷静に念を押す。個人戦なら、課題曲をどこまでイジれるか、みたいな工夫もできたかもしれないのにね。来年はそういう方向でも見てみたいな。
少し『課題』で盛り上がったところで。
「アタシ、『衣装』なんだよね……」
「うん」
千夏が寂しそうにぽつりとこぼしたのに、私はうなずく。
「アイツ、『衣装』で出てきてくんないかなぁ」
そう言いながら、千夏はちょっと拗ねたように頬を膨らませる。
「他校の事情なんて知らないでしょうね」
佳奈ちゃんが淡々とした調子でたしなめるも、千夏の闘志が大爆発!
「むむむぅ……! アタシ、やっぱりアイツと直接戦いたい! でなきゃ納得できないし、何より悔しいっ!」
『課題』で立候補しているのは佳奈ちゃんと由香だったよね。……これ、絶対由香に『交代してー!』とか言い出すやつじゃん。
優菜ちゃんも夕鶴ちゃんにはライバル意識を持ちながらも、エースとしての自覚はあるみたい。直接対決は望まないまでも、闘志はグングン盛り上がっている。
「私もじっとしてられないなぁ……ううう……早くみんなと踊りたい!」
「じゃ、一日繰り上げて早く帰る?」
なんて、冗談っぽく言ってみたら……
「それはダメ」
ぴしゃりと却下された。
「明日はMAYちゃんのライブがあるもん」
「MAYちゃん……」
うちの部に舞先輩のことを芸名で呼ぶ人はいないから、ちょっと新鮮。
もちろん、私も明日の舞先輩のライブには参加する。けれど、千夏たちは……
「さくっちたちって、MAYちゃんと同じチームで出場するんでしょ? いいなーっ!」
まあ、ファンなのだし舞先輩の高校くらい知ってるよね。悪意なく羨ましがる優菜ちゃんだけど――私たちの反応はちょっと複雑。
「うん……えへへー……」
なんて、私は喜んでみるものの……千夏と佳奈ちゃんは気不味そうに目をそらす。
「……むむむ? なんかあったの?」
「ま、まぁ……舞先輩はいま、ちょっと難しい立場にあって……」
ふたりが不穏なことを言い出す前に、私が釈明しておいた。最大限に前向きで。だからか、優菜ちゃんにも前向きで伝わってくれたみたい。腕を組んで、納得したようにうんうんと深く頷いている。
「……あー……なるほどー……さくっちも『総合』向きだもんねぇ」
「あっ、いや、私は――」
と私が訂正しかけたところで、佳奈ちゃんが唇に指を立てるジェスチャー。……うん、たぶん優菜ちゃんは、私と舞先輩が『総合』でぶつかっている、と思ってるんだろうなぁ。そう勘違いさせておいたほうが蒼暁院としては有利……というのが、佳奈ちゃんの思惑なんだろう。
私はそういう情報戦まで頭が働かないけど……そう受け取ってもらったほうがいいかな、とそれ以上の言葉を飲み込むことにした。
波乱の体験会の翌日は舞先輩のライブで盛り上がって――けど、ストリップは自己表現。どうしても想いが出ちゃうものだからね……。そのステージの舞先輩は、少し寂しげだった。もちろん、ほんの少しだけ。もしかしたら、私がそう感じただけかもしれない。優菜ちゃんはすっごく興奮して帰っていったし。……ああいうところ、舞先輩ってやっぱりプロだなぁ、と改めて感心してしまう。
だからこそ、私も頑張らなきゃ。休みの明けた今日の放課後は、第二回ストリップ部選抜会議――希望を出しただけの前回とは異なり、今回は誰かが落選してしまう。
「はぁ……みんなが出られたら良かったんだけどねぇ……」
「まだそんなこと言ってるの」
さすがの紗季も呆れ気味。
朝の住宅街は、まだ静けさが残っている。通学する生徒たちがぽつぽつと歩くなか、家々の窓にはカーテンが閉められたままのところも多い。空気は少しひんやりとしていて、昨日の熱気が遠いものに感じられる。通りの角を曲がると、商店のシャッターがゆっくりと開く音が聞こえ、日常が始まっていく気配がした。
「何なら、他の学校に名前だけ借りれば? そこにうちの二軍を押し込んで」
「二軍とか言わないの」
もし、今日敗れてしまったコがいたとしても、それは……ちょっと及ばなかっただけなんだから!
