表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

星見野からの使者

 私にとって、舞先輩は絶対的な存在。

 ストリップ部を立ち上げるきっかけをくれた人で、技術も、表現力も、何もかもが完璧な人。

 そんな舞先輩に疑いの余地なんて――

 けれど、他のみんながどう思っていたのか――

 それを知ったのは、次の日のお昼だった。


 部室でお弁当を囲みながら、昨日の偵察について由香から報告を。

「天峰堂の顧問、相当な実力者よ。あの踊りの完成度、正直驚いたわ」

 由香はそう言いながら、冷静に続ける。

「それに、衣装も規格外だった。ただの服じゃなくて、むしろ舞台装置の一部として機能してる感じ。うちも、このままだと見劣りするかも」

 そんな報告を聞きながらも、部室の空気はどこか重苦しい。言葉にせずとも、誰もが感じ取っている。――舞先輩の動向に、引っかかるものがあることを。

 本人がそれに気づかないはずがない。それでも、先輩は何も言わなかった。むしろ、いつも通りコンビニのお弁当を完食して――昼休みがまだ残っているのに、そっと席を立つ。

「……あれ? 舞先輩?」

 思わず声をかけると、舞先輩は私の方を振り返って、穏やかに微笑んだ。

「私は……貴女が信じてくれているのなら、それでいいの」

 そして、そのまま部室を出ていった。それから少しの間、誰もが押し黙る。その後で――ふと、千夏がみんなを見回した。今日はひとつにまとめたサイドテール。ふんわりと巻いた毛先が揺れるたびに、いつもの明るい雰囲気を強調している。普段はツインテールや編み込みもするけど、今日は少し落ち着いた印象……なのに、その表情は鋭く、真剣だった。

 そして、代表――もしくは、代弁するように、問いかける。

「……で、(サク)舞先輩(マイセン)のこと、どこまで信じてるん?」

「えっ!?」

 急にそんなことを聞かれて、私は混乱する。どこまでも何も、舞先輩は――

「昨日の件は、私からみんなに連絡させてもらったわ。……一人ひとりに、口頭でね」

 由香が淡々とした口調で言う。

「昨日のことって、いま――」

 報告してたことじゃないの?

 けれど――ひとつだけ、意図的に伏せていたことがある。

「天峰堂が舞先輩を歓迎する、って……」

 静音ちゃんが、小さく呟いた。それは、由香がバスのなかでも気にしていたこと。それを私も思い出して――胸の奥が何故か痛い。一人ひとりに口頭で、ということは、ここにいない生徒会メンバーにも伝えているのかもしれない。状況によっては、部員でない紗季にまで。

 みんなの間に不安が広がったとき、千夏が残念そうにうつむいて言う。

舞先輩(マイセン)、天峰堂から声がかかってるんじゃ……?」

 その言葉に、私の思考が一瞬止まる。

「んんんん?」

 確かに、舞先輩ほどの実力なら、名門校からスカウトが来てもおかしくない。でも――舞先輩が他の高校から出るなんて、そんなの考えられない。

「だとしたら、私たちの練習は天峰堂に筒抜けなのかも……」

 静音ちゃんは不安そうに視線を落とす。それを見て、由香は思い出したように。

「昨日の主将の余裕な態度、つまりは……」

「そっ、そんなわけないよ!!」

 思わず叫んでいた。

「舞先輩が……天峰堂のスパイだなんて!!」

 けれど、誰も私と目を合わせようとしてくれない。

「……だとしたら、舞先輩(マイセン)があまり部活に出てこなくて、逆に助かったかもー」

 千夏の言葉は、冗談なのか本気なのかわからない。

「というか、それってもしかしたら天峰堂の人と会ってるから――」

「もうやめて!!」

「ぴゃっ!?」 

 思わず大声を出してしまい、言葉を遮られた静音ちゃんが驚きの悲鳴をあげる。気づけば、私はお箸を強く握りしめていた。指に力が入りすぎて、お弁当の中の卵焼きが少し潰れる。それでも手を放せないまま……視界の端で驚いた静音ちゃんが縮こまっているのが見えた。

「……あ、ごめん……」

 つい感情的になってしまったことを私は謝る。

 だけど。

「舞先輩は……そんな人じゃないから……」

 そう言ったものの、私の声はどこか震えていた。部室内に静寂が広がり、誰も何も言わない。ふと視線を上げると、みんなの表情は伏せられ、嫌な冷たさが漂っていた。信じたい。でも、この空気の重さが、私の不安をじわじわと押し広げていく。

