4.準備と休息
大樹とひろみ及び夏帆は、福井北カントリークラブや福井北グループに話し合いをして敦賀に帰宅した。大樹は、福井北カントリークラブの労務上のことと、福井北グループの自動車保険の契約についてどうしても納得できない。そこで、労務上のことについては労基署に、自動車保険のことについては、長男の敦に聞いた保険紛争処理センターに相談することを決意する。
まずは、自動車保険のことを先に片付けることを決意して、保険会社への聞取りや福井北グループとの打ち合わせの調整を行い資料の準備をする。
一方、大樹は、以前より計画していた敦が住んでいる山口への旅行を辞めようと思ったが、妻のひろみから「行って来たら」との言葉から、山口へ旅行した。
本章では、大樹が行った保健師の松原へのお礼を兼ねた話会い、資料の準備、山口への旅行、大樹と敦及び夏帆と行った打合せ前の最終確認の詳細をまとめたものである。
(1)保健師さんへのお礼と状況報告
大樹とひろみ及び夏帆は、夏帆の休職が決まったことに関して安堵したためドっと・・眠気が押し寄せてきたので、敦賀に帰ってきて、入浴後、10時頃には眠りについた。さすがに、疲れていたのか、朝の6時40分の起床時間まで目が覚めなかった。12月22日、大樹は、夏帆に現在の保険証券と説明書類、ひろみには前に乗っていたムーブの自動車保険を用意しておくように指示し、会社に出社した。
ある程度、仕事が一段落たった10時位に医務室に向かった。医務室には、松原が1人で作業していたので、大樹から「いろいろとしていただき、誠にありがとうございました。昨日、娘を連れてこころの病院へ行き、鬱病と診断されたので、娘の会社に行き、休職の手続きができました」と言うと、松原が「それは、よかった。ゆっくりと静養させて、ところで娘さんの会社はどうだったの」と逆に質問されたので、大樹は「毎日、超勤しているのに特に対策を講じず。逆に日替わり派遣を押し付けて面倒みさせて更に負担をかけさせていたこと、直属の上司にセクハラを受けたにも関わらずうわべだけの対策をしていたことが解り、苦言を言ってきました」と言うと、松原は笑いながら「野坂さんらしいね・・・ところで、あんまり苦言をいうと、復職しにくいのではないの」と言った。大樹は「実は3か月後には退職して転職先に行くので、3カ月間、休職する予定なので大丈夫です」と言うと、笑いながら「それならいいわ!、まあ、福井の田舎の会社はそんなもんやね・・・まあ、ほどほどにね」と言い、大樹は「本当は、夏帆の会社をあまり責める気はなかったが、就業規則が事業所にないので、方針変換しました」、松原は、少ししかめた顔で「そうなの!!」と言った。さらに、大樹は「ここで行う話ではないのですが、娘の車ですが、11月に私達が乗ってきた車と入れ替えたばっかりです。自動車保険の車両保険に入っていたが、限定付きで今回の事故ではでないといわれた。自動車保険は、娘の会社のグループの保険代理店を通して入っていました。車の入替え時に、その代理店にFAXを送って私が乗っていた自動車保険と同じ条件にしてと言ったのに、勝手に変更したので、さすがに疑義申し立てを行うつもりです」と言うと、松原は苦笑いをしながら、「娘さんの体調を考えながら行うのよ、それが1番だからね」と言い、大樹は「それはわかっています。負担かからないようにやります」と言うと、松原は「娘さんの体調が1番だからね」と釘をさし、大樹は「わかっています。誠にありがとうございました」と言い、医務室をあとにした。
(2)敦へ相談
大樹は、山口に住んでいる長男、敦に電話した。敦は11月に、損害保険募集人の自動車保険に合格したばかりなので、ある程度の知識を持っていると思い相談した。敦には事前に夏帆が事故を起こしたことと事故車の写真はラインで送っているし、12月25日から山口に行くことは伝えている。
