2.夏帆の交通事故
ついに運命の日である12月15日になる。大樹もひろみも、平穏に暮らしている中、突然の電話連絡で驚愕する。
大樹とひろみは、夏帆の事故の連絡に、頭が真っ白になると同時に、特に大きな怪我していないことに対し安心した。しかし、夏帆が、運転に慣れている、勤務先の敷地内の木に激突したのかとの疑問に感じる。
一方、夏帆が事故を起こしたダイハツムーブは、以前に乗っていたダイハツエッセの反省を込めて、受け渡す前にディーラで綺麗に整備し、故障箇所の部品等を約3万かけて修理したとともに、スタットレスタイヤも昨年に購入したばかりなので、何とも言い切れないショックであったし、エッセだったら良かったとも正直に思っていた。しかし、今後、いろいろな事実が出ていくことにより、心境が変わっていくことになる。本章では、夏帆の事故の状況をまとめていきたい。
(1)夏帆の事故
2021年12月15日の20時頃、大樹とひろみは、18時には夕食を終え、入浴を終えてまったりとしていた。突然、夏帆からひろみに電話があった。大樹は、その様子から何かおかしい状況であるとさっしながら、会話を見守っていた。
すると、ひろみは、大樹に電話を渡した。夏帆から泣きながら「ごめんなさい!? 自動車事故を起こして、車を大破してしまいました」、大樹から「何時、どこで事故を起こしたの」と聞くと「会社の敷地内でエンジンをかけて帰ろうとして発進させたら、敷地内にある植木に突っ込んだ。ごめんなさい!!」。
次に大樹は「自爆事故だと思うので、他の人に危害を加えてないよね」と聞くと、夏帆は「それはいない」と回答した。更に大樹は「怪我はなかったの?、病院に行ったの?」と聞くと夏帆は「会社の上司に連れていってもらい、今、寮に帰ってきた」と回答した。続けて大樹は、「事故を起こした車はどうしたの」と聞くと、夏帆は「レッカーで福井北自動車の整備工場の敷地にある」と回答した。大樹は「車はかなり壊れているの」と聞くと、夏帆は「ごめんなさい!!、かなり壊れている」、大樹は「エアーバックはでたの?」と聞くと、夏帆は「出た」と回答をした。大樹は、整備士である長男の敦からエアーバックが出たら車は廃車になると聞いていたので、廃車を覚悟した。一方で、車両保険で次の車はどうにかなると思った。更に、大樹から「明日は会社に行くの、車はどうするの?」と聞くと、「代車を借りたので、それで行く」と回答して、大樹は、「明日から気を付けて行ってね!!」と伝えて電話をひろみに渡した。大樹は、夏帆の無事であることに対し安堵したが、車を入れ替えて約1カ月で廃車かよと驚愕するとともに、エッセならよかったなとも思っていた。
大樹は、その夜はいろいろなことを考えて寝付けなかった。そのとき、ふっ。。と、「事故を起こしたのは、何時も通いなれている会社の敷地内であること」、「気が付いたら植木にぶつかっていたこと」、「その間、意識が飛んでいた」、総合的に判断するとメンタルヘルスに関する疾病で、このまま会社に勤務させるのはヤバいのではと思えた。ただし、大樹は素人なので行動に移すべきかを迷ったが、とりあえず、大樹の勤務先の保健師に相談しようと考えた。
(2)保健師への相談
大樹は、次の日に勤務先へ向かい、仕事がひと段落した昼前に医務室に向かった。医務室には保健師である松原が一人で事務作業をしていた。
松原は、50歳後半の女性で、気が強く、良いこと悪いことをはっきりと言うメリハリがあるタイプで、家族は、娘さんと孫がいる。大樹は、松原と面識があり、いろいろなところで精通していた。始めは、数年前に激務の勤務先で目が開けられないことがあり応急処理をしてもらったこと、一年前の配属先が人間関係が最悪でボロボロな時に相談に乗ってもらったこと、前職の後任者がストレス診断で最悪な結果だったので、大樹が松原から相談を受けたときに、大樹は包み隠さずに話をしたことであった。