 だけど――この不穏な空気は、拭いようもない。

 私は、みんなの視線を浴びながら、ギュッと拳を握りしめていた。けれど、由香は諭すように私に語りかける。

「……桜がずっと、舞先輩に執心しているのは知ってるけど……」

 執心――

 確かに、私はずっと舞先輩を追いかけてきた。

 尊敬して、憧れて、どうにかして近づきたくて、必死に部を作った。

 だからこそ、私は――

「これだけは覚えておいて」

 由香が、まっすぐ私を見据える。

「もし、舞先輩がいなくなったら、その後を継ぐのはあなたよ、桜」

 一瞬、息が詰まったような感覚に襲われる。肩がこわばり、背筋に冷たいものが走る。舞先輩がいなくなる? 後を継ぐ? そんなこと、考えたこともなかった。けれど、由香の言葉はあまりにも的確で、逃げ場のない現実のように響いた。

 何もいえず、私の心臓が萎縮していく。そんな動揺を否定するように、私は懸命に笑顔を作ろうとしていた。

「そ、そんな心配ないよ。私は……補欠なんだし……」

 そう言いながら、私はぎこちなく笑う。けれど、指先がわずかに震えているのが自分でもわかる。拳をぎゅっと握りしめても、その震えは止まらなかった。

 私だって、出場したくないわけじゃない。でも、そんな形で出ることになるのは――絶対にイヤだった。


 いまが秘密特訓の時期で、ちょっと救われたと思う。こんな疑心暗鬼な空気の中で部活なんてできようもない。……まあ、舞先輩なら平然としてそうだけど。少なくとも、私には無理だ。

 夜の静けさが部屋を包んでいる。私はベッドの上にゴロンと転がり、ふわふわのクッションに顔をうずめた。柔らかなブランケットが隣に置かれていて、いつでもそのぬくもりに包まれることができる。部屋はすっきりとしていて、余計な装飾はない。でも、窓際には小さな鉢植えが並んでいて、揺れるカーテン越しに月明かりを浴びている。

 デスクの上では、授業で使うタブレットが充電スタンドに乗って静かに光を灯していた。何かしなくちゃいけない気もするけど、どうにもやる気が出ない。

 早く、舞先輩の誤解が解けてほしい。

 またみんなで楽しく部活がしたい。

 そんなことを考えながら、ため息混じりにスマホをいじっていると――


 ピロンッ――!


 スマホの通知音が響く。

「ん……?」

 メッセージの送り主は――

「優菜ちゃん!」

 スマホの画面には、見慣れた名前。海藤(かいとう)優菜(ゆうな)――私の従姉妹で、星見野南高校のストリップ部員だ。

 そして、その内容は――

『今度の土日、東京行くから、さくっちの家泊めてー!』

 えっ、急すぎない!? 土日って明後日なんだけど! ……けど……まー……優菜ちゃんならそんなもんか。行動力の塊のようなコだし。

 私は特に断る理由もなかったので、すぐに返信する。

『泊まるのはいいけど、私、土曜日は予定が入ってて』

 すると、すぐに既読がついて――

『私が何のために行くと思ってんの!』

 ……え? そのメッセージを見た瞬間、私は改めて思い出した。優菜ちゃんもまた、全国大会に出場するストリップ部員なのだと。


 その翌日である金曜日――今日も個別練習中なので、私は紗季とふたりで帰宅。

「……というわけでねー、優菜ちゃんが泊まりに来るんだよー」

 私自身も最初は驚いたけど、なんだかんだで嬉しい。久しぶりにゆっくり話せるし、一緒にストリップの話をするのも楽しみだなって思ってる。

 紗季の合唱部もないので、今日はいつもより外が明るい。夕日が西の空をオレンジに染めるなか、校門を出ると、通学路にはまだ学生たちの姿がちらほらと見える。

「遠路はるばる、わざわざ『ストリップ体験会』のために」

 紗季は呆れたように言うけど、これはただの『体験会』……じゃないと思う。時期が時期だけに。

「いろいろ思惑があるらしいよ? ここまで自己流でやってきたから、基礎的なところを押さえたいとか、東京のレベルを知りたいとか、それに――」

「大会出場者も顔を出すかもしれない。調査にはもってこいね」

 おっと、紗季も佳奈ちゃんと同じこと言ってるわ。生徒会会計役の佳奈ちゃんは計画的に準備を重ねるタイプで、希望種目は『課題』――大会側が決めた課題曲に合わせて、全チーム一斉に踊る。ちなみに、これが予選を兼ねているらしい。どうやら、大会側の想定より多くの参加校があったようで。開催時間との兼ね合いもあり、そこで上位八校に絞られるようだ。……えっ、これってメチャメチャ責任重大じゃない!?