大樹は「どうよ、12月25日の夕方に着くように行くので、お世話になるので、よろしく!!」と言うと、敦は「わかった。ところで、夏帆の件、どうなったの?」と聞いてきたので、大樹は「ん・・休職することになった。ところで、事故車の写真を見た」と聞くと、敦は「これは、すごいね!?、派手にやったね、よく怪我しなかったわ!?」と言うと、大樹は「そうだろ、ところで、自動車保険の件で納得いかないことがあるので、相談に乗ってくれる」というと、敦は「どうしたの?」と聞き返す。大樹は「夏帆の自動車保険について、車両保険が入っていたのよ、もちろん、自損事故の場合も保証されるはずであるが、限定付きのためお金がでないと言われた。もちろん、車の切り替え前は全保証だったが、福井北グループにFAXで送ったあと、これと同じにしてと言ったのに、まさか限定付きになっていることは知らなかった。ここで、1つ聞くけど、保険契約の変更のとき、保険代理店は、事前に不利益なことを告知して説明する重要事項説明をするべきだよな?」と聞くと、敦は「そうだよ!?、俺らはきっちりわかりやすいように説明しているよ!?、だから、福井北グループの対応はダメだよ!!」と言った。大樹は「そうだよな!?、だから、どうしても納得できないのよ」と言うと、敦は「保険紛争処理センターに相談したら!?」と言ったので、大樹は「それ何?」と言うと、敦は「損害保険等で保険会社ともめた場合、紛争処理をしてくれる機関なのよ」と答えてくれた。大樹は「まあ、相手も認めないと思うので、1回、話し合いに行って、その結果をまとめて保険紛争処理センターに相談して紛争処理するわ」と答えた。すると、敦は「今度、帰省するときに、損害保険募集人のテキストを貸すよ」と言ってくれたので、大樹は「頼むわ・・・」と答えて電話を切った。
(3)資料の準備
大樹は、保険会社や保険代理店と直接交渉では知識や交渉術では勝てないと判断して保険紛争処理センターに処理をお願いすることとするが、まず、1回は、相手方と交渉して敵の状況を確認するのが必要と判断し、福井北グループの保険代理店と交渉を行うための資料を作成することにした。資料は、次の構成とする。
資料.1 時系列
資料.2 夏帆の保険証券
資料.3 大樹やひろみが乗っていた時の保険証券
資料.4 保険代理店への質問内容
資料.1と資料.2は、夏帆やひろみが取りそろえているので、時系列を作成することにする。まずは、作成のため、夏帆や保険会社への聞取りを行って、次のようにまとめた。
10月26日 17:46 福井北グループにムーブの保険証書を送る。
10月26日 17:47 福井北グループにFAXの着信確認
10月27日 9:26 福井北自動車に電話して保険証書通りに見直すように依頼
10月27日 10 : 05 福井北グループからあいおいニッセイ同和損保へ保険証書変更届
12月14日 17 : 50頃 福井北カントリーゴルフクラブの敷地内で植木に突っ込み大破
12月22日 15:15~15:50 福井北カントリークラブ 対応者:鈴木部長
車両保険は自損事故ではでないので、車両保険はでないのではないか→本社で確認する。
17:00~17:40 福井北グループ本社 対応者:春日
1.春日に事故車を確認
廃車にしたら、軽自動車なので、保険も税金も返納されないとの説明
2.本社:大杉、春日
車両保険の契約上の書類を要求 → 担当者がいないと答え、後日に連絡
12月24日 17:45 保険会社 福井支店 播州
変更届け出書を渡すことはできない。重要事項の同意は、電話で行っており、その時間は10月
27日の11:25 (ちなみに、菜摘に電話があったのは、同日11:34
12月24日 18:00 福井北グループに連絡して30日の13時から打合せをすることを約束
話合いの論点としては、時系列を確認しながら、いつから、車両保険に限定を付けたのか、そのときに適切に説明したのか、保険切替時に1分しか福井北グループと説明してないので適切に説明したかを詰めるように計画した。
(4)大樹の息抜き
12月25日~29日まで、大樹は、山口の敦のところに出かけた。元々の目的は、息抜きと正月のフグ海産物の買出しであり、12月の始めには、新幹線の早割切符を買っており、長男 敦の帰りの切符を取っていたからだ。しかし、夏帆が交通事故を起こしたので辞めようとも考えたが、妻のひろみが「行って来たら」との言葉に後押しされて出かけるようにした。
