ロットンケーキ御一行 様
パークの制服の上から、いつ用意したのか派手なジャケットを着た陸奥がいた。
「みんなぁー! こーんにちわぁー!」
手に持つマイクを観客に向けている。子供の元気な声がいくつか上がった。
「……はい! 良いお返事、ありがとー!」
既にパレードは始まっているのだが、どうやら集まった観客は場所取りに失敗したらしい。誰もが手のかかりそうな年ごろの子供を連れている。
陽気な陸奥の言葉に反応し、子供たちは期待を込めた目でステージを見ている。
ステージの隅に浮いている骸骨は、背景の置物だと思われていそうだ。
「始まったな……。内容は確認しているか?」
「はい。こちらが台本になります」
観客に混じり、俺は名月と並んで座っていた。差し出された冊子の表紙には、マジックペンの手書きで大きく、戦うメイド! オモチーズ! と書いてある。
「この見るに堪えない表紙は?」
「ご安心を。とりあえず、ゾンビたちのグループ名だけは別の名前にさせました。そちらは修正前の表紙です」
良かった。そんな名前のヒーローはいなかった。
ではどんな名前で紹介するのかと思った時、丁度よく陸奥がゾンビ娘を呼び出した。
「当パークの戦うお掃除メイド! ロットンケーキのみんなです!」
ロットンケーキ?
「恐らく陸奥本人は、たくさんの餅、という意味で名付けたのかと。本人もそう言っていました」
「だがそれだと……」
「はい。色々と間違えています。これでは、腐った餅の意になりますね」
笑うのを我慢している名月は珍しいが、そんな体を張った洒落は要らない。
ステージ上では、口元にマイクをつけたゾンビ娘がカラフルな爆炎と共に現れた。
「お洒落な人気者! さくら!」
「清楚で可憐! あんこ!」
「無口な力持ち……。きなこ」
「お喋り大好きっ、わらび!」
「闇の力に染まりし漆黒。よもぎ」
五人合わせて、ロットンケーキ! だそうだ。
名月に訊ねると、紹介を兼ねて全員の性格を述べさせているらしい。だからって一人だけ思春期みたいな奴がいるのはどうにかならなかったのだろうか。
名前とゾンビの性格はさておき。ショー自体は問題なく進行した。
陸奥に司会の適性があるなどと全く思ってもみなかったが、生来の性格から来るものもあるのだろう。陸奥の司会ぶりはなかなかのもので、飽きやすい子供たちを見事に引き付けていた。
ゾンビ娘たちの紹介と、ちょっとしたトークで場を繋ぐ内容でショーは進行する。どうやらパーク内を掃除するメイドたち、という設定の五人らしい。
そしてそこに、敵役としてパークを荒らす荒くれものが現れる。
「……てめぇらぁ……邪魔だ、やっちまうぞー」
「やーらーれーたー」
「あぁ? おい、お前が見てるページ違うんじゃねぇの?」
紫色の肌に黄色い瞳の三人組だ。
それぞれ手に台本を持ったまま登場し、斜めに立って揺れながら読んでいる。
「うるせぇな書いてねぇ事喋るなよ」
「うるせぇな書いてあるんだよ」
「うるせぇよお前のページ違うんだよ」
思わず額に手を当て空を仰ぐ。奴らは密航者のダークエルフ三人組である。
「これではショーが台無しですね。彼らは出さない方が良かったのでは」
他人事のように言う名月だが、確かに奴らを出すように言ったのは俺である。
不死王が見に来ると一応告げてやった所、ではやらざるを得ないだろうと三人は腰を上げたのだ。奴らなりに不死王をもてなしたいと思ったらしく、その意思を信じてしまった。
「しかし、魔法を使う約束はさせてある……。それも、できるだけ綺麗な魔法を使うようにと言い含めてある」
どこまでやってくれるか危ういが。
「頼むぞ……。一郎、二郎、三郎」
三人は名前がなかった。どうやら、木っ端魔族など名前がない事が多い、らしい。覇王がそう言っていた。本人らに聞くと名前など何でも良いと言うので、とりあえずこう呼んでいる。