「スタメンでないのなら二軍でしょ。それとも、一軍でもないメンバーを全国の舞台に立たせるつもりなの?」
「……紗季、容赦なさすぎ」
はぁ……だから憂鬱なんだよねぇ……。もちろん私だって、他の学校と協力してー……って考えなかったこともない。けど、その結果が……優菜ちゃんたちのストリップ熱に火を点けてしまい、星見野南北連合もふたりほど補欠を出すほどの大盛況。
さすがにさらなる協力者を探そうにも、ストリップに賛同してくれそうな女のコがそれ以上あちこちに転がっているはずもなく……はぁ、世の中上手くいかないもんだわー。
うんうん唸ってばかりの私に、紗季までちょっと不安そう。
「そんなことで、天峰堂に勝てるの?」
潜入には失敗してしまったこと、せっかく用意してもらったジャージも没収されてしまったこと――それは、先週のうちに謝っている。けど……
「それがね! なんと、こないだの体験会に天峰堂のコが来てて!」
この感動をどうすれば伝えられるものか。隣を歩く紗季に、私は一気にまくし立てる。
「図らずとも天峰堂の実力が見れて良かったじゃない」
紗季は興味ないなりに、淡々とした口調で応えてくれた。
「うん、千夏も優菜ちゃんも佳奈ちゃんも、すっごいギラギラした顔つきで! いままで以上に真剣な目をしてたし、すっかり勝負のスイッチが入ったみたい!」
夕鶴ちゃんの実力を目の当たりにして、明らかに緊張感を高めていたもんなぁ。
でも、私は――
「貴女だけのんびりしてるのは、外野としての余裕?」
むぅ、またそういうことをーっ! のんびりしてるつもりなんてないのに、そう見える? 紗季ってときどき意地悪なこと言うんだよなー。
「外野だって野球チームの一員なんだよ! 野球のことはよくわかんないけど!」
私は根拠なく堂々と言い返した。すると……紗季のほうは野球のルールを知ってるのか知らないのか、クスっと笑う。
「……悪かったわ。貴女、チームとかの垣根を超えて、同志の活躍を喜ぶタイプだものね」
そう、私は『ストリップを愛する者はみんな仲間!』ってスタンスだから、夕鶴ちゃんのパフォーマンスを見ても、素直に『すごい!』って思っちゃうんだよね。
「うん、苦戦しそう、ってのはわかるんだけど……やっぱり嬉しくて」
「敵の活躍を喜んでいるのだから、スパイってことなら真っ先に疑われそうなのに」
「そんなこと言わないで!」
私は思わず即抗議。状況が状況だけに、冗談でもそんなこと言われたらシャレになんないんだって。けれども、紗季は相変わらず飄々としている。
「安心しなさい。貴女みたいなわかりやすい人をスパイに選ぶ人はいないわ」
「むむむ……? なんかバカにされてるような……?」
軽く納得いかない気もするけど、とりあえず紗季の言葉を深く考えないことにした。
そんな話をしながら、最寄りの安坂駅から電車に乗り、蒼暁院駅で下車。ここまで来ると、同じ制服の生徒がゾロゾロと列を成している感がある。余裕をもって正門をくぐり、昇降口に到着。私はいつものように下駄箱を開けた。すると――
「ん?」
……メモ? 折り畳まれた小さな紙が、ポツンと私の上履きの中に入っていた。女子校だから、ラブレターってわけじゃないし、むしろ……悪い予感しかしない。一応、周りをチラリと窺ってから、慎重に紙を開いてみる。
「どうかしたの?」
紗季が覗き込むので、私は指を震わせながら紙を見せた。
「こ、これ……」
そこに書かれていたのは、たった一行。
『全国大会から逃げるな』
「逃げてるつもりなんてないのに……」
私はただ、みんなを支えたいだけだった。
部をまとめ、全国大会に向けて準備を進めている。
みんなで全力を出しきるために。
むしろ、まっすぐに向き合ってるつもりなのに……
「桜、授業が始まる前に、ちょっといい?」
その声は普段より少し低い。紗季の真剣な瞳が私に向けられる。私も、このモヤモヤを抱えたまま授業を受ける気になれない。だから頷いて、紗季と共に人のいない場所へと向かっていた――
登校してくる生徒たちで教室のほうは少しずつ賑わいを増していく。けれど、北の校舎裏は、そんな喧噪から切り離されているように静かだった。朝の冷たさに包まれて、ここだけが時間が止まったように感じる。
私は手の上に広げた小さな紙切れをじっと見つめていた。指先がわずかに震える。息を詰めるようにして、書かれた言葉を目で追った。『全国大会から逃げるな』――そのひと言が、じわじわと胸に重くのしかかる。
紗季はそんな私の様子を見ながら、静かに口を開いた。
「由香から、状況は聞いているわ」
それはおそらく――『天峰堂は如月舞を歓迎する』――の件。
「もし、舞先輩が出場できなくなったら、代わりに出場するのは……」
「紗季まで舞先輩を疑ってるの!?」
思わず声が裏返る。やっぱり私は、そんな理由で出場なんてしたくない!