敦賀から新大阪までは、新快速で移動し、2時間位で着く。その後、新大阪で昼食とビールを買う。昼食には蓬莱551の餃子、セブンでおにぎりとサラダ及びかまぼことビールを買い、13時前の岡山行きのひかり号に乗る。ひかり号は、新大阪から各駅に停まるので、乗客はまばらである。その中でビールを開けて、蓬莱551の餃子とサラダ及びかまぼこを開けた。すると車内に蓬莱551の餃子から凄い匂いがする。ヤバいと思い見渡したが、廻りにはほとんど乗客がおらず助かった。
14時頃、新幹線は岡山に到着したので降りる。ここで、なぜ、わざわざこのようなメンドクサイ方法で向かうのかというとJR西日本の割引切符である「Web早得おとなびこだま」を使っているためで、実際は13000円の交通費が約6000円になるお買い得な切符を使用しているからだ。
乗り換えの新幹線までは約1時間あるので、まずは、ホームの喫煙室で一服し、改札口近くの喫茶店でほろ酔いセットを頼み、スマホを見ながら一息を入れた。
すると、列車の発車20分前になったので、売店に行き夜飯用の弁当を購入した。1つは祭り寿司と一つはアナゴ飯を購入して、乗り換えのこだま号に乗車した。ここで、何で岡山で弁当を購入したかというと、敦の住んでいるアパートの廻りには何もなく、近くのコンビニまで約1kmと田舎であることとコンビニ飯では味気ないため、弁当を購入した。
こだま号に乗り込むと大樹は爆睡した。疲れていたのだろう!!、気が付くと、降りる駅である厚狭駅手前だった。厚狭で慌てて降りて、山陽線と小野田線に乗り換え、敦のアパートの最寄の駅である長門長沢駅に到着して、駅から約3分のアパートに到着した。
荷物を置いたあと、近くのコンビニにお酒(ビールと焼酎)とつまみを買いに行った。12月なので、外は暗い。この辺は街灯も少なく歩道も凸凹なので歩きにくいが無事に購入した。
敦のアパートで待っていると、8時頃に敦が帰ってきたので、敦を風呂に入らせて、あがってきたところで、乾杯して、久しぶりに親子水入らずで飲んだ。大樹は、夏帆のことは何も話さなかった。
12月26日は、山口には珍しく吹雪いていた。大樹は、敦のアパートにいるのも意味がないので、自動車を借りることにした。但し、敦のアパートから職場までは8kmあり、自家用車通勤以外は厳しいので、敦を職場に送り、帰りは迎えに行くようにし、敦の了承を得た。
朝の8時に、敦の運転で、職場近くのコンビニまで行くが、かなり吹雪いており、薄っすらと積り始めている。一方、敦の車は、冬タイヤをはめており、敦も大樹も雪が降る敦賀、敦は山口の前は、新潟にいたので、雪の中での運転は、慣れているとともに、車の中にはスコップやブラシを積んでいるので、特に問題ない。一方、山口ではめったに雪が降らないため、多くの方が夏タイヤで運転し、雪にもなれていないため、ソロソロ運転している。
敦は、職場近くのコンビニまで運転して、敦が降りて、大樹が、運転席に乗り、一旦、アパートに帰った。大樹は、敦賀にはショッピングモールがないので、そこに行くことにした。近くのショッピングモールは、3つあるが、まずは、小野田市にあるサンパーク小野田に行った。久しぶりのショッピングモールへ行くのはわくわくした。サンパーク小野田の駐車場に車を駐車させたが、駐車場が広く探し回らないといけなくなることを恐れ、駐車位置と車の写真を撮り、中に入った。
ショッピングモールは、年末でもあるため、かなり混んでいたが、大樹は、何も目的なくぶらぶらと歩きまわり、久しぶりのショッピングモールを満喫できたが、約2時間位で飽きたので、サンパーク小野田を出た。昼の12時を過ぎていたので、有名なラーメン屋である「一休」でラーメンと餃子及び炒飯のセットを頼んだ。ラーメンは、敦賀ラーメンで、今は閉店した有名店である「味はちばん」の味に似ていたので、なつかしさを感じながら堪能した。「味はちばん」は、大樹が敦賀に転勤した当初、毎週金曜日に、屋台で家の近くを廻っていたので、よく買っており、大樹を含む家族が大好きだったラーメンである。
その後、「フジ宇部店」に行った。フジ宇部店には「モーツァルト」という洋菓子屋がありチーズケーキが美味しいが、いつも売り切れている。モーツァルトのチーズケーキは、大樹が15歳まで住んでいた広島が本社で、よく母のキク子が買ってきて食べた思い出がある。