髪の短い奴が一郎で、大きいピアスのある奴が二郎、背の高い奴が三郎である。
などと奴らポンコツの名前はさておき。
三馬鹿の失態だが、陸奥が絶妙にフォローの言葉を投げかける事で観客が笑っている。メタ的なジョークだと受け取られたらしい。
陸奥はどうしてここで働いているのだろう。もっと向いている仕事があったのではないか。
「あぁー……なんだっけ。あぁ、魔法か」
「きらきらした魔法だろ?」
「んで、人間に無害なのだろ?」
ようやく魔法を使う展開にまで話が進む。
実は俺も魔法を見るのは初めてなので、若干の期待がある。台本を見る限りでは、簡単な魔法で悪役アピール、としか書いていない。
「手から炎とか出すんだろうか」
「支配人、それでは大道芸とさして変わらないかと」
のんきなやり取りをしていると、三馬鹿の一人、一郎が片手を上げる。同時に、奴の頭上に輝く線が幾何学模様を描き出した。何重にも重なり、発光している。それは一目でそうと理解できる、まさに魔法陣である。
一郎のみならず、続いて二郎と三郎の腕にも魔法陣が幾重にも現れた。
「其は迸る輝きにして、万物を貫く雨。契約によって、我が血と魔を以て現界せよ!」
「ナモナモ・ワイワイ、アツシテ・マイネイジャ……」
「光魔法! コーラルショット!」
三人とも呪文の感じが違う。
しかしその魔法は想像以上であった。一郎はステージ上に色とりどりの光のシャワーを降らせ、二郎は両手に光輝く剣を呼び出し振り回す。
刃の軌跡は、何故か赤色と銀色の輝きをそのまま空中に残している。三郎に至っては淡いピンク色のシャボン玉を大量に振りまいている。子供たちが大喜びだ。
これが、魔法か。
身震いする程の感動である。
「やるじゃないか、三馬鹿の奴ら……」
「はい。しかし、このままでは……」
「あぁ、それは、まぁ……」
素晴らしい魔法に、拍手しかけて俺は現実に戻る。名月が心配している事は言わずとも理解できる。奴ら、やりすぎている。
台本でここは悪役としてアピールする魔法が必要なシーンである。確かにキラキラした綺麗な魔法を使えと事前に言った。だが、奴ら自分たちの役どころを理解しているのだろうか。
このままでは、ロットンケーキたちの魔法よりも主人公らしい事になってしまう。
どうにか、これを上回る素敵な魔法を見せてくれ。そう俺は願ってゾンビ達に目をやると、ゾンビ達五人は既に呪文を唱え終えていた。
ツインテールのさくらが光を切り裂き、飛び出す。
「暗黒斬魔刃!」
二郎の輝く刃を、黒い鎌が受け止めた。続けざまに、わらびときなこが飛び出す。
「髑髏葬送!」
「死霊結界!」
一郎の光が空飛ぶ幽霊の大群に押しつぶされ、溢れる光を突如として現れた巨大ドクロが喰らい尽くしてしまう。
最後にあんこが三馬鹿に飛び掛かる。その後ろから抜群のタイミングで、よもぎが援護。
「屍鬼・乱閃撃!」
「フッ……。闇へ消えるが良い。滅殺黒影牙!」
光を喰らい尽くす闇が弾け回り、三馬鹿は壇上から去った。
「おのれロットンケーキめー」
「やーらーれーたー」
「あ、魔法障壁は壊さないでね」
どう見ても全ての攻撃が突き刺さっているが、どんな仕組みなのか三馬鹿は平気な顔をしている。バリア的なものが存在するように見えるが、あれも魔法なのだろうか。
すごすごと三人が退散すると、ロットンケーキの五人は壇上に集結して組体操じみた格好良いポーズ。
「今日も悪者をお掃除したぞ、ロットンケーキ!」
五人ともゾンビなのに、実に活き活きとした表情であった。
「暗黒魔法じゃねーか!」
子供たちの歓声に掻き消されたのは俺の声である。
「はい。どうやらそのようかと」
名月を見もせずに、俺は頭を抱えた。
なんだあれ。ダークエルフの三馬鹿ですら、立派に素敵な魔法を選んだと言うのに。あの生真面目そうなゾンビたちは何を思ってあんな暗黒魔法を演じようと思ったのか。
「むっちゃんか?」