「どうしたの?」

「……え? うん、なんでもない」

 勝手に気づいて、勝手に狼狽えてしまったけど……出演するのは私じゃないからねぇ……。けど、うーん……来年は2デイズとかにしてほしいなぁ。せっかくなら、もっといっぱいいろんなチームを観たいし。

 ともあれ、そういう事情もあって――体験会、みたいな場なら多人数で踊る感覚を掴むにはもってこいだ。一方、千夏は『衣装』なんだけど、好奇心と『本番前の景気づけ』という超シンプルな理由。

「けど……」

 紗季が私をじっと見て、少し訝しげな表情を浮かべる。

「大会に出場しない貴女が行って、意味あるの?」

 うっ。そう言われると、ちょっとツライところではある。

「んー……」

 一瞬、口を開きかけたけれど、言葉が出てこなかった。紗季の言うことはもっともだし。私が行って何になるんだろう? けど――なんとなく、それでも行きたいって気持ちは消えなくて。

 少し考えてから、私は笑顔で返す。

「何だかんだで好きだから、ストリップ」

 それが、私の素直な気持ちだった。紗季は少しだけ目を細めて――

「そ」

 短く、あっさりと相槌を打つ。

「てっきり、やっぱり桜自身が出ることにしたのかと」

「そんなわけないよ」

 私は笑いながら否定する。自分が出場したら、誰かが出られなくなる。それは私が一番望まないことだった。

 ここで、ふと思いつきで聞いてみる。

「体験会、紗季も行く?」

「行くわけないでしょ」

「そうだねー」

 即答すぎる。まあ、そうなるか。以前、私は紗季をストリップ部にしつこく誘って、怒らせてしまったことがある。だから、今回はひと言聞いただけで、それ以上は何も言わない。紗季には紗季の価値観があって、私には私の価値観がある。それを、お互いにわかっているから。


       ***


 ――私はどこか遠い海辺にいた。潮騒の音が心地よく響いて、波が足元を優しく撫でる。ひんやりとした砂の感触が気持ちいい……。うーん、このままずっとここにいたいなぁ……

 波が引いて、また寄せてくる。そのたびに体がゆらゆら揺れる感じがする。なんだか、少しずつ意識が浮かんでいくような――

「ん、ん、んん~……?」

 スマホの振動音が頭の中をグルグル回る。うーん、何だかしつこいなぁ。えー……何? 誰?

 ぼんやりしたまま手を伸ばしてスマホを探る。目を開けるのも億劫で、手探りでなんとかつかんで、画面を確認すると――ん~……音声通話……? 休日のこんな朝早くに誰だろ? 通話のボタンをモスっと押すと――

『……呆れた。今日は体験会じゃなかったの?』

「んがぁ!?」

 聞き慣れた紗季の声に、一瞬で眠気も吹っ飛んだよ! やばい、今日は体験会! 起きなきゃ!!

 ……と、思ったけど、身体が動かない。なんでこんなに眠いのかって? そりゃあ、昨夜は泊まりに来ていた優菜ちゃんと夜更かししちゃったから!!

 アラームも二重に設定しておいたし、優菜ちゃんのスマホにもアラームかけたはずなのに、気づけば“ふたりそろって爆睡”という無惨な結果に……

 そして、紗季から無慈悲な追撃が。

『睡眠不足は肌荒れのもとよ。ストリッパーの自覚ある?』

「ぎゃあああっ!」

 ストリッパーの自覚とか、そんな高度な話じゃない! もうただの『遅刻の危機』です!!

 私は紗季との通話を切ると、布団をめくり、優菜ちゃんの肩を揺さぶる。

「優菜ちゃん! 朝っ! 朝っ!!」

 すると、優菜ちゃんは顔をしかめながら、布団を頭まで引っ張り上げる。「ん~……あと五分……」と寝言みたいに呟きつつ、もぞもぞと丸まってしまった。まるで寒い朝に布団から出たくない子どもみたいなこと言ってないで!

「五分とか言ってる場合じゃないの! すぐ支度して!」

 最初はぼんやりしていた優菜ちゃんも、私の慌てぶりを見て……徐々にアクセルが入ってくる。

「も、もしかして……アラーム、鳴らなかった……?」

「原因の検証はまたあとで!」

 急いで着替えてるからかボタンを掛け違えそうになるし、髪をまとめる手もバタバタ。足元もおぼつかず、洗面所のドアにぶつかりそうになりながら、必死で支度を終えて――私たちはドタバタしながらなんとか家を飛び出した!