大樹がフジ宇部店に着くとすぐに、モーツァルトの店舗に行く。すると、あるではないか、しかも2個、すぐに購入した。その後、夜飯の買い物であるが、敦は整備士で肉体労働であり、なかなか牛肉は食べれないと思い、ステーキ肉、サラダ、カップスープ、ワインを購入して敦のアパートへ帰宅した。
大樹は、ステーキに塩コショウやニンニクで下味をつけて、米を仕込んで、19時にセットして先に入浴して、敦の連絡を待った、20時頃に敦から連絡が来たので、職場近くのコンビニまで迎えに行き、敦と運転を交代後にアパートへ向かった。このとき、大樹が敦に、「30日に夏帆の保険代理店である福井北グループへ行く」と話したら、「俺も連れていけ」と言ってきた。大樹は「お前は、疲れているだろうから、無理しなくてもいいよ」と言ったが、敦は「福井北自動車を含む、福井北グループにはエッセの整備や自賠責保険のことで話したいことがあるので行きたい」と言う。大樹は、敦の将来的にいい勉強になると判断して福井北グループに連れて行くことを決めて「わかった。一緒に行くか」と返事した。
アパートに着いた後、敦は風呂に入り、大樹は、ステーキを焼いた。その後、大樹と敦は、ワインを飲みながら、ステーキを含めて夕食を食べて、床に就いた。
12月27日、敦は、本日から年末休暇であるため、一緒に、下関の唐戸市場に正月用のフグを買いに行くことにした。外に出て大樹と敦は車に乗り込む。昨日までの雪は止んでいたが、道路は凍結しているため、近くの橋の上で多重衝突事故を起こしていた。大樹は、「さすがに、こっちの人間は、雪の次の日の橋の上が凍っているのは知らないか?」というと、敦は「こっちの奴らは、冬タイヤもはめてないし、運転も慣れてないから知らないだろうね」と笑う。大樹は「もらい事故だけは合わないように気を付けよう」と言った。
唐戸市場までは1時間30分位かかるが、その道中にある「ドライブインみちしお」で朝食を食べることにした。ドライブインみちしおに着き、2人共、貝汁定食を頼むと、5分も立たずに店員が持ってきた。貝汁は、評判通り、多くのあさり貝が入っているので、コクがあって美味しい。二人とも満腹になりドライブインみちしおを後にした。それから、約30分で唐戸市場に着いた。平日ではあるが、正月前でもあり多くの買物客がいた。中に入り、市場に入ると、フグだけでなく、多くの海鮮が売られていたが、どこで何を買っていいかわからないので、市場を一回りして、最終的にはふぐ刺し、てっちり、フグの唐揚げが入っているセットと、フグの塩辛や天ぷらを購入して敦賀へ送る手続きをした。
その後、昼食を食べようと思い、有名であるお寿司が売っている店に行ったが、平日は閉店しており残念であった。仕方ないので、市場の2階で敦がフグの唐揚げ定食、大樹が海鮮丼を頼んで食べた。さすがに市場の中なので、フグの唐揚げ定食が750円、海鮮丼が800円とリーズナブルで、海鮮丼には大樹の好物であるウニが入っていたので、ひさしぶりにウニを堪能して市場の食堂を後にした。その後、唐戸や関門トンネルをぶらぶらして、唐戸市場を後にした。
12月28日、今日は大樹と敦は、14時頃の新幹線で敦賀に戻る予定である。新幹線の切符は、往路と同じで大樹は「Web早得おとなびこだま」と敦は「Web早得こだま」である。これらの切符は、厚狭駅もしくは新山口から新大阪までの切符はなく、小倉~新大阪しかないので、小倉からの切符を購入していた。勿論、厚狭駅や新山口からの乗車は可能であるが、せっかくだから、門司港でも行き、小倉駅から新幹線に乗ることにした。宇部駅までは敦の車で行きコインパーキングに停めた後、在来線で門司港に向かった。門司港に着くと門司港レトロ地域をぶらぶらし、昼食は焼カレーを食べた。勿論、ビール飲みながら旅を満喫して、13時頃に小倉駅へ向かい、14時の新幹線に乗車した。勿論、小倉駅ではつまみとアルコールを購入して、新幹線車内では、二人で飲みながら移動した。新幹線車内では、2人でビールを飲んだ後、大樹は、少し仮眠し、新幹線が福山駅を過ぎた後に目が覚めた。その後、12月26日に、敦賀も大雪が降り、滋賀県の米原も降って新幹線も遅延ぎみであったので、新幹線の遅延や北陸線の特急サンダーバードが運休してないかをネットで確認して、新幹線は、10分遅れみたいだが、サンダーバードは動いており、乗り継ぎ時間40分を取っていたので大丈夫だと思い安心した。