奴が指示したのか、と咄嗟に睨みつけたが、陸奥自身もマイクを持ったまま笑顔が引きつっている。
知らなかったのなら仕方ない。
で、済む訳がない。むっちゃんのあほは事前にどんな魔法を使うのか確認していなかったのだろう。でなければ、こうはなるまい。
「暗黒魔法じゃねぇか……どうすんだよこれ……」
もはや溜息しか出ない中、ステージの真ん中にふわふわと誰がか向かった。足音をふわふわと表現できる奴など一人しかいない。
「良かろう……。どうやら、この我の死霊術に失敗はなかったようだな……」
カタカタと頭蓋骨を鳴らして言ったのは、もちろん不死王である。今の今までステージの隅にいたくせに、ここに来て自己主張を始めてしまった。
「あぁ、我が造物主!」
嬉しそうな声を上げたロットンケーキの面々は、即座に不死王の前に膝をついた。誰か止めろ。
「うむ。では、訓練の総仕上げである」
不死王が翼を広げるように、あるいは抱擁するように両腕を広げた。足元からドス黒い光が噴き上げた。
オーラだ。
「来るが良い。ロットンケーキよ」
そんな予定はないはずである。不死王が戦うなんて聞いていない。
「我が名はヘバナ。不死王、離別を司る魔人。北方魔界方面軍総司令にして、三幹部が一人。我が魔道に壁はない!」
「では、お覚悟を!」
そして飛び掛かる五人。ここから暗黒魔法バトルが始まってしまう……と、俺が思ったのも束の間。勝負は一撃で決着した。
「伏せよ」
不死王が何気ない様子で床を指すと、ロットンケーキは全員その場に崩れ落ちた。
何かに押さえつけられるかのように、指一本動かせない荷重を受けている様子だ。髪の毛が顔と床に貼り付いている事から考えても、演技ではないのだろう。
「裂けよ」
次いで、床を指していた指を真横に振った。その細長い骨の指が動くと、それに合わせて先頭にいたさくらが裂けた。
「ぐああああ!」
断末魔の悲鳴である。さくらの胴体が真っ二つに裂け、その上半身は千切れて宙に舞った。裂け目からは、大量の赤い血しぶき……ではない。真っ赤なバラの花びらが噴き上げるように飛び散った。
どん、とさくらの上半身が落下する。不死王は続いてきなこに指を向け、振る。
「裂けよ」
「ぎゃあああ!」
今度は胸の辺りを袈裟懸けに引き裂いた。
種類など知らないが、黄色い花びらがステージに吹き荒れた。
「裂けよ」
「うがあぁっ!」
「裂けよ」
「ひいぃぃ!」
「裂けよ」
「あああああ!」
こうして五人全員が真っ二つに引き裂かれる。それぞれ別の花らしく、飛び出す花びらは色とりどりである。わらびは青、あんこは白、よもぎは紫だ。
こんな所でテーマカラーとか出さなくて良い。
「なんで花が……」
「若いゾンビは内臓の代わりに花びらを詰めている、と不死王が以前に仰っていたかと」
「あぁ……そういう」
一瞬納得したが、と言う事は本当に体が真っ二つになっているのだろうか。特によもぎなど、縦に裂けている。動かないし、どう見ても二度と復活などできない。
「とんだ地獄絵図だな……」
ステージ上は大量の花びらに埋め尽くされ、何となく良い香りが辺りに漂っている。ステージはカラフルに模様替えされてしまった。
そしてロットンケーキの惨殺死体が転がる中で、不死王だけが満足そうに浮いていた。
「さ……さぁーて! 突然現れた骸骨怪人にやられたロットンケーキ! この後、どうなってしまうのか! 気になる続きは次回! まーたねー!」
陸奥が強引に言い切ると、ブザーと共に幕が下りる。
観客は騒然としており、俺は不死王に文句を……言うのもまずいので、ゾンビ共を回収するべく立ち上がった。もしかしたら、万に一つ、縫ってくっつけたら復活するかも知れない。
「あぁ支配人、そう言えば彼女らのマイクも特別製らしいです。あれも翻訳機になっているそうで、観客にはセリフが日本語で聞こえていたはずです。ご心配ありません」
「そうなんだ」
今そんな補足説明はどうでも良かった。