けれど、紗季は淡々とした調子で――
「疑う必要もないわよ。私はストリップ部員ではないのだから」
あくまで私たちとは一線を引く。そのうえで。
「要は、貴女は補欠の実力ではない、というだけのことよ」
「ぅ、うーん……?」
待って待って。私、そんな大したことないよ? だってみんな、すっごくいいパフォーマンスしてるもの。
「私はただ、みんなで楽しく大会に出場できれば……と思ってるだけで」
「けれど、大会に出る以上、勝ちたいと思うのは当然のことでしょう?」
紗季はあくまで冷静だった。確かに、みんな勝ちたい気持ちはある。けど、私は……私は……
「か、買いかぶりすぎだよ!」
やっぱり、その言葉に甘んじることはできない。
「私は、みんなのストリップを見守りたい。そして、みんなで勝つために……私は支えたいんだ」
言いながら、少しずつ言葉に力が戻ってくる。だって、それが私の何よりの本心だから。
私は舞先輩みたいなスターじゃない。
でも、みんなが輝くための支えにならなきゃって思ってる。
それじゃ……ダメなの……?
私の考えを見透かすように、紗季はふと空を見上げる。
「けれど、桜には選手として力になってほしい……と思っている人もいるのでしょうね」
その視線の先は――三年生のフロア――舞先輩のいる場所。それに気づいて――胸がドキッとする。
でも……でも、もしいまになって『やっぱり私、出場します!』なんて言ったら……
そうしたら、誰かが出られなくなる。
その誰かが悲しむことになる。
そんなの、私には耐えられない。
私は舞先輩のことも、みんなのことも、どっちも大切なんだ。
再びメモに目を落として考える。私がこんなことを言われてると知られたら、みんなどう思うだろう?
何より、“誰が”このメモを送ったのかを考えたら――
「……ねぇ、紗季、この手紙のこと、みんなには秘密にしておいた方がいいよね?」
「まあ、手紙で送ってきた、ということは、貴女以外には知られたくない、ということでしょうから」
紗季は少し考えて、静かに言う。
「少なくとも、私はその手紙を見たこと、黙っておくわよ。むしろ、バレたくなければ貴女の方が努めることね」
うっ……プレッシャー……
「も、もし私が変だったら助けてね」
「貴女は元々十分変だから大丈夫よ」
「……真面目な話してるんだけど」
紗季は時々、真面目なのかふざけてるのか、わからないところがあるんだよなぁ……
「真面目な話、私は部の会議とかには関与しないからフォローできないことの方が多いわよ」
淡々とした口調で、紗季は言った。私だって、そういうことはわかってる。
「できる限りでいいよ」
「できる限りね」
私の言葉に、紗季は同じ言葉を繰り返す。うん、紗季は冷静で合理的だけど、私の思いを突っぱねるようなことはしない。
「ということで、できる限りで協力してほしいんだけど……」
「早速何か?」
私からのいきなりの頼みに、紗季は少しだけ眉をひそめる。
「この手紙の送り主が誰か、わからないかな」
紗季は一瞬、呆れたように目を細める。
「それを知って、貴女はどうするつもりなの?」
紙は普通のコピー用紙で、書かれている文字も明朝体。筆跡すらわからないし、特に手がかりになるものもない。何より、送り主はおそらくストリップ部の誰か。それを明らかにしたところで余計にギスギスするだけかもしれない。
だとしても。
「……覚悟はできてるから」
私は紗季の目を見てしっかりと告げる。これに紗季は――少しため息をついて問いを返した。
「覚悟はできてるのに、どうしてそれに応えないの」
言われて私は息を呑む。紗季の指摘に、核心を突かれて。けれど……もう、私の中に迷いはない。
「わかってくれるって、信じてるから」
だって私たち蒼暁院ストリップ部は、同じストリップという競技で結ばれた仲間同士なのだから。
「けれど、貴女にはこの送り主のことをわかってあげられないの?」
紗季の言葉が小さく胸の奥に刺さる。どうしても、私を戦場に上げたい人はいる――そう考えると、言葉が出てこない。けれど、ゆっくりと畳んだメモをポケットにしまいながら――考えて、答える。
「……これが私なりの、最善の選択だから」
舞先輩のことも、部のみんなのことも、私はどっちも大切にしたい。
どちらかを優先して、もう一方を犠牲にするなんてことは、できない。
舞先輩のおかげで、私はストリップと出会えた。