大樹は、「私ではなく、福井で勤務している長女のことで相談に来ましたが、大丈夫ですか」と切り出した。松原は「どうしたの」と聞き返してくれたので、大樹から「昨日、娘が交通事故を起こしました。事故は、娘の勤務先の敷地内の植木にぶつかって車を大破させました。娘には怪我がなかったのですが、いつも慣れている敷地内の木に激突したことと、気が付いたらぶつかっていたことに違和感を感じました。もしかしたら、うつ病ではないかと思い相談しました。」と説明すると、松原から「勤務先で何か心当たりになるようなことがあるの」と聞かれたので、大樹から「娘から聞いた話では、毎日2~3時間の残業をしていること、直属の上司が仕事を押し付けて帰ること、多くの人が退職して、日替わりでくる派遣社員の面倒をみていること、入社当時に直属の上司からセクハラ(キスを迫られて追い払い逃げた)を受けて会社は、その状上司に対し、降格や退寮(同じ寮の別室に住んでおりそこで被害を受ける)の処分をしたが、ほとぼりが冷めたときに元の立場に戻したことに対し不信感を抱いていること、娘は転職先が決まっており4月から行く」ことも伝えた。松原から「それは、気にかかるね、1回だけ診療内科に行ってみたら」と言われたので、大樹は「そうします。それで病院は、嶺南こころの病院ですか」と聞いた。嶺南こころの病院は、大樹が前年の職場で受けたストレス診断結果が悪くカウンセリングを受診したので知っていた。松原から「そのとおりよ、こちらから連絡してみるね、娘さんの名前と生年月日、勤務先を教えて」と言われたので、大樹は、松原に夏帆の情報を教えて、松原から嶺南こころの病院へ連絡した結果、「早くて12月21日ならいいと」と言ったので、大樹から「お願いします」といい予約をとった。
(3)夏帆の避難
大樹は、夏帆が21日まで代車で福井北カントリークラブに通勤し、働かすのは厳しい。更に、それ以降も、退職まで働かすのは厳しいと感じていた。そうなれば、休職という手を使えばいいし、その場合、給与はもらえないが、給与の60パーセントの傷病手当金をもらえることをFPの検定試験の勉強において知っていたので、夏帆の生活は、どうにかなると思った。
大樹は、そのことをひろみに相談して、夏帆に事故のショックから休暇を取得することと21日に病院へ行くことを伝えて休暇を取得するように伝え、夏帆は、12月18日~21日まで休暇を取得することを上司に伝え、了承を得た。大樹とひろみは、福井まで車で行き、夏帆を敦賀に連れて帰った。
これで、夏帆は、21日まで自動車での通勤をしなくてよくなったので、リスクの回避を行うことができた。
12月15日に夏帆は、勤務先の植木に激突した自損事故を起こすことになる。事故に関しては、だれもがいつ起こすかわからないため、その対応に傾注するが、事故時の状況に違和感を抱いた大樹が、自らの職場の保健師である松原に相談したことが、今後に、夏帆が抱えている悩み・問題を解決に至ったきっかけになった。一方、事故後の処理だけで、夏帆が、通常通り勤務していたら、死んでいた可能性もある。今、大樹は、松原に恥を忍んで相談してよかった振り返るとともに、事故を起こしたことは不幸であるが、ある意味、夏帆が抱えている悩み・問題を解決させたので、不幸中の幸いだと思っている。
ここで、本文中に記載した「傷病手当金」とは、労働中の災害以外の病気やケガなので休職等を行うとき、会社から給与がでないが、健康保険組合から手当がでる制度である。ここで、労災認定の判断基準は厳しいので、労働中のメンタルヘルス等で休職する場合は、これを申請して生活することも多いと思われる。
次章では、夏帆の勤務先と話し合う前の準備、鬱病診断、勤務先に乗り込んで話したときの内容を記載します。