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夢見る機械と世界タービン



『ねぇ聞いた? 2組の一ノ瀬さんの家火事になったんだって、他の部屋からの出火が原因らしいけど 』

『聞いた聞いた、そんで牧島君がそれを助けたんでしょ?』

『マジかっこいいよね、ヒーローじゃん』


 牧島 武蔵の噂はそれはそれは学校中に轟いた。

 曰く美少女と名高い一ノ瀬 朱里を火事から救い、なんの感謝の言葉も受け取ることなくその場から立ち去った超カッコイイ英雄、と。


 牧島はルックスがいいため、そんな牧島の噂を聞いた女子生徒は彼を見るたびにキャーキャーと黄色い悲鳴をあげる。

 そして、この度彼はその助けた相手である少女 一ノ瀬 朱里と付き合うことになった。

 告白はもちろん一ノ瀬 朱里からだ。

『今生きてるのはあなたのおかげだから、あなたに尽くしたい』ということらしい。


 一方、明のほうは驚くほど何もなかった。

 手に巻いた包帯のことを友人に聞かれ、『ふっ、今さら訪れた厨二病さ……うっ、疼くぜェッ!!』と言って右目を抑えて誤魔化したくらいだ。

 牧島が嘘をついて一ノ瀬と付き合った事に対して『ふざけるな! 彼女を助けたのは俺だ!』とはならなかった。

 別に明は誰かに感謝される為にやったわけでもなければ、何か見返りを求めてやったわけでもない。むしろ自分のエゴのためにやったとすら思っている。

 "誰かを救えば自分の罪も軽くなる"と、そう思ったから。

 だから仮に自分の功績で自分ではない誰かが得をしようが心底どうでもよかったのだ。



 ◆◇◆◇◆◇



 放課後、明が帰路についていると人通りの少ない場所で件の男子生徒 牧島と女子生徒が抱き合っているのを目撃した。

 女子生徒のほうは見覚えがない。

 助けた少女であれば見覚えがあるはずなので。見覚えがないということは一ノ瀬 朱里とは別人なのだろう。

 では、恋人でもない2人がこんな場所で何をしているのだろうか?

 明が見ていると、突然牧島が少女の首にキスを落としながら荒い息を吐き始めた。


『なぁ、いいだろ?』

『ちょっと。こんなとこで……あんっ』

『ほら、舌出せって』

『やっ……んっちゅ……ぇろ……♡』


 往来で濃厚なべろちゅーをかます2人に明は目頭をマッサージしながら唸る。何してんだよ、と。

 2人の絡みは徐々に熱を帯びていき、もう全裸1歩手前の格好まで来ていた。


『気持ちよくしてあげるね……♡』


 女子生徒がそう言ってしゃがみこみ、男子生徒の腰のあたりをゴソゴソし始めたところで明はふとある事を考える。


 "一ノ瀬 朱里はこの事を知っているのだろうか?"と。


「……いや、俺には関係ない」


 背後で響く喘ぎ声を聞きながら、明はその場を後にした。



◆◇◆◇◆◇



 それからというもの、明は何度か牧島が女子生徒とイチャついているところを目撃することになる。

 しかも毎回違う少女達。

 節操がないにも程があるとは思うがルックスがいいうえに英雄じみた噂まであっては、夢見がちで思春期真っ盛りの少女達は放ってはおかないということだろう。


 そしてそんなある日、明は屋上に1人でいる一ノ瀬 朱里を見つけた。彼女は空を見上げていた。


「なんか見えんの?」


 急に話しかけたためか、少し驚いたように彼女はこちらを見る。

 が、すぐに空に視線を戻した。

 横から見える長いまつ毛、シミひとつない肌、サラサラの髪。

 火事の時は見る余裕など無かったが、なるほど確かに美少女と言われるだけある。

 同時に、そんな綺麗な肌に火傷がなくて良かったとも思った。


「何も」

「ふーん」


 明は興味なさげにそう返事をすると彼女の座る椅子の隣に腰を下ろし、同じように空を眺める。雲ひとつない、綺麗な青空だ。


「何の用?」


 今度は一ノ瀬が質問する番だった。

 明は特に彼女のほうに視線をやることもなく口を開く。


「わからん」


 言葉のとおり、明は何故彼女に話しかけたのか自分でも分からなかった。

 ……いや、本当は心の底では分かっていた。

 自分の作り出したきっかけで誰かが傷ついているかもしれないということに。

 だから彼女の顔を見た時、明は話しかけずにはいられなかった。

 明なりの罪悪感からくる行動だったわけである。


「なにそれ」


 隣の少女は興味を失ったように、また空を眺め始める。

 しばらくそうした後、ふいに少女が口を開いた。


「石田君、だっけ? 3組の」

「あぁ」

「今から独り言言ってもいい?」

「独り言なんだから勝手にしなよ」

「……私彼氏いるんだけどさ」

「知ってる」

「へへ、凄い噂になってるもんね。あ、独り言だった。そんでさ、その彼氏がね、私のことを火事から助けてくれたらしいの。まぁ私は気失ってたから全然覚えてないんだけど」

「……」

「私vtuberやってるんだけどその時配信しててさ、ヘッドホンしてて周りの音全然聞こえなくて気づいた時には逃げらんなくて。あ、私がvtuberなの皆には内緒ね」

「……それで?」


 横に視線をやると彼女の顔は明るい声とは裏腹に暗かった。


「彼に『実は俺が助けたんだ』って言われた時、凄い嬉しかった。顔も凄いカッコイイし、付き合うならこの人しかいないって思ったの」

「……」

「最初は幸せだったよ? でも彼に求められた時、私がそういう事は大人になって結婚してからがいいって言ってから急に冷たくなって」


 私が悪いのかな……?

 そう彼女が小さくこぼしたのを明は聞き逃さなかった。

 何度か見かけた牧島と複数の女子生徒達との濃密なまぐわいを思い出す。

 気づけば口が勝手に開いていた。


「一ノ瀬は」


「ん?」


「一ノ瀬は、もしその彼氏に浮気とかされたらどうする? 別れる?」


 彼女はそれを聞いた後、少し考えたような素振りを見せて少し寂しそうに笑う。


「……もちろん凄く悲しい。けど付き合い続けるよ、だって自分のために命かけてくれるような人だもん。この先の人生そんな事が出来る人絶対現れないよ。そうでしょ?」


 そう言って。


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