そして、みんなのおかげで、ストリップ部ができた。
どちらも、私にとってはかけがえのないものだから――
迷いはまだ完全に消えたわけじゃない。
それでも、私は自分の選択を信じている。
予想外のトラブルに、私は朝からモヤモヤしっぱなし。メモのことが頭から離れず、午前中は机に突っ伏して過ごしていた。けれど――
「まー、そんな深く考えんなよー。誰かが受かれば誰かが落ちるのはしゃーないって」
そんな私に、千夏が肩をバンバン叩きながら気合を入れてくれるお昼休み。今日はこの後、部員同士で出演者の枠を奪い合う――そう思うと部室でご飯を食べる気になれなくて、二年B組に集まっている。
「むしろ、あなたが自ら補欠になってくれたことで席がひとつ増えたのだから、感謝こそすれども恨む人はいないわよ」
由香も控えめに励ましてくれる。
「かのちゃんもね」
そうだった。奏音ちゃんも静音ちゃんのために自ら身を引いている。そう思うと、静音ちゃんはふたり分の想いを背負っているんだなぁ。
そんな私たちを眺めながら、紗季は多くを語らない。これはあくまで私たち部内の決め事だから。けれど――紗季が見守ってくれている、と思うと、ちょっと勇気が湧いてくる。
「うんっ、誰に決まっても……みんなで頑張ろうね!」
自分に言い聞かせるように発破をかけて、昼休みは紗季の隣でちょっと甘えながら過ごした。
放課後になったら、すっかり気持ちを切り替えられた気がする。
「……ってことで、昨日までうちに従姉妹が泊まりに来ててー」
私は部室に集まったみんなと改めて体験会の話を共有することにした。
「従姉妹までストリッパーって、何気に流行っとりますなー」
かがりちゃんが意外そうに感心してくれる。
「てか、今度泊まりに行かない? 冬休みとか!」
千夏ってば、優菜ちゃんの実家が旅館だと知った途端、目をキラキラさせるんだから。今日は高い位置でのハーフアップにしていて、毛先がふわっと揺れてる。普段はお団子にしてることも多いけど、こういう軽いアレンジをすると、千夏の活発さがより引き立つなぁって思う。
そんな前のめりを制するように由香が鋭い視線を向ける。
「変な迷惑かけないでよ? いくら関係者がストリッパーだからって」
わいわいと盛り上がりつつも――やっぱりこれから決戦なんだよなー、ってのはみんな意識してる。部室の時計をチラチラ気にしたりして。
「あ、そろそろカーテン――」
閉めとかなきゃなー……ってところで、みんなのトーンが急激に消沈。窓際に椅子を置いて、静かに佇んでいる舞先輩に気づいて。み、見えてなかったわけではないんだけど……舞先輩って、ストリップに関わらないときは空気みたいな存在になっちゃうから。もちろん、私は気づいてたよ!? 当然、みんなも気づいてたと思うし……意識的に無視してたわけじゃないんだけど……つい意識から外れていて、それを思い出した……って感じで。
目に入ってしまったものは仕方がない――そんな空気が漂う中――こういうとき、先陣を切るのはかがりちゃん。
「せ……せやっ、今度、舞先輩のお宅にお伺いしてみる……なんてのはいかがでっしゃろ?」
ここまでの話題に、強引に舞先輩を絡めてきた。そんな後輩の雄姿に、千夏も果敢に乗ってくる。
「あっ、いいじゃん! なんか、お嬢様って噂もあるしー」
「千夏たちが勝手に言い出したことでしょ」
由香のツッコミも冴えわたり、何とか場の空気も穏やかになったかなー、ってところだったのに!
「うちはダメ」
遠慮のない拒絶。そこは、少しは空気読んでーーーっ!
けど、やっぱり舞先輩は舞先輩なので。
「そこは、地獄の門が開く場所。邪悪なるものが蔓延っているわ」
まーた妙な言い回しを。舞先輩は涼しい顔でおどろおどろしいことを口にしているけれど――本当は、舞先輩、実家とは勘当状態だから……。ストリップを認めない家族は、舞先輩にとって『邪悪なもの』という扱いなのかもしれない。
「そんなん、もはや妖怪マンションやないですか……」
かがりちゃんが少し茶化し気味なリアクションをしてくれたおかげで、私もバトンを受け取れそう。
「ええっと……だ、だったらっ! 優菜ちゃんの旅館ならみんなで泊まりに行けるし! ほら、それなら気兼ねなく楽しめるし、舞先輩だって……ね?」
私が慌てて話を戻す。すると、舞先輩はふっと笑って――
「桜が一緒なら」
なんで私!?