 私の今日の服装は、白のブラウスにカーディガンを羽織り、チェック柄のプリーツスカート。動きやすいようにローファーを履いて、髪はゆるめのポニーテールにしている。一方の優菜ちゃんは、黒のタートルネックにベージュのフレアスカート。羽織ものは薄手のジャケットで、足元はショートブーツ。そして、髪はツインテールにまとめている。ストリップのときはいつもこのスタイルだから、これはまさに、今日に対する気合いの証だ。……寝坊はしたけど。

 体験会の会場は新宿。自宅最寄りの安坂(あさか)駅では何とか集合時間に間に合いそうな電車に乗れた。それで、私たちはようやく一息つく。

 そして、ここから先は遅延することなく、無事に新宿のホームに降り立った。ここまで来れば……私も何度か通ってるし、大丈夫! ……と、自信満々な私の隣で、優菜ちゃんはめっちゃ不安げ。電車の長さやホームの数に驚いているみたい。

「だ、大丈夫だよね……? 迷わないよね……?」

「大丈夫だって! もう何度も行ってるところだし!」

 駅から出た後の道のりは完璧! というより、もはやお馴染みといっていい。何の心配もいらないよ!

 ……なんて、意気揚々と改札をくぐったところまでは良かったんだけど。

「ん、ん……んんん……? あれ? ここ、どこ?」

「さくっちーーーーー!?」

 優菜ちゃんも驚いてるけど、私も驚いてるんだよ! 目の前に広がるのは……なぜか知らない景色。いつもの改札を出たはずなのに、自分がどこにいるのか本当にわからない!

「まさか、改札から地上に出るまでに罠があるとは……」

「というか、改札自体もいっぱいあったよね……」

 これには優菜ちゃんも呆然。そして私は……もう無理……。遅刻確定。周囲は完全に見知らぬ風景だもの。似たような高層ビル……似たような道……なんかもう、見分けがつかん! 方角感覚が大混乱だよ!!

 とりあえず、スマホを取り出して今日のために作っておいたグループチャットに連絡を送る。

『ごめん! 先行ってて!』

 すると、すぐに返信が来た。

『こんなこともあろうかと早めの集合にしておきましたので。迎えに行きますから、マップで現在地を送ってください』

 さすが、生徒会会計役・和泉佳奈……。完璧すぎる段取り能力! 私は早速地図アプリを開いて……んと、んと、現在地を共有……と……

『わかりました。藤原先輩も回収してからそちらに向かいます』

「……千夏も迷ったかー」

 この時点で、佳奈ちゃん以外全員迷子、という惨憺たる状況。そんなやり取りを覗き見ていた優菜ちゃんが……ぼそっと呟く。

「ねぇ、そのコ、多分、一緒に行くって言ってた後輩の方でしょ? 藤原“先輩”って呼んでたし」

 もちろん、優菜ちゃんには今日一緒に行くメンバーのことは、昨夜のうちに話してある。

「うん、生徒会やっててねー、しっかりものだよー」

 しっかりしすぎてて、ときどき困るけど。

「どっちかとゆーと、さくっちたちふたりが先輩の面目丸潰れなだけじゃ」

 優菜ちゃんがジト目でこちらを見てくる。

「…………」

 なので、私もじっと見返した。すると、優菜ちゃんはぷいっと目を逸らす。

「私は地元じゃないから」

 うん、そうだね……。これには……私にも、反論の余地がないよ。とほほー……


 そして――

「間に合ったぁぁぁぁ!!」

 私たちは息を切らしながら、ギリギリのタイミングで『カラサワ・アイドル・ダンス・スクール』――通称KIDSに駆け込んだ。ここは、ダンスだけでなく歌も一緒に教えてもらえるアイドル養成型のスクール。新歌舞伎町が近いからか、ストリップ・アイドルとも縁が深いらしい。だからこそ、今回の体験会の会場にも選ばれたのだろう。入口のところで受付手続きをすましたところで、まだ始まったことにホッとしていた。

 目の前に広がるのは、こじんまりとした空間ながらも、鏡張りの壁にバレエ用のバーが取り付けられた本格的なスタジオ。床はクッション性のあるリノリウムで、裸足で動いても衝撃が少なくなるように設計されているみたいだ。天井にはスピーカーが埋め込まれ、音響設備もしっかりしている。壁際にはレッスン用のストレッチマットやヨガブロックが並び、レッスン前後のケアまで考えられていることがわかる。

 参加者は十数名。年齢層は幅広く、私たちと同じくらいのコから、大塚先生くらい――三〇代後半……? という意味で。

 一方、講師の方は、二〇代……教育実習生だった桑空(くわそら)先生と同じくらいかな。後ろ髪は肩にかかるくらいのミドルヘアだけど、右側をひょいっと束ねて垂らしているのが何だかオシャレ。姿勢が良く、動きの一つひとつに無駄がない。その立ち姿だけで、ダンスのプロフェッショナルであることがわかるような雰囲気を醸し出していた。