17時頃、新幹線は岡山駅に到着した。新幹線は、約20分停車する。大樹は、敦に「アイスでも食べるか 」というと、敦が「いいね」というので、岡山駅に到着後、改札があるコンコースのセブンイレブンに行き、2人共にレディボーデンを購入して一旦、新幹線の席に戻る。まだ、約10分位の時間があったので、大樹は、喫煙室に行き一服して新幹線に戻った。まだ、アイスクリームはカチコチなので、しばらく放置しておくことにした。
新幹線は、17時30分頃、岡山を発車した。相生駅到着頃にアイスクリームを確認した結果、食べごろになったので、大樹は、敦に「そろそろ食べるか」といい、敦は「そうやな」と答えて、食べ始めた。大樹は「やっぱり高いアイスは美味しいな」と言うと、敦は「そりゃそうだわ」と答え、貧乏人の会話をしながら二人して笑った。また、大樹は「飲んだ後のアイスは美味しいな?」と言うと、敦は「確かに」等のたわいな会話や30日の話をしているうちに新大阪駅に到着した。
新大阪には10分遅れで到着したが、サンダーバードには20分あるので、大樹は、喫煙コーナ、敦はトイレに向かった後、夕飯の弁当とビールを購入しにいった。新大阪には改札内外に弁当屋があるが、改札外の弁当屋で大樹が厚岸のカキ飯、敦が牛肉弁当を選択して購入した。
その後、改札内に入り、列車を待っていたら、特急サンダーバードが入って来たので乗り込み、列車内で弁当食べながら、ビールを飲んでいる間に敦賀駅に到着した。
ホームに降りると、空は暗くなっていたが、雪が積もっていたので明るい。しかし、山口よりも深々と冷え込んでいた。大樹は帰ってきたな!!と思うと同時に、30日の戦いが脳裏に浮かぶとともに同時に気合が入った。
(5)最終確認
12月29日、敦賀は、にわか雪が降っていた。大樹は、敦と夏帆に資料を渡し、「夏帆には、鬱病なので、寮から必要な物を持って帰れる準備してね、話し合いが終わったら連絡する」といい、敦には「基本は俺が話を進めるが、何かあったら、振るからフォローしてね」といい、敦と夏帆は「わかった!」と答えた。また、夏帆には「資料に間違いないよね!、違ったらこっちが不利になるので、まちがったところは指摘してね」と言い、夏帆は「わかった」と言い確認をして、「間違いない」と答えた。
更に、大樹は、福井北グループは、パチンコ店が主体であるので、取りこし苦労ではあるが、反社が来るかもしれないと考え、大樹は「福井北グループは、パチンコ屋が主体のため、反社の人間がくる場合がある。少しでも怪しいと思ったら逃げる。最悪は、俺が囮になるから、敦は、逃げるだけ逃げて警察に通報してほしい。夏帆は、連絡があるまで動かないでね」と言い、敦と夏帆は「わかった」と言い、3人で地図を見ながら、もしもの時のシュミレーションをして確認した。
大樹は、「12月30日の約束時間は、10時なので、途中の鯖江あたりで、早い昼食を取って向かう。特に夏帆、準備をお願いね」と言うと、二人は「わかった」と答えた。大樹が夏帆に念を押したのは、夏帆の準備が遅いためである。
大樹は、パートから帰って来たひろみに、10時に出発することを伝えて、準備が終了した。
大樹は、保健師の松原へのお礼を兼ねた報告を済ませた後、納得がいかない自動車保険のことについて敦に相談し保険紛争センターに相談することを念頭に福井北グループへ話合いに行くことと敦を連れて行くことを決めて、保険会社への聞取り等をしながら資料を作成した準備と話し合い日の調整を行い、最終確認まで進めて出陣の準備をした。一方、その中で、山口へ旅行し息抜きを満喫したことで冷静に慣れた。
ここで、小生としては、皆様には話し合うための資料作りや最終確認などを詳細に記載したので、参考にできることは参考にしてほしい。また、山口への旅行では山陽新幹線に安価に乗れる方法、こだま号での過ごし方、山口での名称についても記載しているので、重い話だけでなくホッとした情報も記載しましたので、参考にしてほしいと思います。
いよいよ、次回には福井北グループと対決を行うか、どのようになるかを期待してほしい。