「マイセン、どんだけサク推しなんスか……」
千夏の呆れツッコミのおかげで、ようやく場の空気も盛り返してくれた。それで、気づく。やっぱりみんな――本当は舞先輩のこと、疑いたくなんてないんだよね……? ただ、全国大会に向けて、一生懸命なだけで……
てなところに、生徒会の三人も到着。私はホワイトボードの前に立ち――
「えー……第二回選抜会議を開催しまーす……」
さすがに今回は合いの手ナシ。
「心苦しいですが……同じ種目を希望した二名は、ここで競い合っていただきますー。じゃ、先ずは『衣装』からね」
「『課題』からじゃないんだ?」
千夏が首をかしげる。
「ほら、『衣装』は実演がないからね。コンセプトを発表してもらって、それで」
「なるほどー」
千夏は納得したように頷いた……けど、その直後。
「ごめん! 実はアタシ、由香と種目変わってもらっちゃって!」
「え?」
これに驚いたのは奏音ちゃん。『衣装』で出場するのは静音ちゃんだけど、そのバックアップに徹する、という立ち位置だったから。
代表して事情を説明するのは佳奈ちゃん。
「前の土曜日、ストリップ体験会で、天峰堂の選手と一緒になりまして」
けど、その件は佳奈ちゃんたちが来る前にみんなで話してたんだよね。
「緋槍夕鶴ー、いいましたっけ。それで種目変更してまでその選手と戦いたいとか、燃えますやん!」
この件については、由香はもっと前から承知していた。
「土曜の夜に千夏からいきなり連絡来てビックリしたわ。そこから日曜日まるまるかけて、ふたりで練り直したんだけど……」
これに静音ちゃんは、チラチラと奏音ちゃんとアイコンタクト。
「そもそも私たち、ふたりがかりだからね」
「バランスも取れてちょうどいいんじゃない?」
奏音ちゃんも、この事態を受け入れてくれたみたいだ。
そして、佳奈ちゃんも。
「途中で希望種目を変えてはならない、というルールは事前にありませんでした。相手が藤原先輩であろうと、佐々木先輩であろうと、私は一向に構いません」
なんか、すごく強そうな武道家みたいなこと言ってるんですけど!?
そんなこんなで、種目の交代は受け入れられて……早速だけど、『衣装』のプレゼン開始!
まずは由香と千夏の提案から。
「ひまわりをモチーフにした衣装なんだけど……」
各自のスマホに、ピピっと資料が送られてくる。おそらく、千夏が描いたコンセプト画だ。派手派手なひまわりの衣装がゆっくり剥がれていくと、すすきと満月に変わるイメージ。しかも……おおっ、満月はボディペなんだー……。このすすき下着、とってもカワイイ!
「そして、すすきも枯れていくところに侘び寂びを魅せる、というのが狙いよ」
なるほど……移ろいゆく自然の美しさを表現してるわけか……!
一方、高岸姉妹の提案も負けていない。
「私たちは和洋折衷をテーマにしています。和の優雅さと洋の洗練された美しさを融合させ、見る人を惹きつける衣装に仕上げました」
出演するのは静音ちゃんだけど、説明するのは当然のように奏音ちゃんのほう。こういうの、佳奈ちゃんから厳しく指摘があるんじゃ……とちょっと心配したけれど、ルールにないことは基本的に何も言わないらしい。……これからも、なるべくルールは作らずファジーにいこうっと……
さてさて、プレゼン内容としては……和風テイストの衣装からスタートし、脱ぐと洋風のランジェリーに変化するデザイン。そして、それすら脱ぎきったときに『本当の美しさが表現できる』という流れ。おおお……こっちもいいじゃん!?
さあ、どっちが選ばれる!? というか、どっちかひとつになんて決められないよー!
……ちなみに、ここでちょっとトラブルがあって……千夏と由香、静音ちゃんと奏音ちゃんはそれぞれタッグみたいなものだから、残りの五人で投票ってことにしようとしたら、佳奈ちゃんが「全員投票というルールでは?」って言い出して……。ま、まあ、当然自分で自分に投票するだろうから実質同じ、と九票で争うことに。ふぇーん……佳奈ちゃん、厳しすぎるー……
それでも、私のところにピコンピコンと投票のダイレクトメッセージが送られてくる。四対四で、私に委ねられたらどうしよー……って心配してたけど……私が投票するまでもなく決してくれた。
「五対四で、『衣装』の出演者は由香に決定しましたー!」
わーっと拍手。うん、勝利の決め手は……たぶん、千夏が着るつもりでデザインされた派手派手ひまわりを由香が着たらどうなるんだろう? どう魅せてくるんだろう……? そんな意外性に、みんなも惹かれたんじゃないかな、と思ってる。
静音ちゃんはちょっと残念そうだけど、笑顔で由香を讃えてくれた。そんな双子の姉の姿を見せられたら……奏音ちゃんも納得するしかないんだろうなぁ……。何だか、静音ちゃん以上に悔しそうなんだけど。
そんなこんなで。
ここからは実演勝負だから……どちらかを選ばなきゃいけないのは本当に心苦しいけど、ふたりがストリップでバチバチに競い合うのだと思うと、いまからちょっとワクワクしてしまう。
曲はすでに公表されているので、もちろんそれで。私たちは椅子を端に寄せ、中央ふたりの競技者に注目する。
そして――ミュージック・スタート!