 参加者たちには『動きやすい格好で。ただし、スカートのほうが脱ぎやすいのでオススメです』と指示があったけど、先生本人は上下ジャージだった。動きやすさ重視ってことなのかな。スタジオの端では、スタッフらしき人が手際よく機材の調整をしていて、普段からプロのレッスンが行われていることを感じさせる。

 他の参加者さんたちに混じって、私たちも端のほうにペタンと座る。すると、ちょうど時間になったようだ。ここでどんなレッスンが始まるのか、期待と緊張で胸が高鳴る――!

「はじめまして!」

 と元気よく挨拶したところまでは良かったけれど……

「……私ごときがストリップ・アイドルを名乗るのもおこがましいのですが……」

 ちょ、ちょ、ちょ……! え、なにこの不安しかない導入!? これから私たちに教える立場なんですから、もうちょっと堂々としてくださーい!!

「今回、講師を務めさせていただきます、島角(しまかど)佑衣(ゆい)と申します……っ!」

 深々と挨拶する佑衣先生にパチパチと申し訳程度の拍手が鳴る。何というか……もはや応援されているみたい。

 さてさて、そんな体験会は、先ず質問から。

「皆様、ダンスのご経験は……?」

 先生の問いかけに、参加者たちはちょっとだけざわつく。そして、床に座っている受講生のうち三人だけが手を挙げた。すると、先生の表情がパァァァッと明るくなる。

「よ、良かったぁ……!」

 おーい! そこ、ホッとするところじゃないってー!

「……あっ、いえいえっ! 私も、ダンスを専門でやってきたわけではないですので……!」

 必死にフォローを入れる先生だけど……それ、フォローになってないですよー!

 本当に大丈夫なのかなぁ……。講師まで初心者じゃ、体験会にもならないんじゃ……と不安を募らせる私たち。参加者たちも何とも言えない表情で顔を見合わせ、ちらほらと言葉にできないささやきが漏れ聞こえてくる。そんな空気の中――

「――ですが!!」

 おぉっ!? 急に先生の声に力がこもる。いままでとトーンが違うんだけど!?

「皆さん安心してください! ストリップの魅力とは、ダンススキルが直結するものではないのです!!」

 おおお……ここにきて初めて通じ合えそうなことを言ってくれた……!

「もちろん、スキルがあればあるに越したことはありません! ですが、それ以上に大切なのは……」

 少し、もったいぶるように力をためて――

「脱衣に対する姿勢です!!」

 先生の目がキラリと輝く。さっきまでの弱気な雰囲気はどこへやら。突然、めちゃくちゃ情熱的な語り口調に!!

 なるほど、この先生、ストリップの話になるとスイッチが入るタイプだ。突然、熱い。いや、めちゃくちゃ熱い!

「衣装を脱ぐ際の表現……そこから現れる素肌と生地のコラボレーション……」

 まるで大演説でもしているかのように、力強く語り始める。

「下着による矯正の利かない生身の身体と、それを最大限に表現するための姿勢! 角度! それに衣装!」

 熱い。それはもう、暑苦しいくらいに語っている!!

「一般的なダンスは、自身のリズム感やダンススキルに合わせて、楽曲や振り付けを決めるものです。が、ストリップの根源にあるものは偽ることのできない自分の身体!」

 たしかに、普通のダンスと違って、ストリップは自分そのものが表現の中心になる。

「それに合わせて衣装を用意し、振り付けを作り、そして、楽曲を定める……」

 先生の目がキラキラと輝いている。さっきまでの気弱な態度がウソみたい!!

「自分自身と見つめ合い、ふたつとないステージを作り上げる……それがストリップなのです!!」

 ドーン!! と言わんばかりの熱弁。私たち生徒は、完全に圧倒されていた。

「いまここにダンスの経験者がそこまで多くないのがその証拠でしょう」

 あ、そういえば……

「ダンスの表現に脱ぐことは考慮されていません。脱ぐこと以外で表現するのであれば、わざわざストリップに挑戦する必要はありません」

 妙に納得してしまう。ダンス一本鎗の人なら、あえてここに来るまでもないんだ。

「……もっとも、ダンスの表現力の一部として、今日の経験を持ち帰り、ご自身のダンスに活かしていただけるのであれば幸いです。そして、ダンス未経験者の皆さんは、ダンスとしての技術にこだわらず、ご自身の身体そのものと向き合っていただければと思います」

 最初の頼りなさから打って変わってのやり切った感。佑衣先生、この熱意を買われて講師に抜擢されたんだろうなぁ……。流れの都合上、拍手が沸くことはなかったけれど、誰もが感心していたようだ。よーし、頑張るぞ、って感じで!