おおお……っ、佳奈ちゃんが、意外と攻めてる……!? しっとりとした曲調だけに、千夏にはやや不釣り合いかなー、ってところを、佳奈ちゃんはしっかりと押さえてくる。けれど、これに応えるように――おおっ!? あの千夏が、ゆったりと脱ぎ始めた……! これは……ぬぅ、まさに、佳奈ちゃんの振り付けと同じ路線で、なおかつ自慢の胸を活かした色っぽさで潰しにかかってる……!
正直これは、由香では厳しかったかもしれない。スキルの問題ではなく……ふたりとも、体験会を経て“集団で踊る”ということを学んでいたから。おそらく千夏は、佳奈ちゃんの厳かな表現を見て、この場で変えてきたのだと思う。もしかしたら、インスピレーションを受けたのかもしれない。自分なら、こうアレンジする……みたいな。まるで、ふたりがストリップを通じて語り合っているみたい……!
『即興』と違って、曲自体は決められているけれど、これ、即興の要素がかなり強いんじゃ……!? もちろん、個人戦と集団戦じゃ、また勝手が違うけど……!
ふたりの戦いに、私は熱いものが込み上げてくるのを感じていた。けれども、勝敗については……満場一致。
「……藤原先輩、この数日で、表現のバリエーションをさらに増やしたんですね」
「まあ、アタシもアタシなりに思うところがあったから」
「私も考えていたのですが……完全に上をいかれたようです。恐れ入りました」
ペコリと敗北宣言する佳奈ちゃん。これが……競技ストリップ、なんだなぁ……っ!
『課題』がこれなんだから、もともと競い合う前提の『即興』はどうなっちゃうんだろう……? ちなみに、今回ふたりに踊ってもらう曲は……『木漏れ日の中で』という私が個人的に大好きなLunaruさんという方のデビュー曲にさせてもらった。もちろん、誰にも言ってないよ? 事前にバラしちゃったら即興にならないからね。かがりちゃんにも会長さんにも寄ってない曲だと思うし、一応公平だと思うんだけど。
さーて、今回はどんなバトルを魅せてくれるのか……!? ふたりはすでに部屋の真ん中でスタンバってる。そして、いままさに私がプレイヤーの再生ボタンを押そうとしたそのとき――
「……ん?」
軽音部かな? 廊下からドンドンバリバリな音楽が響いてくる。まあ、すぐに収まるだろうと思っていたら、収まるどころかどんどん大きくなってきて――!?
バァァンッ!!
ちょっ、ちょっ、ちょーーーっ!? ストリップ部の扉を急に開けちゃダメーーーっ!!
けれど、私たちの誰もが一瞬にして、そんな抗議さえ忘れてしまう。肩に担いだスピーカーからガンガンにビートを轟かせながら踏み込んできたのは――天峰堂のジャージを着た――……!
「Yo! Yo! 蒼暁院!
驚け、アタイは羽槌翔子!
脱いで魅せるぜ、ストリップ!
その場で『即興』! 勝負しな!」
な、何コレ! 自己紹介ラップ!? 髪の毛はパッキパキのネオンピンクに染められてて、まるで爆発でも起きたみたいに逆立ってるし! ガチのモヒカンというわけじゃないけど、立体的すぎてアニメかと思った! 目元には濃いアイライナーと金のラメ――というより、ラメシール!? 顔だけ見たら完全に深夜のクラブ仕様なのに、着てるのは天峰堂のジャージっていうギャップがすごい。開かれたジャージの下は露出多めのタンクトップで、足元はゴツいスニーカー。身長はそんなに高くないのに、オーラがすごすぎて“デカく見える”ってこういうことなんだろうなぁ……。
けれど……聞き捨てならない単語が混じっていた。『即興』……つまり、競技ストリップで勝負を挑むつもりなの!?
これに……会長さんはニコリと応じる。
「そちらは、『ラジカセ』……と呼ばれる二十世紀の音楽機器。……悪くないご趣味のようで」
私はよく知らないけど、翔子さんはニッと笑って……その、ラジカセと呼ばれるスピーカーを床に置いた。そして、会長さんとかがりちゃんのところまで歩いてくる。その一歩一歩も、何だかノリノリ。
む、む、む……? これってもしかして……いきなりおっ始めるつもり!? っつーか、ドア開けっ放しなんですけど!? この人、女子高だからって油断しすぎーっ! ということで、私は慌てて扉を閉めておいた。
私が決戦の舞台を用意してあげたところで……翔子さんはつま先でトントンとリズムを刻むと――おおおっ!? 肩を上下に揺すりながら左右への高速ステップ! すっごくストリートっぽい!
そして、くるりと回って、ビシリと会長さんを指差す。構えていた会長さんは驚くことなく――うわぁ、曲風ガン無視のふわりとした優雅な動き……! まあ、本来『即興』はどっちも知らない曲が流れるもの。勝手に自分の曲で挑んできてる時点で……ね? ストリートがキビキビなら、会長さんのは流水の動き。
そして、ふわりとした手つきで、今度はかがりちゃんに手を差し伸べる。けど――ど、ど、どうしたの? かがりちゃんが明らかに迷ってる。バスケ部で鍛えた足腰を駆使した軽快なステップが持ち味だったのに、それがすっかり消えてしまっていて――あっ! それって、ストリートダンスと同じ方向性なんだ! そのうえで、ダンスとして完成された翔子さんの動きを見せられて……ヤバイ、混乱してる! このままでいいのか、別の方向性のほうがいいのか。
迷いながらも、かがりちゃんは試合を投げることはしない。パラパラを彷彿とさせる上半身中心の動きにスイッチして……グッと翔子さんにバトンを返す。それをニッとして受け取った翔子さんは……おおー……思ったとおりの脱ぎっぷり。ジャージはバッサー! と派手になびかせながら脱ぎきり、パンツのほうは……屈伸しながらの縄跳びのような……これ、ストリートにこういうステップあるよ、って言われたら信じちゃいそう。ピッチリした天峰堂のパンツにあのスニーカーは脱ぎにくそうだったけど……そこはさすがに織り込み済みか。足枷みたいにしながらも、上下の動きでダンスの一部として組み込んでしまった。
そして、会長さんの次のターンは……うーん、やっぱり動じないなぁ……。まあ、ブレザーの制服である以上、ジャージより脱ぐ枚数が多いから、ちゃんと考えないといけないんだけど……ストン、とジャケットを落とし、はらり、とブラウスを流し、くるりと回りながらスカートをヒラリ。うん、さすが。翔子さんのダンスを見ながら時間を図っていて、しっかりと計画的にやりきった感じ。
続くかがりちゃんなんだけど……パラパラってほぼ上半身だけで構成されている分、脱ぐために両手を使ってしまうと振り付けとして困ってしまう。どうにかブラウスを脱いで、スカートはストンといったけれど、ブラウスのボタンまで手が回らず――
「|幕を引きなッ《You got served!》」
なっ、なに!? サムズダウンをキメると、そのまま踊り始める翔子さん。かっ、かがりちゃん、まだ脱ぎかけなのに!? たしかに、タイミング的にはオーバーしてるかもしれないけれど……さっきの英語は、何を言っているのかはわからないけれど、何を言われたのかは分かる……って感じだ。かがりちゃんもそれを認めてしまっている。みるみるトーンダウンして……肩を落とした。うぅ……ついに力尽きちゃったみたい……
悠々と勝利の舞を踊る翔子さんのブラは予想通りのスポーツタイプ。こういう性格だから勢いよくスポーンといくのかと思えば……おおっと、上げたり下げたりで意外と焦らす!? これがストリップだってこと、よくわかってるなぁ。ただ裸になるだけじゃない。その過程にも魅せ方というものがあるから。
けどやっぱり、最後は勢いよく。そのへんは、曲調と自分のキャラを活かしてる感じ。けど……ブラに時間かけすぎじゃない? 自分で選んだ曲で、タイミングを誤るとは思えないけど……
なんて私の焦りをものともせず、軽くパンツ一枚で踊ってたと思えば――わっ、急にゴロンと床に倒れて――ストリートって、こういうところ派手なんだよね。そして、しかも――うわっ!? 背中でくるくる回り始めた!? 裸の背中でどうやって……と思ったら、自分で脱いだジャージを利用してるんだ! これにはみんなビックリ! もちろん会長さんも。翔子さんはグルグル回りながらパンツを……高々とスポーン!! ひ、ひぇ~……こんな脱ぎ方、初めて見たよ……!
ストリートは跳ね起きるのも速い。バネ仕掛けのように体を弾ませ、一瞬で体勢を立て直す。床を蹴ってクルンと回り、ビシッと会長さんを指差す。これに――さすがの会長さんも、少し放心してしまっていた。思い出したように両手を舞わせるも、不覚にもダンスへの入りが遅れてしまい――
「|幕を引きなッ《You got served!》」
二発目――翔子さんの指に射抜かれて――会長さんは腕を下ろすと腰に手を当て、ふぅ、とため息をつく。残念だけど、負けを認めたみたい。負けは認めたけれど……あくまで“今回は”と言いたげな表情だ。
けれども、勝ちは勝ち。翔子さんはサっと服をまとめてジャージの上で包み込む。そして、逆の腕ではスピーカーを担ぎ直し――
「Yo! Yo! 蒼暁院!