 先生の演説(?)が終わり、ようやくレッスンがスタート。まずはストレッチから。このあたりは普通のダンスレッスンと変わらず、しっかり体をほぐす。

 そして、次に――様々なジャンルのダンスの立ち方、リズミカルなステップの踏み方、決めポーズ。ジャズダンスは流れるような動きと軽やかなジャンプが特徴だ。一方、バレエは、重心を意識した優雅な姿勢と柔らかな足運びが求められる。そして、ストリートダンスはリズムに乗る身体の使い方や自由な動きを大事にする。色々やってくれるけど、ぶっちゃけ、先生もそこまでダンス経験があるわけじゃないんだなっていうのが、何となく伝わってくる。初心者による初心者講習、って感じ……

 だけど、ここからが――

「では、そろそろ脱いでみましょうか」

 おおっと。先生は軽く言うけど……これに場はちょっとザワザワ。何だかみんな目が泳いでるし、ピシリと緊張が走ったのが伝わってくる。そしてもちろん、その空気を無視するほど図太い講師でもない。

「……といっても、なかなか抵抗ありますよね」

 私たちは……まー……いまでこそ慣れてはいるけれど、それでも最初はすっごく緊張したもん。いくら自ら体験会に参加するような人たちとはいえ、普通はそうサクっと脱げるものじゃない。

「なので、先ずは私から脱がせていただきますねー」

 おおー……やっぱり、まずは自分がやってこそだよねー。かくいう私も、ちょっと気になっていたりする。あれだけ熱く語ってくれた先生が、どんなストリップを魅せてくれるのか。

 先生が立ち姿勢を整えると、ゆったりとした音楽が流れ始める。最初は、どこか素人っぽい動画のように感じられたけれど――

 その瞬間、空気が変わった。

 先生の動きが、静かに、しかし力強くなっていく。

『これから踊るぞ』という気負いではなく、

『これが私だ』という揺るぎない自己表現。

 決して派手な動きではない。

 だけど、一つひとつの所作が研ぎ澄まされていて、ただ見ているだけで心を奪われる。

 ジャージとTシャツ、というレッスン着がはらはらと肌蹴(はだけ)ていく過程は、まるで舞踏会を終えた後の貴婦人のように見えてくる。

 それはただの振り付けではなく、自分を知るための動き。

 リズムに合わせて肩をすっと下ろし、背中を伸ばし、腕を滑らせる。

 その一つひとつの動作が、まるで絵画のように完成されていた。

 指先の細やかな動きが、まるで筆先で空間に軌跡を描くように。視線の運びも考え尽くされていて、ただ踊るのではなく、一つの物語を紡いでいるみたい。

 ――これがプロの表現なんだ。

 そういえば、さっき控えめに自己紹介してたっけ。私ごときが“ストリップ・アイドル”を名乗るのもおこがましい――いやいや、おこがましいどころか、プロの技を魅せてもらっちゃったよ!

 そして、この静謐感――きっと、本来は歌いながら脱いでいくのだと思う。だって“ストリップ・アイドル”なんだもん。今日は、あくまでストリップの講習会。だから、あえて“自重”しているんだろうな。うー……今日はここまで! っていうもどかしさを感じるよ! はぁ……いつか、“ストリップ・アイドル”としての佑衣先生を観てみたいなぁ……!

 音楽が鳴り終わると、裸の先生がスッと静かにポーズを決める。一瞬の沈黙の後、誰かが小さく息をのんだのが聞こえた。ざわめきが感嘆に変わり、次第に大きな拍手が広がっていく。先ほどまで疑心暗鬼だった参加者たちも、いまでは食い入るように先生を見つめていた。

「とまあ、こんな感じで!」

 わお、一気に素に戻っちゃったよ!