期待してたが、拍子抜け。
そいつが“ウワサ”の実力かい?
ハズレくじ引いた気分だぜ!」
そのままノッシノッシと部屋から出ていっちゃった……全裸のままで。いや、ホントやめてほしいんだけど。そりゃ、この場でモソモソ服着直してたらカッコ悪いってのはわかるけど、そんなところ先生とかに見られたら、また問題になりかねないんだから……!
それはわかっていたのに……私は――私たちは、追いかけて止めるべきだったのに、足が動かない。誰もがただ、呆然とその背中を見送っていた。
――これが……ストリート・ストリップ……!
あわわわ……即興でここまでやるとは。ストリップ部の選抜会議、最後の最後でぶっ飛んだ展開になっちゃったよ……。何というか、すでに敗戦ムード……。これは気不味い……!
「こっ、今回は、相手が持ってきた選曲だったし……」
ほらっ、本来『即興』はどっちも知らない曲で踊るはずだもんね! それにっ、こんな三人同時ってのも変則的だし! 私としては、どうにかふたりを励ましたいんだけど……言ってることは間違いないとはいえ、我ながら潔くないなぁ、とも自覚している。会長さんの耳にも届いてはいるようだけど、気持ちはこっちを向いてくれない。
「それを差し引いても……なるほど、相手に飲まれた負け……と」
拳を強く握り締め……な、何故か嬉しそう……?
「それに、『課題』と異なり一対一……面白いではないですか。これは、去年の生徒会選挙を思い出しますね……ッ!!」
あ、あ……そういえば……去年の副会長戦は……すごかったなぁ……。もうひとりの立候補者と投票前にディベートしてたんだけど……ニコニコしながら対戦相手の方針の不備を一つひとつ潰していって……当時の私は一年生で、しっかりした人だなぁ、と砂橋先輩に投票したんだけど……改めて思うと、笑顔のまま論破されていくのって、結構怖かったろうなぁ……
その恐ろしさを、いまの会長さんから感じている。あー……翔子さん、大会では大変なことになるかもー……
一方、かがりちゃんはというと――
「すんません……ウチ、『即興』甘く見とりましたわ」
うなだれたまま、恥ずかしそうに頭をポリポリ掻く。
「出たとこ勝負ーなんて言えたんは、やっぱ、チームのみんながおったからなんやなぁ」
バスケ部でのかがりちゃんの話は何度か聞いたことがある。一年生ながら司令塔としてチームを引っ張るポジションだったのだとか。だからこそ、個人で戦うことにはまだ慣れていなかったのかもしれない。
「そういうことなら……」
ここで話に加わってくるのは奏音ちゃん。
「正直私も、来年はペアダンスって種目を作って欲しいわ」
「あっ、そうなったら私も嬉しいな」
やっぱり、静音ちゃんだってふたりで出たいよね。何より、それは私も見てみたい! ピカピカの大舞台で踊る静音ちゃんと奏音ちゃん! ……と思ったけれど。
「くぁー、こっちはこっちで双子の連携に勝てっちゅーことですかー!?」
あー……かがりちゃんがペアダンスで出場するには、高岸ペアに勝たなきゃいけない、ってことだもんねぇ……
ともあれ、それは来年以降、運営側が決めることであって……今年の『即興』は、かがりちゃんが降りる形で会長さんに決定!
けど……やっぱり、ダンスバトルって楽しいな。そして、それがストリップならなおさら――なんてことを、私は考えてしまう。もし、あのとき翔子さんの相手として私が踊っていたら――
「貴女なら、あの女にも勝てたかもね」
「えっ!?」
突然の言葉に振り向くと、そこには舞先輩がいた。
「い、いえいえ! 私じゃとても無理ですよ!」
私は慌てて否定する。だって、あれを超えるパフォーマンスなんて思いつかないもの。でも、舞先輩は静かに私を見つめながら、言葉を続ける。
「けれど、貴女にとって勝ち負けなんてオマケのようなものでしょう?」
「……!」
ドキリとする。
もし、私が翔子さんと戦っていたら……?
勝てたかどうかなんて、正直わからない。たぶん、負けていたと思う。
でも、私はきっと――そんなすごいダンスと手合わせできた! それだけで、満足していたんじゃないだろうか。
「それが貴女の強さでもあり、脆さでもある」
舞先輩は、静かに言った。そして――
「競技直前まで、出場選手は変更できるから」
その言葉を残し、部室から去っていく。一通りメンバーは決まったし、選抜会議はもうおしまい、ということなのだろう。
「……覚えておきます」
誰にも聞こえないくらい小さな声で、私は舞先輩の背中に向けて呟いた。