「私も一通りお見せしましたので、皆さんもリラックスしてやってみましょう!」

 先生があえて服を着直さないのは、フランクな感じで進めたいからかな。流れ始めた音楽は……多分、この体験会のために用意された曲なのだと思う。テンポはゆっくりめで、単調。そのぶん、タイミングを間違えることはなさそうだ。

「はい、それでは皆さん、ご自由に!」

 そう言って、佑衣先生はさっき教えてくれた色んなダンスの基本動作をもう一度見せてくれる。トントントン、と前後左右にステップを踏んだり、片足でターンしたり、少し腰を上下させながらリズミカルに音楽と合わせたり。先生の動きを見て復習しながら、各自やりやすいステップを繰り返す。

 そんななか――

「では皆さん、そろそろ下着になってくださいっ」

 先生が裸だからか――下着くらいなら大丈夫かも……って気がしてくるからすごいよね。上も脱いで、スカートをストンと下ろして……わおー……魅せる前提だからか、みんな気合入ってるなぁ……。まるでデパートの下着売り場みたい。

「そのまましばらく、下着のままで踊ってください」

 脱ぐだけならともかく……この格好でクネクネするのは、やっぱ照れるよねぇ。こんなとき、佳奈ちゃんみたいなタイプはある意味力強い。いつも通りの白の上下で、まったく恥ずかしがることなく――ホントに、佳奈ちゃんが踊るとすべてが『公式』って感じがするのがすごい。色っぽさとは少し違うんだけど、我々は正しいのだと確固たる意志を振りまいている。周囲にもそこはかとない勇気を分けてあげてるみたい。自分たちも、下着で踊ってもいいんだって。まるで、佳奈ちゃんがみんなにお墨付きをあげているようだ。

 それに引き換え、あのふたりはめっちゃノリノリ。千夏の下着は、まさに『魅せる』ことを意識したデザイン。ブラックとボルドーの組み合わせが大人っぽく、レースの装飾が動くたびに軽やかに揺れる。胸元にはさりげないリボンがあしらわれていて、甘さの中に艶やかさが漂っているようだ。肩を少しすくめるたびに布が微かに揺れ、視線を誘うような仕掛けになっているみたい。そして、その衣装を存分に活かすように堂々としたポーズで胸を強調しながら踊る。『どうよ!』と言わんばかりの余裕たっぷりな視線――むぅ、さすがだなぁ……!

 さらに、その演出を引き立てるのが、千夏のヘアアレンジ。今日はラフな雰囲気のハーフアップで、ゆるく巻かれた髪が肩にかかるたびに色っぽい。トップの髪はふんわりと持ち上げられ、ほどよいボリュームがあるおかげで、小顔効果まで計算されているみたい。後れ毛が顔周りを自然に彩り、踊るたびに揺れる髪の動きが、千夏の持つ大人びた魅力をさらに引き立てていた。

 これが計算尽くなのか、千夏のセンスなのか……うーん、どっちにしても、すごすぎるっ!

 一方、優菜ちゃんの下着は、こざっぱりとしていて清楚な感じ。全体的にシンプルなホワイトで、ほんのり淡いレースの縁取りが上品な雰囲気を醸し出している。肩紐も細めで、まさに学生らしい慎ましさを象徴するようなデザイン。だけど、そのキビキビした動きと相まって、下着というよりは、まるでスポーツウェアやダンスの衣装みたいに見えてくる。余計な飾りがないからこそ、ダンスの動きがよりダイレクトに伝わってくるのかも。

 こんなふたりに当てられると……むむむっ、私も熱くなってくるなぁ……っ!

 そんなところで、ついに最終試練。

「では、下着も取ってみましょう!」

 ここまで下着で踊ってたから大丈夫……とはなかなかいかないもので。とくにショーツのほう。これ、スカートと違って脱ぐこと自体難しいから。おおむね、先生のお手本通りに膝立ちになる人が多数。そんななか、千夏はお尻を突き出して、立ったままのパンツ下ろし。それを受けて優菜ちゃんも意地を見せたのかスーっと片膝を上げていくスタイル。ふたりともセクシーにキメてるなぁ。私は……どうしようかなー……? なんて、考えていると――

 えっ――

 急に場の空気が――変わった……?

 それはまさに声なき声――静かに、誰かの存在感が広がっていく。

“彼女”は、まるで突然そこに現れたかのように――

 もちろん、そんなはずはない。ずっと、この会場にいたはずだ。

 なのに――初めて、そこにいることに気づいた気がする。

 これまで千夏と優菜ちゃんのふたりが盛り上げてきたところに、一気に追い上げてきて――

 陽に焼けた肌に白い下着がよく映える。胸は、千夏や優菜ちゃんどころか、私よりも小ぶり。けれど、それがポロリとカップからこぼれ落ちたとき、私はつい釘付けとなり、不覚にも振り付けが止まってしまった。ううん、私だけでなく、何人もの参加者たちが固まっている。

 もう、誰も千夏たちを見ていない。というより、千夏たちさえも――

 衆目を浴びながら日焼けのコは、白いショーツを下ろしていく。その動きは先生と同じく膝を突いたオーソドックスなもの。

 けれど――

 たぶん、上半身の使い方が上手いのだと思う。現れてくるお尻だけでなく――胸からお腹にかけてのラインもしっかり表現。ふわぁ……スラっとしたストレートの長い髪にふわっと乗ったコサージュが、お人形さん感を強めている。すごい……すごい……! これは、自分の“キャラクター”を熟知しているからこそできること……!

 先生さえも、つい感心してあのコの脱ぎっぷりに注目してしまっていた。けれど、ようやく我に返って――

「……あっ、ではっ、皆さん、決めポーズを!」

 それでみんなも脱いでいることを思い出したかのように――まあ、やっぱり、先生が見せてくれたような腰に手を当てつつ逆の腕を上げるポーズが多いかな。あのコのすごいところは……こういう基本的な姿勢を、誰よりも綺麗に、可愛らしくキメてくるところ。一つひとつの動作が完璧なんだろうなぁ。

 優菜ちゃんは歯を食いしばりながら――拳を突き上げ、ぐーっと上体を傾ける。そのシルエットに、ふと未兎(みと)ちゃんの姿が重なった。うん、優菜ちゃんは未兎ちゃんの大ファンだもんね。その憧れを胸に、必死の抵抗を試みているみたい。

 けれど……千夏のほうは露骨に棒立ち。拳を強く握りしめたまま。圧倒的な実力の差を見せつけられて――舞先輩のような派手さはないのに負けたことが、本当に悔しかったのだと思う。

 ちなみに私は……あのコが腕を上げるのなら、私は下げて、軽く膝を曲げる。もし、彼女の隣に立っていたら、こうしたら合うだろうな、と思って。素敵なストリップを見せてくれてありがとう……っ! そんな感謝をポーズに込めたら――女のコも、ニコッと笑顔を返してくれた。


 ともあれ、みんな裸のままじゃ落ち着かないだろうし、一先ず服を着直しましょう、という時間。けれども、私は服を抱えたまま、いまのコに話しかけている。

「ねっ、ねっ、すごかったよ! さっきの脱ぎ方、色っぽかったー!」

 それまでまったく目立たなかったのに、一度その動きを見たら、誰もが注目――一つひとつの動きに感じられる気品は、まるで芸術作品となることが運命だったかのような圧倒的な存在感――あの魅せ方はタダモノじゃない。

 私から突然話しかけられて、その食いつき方にもちょっと驚いていたようだけど――その瞳にはどこか誇り高い光を宿しているような気がした。

「あなたたちも……“経験者”でしょう?」

 その響きは、どこか上品な落ち着きを持っていた。まるで、すべてを見透かしているかのように。彼女の言う経験とはダンス――ではなく、もちろん、ストリップのこと。

「あのおふたりの脱ぎっぷりに魅せられて……わたくし、つい熱くなってしまいましたわ」

 いやいや、そっちだって明らかに経験者でしょー!

 ということで。

「やっぱり、大会出るの?」

 私が尋ねると、案の定、納得したように頷いた。

「まあ、このような体験会に来られるのですから、存じておられるのも当然でしょうね」

 そう言って、彼女はゆっくりと名乗る。

「わたくしは天峰堂付属の緋槍(ひそう)夕鶴(ゆづる)と申しますの」

「てっ、天峰堂!」

 思わず声が出ちゃった! 待って待って……天峰堂といえば、私たちが以前偵察しようとして失敗した……。あわわ……これは名乗りづらいなぁ……。けど、ウソつくのもヤだし……

 なんて、迷っていると、夕鶴ちゃんはニコリと微笑む。

「もし大会にお越しの際には、応援よろしくお願いしますね」

 ふわぁー……どこまでも優雅なコだなー……なんてほっこりしていたら……わわっ!? まだ裸なの私だけ!?

 私が慌てて服を着込んだところで、佑衣先生による体験会の総括が始まった。

「皆さん、お疲れ様です」

 と挨拶したうえで。

「おそらく、ストリップに対して全面的に好印象を持っている方は少なかったと思いますが……今回の体験会で、少しでも悪い印象を拭えたら、と願っております……」

 うーん、やっぱりこの先生、どこまでも後ろ向きだ……

「今後も、ストリップの芸術性を少しでも世間に伝えていくべく……」

 あ、佑衣先生の目の色が変わった。

「来る十一月三日……文化の日ですね。その日に、ストリップの全国大会が開催されます!」

 ああ、やっぱり、この体験会自体が全国大会の宣伝を兼ねていたんだ。

「なお、前売り券は当教室でも販売しておりまして――」

 ほらね!! って感じだけど……実際に興味を持って、帰り際に購入している人もいたみたい。それはそれで、私としても嬉しいことだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